努力の価値は 前編
長くなっちゃったから2分割
ミカ子の家の件が解決した翌日。金曜日の、昼休みの事だった。
俺たちの顔面偏差値がどれほど爆上がりしたところで、クラスの中で孤立しているという現実が変わる訳でもない。
だが、完全に変化が無かったかと言えばそんなことも無くて、最近ようやく花沢さんは俺と教室でお弁当を食べるようになっていた。
ようやくの便所飯からの卒業に、目頭が熱くなるのを禁じ得ない今日この頃である。
と、今日も花沢さんと2人ではぐれ者同士、教室の隅でお弁当を広げようとしていたその時だった。
「おーっす! レンちゃん! かがりん! おべんと一緒に食べ行こ!」
ミカ子がクラスの垣根も気にせず、ずかずかと教室に入ってきて人目も気にせずそんな事を言うもんだから、当然クラス中の視線がこちらに集中する訳で。
多分、コイツなりに気を遣った結果だと思われるが、それが裏目に出た感じだ。
「いやお前、クラスにも友達いるんだろ? そいつらと食えばいいじゃん」
俺がそれとなく視線で、空気読めと伝える。
「うっ……つ、つれない事言うなよぉー。ね、ね? 場所変えてさ、一緒に食べよ?」
自分の失敗を悟ったのか、俺たちを強引に教室から連れ出そうとするミカ子。
こんな視線を浴びてもまだ諦めないその度胸は買うが、ここは大人しく引き下がってほしかった。
……何故って? そりゃあお前、ヨシ……なんとかさんがもの凄い顔でこっちを睨んできてるからだよ。
ああほら、立ち上がってこっち来た。来んな来んな、シッシッ! バカが移る。
「あんたさぁ、何なの? コイツらとどういう関係な訳? クラス違うよね?」
「はぁ? アンタこそ何? 友達誘って何が悪いわけ?」
一気に漂い始める険悪なムード。
教室内の温度が一気に下がったような気がした。……念のため録画しとくか。
俺はこっそり録画機能をオンにして、カメラだけが出るようにブレザーの胸ポケットにスマホを仕舞った。
「……去年の事知らないの?」
「知ってるよ? でも、それとこれとは別じゃん。アタシが誰とつるもうとアタシの勝手なんだし、ほっといてくんない? ぶっちゃけウザいんだけど」
「はぁ!? ウザいのはアンタの方でしょ!? なに善人ぶってんだよ!」
「うーわ、ダッサ。マジないわー。アンタ今めっちゃカッコ悪いって自覚ある? 無いなら鏡見てきたら?」
「あぁっ!?」
ヨシなんとかがミカ子の肩を押すが、レベル差でミカ子はビクともしない。
むしろ押した方が床に尻もちをついてしまった。
「痛っ!? 何すんのよ!?」
「はぁ? アタシ何もしてないんですけど? アンタが勝手によろけただけでしょ?」
「嘘、絶対押した!」
録画しといてよかった。こういう時、スマホがあるとマジ便利。
かがくのちからってすげー。
「コイツはなんもしてねぇよ。何なら証拠映像もあるが?」
「はぁ!? 盗撮してんじゃねぇよ変態がよ!」
「暴言は慎んだ方がいいぞ」
絶賛稼働中のスマホを指差して、一応警告しておく。
「うわぁ……徹底してるなぁ」
なんでミカ子まで引いてんだよ。
「大体なんなのよアンタら!? 急に顔良くなったり、痩せたりさぁ! どうせ隠しダンジョンでも潜ってんだろ!? 高校生はダンジョン入れないのにさ! 犯罪者じゃん! 先生に言いつけて退学にしてやるから!」
「違法じゃないですけど何か?」
俺は財布から学生探索者許可証を出してヨシなんとかに見せる。
確かに、最初は違法だったけど、もう違法じゃない。完全な後出しじゃんけんだけどな。
でも、それをコイツにわざわざ説明してやる義理はない。今は許可証を持っているという事実だけあればいい。
それに、仮にチクられてもこっちには藤堂さんがついてるんだ。最悪転校くらいにはなるかもしれないが、その時はその時だ。どーんと構えていればいい。
「な、何よ、コレ……。こんなの絶対おかしい! 花沢ァ! オメェもさっきから知らん顔してんじゃねぇよ! ブスがちょっと痩せたくらいで調子乗ってんじゃねーよ!」
とうとう逆上したヨシなんとかは、今まで隅っこで小さくなって震えていた花沢さんに八つ当たりしだす。
「……っ!」
と、花沢さんは急に立ち上がり、そのまま教室から掛け出てってしまった。
コイツ……っ! 花沢さんになんてことをっ!
「テメェ何八つ当たりしてんだよ! 花沢さんなんも悪くねぇだろうが!」
「ひ……っ!? な、なによ! 犯罪者のくせに! 先生に言いつけてやる!」
そう言ってヨシなんとかは自分の鞄を持ち出して、逃げるように教室から出て行った。
クソッ、クズが!
「ちょっとかがりん! レンちゃん追いかけなきゃ!」
「っ! そうだ花沢さんっ!」
ミカ子の言葉にカッとなっていた頭が一気に冷めた俺は、教室から出て行ってしまった花沢さんを探すため教室から飛び出した。
◇ ◇ ◇
訳も分からず教室を飛び出した私は、逃げなければという感情に追われるように校舎の中を走った。
……なんで逃げてるんだろう、私。
人気の無い方へ、無い方へと逃げて行く内に、私は屋上手前の踊り場までたどり着く。
冬だからか、やっぱり屋上への出口には鍵が掛かっていて、私はドアに背を預けるようにその場に座り込んだ。
「…………やっぱり、駄目だったんだ」
見た目はどんなに変えられても、心はそう簡単には変わらない。
ブスでデブな私は消えても、人見知りでオドオドしてる情けない自分はそのままだ。
加苅くんのお陰で、今までは何となく変われたような気がしていたけど、やっぱり私、何も変わってなかった。
「……ほんと、情けない」
涙があふれる。
やっぱり、私なんか、変わろうとするべきじゃなかったのかもしれない。
いろんな人に迷惑かけて、いろんな人の思いを裏切る事しかできない私なんか。
悲しかった。
彼の思いに応えられない事が。
悔しかった。
彼がいなければ何もできない自分の弱さが。
ここまで見た目が変わったのだって、全部、彼のおかげ。
私はなにもしていないじゃないか。それを、さも自分の努力みたいに。
「……バカみたい」
自分一人じゃ何もできないくせに、変わろうなんて思ったのが間違いだった。
さっきだって、私、なにも言い返せなかった。
それで逃げて……逃げて、どうするんだろう。
もう何処へも行きたくない。何もしたくない。
どうせ変われないなら、何もしないでいっそこのまま……。
「……消えちゃいたい」
こんな情けない自分、いらない。
こんなうじうじした自分、嫌い。
「結局、私なんて何をやっても────」
「それ以上先を言ったら、俺は君を絶対に許さない」
「……か、加苅、くん」
顔を上げると、いつの間にか、そこには加苅くんがいた。




