ファットマックス 怒りのデブロード 3
土曜日。
この日俺と花沢さんはレベル3になったダンジョンに挑むことにした。
というのも学校側が学生のダンジョンでの活動を認めると、始業式の場で発表したからだ。
光岡先生もそれを受けて防衛省の方から正式に辞令が下って、自衛隊から出向してきたらしい。
彼女が赴任早々俺のクラス担任になったのは、恐らく何かあったときに唯一対処可能な光岡先生の目の届く場所に俺たちを置いておきたかったとか、そんな所じゃなかろうか。
そんなこんなで俺たちは学校に提出する書類を書かされ、ついでにレベル2ダンジョンを攻略済みという事で、探索者ランクがDからCへと引き上げになった。
ともあれ、これで大手を振って、集めたアイテム類を換金できるようになったわけだ。
今まで花沢さんに払ってもらってた分は、これから少しずつ返していこう。
さて話が脱線したがダンジョンである。
ちなみに今日マックスは近場のスポーツジムに行っている。
今頃プロのインストラクター指導の下、きっちりとダイエットに励んでいる事だろう。
花沢さんの家に住んでいるマックスも、当然俺たちがダンジョンに挑んでいる事は承知済みだ。
約1年ぶりに再会したブスのはとこが急に可愛くなってたら、誰だって普通は気付く。
それでもアメリカ人の彼からすると花沢さんは背も小さく顔立ちも幼すぎてそもそも異性として見れないらしい。
花沢さんもマックスの事は手のかかる弟のような存在だと言っていたし、普段の様子を見ても大体そんな感じなので、2人の関係はやはり遠縁の親戚というよりは、気の置けない兄妹(姉弟?)のような感じなんだろう。
ダンジョンに関しては「僕も痩せたら仲間に入れてよ」と彼も案外乗り気なので、一緒に潜るにしてもせめてアゴが見えるくらいまで痩せてからという条件で約束も取り付けてある。
ちなみにアメリカでは探索者資格は15歳から(州によっては17歳から)取得が可能で、日本よりも取得はずっと容易だ。
しかし実際にダンジョンに潜るとなると話は別で、所定の検査を受けて、ダンジョン内での活動に支障が無いかどうかのチェックをパスしなければならない。
彼も一応資格は持っているらしいが、太り過ぎで検査に引っ掛りアウトだったらしい。
それでも高額な料金を払い、諸々の同意書にサインさえすれば資格が無くても美容目的のダンジョンツアーには参加可能だが、最低でも5万ドルは掛かるんだとか。
そんな訳で彼も経済的な面からダンジョンダイエットは断念していたようだ。つくづくデブに厳しい世界である。
「さて、これでこのダンジョンもいよいよ下級ダンジョンの仲間入りか……。どうなってる事やら」
「き、緊張するね」
「ま、普段通り、焦らずきっちりやっていこう」
「うん」
俺たちは引き出しを開けて、ダンジョンの中へ飛び込んだ!
◇ ◇ ◇
ゲートを潜り抜けた先にあったのは、ギリシャ神殿みたいな柱が立ち並ぶ屋内広間のような場所だった。
広間の中央には俺たちが出てきた白く渦巻くゲートがあり、その左右には奥へと続く回廊が続いている。
「か、加苅くん! あれ!」
「どうしたの花沢さ……なっ!?」
花沢さんに呼ばれて広場の端まで行き、柱の隙間から外を覗き込む。
するとそこから、真っ黒な虚空に浮かぶパルテノン神殿のような空中大回廊がずっと下の方まで連なっているのが見えて、俺は思わず言葉を失った。
通常ダンジョンはレベル3から個性が出てくるとは耳にしていたが、まさかここまでとは……。
いや、絶句してる場合じゃない。広いくらいがなんだ。むしろ探索し甲斐があるってものだ。
「これは……攻略までにかなり時間が掛かりそうだな。まあ焦ることは無いさ。ゆっくり慎重に行こう」
「う、うん。そうだね」
そう、なにも焦ることは無いのだ。ゆっくり確実に、更なる高みを目指して行けばいい。
何事も1歩1歩の積み重ね。ダイエットと一緒だ。
ひとまず俺たちは左側の通路から先に調べることにして、俺を先頭にして長い長い回廊を歩き始めた……。
◇ ◇ ◇
初級ダンジョンに比べて格段に罠が多くなった通路を、せっせと罠解除しながら進む事しばし。
通路の柱の影からそいつは突然、のそっと姿を現した。
こ、こいつは……ライカンだ!
ライカンはコボルトの上位モンスターだ。
体長は160センチ~170センチほどで、見た目は二足歩行の汚い大型犬といった所か。
コボルトよりも指先が発達しており、様々な道具を扱える知性も兼ね備えている。
基本、群れでは行動せず、1匹でダンジョン内を徘徊しているが、侵入者を見つけると大声で吼えて他のモンスターをおびき寄せる厄介な相手だ。
なので、見つけたら吼えられる前に倒してしまうのがベストとされている。
完全な出会い頭となった俺たちの邂逅。
ライカンと目が合い、奴が息を吸い込むのを見た俺は、迷わず風切をライカン目掛けて投げつけた。
投擲スキルのお陰で真っすぐ飛んだ風切は、今まさに吼えようとしていたライカンの胸に突き刺さり、風を帯びた刃がその傷をさらにこじ開けて、胸に風穴を穿つ。
胸に大穴が開いたライカンは咆哮を上げる前によろよろと数歩よろめき、魔力の光となって霧散した。
ドロップ品の黄色い花(感染症の治療薬の材料になる)を回収し、さらに先へすすむ。
あ、危なかった……。気を引き締めて行こう。
◇ ◇ ◇
何度か分かれ道を進んだり戻ったりして地図を埋めて行くと、宝箱を1つ見つけた。
石化ガスの罠が仕掛けてあったので、慎重に解除してから蓋を開けると、中にはスクロールが入っていた。
封蝋の色は透明で、刻印された数字はⅢ。
透明の封蝋は空間魔法を示しているので、その下級魔法となると……。
「アイテムボックスか!」
「や、やった! これで荷物持ちから解放される……」
荷物のリュックを背負う花沢さんが心底嬉しそうな笑みを零す。
アイテムボックスの魔法は、使用者の魔力量に応じて収容量が変化する特殊な魔法だ。
空間魔法は強力で便利な魔法が多い分、スクロールの出現確率はかなり低くなっているので、ここでアイテムボックスを見つけられたのは本当に幸運だった。
「はい、花沢さん」
「うん」
花沢さんがスクロールを広げると、そこからホログラムのように光の線が迸り、彼女の周囲に幾つもの魔法陣が出現する。
形や大小も様々な魔法陣は、花沢さんの周囲をグルグルと回りその速度をどんどん上げて行って、やがて彼女の身体へと吸い込まれていく。
最後に花沢さんの身体がぼんやりと光って、魔法の習得は完了である。
「じゃあ早速……っ『アイテムボックス』!」
便利魔法を習得して若干テンション高めの花沢さんが、早速とばかりに新魔法を発動させる。
すると、彼女の背中に背負われていたリュックが、空間のひずみの中へしゅるんっと吸い込まれて、その場から完全に消えてしまったではないか。
「おおっ! 本当に消えちゃうんだな」
「なんか不思議な感じ……。ここにあるのは分かるんだけど、でも無いって言うか……」
自分の周囲の空間全体を示すように手を広げて、難しそうな顔で説明する花沢さん。
成程、分からん。でも、空間魔法の説明は難しいってのは本当らしい。
ちなみに、春休み中に一部暗記した協会のライブラリに書いてあった情報では、アイテムボックスにリュックや箱などを収納した場合は、取り出す中身を明確にイメージできれば個別に取り出せるとあった。
藤堂さんから貰った『記憶力強化』が地味に有能で大助かりだ。
テスト範囲くらいのページ数なら、教科書の内容を丸暗記できるくらい記憶力が強化されているので、テスト対策もバッチリである。
まあ、それでもしっかり勉強しないと折角覚えてもすぐに忘れてしまうので、やっぱり勉強は必要なのだが。
と、それはさておき。
出し入れの際に一々呪文を唱えなきゃいけないのが面倒と言えば面倒だけど、それでも2人とも手ぶらで探索できるのは有り難い。
こういう幸運を引き寄せる力みたいなのが、藤堂さんが言っていた『探索者に本当に必要なモノ』なんだろうか?
「うーんっ、この開放感!」
花沢さんは文字通り肩の荷が下りたとばかりに身体をぐぐっと伸ばす。
「ラッキーだったね花沢さん」
「うん。正直、結構肩凝るんだよね、リュックって。ただでさえ私、肩凝りやすいから、いっつも探索が終った後はヒール使ってマッサージしてたの」
まあ、そんな大きなモノをお持ちならねぇ……?
しかしヒールにそんな使い方があるとは意外だった。
まあ、アレ、肉体が持つ治癒力を促進させる魔法らしいし、多分血行とかもよくなるんだろうな。
ちなみに、ヒールはあくまで肉体の治癒力を増幅する魔法なので、手足の欠損は治せないし、命に係わる大怪我への効果も薄い。
粉砕骨折した場所にヒールを使って、砕けた骨が残ったまま新しい骨が生えてきて痛みで死にそうになった、なんて話もよく耳にする。
せめてもう少し回復手段が充実していればいいのだが、効果の高いポーションは値段も高いし、今の俺たちではとても手が出せる代物ではない。
だから怪我だけは絶対にしないように気を付けなければいけないのだ。
荷物が無くなって身軽になった俺たちは、また探索を再開した。
◇ ◇ ◇
その後探索を続け、爆弾を抱えて突撃してくるマシン系モンスターの『カラクリボンバー』や、毒の息を吐く『ポイズンリザード』などと戦闘になり、花沢さんのレベルが19になった。
心なしか、彼女のおっぱいの形が良くなってきたように思うのは俺だけだろうか?
あんまり見すぎると嫌われそうだからほどほどにしよう……。
と、長い通路をしばらく進むと、俺たちはそれまでの通路や部屋とは雰囲気の違う大部屋へとたどり着いた。
部屋の正面には巨大な歯車が付いた鉄扉があるのだが、歯車同士が噛み合っていないため、扉はビクとも動きそうにない。
「……これは、ボス部屋への扉か?」
「なんかそれっぽいね。けど、開きそうにないよ?」
「うーん、多分これ、ダンジョン内にいる中ボス倒さないと開かない感じの扉なのかも。ゲームとかでよくあるよ、こういうの」
「そっか、じゃあやっぱり隅々まで探さないといけないんだね」
ここから別の場所へと通じる通路は、俺たちが通ってきた道だけだ。
ここは引き返すしかないか……。
「とりあえず戻ろっか」
「うん」
俺たちは謎の徒労感に苛まれつつ、来た道を引き返すのだった……。




