閑話 まちゅみ☆キャンタマーニュの不思議なお店
うきーっ!
その日、俺は花沢さんと一緒に電車に乗って、新宿までやってきていた。
というのも、今まで集めたアイテムを売るためである。
折角集めてきたアイテムだし少しでも高く売りたいと思い兄貴に相談したところ、新宿に兄貴の知り合いがやっているという店があるのだという。
そこなら高く買い取ってくれるだろうとの事なので、2人で行ってみようという事になったのだった。
「ここ……だよな?」
「う、うん。地図じゃここになってるけど……」
西武新宿駅の南口から外に出た俺たちは、怪しげな看板の立ち並ぶ歌舞伎町の街を、早歩きで通り抜ける。
道中何度かガラの悪そうなお兄さんたちがこちらを見たが、俺の全身から漂うカラテマスターの気配をチンピラ感覚で察知したのか、すぐに目を逸らした。
そうして誰にも絡まれること無く、細い路地を何度か曲がり、辿り着いたのがここ。
紫の看板には『まちゅみ☆キャンタマーニュの不思議なお店』と金の文字でデカデカと書かれている。
にしてもキャンタマーニュて。
ここで本当にアイテムの買取をしてくれるんだろうか? どう見てもオカマバーなんだが……。
「……くっ! ええい! 男は度胸だ!」
「えっ!? ほ、ホントに行くの!?」
花沢さんの静止を振り切って、俺はチョコレートみたいなドアの金色のノブに手をかけた。が……。
「あれ……? 開かない」
ドアには鍵が掛かっていて、開かなかった。
すると店の中から腹の底に響くようなバリトンの声が『合言葉は?』と、俺に問いかけてくる。
そういえば兄貴から合言葉を教わっていた事を思い出し、俺はそれを口に出した。
「まちゅみは乙女、猿じゃない」
『はぁい、オッケー。お客様ごあんなぁ~い」
すると急にバリトンの声が女々しく裏返り、ドアが開く。
恐る恐る中に入ると、そこに立っていたのは、完全に予想外の人物(?)だった。
「どぉも~、初めましてぇん。ワタシ、この店の店主のまちゅみ☆キャンタマーニュでぇす!」
小さい。身長は俺の腰より低いくらいなので、130センチあるかないかと言った所か。
黒々とした感情の読み取れない瞳。ふさふさの毛深すぎる体毛。
長い腕と短い足は、まさにジャングルの中で生き抜くに相応しい、野生的な力強さを秘めている。
自らをまちゅみ☆キャンタマーニュと名乗ったのは……どこからどう見てもただのチンパンジーだった。
しかも喋るし、オネェだ。もう訳が分からない。
「って、あらあらあら! よくよく見ればとーっても可愛いボーヤじゃなぁい! このシュッと引き締まった筋肉とか凛々しい顔立ちとかぁ~、すんごくワタシの好みだわぁん」
「うっ、獣臭っ!?」
怒涛のように押し寄せるキャラの暴力の前に為す術も無く固まっていると、キャンタマーニュが野生を感じさせる速さで駆け寄ってきて、俺の身体をするする上って抱きついてくる。
キャンタマーニュが俺の鼻をめっちゃほじろうとしてくるんだが!? どうすればいいのだ! こんなの一体、どうしろと言うんだ!?
「あ? えっ? えっ? さ、さささ猿!? な、なんでチンパンジー!? っていうかなんで喋って……」
「あらま、ちっこくて可愛いプリチーガールですこと。大丈夫よん。アンタの彼ピッピは盗ったりしないから。今のはほんの挨拶。かる~い2丁目ジョークよん。話は和人から聞いてるわん。ささ、奥へどーぞ」
「か、彼ピ……っ!?」
まさしく猿のようにしなやかな動きで俺からスルリと離れたオネェチンパンは、軽くこちらにウインクを飛ばし、小指を立てながら店の奥へトテトテ歩きで引っ込んでいく。
なんだかもうすでにドッと疲れてしまった……。
オシャレな衝立を横切り、店の奥へ入ると、そこは意外にも小ぢんまりとした店だった。
店の横幅は4メートルほどしかなく、壁紙の色は店の看板と同じく毒々しいまでの紫。
カウンターの前にはクッションのついた椅子が2つ置いてあって、カウンターの向こう側でオネェチンパンが俺たちを手招きしている。
「ささ、どーぞ、座ってちょーだい」
「「は、はい……」」
促されるまま用意されていた丸椅子に座る。フカフカだ。
「それで、買い取りしてほしいってお話だけど……モノはどこにあるのかしらん?」
「あっ、はい。花沢さん、頼む」
「う、うん……っ『アイテムボックス』!」
花沢さんがアイテムボックスの中から、今日売る分のアイテムを纏めたリュックをその場に出した。
大量にあるアイテムの中から、一応選別して価値の高そうなものだけを選んでリュックに詰めてある。
「あらまっ! アイテムボックス使えるのねぇ、羨まし~い。アンタ、食うに困ったらウチにおいで~? た~っかいお給料で、う~んと、こき使ってアゲル」
「い、いえ!? あの……その……す、すいません……」
「んもう、そんなに怯えなくても取って食ったりしないのにぃ~。ワタシが食べたいのはぁ~、こっちのボーヤみたいなカワイイ男の子だ・け♡」
「うっ!?」
俺の顎に指を添えて、ついーっと喉元を撫でてくるオネェチンパン。
指くっさぁ!? お前まさかその指で鼻ほじったりしてないだろうな!?
「んもう! 冗談よ、ジョーダン。そんな2人して涙目にならなくてもいいのにぃ~。はいはい、買取ね、買取。一応ウチはこの界隈じゃどこよりも高価買取でやらせてもらってるから、お高く買い取らせてもらうわよん。じゃあちょっと査定してくるからそこでゆっくり待っててねん」
そう言い残しオネェチンパンはリュックを持って、紫のカーテンで仕切られた店の奥へと消えて行った。
か、カオスだ……。
「だ、大丈夫? 加苅くん」
「あ、ああ……。なんとか。にしても兄貴のやつ、どういう人脈だよ……」
昔から兄貴は変な知り合いが多かったが、今回のは特に酷い。
と言うか、人間ですら無いパターンは今回が初めてだ。
まさかアイツ、今度は探索者辞めてジャングルの王者にでもなるつもりなのか……?
兄貴の場合、あながち有り得なくもないから困るんだよなぁ。
などと、恐ろしい想像を頭の中でなんども打ち消している内に、カーテンの奥からオネェチンパンが戻ってきた。
「はぁい、おまたー。アンタたち、結構ガッツリ溜めてきたわねぇ。今需要が伸びてるアイテムも幾つかあったし、こんなもんでどうかしらん?」
と、チンパンジーが臭い指で電卓を叩いて買取金額を提示する。
一、十、百、千、万……な、70万!?
「あ、あの、本当にこの値段で買い取ってくれるんですか!?」
「あら? 少なかったかしら?」
「いや、むしろ高すぎっていうか……」
「ま、確かにボーヤたちの歳だと大金よねぇ。でも、この程度の額、探索者やってればあっという間にはした金になってくるからパーっと使っちゃいなさいな」
予想以上の高額査定にビビってしまったが、ともあれ俺たちは探索者許可証を提示してアイテムを売り払い、現金70万円を手に入れた。
法律が改正されて未成年でも資格さえ持っていれば取引可能になったとはいえ、なんだか悪い事した気分になってくる。
というかそもそも、チンパンジーが店主って法律的にどうなんだよって話なんだが。
ともあれ、こうして大量の現金を手に入れた訳だが、俺は今まで払っていてもらっていた分もあるので、全部花沢さんの分でいいと言ったのだが、彼女はそれで納得しなかった。
なので、今までの支払い分を含めて50万を花沢さんの取り分として、残りの20万を俺が貰う事になった。
それにしたって20万である。こんな大金何に使えばいいんだよ。
「……とりあえず何か食いに行こうか。俺が奢るからさ」
「えっ、そ、そんな、悪いよ」
「折角東京来たんだしさ。何か美味いもんでも食ってから帰ろうぜ?」
「奢られてやんなさいよ。彼ピッピがこう言ってんだしさぁ? 男を立てる女は好かれるわよぉ?」
と、ここで今までこちらの様子を、唇をビロビロさせながら楽しそうに見ていたオネェチンパンが口を挟む。
「わ、私たち、か、彼氏とかそういうのじゃ……」
「あら? なぁにアンタたち。友達以上恋人未満ってやーつ? いいわね~、一番楽しい時期じゃない。でも、さっさと結論出さないとお互い誰かに盗られちゃうかもね~? アンタたちどっちもモテそうだし」
「「……っ!?」」
花沢さんが……他の誰かと……付き合う……?
考えたことも無かった。でも……そうか。ありえない話でもないよな。
だって、彼女、最近どんどん可愛くなってきてるし……。
そろそろ、誰かから告白されたりしても、全然、不思議じゃないよな。
そうか……。そうか………………。
「あら、なによ鳩が豆鉄砲を食ったような顔して。もしかして余計な事言っちゃったかしら? ふふふのふ! ワタシ知~らな~い! ご利用ありがとうございました~、またどーぞ♡ ウキャキャキャッ!」
「「あっ、ちょ!?」」
チンパンジーに追い立てられるように店を追い出された俺たちは、閉じられたドアの前でしばらく呆然と立ち尽くす。
「…………い、行こうか」
「……う、うん」
お互い何とも気まずい空気の中、俺たちは駅の方へ向かって歩き出す。
なんで俺、こんなにモヤモヤしてるんだろう……?
別に俺たち、付き合ってるわけでもなんでもないのに。
と言うか、俺たちの関係って、なんだ……?
オネェチンパンは友達以上恋人未満と言っていたが、本当にそうなのか?
むしろ、同じ目標に向かって歩く仲間とか、そっちの方が近い気がする。
俺はあの時、彼女を世界一の美少女にすると約束して、彼女をそこまで支えると誓った。
誓ったからには俺はそれを果たす義務があるし、それを途中で放り出すなんて事は何があろうと絶対にありえない。
だから花沢さんが誰と付き合おうと、俺には全く関係無いし、むしろ彼氏ができたならそれを喜ぶべき立場の筈だ。
だってそれは、彼女の成長の証に他ならないのだから。
なのに、俺は一体、何を迷っているんだ……。
しかし、それからどれだけ思考を重ねても、モヤモヤしたものは無くなることはなかった。
なんかまちゅみに全部持っていかれた感が……
まちゅみは多分、スキルキューブの力で喋れるようになったとか、そんな感じじゃないかなぁ?(適当)




