俺と彼女のダンジョンダイエット 11
明けて翌日。
その日、俺たちは学校をサボってミカ子の家に集まっていた。
「ね、ねえ? 本当に藤堂儀十郎がウチに来るの?」
「昨日ラインで説明したろ? 大丈夫、ものっすごいイケメンだけど、中身は胡散臭い大阪弁の気のいいおっちゃんだから」
さっきからずっとそわそわと落ち着かないミカ子をどうにかなだめていると、ここでインターホンが鳴った。
9時30分。時間ぴったりだ。
インターホンの小さな画面を見ると、そこには物理的にキラキラエフェクトが発生してる冗談みたいなイケメンの姿が。
服装は昨日と同じく高級そうなスーツ姿である。
「うわっ眩しっ!? やば、めっちゃキラキラしてるんですけど!?」
「それよりほら、早く出ないと」
「あっ、そうだね!? お、お待ちしてましたどうぞお入りください!」
『お邪魔するでー』
ミカ子が自動ドアのロックを解除して、藤堂さんをマンションの中へと招き入れる。
しばらくすると今度は玄関の方からチャイムが鳴った。
ミカ子が玄関のドアを開けると、そこには何度見てもキラキラな生の藤堂儀十郎がいた。
「よお加苅くん! 昨日ぶりやな。花沢さんは先日ぶり。ほんで、君が三上さんとこのお嬢さんやな。初めまして、藤堂儀十郎や。よろしゅうな」
藤堂さんが空気清浄効果のある(冗談でなく)爽やかな笑みを浮かべながら、全員に挨拶する。
俺は昨日会っているからすぐに立ち直れたが、花沢さんはしばらく硬直してしまい、突然我に返ったかのようにぺこりと頭を下げて挨拶し返す。
「────っは!? や、ヤバい。ほ、本物! は、初めまして三上美香です! あ、あのっ、アタシ、藤堂さんの大ファンで、さ、サイン貰えますか!?」
そして、一番最後に意識を取り戻したミカ子が、興奮した様子でキャーキャー騒ぎだす。
「はっはっは、三上さんも立ち直るの早いなぁ。心が奇麗な証拠や。ええで、サインくらい。ブロマイドあるからそれに書いたるわ」
「きゃー! ありがとうございますありがとうございます!」
ミカ子、はしゃぎまくりである。
まあ、コイツが面食いのミーハーなのは今に始まった事ではないが。そうでなければ俺とも再会してなかった訳だし。
藤堂さんからサイン入りのブロマイドを貰い、さらにスマホで一緒に記念撮影までしてもらって超ご満悦のミカ子。
「こうやってサインねだられるから、いつも持ち歩いとんねん、ブロマイド」
「そ、そっすか」
流石、人類一のイケメン。ファンサービスにも抜かりが無い。
挨拶もそこそこに俺たちはミカ子の部屋の前へ移動して、ドアを開けてダンジョンの入り口を藤堂さんに見せる。
「うーわ、マジでダンジョン化しとるやんけ。災難やったなぁ。ほんなら早速ダンジョンアタックしてくるさかい、3人はここで待っとってや」
そう言って彼が高らかに指を鳴らすと、一瞬でスーツ姿から神々しい鎧姿へと恰好が変わった。
腰には勇者の剣みたいなカッコイイ剣が差してあって、その美貌も相まって、まさに神話の英雄みたいである。
「お気を付けて」
「が、頑張ってください」
「藤堂さんならできるってアタシ、信じてます!」
「おう! ほんならいってくるわ。三上さん、地図貰うで~」
「あっ、はいっ、どうぞ! いってらっしゃいませ!」
ミカ子がスマホを操作して、地図のデータを藤堂さんのスマホに送る。
地図を受け取った藤堂さんは、まるでピクニックにでも行くかのような気軽さでダンジョンの中へと飛び込んでいった。
「────っはぁ……っ。藤堂さん素敵すぎる。ヤバすぎ」
「お前さっきからそれしか言ってないな」
「だってヤバいしか言葉浮かばないもん! ね? レンちゃんもそう思うよね!?」
「う、うん。確かにすごかったね。……あの蛙、本物だったんだなぁ」
それな。
事実は小説より奇なりって、まさにこの事だと思う。
「NKT……」
「「「うわっ眩しっ!?」」」
め、MEGAAAAAAAA!
MEGA 真っ白で何も見えません。
「おお、すまんすまん。今抑えるわ」
唐突に俺たちの目を焼いた光が目に優しいレベルまで落ちる。それ調節可能なのか。
チカチカしていた視界がようやく回復してくると、ダンジョンに入ってから1分も経ってないのに、藤堂さんは入る前とは最早別人になっていた。
なんというか、今までギリギリ人間の範疇だった美貌が、とうとう神の領域にまで到達した感じだ。
もうここまでくると彼の容姿を言葉で言い表すのは不可能だ。まさに美の化身としか言いようがない。
「流石アマルガムダンジョンやな! ひっさびさにレベル上がって、ごっつ楽しかったわ! お宝もざっくざくやし、しかもちゃーんとコアも回収できた。やっぱしレベル99が鍵やったみたいや。大発見や!」
声をウキウキと弾ませる彼の手の中には、光り輝く拳サイズの金平糖……もといダンジョンコアがしっかりと握られていた。
「お、おかえりなさい藤堂さん。って言うか、クリアするの早すぎませんか!?」
「なに言うとんねん加苅くん。特殊ダンジョンとはいえ、まだレベル1やぞ? そんなもんワイからすりゃ、ほんのお散歩コースやがな。ダーッと行ってプチプチッとしてボカーンで終わりや」
んな大雑把な。
罠だってあったのに……ああ、全部漢解除したのか。当たる訳ないもんな、この人に。
罠が作動しても当たる前に駆け抜けちゃえば問題ない。
それこそがこの国に伝わる伝統的な罠解除法。その名も漢解除。
ゲームの中では一般的な方法だが、現実でこれをやるには半分以上人間辞めてないとできない。真の漢にのみ許された力業である。
と、コアを失ったせいか渦を巻いていたダンジョンの入り口はしゅるるる~っと小さくなって、最後はパッと消えてしまった。
すると現れたのは、可愛いぬいぐるみがいっぱいの、存外ファンシーなミカ子の部屋で……。
「だ、ダメダメダメ! 何見てんの変態!」
顔を真っ赤にしたミカ子がすぐにドアを閉めてしまい、それ以上中を見ることはできなかった。
やっぱりお前、ギャルなのは見た目だけかよ。中身乙女じゃねぇか。
「ほんじゃ、目的も達したし、そろそろお暇させてもらうわ」
藤堂さんがまた指を鳴らして衣装を元のスーツ姿に戻すと、大きな金平糖……じゃなくて、ダンジョンコアを手の中で弄びながら、片手を上げて挨拶する。
「もう帰っちゃうんですか!? まだお茶もお出ししてないのに……」
「すまんなぁ三上さん。なるだけ早く済ませろゆうて、マネージャーが五月蠅いねん。いつかまた機会があればお邪魔する事もあるかもしれへんし、お茶はそん時まで取っといてや。近い内に君のご両親をSランクにっちゅう話も来とるみたいやし」
「えぇっ!? それ、マジですか!?」
「あ……これ、誰にも言ったらアカンやつやったっけ。すまん、今のナイショで頼むわ。ほんなら、お邪魔しました~」
最後にとんでもない事をさらりと漏らして、逃げるように藤堂さんは去っていった。
ほんと、嵐みたいな人だ。
「あ、そうそう! ダンジョンの再現に成功したら、真っ先に連絡するで、いつになるか分からんけど楽しみに待っとってや! ほんじゃ、今度こそさいなら~」
と、再び玄関のドアが開いて、言い忘れた事を伝えた藤堂さんは、今度こそ本当に帰っていった。
「や、やっぱり、とんでもない人だったね」
花沢さんがしみじみと呟く。
「ほんとにな。あ、そういえばミカ子、アルバムは?」
「あっ!?」
ミカ子が今頃思い出したみたいに部屋に飛び込んでドアを閉める。
中からゴソゴソと何かを探す音が聞こえ、すぐに「あったー!」と大きな声が響いて、アルバムを抱えたミカ子が部屋から出てきた。
「あったよ! 部屋の中も全然荒れてなくて元のままだった! あぁ、よかったよぉ~!」
余程安心したのか、ミカ子がアルバムを抱きながら泣き出してしまう。
嬉し泣きするミカ子の背中を花沢さんが優しく撫でる。
最近気づいたが、花沢さんってかなり母性あるよなぁ。
「よかったね、ミカちゃん」
「うん……うん……っ! ありがどう、2人とも、ほんどうにありがどう」
「ははっ、俺たち殆どなにもしてないけどな。涙でメイクボロボロじゃないか。ほら、これで涙拭けって」
俺は制服のポケットからハンカチを取り出してミカ子に渡してやる。
「う゛ぅ~、ありがどぅ……でも、あんま見んなぁ~」
「はいはい。じゃ、俺もそろそろ帰るからな。ハンカチはやるよ」
「う゛ん。……ありがど」
「じゃ、花沢さんも、また」
「うん」
俺はミカ子と花沢さんに挨拶してから三上家を後にする。
……さて、この後どうしようか。
思いのほか藤堂さんのダンジョンアタックが早く終わってしまい、すっかり時間が余ってしまった。
「……たまにはゲーセンでも行くか」
今更学校に行く気にもなれず、俺は駅前にゲーセンがあったことを思い出して、そこで1日時間を潰すことにしたのだった。




