ファットマックス 怒りのデブロード 2
結論から言おう。マックスは花沢さんのはとこだった。
花沢さんのおばあさんの、お姉さんの孫、という事らしい。
お姉さんは若い頃にアメリカに渡り、そこで結婚してそのまま向こうに帰化したんだとか。
マックスは毎年夏休みになるとアメリカからおばあちゃんと一緒に遊びに来ていたらしく、2人は殆ど兄妹みたいな間柄だそうだ。
始業式の朝に花沢さんが遅れてきたのは、卒業まで一緒に住むことになったマックスの準備を手伝っていたからだったらしい。
そしてやっぱり、彼はクラスの中で浮いた。
当然と言えば当然である。転校早々あんな大告白をして、盛大にフラれてしまったのだから。
しかも彼はイケメンとはいえ、巨漢のピザデブアメリカ人。
その威圧感と汗臭さが周囲から人を遠ざけてしまっていた。
ぶっちゃけ、彼がいるだけで教室内の湿度が10%くらいは上がっている気がする。折角また窓際の席になったのに、窓が曇って外が見えない。
「はぁ……。この世の終わりだ」
始業式翌日の昼休み。
早速、クラスの中でもアンタッチャブルな存在になってしまった彼を、俺は昼食に誘った。
今は中庭のベンチに座り、桜の木の下で花沢さんと3人でお弁当を囲んでいる。
……が、やっぱり1人だけ明らかにベンチから肉がはみ出していた。
もう少し痩せないと日本での生活は窮屈だぞ、マックスよ。
ちなみに、昨日の内にお互い、簡単な自己紹介は済ませている。
「まぁ、元気出せよ。マックス、顔はいいんだからさ。痩せればまだチャンスはあるって」
花沢さんの手作りヘルシーお弁当を食べながら、目の前で項垂れるマックスにエールを送る。
ちなみに俺の分のお弁当はマックスのついでに作ってきてくれたらしい。
明日からも作って来てくれるらしいから、学校に来る楽しみが増えた。
うーん、美味い!
「……ダイエットは苦手なんだ」
「はははっ、甘ったれたこと言ってんじゃねぇっての。んなもん、本人のやる気次第だよ。それともお前、このままずっとデブのままで、あいつの事諦めるのか?」
「そ、それは……NOだ。諦めたくない」
とか言うそばから、ビッグサイズのお弁当から唐揚げをフォークで刺して、パクリ。
ちなみにこれ、大豆から作ったなんちゃってヘルシー唐揚げらしい。
味も満足感も、まさに唐揚げそのもの。とても大豆から作ったとは思えないほどのクオリティだ。
グルメなデブも大満足の1品である。うん、美味い!
「だったら痩せようぜ? なんなら俺も手伝うからさ」
「わ、私も!」
「(……ゴクンッ)どうしてレイジは、そんなに僕に親切にしてくれるんだい? 僕なんて見ての通り、ちょっとハンサムなだけのただのデブなのに」
首と同化した顎を弛ませながら、マックスはアメリカ人らしく肩を竦めてみせる。
ちょっとハンサムって、自分で言うのかよ。
「俺も昔デブだったからさ。同じデブを見ると、なんか放っておけないんだよ」
「えぇ!? 本当かいそれ!? し、信じられない……」
「なんなら写真もあるぞ? ほれ」
俺は財布の中から一番太っていた頃の写真を取り出して、マックスに見せる。
この写真は俺が痩せようと決意したその日に、父さんに頼んで撮ってもらったものだ。
この悔しさを忘れず、常に努力を絶やさないように、お守り代わりにいつも持ち歩いている。
「……確かに、結構太めではあるけど……これはデブじゃないよ? ステイツじゃ標準サイズだって」
「肥満大国の基準で図るなっての。日本じゃジュニアスクールで80オーバーは十分デブだ」
「な、なんてスリムな国なんだ……」
スリムな国は流石に笑うわ。
「ふ、ふふっ……。す、スリムな国……ぷふっ‼」
あーあー、変な事言うから花沢さん、ドツボにはまっちゃったじゃないか。
「何か僕、変な事言ったかい?」
「いや、いいんだ。気にするな。そのジョークセンスは大事にした方がいい」
「そうかな」
「で? どうする? ダイエット、やってみるか?」
「が、頑張って痩せよう? そのために日本に来たんでしょ?」
えっ、そうなの?
まあ、向こうの食事ってカロリー高そうだしな。
なんか毎食ハンバーガーとピザばっかり食ってそうなイメージあるし(アメリカ人への熱い風評被害)。
それに和食がヘルシーなのは今や世界中が知る所だ。
アメリカで脂っこいものばっかり食ってるよりは、いっそ環境ごとガラッと変えて痩せてこいとか、そんな感じなんだろうな。多分。
「……そうだね。1人じゃ無理でも、手伝ってくれる仲間がいるなら、なんとかなりそうな気がしてきた」
「その意気だ。ただし最初に言っておくが、辛くないダイエットなんて無いからな? 楽して痩せようなんて絶対に考えないことだ」
「うっ……!」
無い顎を振るわせてマックスが顔を青ざめさせる。
「だ、大丈夫だよ! 私、ヒール使えるから。痛いの我慢できなかったら使ってあげるよ?」
「筋肉痛になる事は前提なんだね……」
「当り前だ。俺の兄貴いわく、筋肉痛は筋肉の喜びの声らしいぞ」
忘れもしない。夏休みに帰ってきた兄貴と一緒に山に籠った、小6夏の地獄合宿。あれはマジでキツかった。
自衛隊の訓練を元におデブちゃん用に難易度を大きく下げていたらしいが、ぶっちゃけあれは大人でも悲鳴を上げると思う。
だけどお陰で筋肉がついて、後のダイエットに大きく貢献した事は間違いない。
「鬼軍曹みたいな事言うんだね、君……」
「ちなみに、ミカ子はイケメン大好きだから、痩せればチャンスは大いにあるぞ?」
「よし! やる! 絶対痩せる!」
恋に燃える男マックス。愛する人のためにようやくダイエットハートに火が付いたらしい。
「言ったな? じゃあ、今日の放課後から早速始めよう」
「えっ!? きょ、今日からかい?」
「当り前だ! 明日やろうは馬鹿野郎だ! やると決めたら今日から! 電車下校なんてできないと思え!」
「ひえぇ~!」
「わ、私も、食事改善とかでサポートするから。だから3人で頑張ろう?」
どうやら花沢さんが『アメ』役をやってくれるようだ。これで俺は心置きなく『ムチ』もとい、鬼軍曹になれる。
「カレン……! わ、分かった! やるよ! やってやる! 痩せて絶対に、彼女のハートを掴んで見せる!」
顎と腹の肉を振るわせてマックスが立ち上がり、青い瞳に決意を漲らせる。
こうして俺たちとマックスのダイエットは幕を開けた────!
◇ ◇ ◇
「ぜひゅー……こひゅー……ぶひぃー……」
「どうしたマックス。顔が弛んでるぞ?」
「……っ、ふぅーっ、元からだよ……」
放課後。ジャージに着替えた俺とマックスは2人で、まずは電車で4駅ほど離れた家まで歩いて帰ることから始めた。
勿論、限界だと俺が判断すれば途中で電車に乗って帰るつもりだ。
いきなりランニングはやらない。まずは休みを挟みながらゆっくり歩いて、身体を運動に慣らす。
彼の場合相当なデブなので無理な運動は膝を壊してしまう。
ダイエットは1日にしてならず。1歩1歩の積み重ねが、余分なお肉を減らしていくのである。
花沢さんのアレは例外中の例外だ。あんなファンタジーを参考にしてはいけない。
そもそも彼にダンジョンを使わせるつもりは無いのだから、レベルアップ込みの無茶なダイエットは禁物だ。
こんなおデブをレベル3ダンジョンへ放り込んでもモンスターに対処できないだろうし、やるにしたってまずは痩せないと彼が危ないだけだ。
マックスはデブの割にはそこそこ体力があったので、1駅までならなんとか歩いて来れた。
だが、1駅目と2駅目の中間あたりでバテてしまい、今はぜぇぜぇ肩で息をしながらどうにか歩いている感じだ。
「ほら、もう少しで駅だぞ。とりあえずそこまで頑張ろう」
「ひゅーっ……ぶひゅーっ……わ、わかった……っ!」
途中で買ったちょっとお高い燃焼ドリンクで唇を湿らせたマックスは、ラストスパートとばかりにドスドスと歩調を強めた。
駅まであと1キロと少し! 頑張れ、マックス!
ふらふら、ドスドス。
ふぅふぅ、ぜぇぜぇ。
亀の歩みのマックスは全身を脂汗でびっしょびしょにしながらも、どうにか2駅の距離を歩ききった。
「よーし、よく頑張ったなマックス!」
「あ、ありがとう……っ」
「明日から放課後は毎日コレをやるからな、覚悟しとけよ?」
「えぇーっ!? そんなぁ!?」
マックスが絶望しかないというような顔で声を上げた。
本当は朝もランニングで登校させたいところだが、そんな事してたら確実に遅刻する。
それに、汗まみれの彼を学校に連れて行くわけにはいかないしな。
そんなことしたら、ただでさえ浮いてるのに、さらにクラスの皆との距離が開いてしまう。
「大丈夫! 俺もついてるから。一緒に頑張ろうぜ!」
「うぅ……っ、わかった! やるよ!」
「じゃあとりあえずトイレで汗拭いてから電車乗ろうな? 臭いのはマナー違反だぞ」
「や、やっぱり臭い?」
「言いにくいけど、女子が生理的に無理って言うくらいには」
「う、うわぁぁぁぁん!」
俺が苦笑しつつコンビニで買ったボディペーパー(徳用サイズ)とタオルを渡してやると、マックスは涙目で駅のトイレへと駆けこむのだった。
ギャ●ツビ~、ギャ●ツビ~♪
マックス「うーん、マ●ダム」




