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努力の価値は 後編

 教室を出た俺は、ミカ子と協力して花沢さんを探し回った。

 ミカ子には男子は入れない場所の捜索を頼み、俺は思いつく限りの場所を探して回る。

 そうして学校中探し回って、最後に辿り着いたのが、屋上手前の踊り場。

 冬休みの前、彼女が変わりたいと言った場所で、彼女は膝を抱えて泣いていた。



「結局、私なんて何をやっても────」


「それ以上先を言ったら、俺は君を絶対に許さない」


「……か、加苅、くん」



 それだけは言わせては駄目だと思った。だから咄嗟に、言葉が出た。


「そうやって膝を抱えて落ち込むのはいい。けど、自分の努力を自分で否定する事だけは絶対に許さない!」


「…………」


「自分の努力を否定するって事はな、それで得たものまで全部否定するって事だ! 俺はそんな事絶対に認めない!」


 認められるわけが無い。

 だってそれを認めてしまえば、俺の今までの努力は全て無駄だったという事になってしまう。

 努力の成果を実感できて、それを本当に認めてやる事ができるのは世界でたった1人、自分だけなのだ。

 それを自分から否定したら、なんにも残らないじゃないか。


「この世界に無駄な努力なんてあるはずないし、あっていいはずもない。じゃなきゃ、ここまで頑張ってきた日々は何だったんだよ!? なんのためにここまで頑張ってきたんだよ!」


「……私、何もやってない」


 花沢さんはまた顔を膝に埋めて、ぽつりと呟く。


「……全部、加苅くんのお陰だもん。私は、加苅くんの後ろで楽しておこぼれを貰ってただけ……私、全然努力なんてしてない」


「────っ、バカヤローッ!」


「っ!?」


 俺の大声に驚いた花沢さんが、膝に埋めていた顔を上げた。


「全然努力してない? おこぼれ貰ってただけ? ふざけんな! じゃあ、あの冬休みの奇跡みたいなダイエットは何だったんだよ!? 何のために俺があんな無茶な設定をして、一人でやれなんて突き放したと思ってんだ!」


「……そ、そんな、の」


「君に自信をつけてほしかったからだ! 人は変われるんだって、知ってほしかったからだ! 俺だってあんな無茶な設定、クリアできるとは思ってなかった! せいぜいが2キロも痩せてれば上出来くらいに思ってたさ! それでも、ちゃんと痩せてれば俺は手伝うつもりだったんだ」


 でも君は冬休み明け、俺の期待を飛び越えて見せた。

 あんな短期間で11キロ。奇跡通り越してこんなのもうファンタジーだ。

 ほんと、どうやって痩せたんだか。


「だ、だって……あんなの、ちょっと高い燃焼ドリンク飲んで、運動して、間食無くして、メニューちょっと改善しただけだし……」


「言葉で言うのは簡単だよ。けど、実際相当無茶したんだろ? 膝だって痛かったはずだし、筋肉痛だって洒落にならないレベルだったはずだ」


「…………うん」


「やっぱり。どうせ身体壊してもレベルアップで治るからって、無茶したんだろうとは思ってたさ。けど、それでも君はやり遂げたじゃないか。11キロなんて、俺でも落とすのに1年以上掛かったのに。本当、凄いよ。尊敬する」


「そ、そんな……。私なんて全然、加苅くんの方が、ずっと凄いよ」


 まだ言うか。こりゃ相当根が深そうだ。

 ……仕方ない。ちょっと痛いが、荒療治だ。


「────ふんっ!」


 ゴッ! と、固い音が踊り場に響く。

 俺が壁に頭を打ちつけた音だ。


「な、ななな何やってるの!? 駄目だよ死んじゃうよ!」


「ヒール!」


「へ!? な、なに?」


「花沢さんヒール! 使えるだろ! 早くしないとマジで頭かち割るぞ!」


「ひ、ヒール!」


 花沢さんの手から緑色の優しい光が飛んできて、俺の全身を包む。

 切れた額の傷が瞬く間に癒えて、痛みもスッと引いて行く。

 今まで完全に死んでた初級魔法だけど、案外効くじゃないか。


「あー、痛かった。ありがとう助かったよ。今まで1度も使ってなかったけど、よく効くじゃん」


「な、なんであんな事……」


「君は俺が使えない魔法を使える。だから君は凄い!」


「……へっ?」


「俺は料理なんてできないけど、君はできる。しかもめっちゃ美味い。だから凄い! 泣いてるミカ子をそっと撫でてやる優しさも持ってる。俺にはそんな事できない。だから凄い!」


「や、やめてよ……」


 やめない。やめてやるもんか。君は凄いんだって思い知らせてやる。


「君はイジメられてても逃げずに学校に通い続けた! 心が強い証拠だ。だから凄い! あんな短い期間に頑張って11キロも痩せた! 俺には無理だった。この間のテストだって学年10位だったじゃないか! 俺は55位だった。ほら見ろ、俺より凄い所がこんなにあるじゃないか! これでもまだ俺の方が凄いなんて言うのかよ!?」


「そ、そんなの……ちょっと頑張れば誰だって!」


「ほら、やっぱり頑張ったんじゃないか」


「あっ……」


 そうともさ。君が誰よりも努力家だなんて、俺が一番よく知ってる。

 だって君、昔の俺にそっくりだもの。


「俺だって昔は自分に自信なんて無かったさ。デブで、チビで、のろまで、何をやってもダメダメだった。けど、変わりたいって思ったから、そんな自分を変えたいって思ったから、努力して努力して、努力しまくって、気付けばそれが自信になってた。そんなもんなんだよ、人が変わるってのはさ」


「……そう、かな」


「そうだよ。俺が言うんだから間違いない。自信なんてさ、積み重ねた努力の数なんだ。自分に自信が持てないなら、もっと努力すればいい。それだけの事なんだよ」


 口で言うのは簡単だけど、実際めっちゃ辛いけどな。

 辛くない努力も、苦しくない努力も無い。だからそれを耐え抜いた時に自信が付く。


 その努力を楽しめる奴の事を天才というんだと俺は思う。

 兄貴なんかがそれだ。

 でも俺は凡人だから、努力はやっぱり辛いし、苦しいし、退屈にしか思えない。

 だけどそれが、いつか自分の自信に繋がるという事を知っているから。

 だからやってみようという気になる。それだけなんだ。


「……私も、もっと努力すれば、臆病なのも治るのかな……」


「治る。断言しよう。報われない努力なんて無いとは言えないけど、自分の身にならない努力だけは絶対にないから」


「……もっと綺麗になれば、自信が持てるようになる?」


「なる! だからさ、なってやろうぜ。世界一」


「……レベル99」


 その笑顔は周囲の全てを浄化し、歩くだけでどぶ川は清流になり、枯れた野山には花が咲き乱れる。

 その笑顔は万人を魅了し、その言葉は例えしょーもないギャグでも万人の心を震わせる。

 絶対に誰からも嫌われないし、自分でも嫌えない。だって美しすぎるから。

 そこまで行って自分に自信が無いなんて言ったら、そんなの嘘だ。


「2人でそこを目指すんだ。1人じゃ無理でも、2人なら何とかなる!」

 

「2人で……?」


「俺が君を支える。だからさ、2人で見に行こうぜ! あの頂に立った時の景色を!」



 ────正直、最初は全然好みじゃなかった。

 ブスだし、チビだし、デブだし。なんかいつもちょっと汗臭いし。

 でも、そんな自分を変えたいと思って、行動に移した君を、俺は少し見直した。


 君は俺にもできなかったような大減量をやってのけて、なんて無茶をって心配もしたけど、同時に凄い努力家なんだなって尊敬した。


 そして今もどんどん綺麗に可愛くなっていく君に、俺は現在進行形でワクワクしている。

 これから君はどう変化していくんだろう。どこまで美しくなるんだろうって。



「だからさ、こんな所で立ち止まるなよ! ようやくスタート地点を出発したばかりじゃないか! あんなクズに言われっぱなしで悔しくないのかよ!」


 俺は花沢さんに手を差し伸べる。

 彼女の顔に、もう涙はない。


「……こんな私でも、変われる?」


「当然! 俺だって変われたんだ。だったら、俺より凄い君が変われないはずがない」


「……み、見捨てないで、最後まで支えてくれる?」


「ああ、もう一度約束する。俺は君を世界一の美少女にするよ」


 彼女の瞳から、また涙があふれる。

 だけどそれは、悲しみの涙ではなくて、


「…………ふふっ。やっぱり加苅くん、カッコイイなぁ」


 涙を拭いながら、彼女は不器用に笑った。


「覚悟が決まった漢ってのはカッコいいんだぜ? 俺の兄貴がそうだからな」


 自画自賛みたいで恥ずかしいけど、でも、兄貴がカッコいいのは本当なんだからしょうがない。

 それに、覚悟ならとっくにできてる。だったら、俺もカッコイイって事でいいだろ。実際、顔もイケメンになったしな。


 花沢さんは目を閉じて、腹の中に覚悟を溜め込むように、ゆっくりと息を吸い込む。

 そして再び目を開くと、そこには決意の光が灯っていた。


「ふ、不束者ですが、どうか最後までよろしくお願いします……っ!」


「OK任せろ!」


 花沢さんが、俺の手をしっかりと握り返す。


「あーっ! みつけたっ!」


「あ、ミカ子」


 と、ここで花沢さんを探していたミカ子が階段を駆け上がってきて、花沢さんを抱きしめた。


「う、うわぁ~ん! レンちゃぁぁん!」


 ミカ子、まさかの大泣きである。どうやら相当心配していたらしい。

 こいつ、意外と泣き虫だな。


「どこ探しても、ぐすっ、レンちゃんいないし。ア、アタシ、傷つけちゃったと思って……も、もしかして、飛び降りたりしてないかって……そしたら、急に不安になって……うわぁぁぁん!」


「ありがとう、心配してくれて。ほら、涙拭いて?」


 花沢さんが大きな胸にミカ子を抱き寄せて、ハンカチでそっと涙を拭ってやる。


「う゛ぅ……ありがどう……ごめんね、レンちゃん。アタシ、空気読めて無かった……」


「ううん、そんなこと無いよ。お弁当誘ってくれて、私、嬉しかったよ?」


「……ほんと?」


「うん! だから……その、また誘ってくれると、嬉しいなって……」


 花沢さんが照れくさそうに笑う。


「っ! うん、誘う! 毎日行くからね!」


「え、えへへ……嬉しい」


「な? 言っただろ? 無駄な努力なんて無いって」


「……うん。ちょっとだけ、自信出たかも」


「なんの話?」


 話についていけないミカ子がボロボロの顔で聞いてくる。

 俺たちは視線を交わして頷き合う。

 それは勿論、


「「秘密」」


「い、イジワル」


「……ぷっ」


「ふふっ……」


 ミカ子があんまりにも子供っぽいもんだから、俺たちはついつい吹き出してしまう。

 と、ここで昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。

 ともあれ、花沢さんも元気になったようだし、一件落着だな。

 ……あれ? そういえば何か忘れていたような。



「……あっ! 弁当食い忘れた!」




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