ファットマックス 怒りのデブロード 5
春の桜はあっという間に散って、5月。ゴールデンウイークである。
ダイエットを初めて丁度1ヵ月ほどになるマックスは、あれから順調に体重が減り続け、現時点で6キロの減量に成功していた。
筋肉量が増えて代謝が上がり、日々のカロリー量を花沢さんが管理しているからこその数字である。
今ではすっかり彼も放課後のウォーキングにも慣れて、3駅目までならバテずに歩けるようになっていた。
ところで、うちの学校は毎年、連休の中日に1・2年生は合同で林間学校に行く。
場所は学校のある場所から北に30キロほどの距離にあるキャンプ場だ。
で、それに先立ち、林間学校の間、共に行動する班を決めることになり、俺は花沢さんとマックス、それから富田くんと相沢さんを含む計5人と組むことになった。
マックスはミカ子と同じ班になれずにガッカリしていたが、今同じ班になってもミカ子が気まずいだけだろうから、むしろこれでよかったのかもしれない。
それで、同じ班になった富田くんと相沢さんだが……やはりまだ少し距離を感じる。
この1ヵ月の間、ずっとマックスにばかりかまっていたせいで、他のクラスメイトたちはすっかり気の合う者同士でグループを作ってしまっており、俺たちはどうやら『はみ出し者グループ』と認識されてしまっているようだった。
マックスの告白からミカ子が逃げてしまったせいで、2人の間に気まずい空気が流れてしまい、ミカ子がクラスメイトとの橋渡し役として機能していないというのも痛い。
花沢さんのためにも、この林間学校の間に彼らと仲良くなれればいいのだが、果たしてどうなる事やら。
とまあ、そんなこんなで班も無事に決まり、いよいよ林間学校当日。
俺たちはクラスごとにバスに乗り、一路キャンプ場を目指す。
俺たちの班には巨漢のマックスがいるので、座席は必然的に一番後ろである。
「僕、知ってるよ。ニッポンのキャンプはカレーを作るんでしょ?」
と、1人で2人分の座席を占領するマックスが横に座る俺に話しかけてきた。
「学校のキャンプだと大体どこもそうだな。向こうはバーベキューが主流なんだっけか?」
「そうそう。うちのパパもバーベキュースパイスにはうるさくてね。ところでレイジってカレーにはマヨネーズかける派?」
「……昔はよくやったよ。キ●ーピーさんを激辛のカレーにこれでもかってくらいぶっかけて、ぐちゃぐちゃに混ぜて食うのが美味いんだ」
「あっ、それ僕もよくやるよ! おばあちゃんがよくカレーライス作ってくれるんだけど、多分アレ、世界一美味しいんじゃないかな」
「だよなぁ!」
「うっぷ……! 聞いてるだけで胸焼けしそう……」
俺たちのデブ談議に食の細そうな富田くんが苦しそうに呻く。
おっといけない。彼にはカロリーの高すぎる話だったな。
「マックス……? 駄目だよ?」
横で聞いていた花沢さんがマックスに釘を刺す。
そんな子供の体調を心配するお母さんみたいな目で言われては、流石のマックスも良心が痛んだのか、気まずそうに顔を逸らした。
「わ、わかってるってカレン。君が僕からマヨを取り上げたんじゃないか」
「だってマックス、油断するとすぐにマヨネーズ飲もうとするんだもん。ダイエット中にマヨは絶対禁止だからね?」
「ま、マヨネーズ直飲みかよ……」
マックスのカミングアウトに富田くんがげんなりした顔をする。
なにを馬鹿な事を言っているんだ、君は。
「「マヨちゅっちゅはデブの嗜みだろ?」」
「……いや、デブでもそうそういないと思うよ? それ」
そうかなぁ? ……そうかも。
でもカレーにマヨぶっかけるのは兄貴もやってたしなぁ……。
今になって思えば、小学生が食べ盛りの中高生(剣道部)と同じ食い方してりゃ、そりゃあ太るわなっていうね。
しかも俺の場合、学校でのストレスを紛らわすためにさらにバカ食いしてたし。
「はいはい、聞いてるだけで太りそうな話はもうおしまい! ところでさ、アメリカだとこういう林間学校みたいなのってあるの?」
と、ややぽっちゃりめの相沢さんが話を強引に打ち切り、話題を変えた。
こうして向こうから話題を振ってくれると、とてもありがたい。
どうやら向こうにも俺たちと仲良くしようとする気があるらしい事に、内心ほっとする。
「どこかに見学に行くのはたまにあるけど、こういう風に皆でどこかに泊まるっていうのは殆ど無いかも。せいぜいスクールトリップくらいかな? 夏休みだったらサマーキャンプとかあるけどね。でもそれだって学校の行事じゃないし、ニッポンみたいに学校の行事でキャンプに行くっていうのは逆に新鮮だよ」
「へぇー、そうなんだ」
「それに向こうは学校始まるの9月からだしね。ニッポンは4月からって聞いて驚いたよ! あっ、そうそう、ニッポンの学校って夏休みが1ヵ月しか無いって本当かい? 未だにちょっと信じられないんだけど」
「うん。大体どこもそんな感じかな? 向こうは違うの?」
「ステイツじゃ3ヵ月くらいあるよ。やっぱりニッポン人って真面目なんだねぇ」
「えー! そんなに!? いいなぁー、私もアメリカ行きたーい」
相沢さんがぐでっと身体を前に倒して項垂れる。
それは俺も初耳の情報だった。国境1つ越えただけでこんなに違うもんなのか。
やっぱり日本人って働きすぎなのかもしれない。
ともあれ、俺から彼に言えることは1つだ。
「でもな、マックスよ。日本にはこういう諺がある。『郷に入っては郷に従え』だ。お前も日本に住むなら、日本の流儀に従わないとな。……日本の夏はデブに厳しいぞ?」
「うげーっ」
5月の日差しですでに汗だくのマックスは、これからさらに暑くなる日本の夏を想像したのか、やってらんねぇとでもいうような顔で悲鳴を上げた。
◇ ◇ ◇
キャンプ場に到着すると、まずはコテージに荷物を預け、それから2年生の川下りが始まった。
濡れてもいい服に着替えて、黄色い救命胴衣を着けた俺たちは、インストラクターの指示に従い、2人1組でカヤックに乗って緩やかな流れの上をすいすいっと進んで行く……はずだったのだが。
「う、うわぁ!?」
「きゃぁーっ!?」
そもそも、カヤックという乗り物は、マックスのようなピザ野郎を乗せることを想定して作られていない。
そして、設計段階で想定されていない規格外の体重が、小さな小舟に無理に乗ろうとするとどうなるか。
答えは簡単、転覆する。
先にカヤックに乗って船の上から彼を引っ張り上げようとしていた花沢さんが、ひっくり返った舟から投げ出されてマックスと一緒に水の中にドボン。
「けほっ、けほっ! うぅ……鼻に水入った……」
「「「おぉ……っ」」」
「……?」
すっかりずぶ濡れになってしまった花沢さんに、近くにいた男子たちの視線が集まる。
水に濡れてしまった事で服が身体に張り付いて、彼女のグラマラスなボディーがくっきりと浮き彫りになってしまっていた。
白いシャツの裏から透ける肌色が……その、何と言うか、目のやり場に困る。
「……っ!?」
自分の身体に視線が集まっていることに気付いた花沢さんは、顔を真っ赤にして、頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまう。
このまま彼女を野郎共の視線に晒しておくのもまずいと思い、助けに行こうとした矢先、後ろで順番を待っていたミカ子がすっ飛んできた。
「レンちゃん! 大丈夫!?」
「うぅ……み、ミカちゃん」
「ほら、あっち行って少しやすも?」
そう言ってミカ子は男子の視線に怯える花沢さんを助け起こして、さりげなく男子の視線を遮りながら、彼女を衆目の中から連れ出した。
ミカ子はまだ救命胴衣を着けていなかったため、大きめのTシャツを絞って着こなす彼女のへそ出し短パン姿に、自然と男子共の視線も吸い寄せられていく。
「美しい……」
「あ、なんだマックス。生きてたのか」
「君って時々、すごく言葉にトゲがあるよね……」
「そうか?」
と、ここで川の中からざぶざぶと這い上がってきたマックスが合流。
水に濡れた彼の姿は……うん、ただの水浸しのデブだな。
やっぱり、ただの肥満と女の子のおっぱいは別物だと再認識させられた瞬間である。
結局マックスはサイズオーバーでカヤック体験を断念せざるを得なくなり、俺はインストラクターの人と、富田くんは相沢さんと川下りすることになった。
「そうそう、その調子だ! 君、上手いじゃないか!」
「あざっす!」
インストラクターのお兄さんの呼吸に合わせてオールを左右に動かす。
普段あまり運動しない富田くんと相沢さんのペースに合わせてゆっくりと船を進め、船は緩やかにゴールまでたどり着いた。
わーい、たーのしー! ……って、俺だけ楽しんでどうすんだよ。
こうなりゃ、もう1回下るっきゃねぇな! 今度は花沢さんと一緒にだ!
「ふぅ……案外いい運動になるな、これ」
「ね。私、汗掻いちゃったよ」
「悪い、俺、花沢さんともう1回行ってくるわ!」
慣れない運動にバテ気味の富田くんと相沢さんに断りを入れてから、俺は3キロほど先の山の上のスタート地点まで全速力で走り出した。
「えっ!? ちょ!? 加苅くーん! って、もういないし……」
「すげぇなアイツ……体力オバケかよ……」




