ファットマックス 怒りのデブロード
『4月5日。朝のニュースをお伝えします。……近頃、世界的に発生数が急激に増え始めたダンジョン及び、特殊ダンジョンへの対策案として可決された【探索者基本法】改正案が、今日から施行されます。それを受けて────』
朝、朝食のパンをもそもそと口に入れながら、何気なくテレビを見ると、自分ともそう無関係ではない話題が目に飛び込んできて、俺は意識をテレビに向けた。
なんでも、今日から探索者基本法が改正されて、探索者資格の取得年齢が16歳まで引き下げられるのだとか。
他にも幾つか規制が緩和されて、探索者資格が取りやすくなったみたいだ。
日本なんかは今まで世界的に見てもかなり規制が厳しかったし、これを機に新しく美容や健康目的で探索者を目指す人も増えるんじゃないだろうか。
で、それを受けて全国の高校で、高校生の探索者としての活動を認めるかどうかで意見が割れているらしい。
学校が活動を認めてくれるなら、今まで集めたドロップ品を堂々と売り捌けるので、こちらとしては大助かりなのだが。
ま、認めてくれなくても、やることは変わらないんだけどな。
春。今日から新学期が始まり、俺は高校2年生になった。
2年生になって変わった事と言えば、やはりクラス替えだろう。
昇降口前の掲示板に張り出された張り紙によると、俺はどうやら3組になったらしかった。
担任は……光岡玲奈先生とある。知らない人だ。新人だろうか?
ちなみに、前のクラスの人間でまた同じクラスになったのは花沢さんだけだ。
去年のアレはこれを見込んでやった部分があるし、いっその事清々した。
しかもなんと、今度のクラスではミカ子も同じクラスだった。また五月蠅い奴が増えてにぎやかになりそうだ。
教室に行くとすでにミカ子が何人かの女子と輪を囲み、楽しそうにおしゃべりしているのが見えた。
流石リア充。新しい環境でもう友達作りやがったか。
「おーっす、かがりん! おはー!」
「おう、おはよう」
「今年から同じクラスだね! ……って、あれ? レンちゃんは? 一緒じゃないの?」
ミカ子が花沢さんの姿を探してキョロキョロする。
「『先に行ってて』だってさ」
「ふ~ん? 寝坊でもしたの?」
「いや、それがなんかアメリカから親戚が家に来ててゴタゴタしてるからって」
「アメリカ!? へぇー、レンちゃん家って意外とワールドワイドなご家庭なんだね。……って、そういえばレンちゃんのパパとママも海外で働いてるんだっけ」
「みたいだな」
今までのダンジョン攻略にかかった費用の全ては、そのご両親の稼ぎから捻出されている。
俺にとっては一度きっちり、頭を下げに行かないといけない相手だ。
俺は自分の席を探して(窓際の後ろから2番目だった)席に着いて、ゲームしながら時間を潰していると、時間ギリギリになって花沢さんが教室に飛び込んできた。
今や透明感のある爆乳美少女である花沢さんの姿に視線が集まる。
教室中が俄に騒めき始める。
だがそれは単純に、彼女の見た目に対する好印象からだ。
やれ「可愛い」とか、「おっぱいデケェ!」とか、そんな声が教室のあちこちから上がる。
まあ、見た目は去年とは完全に別人だしな。
テレビで報道された時点で、いじめの対象が俺に移っていたのもあるだろう。
時間もそれなりに経っているし、クラスが違えばこんなもんなのかもしれない。
皆からの好意的な視線を浴びた花沢さんは、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯き、自分の席を探してそっと着席する。
大丈夫だぞ花沢さん。少しずつ、頑張っていこうな。
と、ここでチャイムが鳴り、教師と思わしきスーツ姿の女性が教室の中に入ってきた。
……相当な美人だ。切れ長の瞳と、すっと筋の通った鼻が印象的な、少し怜悧なタイプの美人である。
年齢は20代後半くらいで、長い黒髪を後ろで1つに纏めており、キビキビとした歩き方はどことなく兄貴のそれを思い出す。
もしかして元自衛官か? だとしたらあの美貌も納得だ。
ひょっとしたら見た目よりも年齢はもっと上かもしれない。
クラス中が彼女の美貌に気を取られて自然と静かになる中、謎の美人教師は教室内に視線を巡らせ、一つ咳払いしてから口を開いた。
「初めまして。私は今年の春からこの学校で教師をさせてもらう事になった、光岡玲奈だ。担当教科は体育。実を言うとここは私の母校でな。こうして再び教師として戻ってくることになった事を光栄に思うよ。これから1年間、君たちの担任も務めさせてもらう事になったので、どうぞよろしく頼む」
やはり、この人が光岡先生らしい。
今回の法改正で高校生のダンジョン探索を学校側が認める場合、各学校に必ず1人以上は、探索者、または現職の自衛官を職員または教師として置かなければならない……とかなんとか、朝のニュースで言ってた気がする。
もしかすると彼女もそれを受けて自衛隊の方から出向してきたのかもしれない。
「さて、それでいきなりだが、転校生の紹介だ。入ってよし!」
光岡先生が教室の外に声を掛けると、教室の前のドアがスライドして、一人の男子生徒が入ってくる。
で、デカイ! 身長190センチ近くあるんじゃないか!?
しかも金髪! イケメン外国人だ!
「では、自己紹介を頼む」
「ハイ。皆さん、初めまして。僕はマックス・オリバーと言います。ステイツから来ました。今日から1年間、皆さんと一緒に勉強します。ニッポンにはハイスクールの卒業までいる予定なので、どうぞよろしくです」
少しカタコトだが、聞き取りやすい日本語で自己紹介した転校生のマックス・オリバー。
彼のデカさに度肝を抜かれていたクラス一同だったが、俺が拍手したのにつられて次第にパラパラと拍手が起こり、やがて満場の拍手が彼を迎えた。
彼はハンサムな笑みを浮かべて手を振りつつ教室を軽く見渡し、ある一点で視線が止まった。
「美しい……」
うっとりと溜息をついた彼は、そのまま花の香りに吸い寄せられる羽虫の如くふらふらと教室を横断し、ある女子の席の前まで移動する。
「えっ? えっ!? な、なに? アタシ!?」
ミカ子がマックスの巨体を見上げて慌てふためく。
「貴女はとても美しい……。僕はきっと、あなたに会うために生まれてきたに違いない。たった今そう確信したよ。あーっと、こういうのニッポンではなんと言うんだっけか……」
一目惚れ? と、誰かが呟く。
「そう! 一目惚れだ! どうやら僕は君に一目惚れしてしまったらしい。どうか美しい君の名前を聞かせてくれないか?」
アメリカ人らしいオーバーなアクションでミカ子の前に跪き、その手を取って気障な台詞を恥ずかしげも無く言い放つ転校生。
「えっ、えっ? えぇーっ!? そ、そんなこと言われても、その、こ、困るし」
突然の告白にミカ子が顔を真っ赤にしてあわあわする。
やっぱり中身乙女じゃねぇかお前! なんだその可愛い反応は! 初心か!
「あ、あの……その……ま、マイネイムイズ、ミカ・ミカミ……?」
ミカ子がカタコトのボロボロ英語でどうにか自己紹介した。
「……ミカ。素敵な響きだね」
「う、うぅ……」
ミカ子の顔がさらに赤くなる。なんかもう湯気でも出てきそうなくらいだ。
なるほど。ミカ子はストレートに来られると弱い、と。
「ミカ! どうか僕の気持ちを受け取ってほしい! 僕と……僕と付き合ってくれ! 愛してるんだ!」
マックスは跪いたまま、大きな手の中から一輪の薔薇をパッと出して、それをミカ子に差し出した。それ、どこから出したんだお前。
突然の愛の告白にクラス中が騒然となる。光岡先生は……あっ、口元を手で押さえてときめいてらっしゃる。意外とこういうの好きな人なのね。
「あ、あの……っ、その……っ、あ、アタシ……ッ!」
ストレートすぎる愛の告白を前にして、ミカ子は酷く混乱した様子であわあわオロオロと落ち着きなく周囲を見るが、周囲に彼女を助ける人はいない。
俺の方にも助けを求める視線が飛んでくるが、俺は黙って首を横に振った。
ほら、愛の告白だぞ! 答えは自分で出さなきゃ失礼だろ! ビシッと決めろ!
周囲からの期待の視線が集まる中、ミカ子は目をグルグルさせながらとうとう答えを出した。
「────あ」
「あ?」
「汗臭い人は無理ですごめんなさ────い!」
「そ、そんなっ!? あっ待って! ミカ!」
いよいよ耐えきれなくなったらしいミカ子は、真っ赤になった顔を両手で隠したまま、教室から飛び出して行ってしまった。
あとに残されたマックスは、ミカ子の背中に手を伸ばし声を掛けるが、時すでに遅し。
彼はその場にがっくりと項垂れてしまう。
アメリカから来た巨漢の金髪イケメン転校生。マックス・オリバー。
ここで言う巨漢とは、縦サイズの事だけを指さない。
つまり、要するに、彼は、
アメリカンサイズの……デブだったのだ。
サブタイによる壮大なネタバレ
マックスは顔だけイケメンだけど、首とアゴの境目がわからないくらいのビッグボディだよ!




