俺と彼女のダンジョンダイエット 10
翌日、俺の家の前に白のランボルギーニがやってきた。運転手は松岡氏だ。
まさかの高級外車での訪問に母さんがビビりまくっているが、大丈夫だからと言って母さんをなだめて、俺は車の助手席に乗り込む。
俺がシートベルトを締めると、車は緩やかに発進する。
「どうも松岡さん。先日ぶりです」
「君も随分と藤堂さんに気に入られたね。あの人がここまでするなんて滅多にないんだよ? この車もあの人のやつだけど、足はちょっとでも速い方がいいなんて言って、私にぽんっと鍵投げ渡してさ。……あの人は私の事を都合のいいパシリか何かだと思ってるんじゃないか」
「いやあ、あはは……なんか、すいません」
突然愚痴り出す松岡氏。
頭もおでこの辺りが大分キてるし……苦労してるんだろうなぁ。
「おっとすまない。つい愚痴が。それから、すまないついでに私からもお礼を言わせてくれ。あの珍生物の戯言を信じてくれてありがとう。おかげで我が国は救われた」
「そんな大げさな……話でもないですよね、あの人の場合」
「ほんとにな。冗談みたいな人だよ」
なにせあの人がたった1回ダンジョンに潜るだけで、数百億円規模の利益を持ち帰るんだから。誇張無しにこの国に無くてはならない存在だ。
国道に入ったランボルギーニはそのまま高速に乗り、東名高速を東へと猛スピードで突っ走る。
すげぇ、ウチの軽とは加速力が全然違う。
そのまま1時間ほど爆走したランボルギーニは、首都高へ入ると軽い渋滞に捕まって速度を落とし、西銀座ジャンクションから銀座の街へと下りる。
初めての高級外車で初めての銀座という、ちょっとした異世界体験に湧き上がる興奮を抑えつつ、助手席に座って大人しく待つことしばし。
車はとあるビルの地下駐車場へと下りて、そこでようやく止まった。
「さ、ついてきて」
「は、はい」
松岡氏に続いて車を降りた俺は、彼の背中を追いかけて地下駐車場のさらに奥へと進んで行く。
駐車場の奥には電子ロックの掛かった金属製のドアがあり、松岡氏が機械にカードを翳すとロックが外れて、そのまま2人で中へ入る。
扉の向こうにはエレベーターがあり、そこでも松岡氏が別のカードを翳してロックを解除して、エレベーターに乗ってさらに地下へ。
なんだか妙にセキュリティが厳重だが、本当に俺なんかが入っていい場所なのだろうか? 不安だ。
20秒ほどで再びエレベーターのドアが開くと、そこはドラマとかに出てきそうな会員制の高級クラブだった。
広い地下空間の中にはいくつかのテーブル席があり、それぞれがパーテーションで仕切られて中の様子が見えないようになっている。
むせ返るようなお酒とたばこと香水のニオイが鼻を突いた。
明らかに未成年が入っちゃ駄目なとこじゃないのここ。
しかしそんな俺の内心などお構いなしに、松岡氏は店の奥へと進んで行き、カーテンで仕切られたVIP席と思われる個室へと俺を案内した。
すると革張りのソファーの上で足を組む、高級そうなスーツを着た神々しいまでの美青年がこちらに気付いて手を挙げた。
「おお来たか! すまんなぁ、こんなとこまで呼び出してもうて」
「……っは!? あぁ、その喋り方は藤堂さんだ」
「立ち直るの早いな。心が奇麗な証拠やで加苅くん」
見た目と喋り方のギャップで、ようやく俺は凄まじい美貌を目の前にしたショックから立ち直る。
こ、これが生の藤堂儀十郎か。なんかもう、凄い以外の言葉が見つからない。
物理的にキラキラエフェクトが発生してる人類なんて、この人くらいのものだ。
「さて、それじゃ飯でも食いながら話そか」
そう言って藤堂さんが指を高らかに鳴らすと、美人のバニーガールたちが続々と高そうな料理を運んでくる。
多分フランス料理なのだろうが、どの皿も見た事ないようなものばかりで、どれがどういう料理なのか全くわからなかった。
あまりに現実離れした光景に脳の処理が追い付かない。なんだこれは、本当にここは現実世界か?
運ばれてきたオシャレすぎる謎肉をナイフとフォークで切り分けて食べてみるが、美味いという事と、牛肉ではないという事以外何も分からない。
あぁ、花沢さんの茶色い手料理が恋しいよぅ。
「どや? 美味いやろ? 子羊のソテー」
「美味いってことくらいしか分かんないです」
「はははっ、高校生なら肉の方が喜ぶか思ったんやけど、ちょーっと高級すぎたかいな?」
多分、この1皿で我が家の1週間分の食費くらいの値段はするんじゃなかろうか。知らんけど。
「お偉いさんとばっかし飯食っとると、こういう感覚麻痺してかなわんわ。今度は回らん寿司奢ったるで勘弁してや。……ほんで? 誰にも聞かれたくない秘密のお話ってなんや?」
「あっ、はい。実は────」
俺は知り合いの女子の部屋がアマルガムダンジョンになってしまった事と、ミカ子の事情を交互に説明した。
「……ま、マジで言っとる? ソレ?」
「はい、すでにマップはボス部屋までのルートは埋まってますし、イビルアイとアマルガム以外のモンスターが出てくる気配はありませんでした」
「だ、大発見じゃないか! アマルガム狩り放題なんてまさに人類の夢だ!」
同席していた松岡氏が興奮を抑えきれずに立ち上がり、食い気味に俺に迫る。
「なるほどなぁ。奴らを夢中で追いかけてたらイビルアイのビームでズビュンって訳か。中々悪辣なダンジョンやんけ。……しかし、オトンとの思い出のアルバムか。そら困るわなぁ」
「自分たちじゃ対処できないし、かと言って役所に連絡しても多分対応しきれないかなって思って、藤堂さんに相談したんですけど……どうですか?」
「うーん、そらワイなら楽勝やけど、アマルガムダンジョンやしなぁ。潰すのは勿体ないなぁ……」
藤堂さんは美しすぎる顎に手を当てて、しばらく考え込む。
「……よし。ならいっちょ、コアもぎ取って来るか」
「えっ、コアって取れるもんですか!?」
「ああ、実はな────」
これは藤堂さんが今まで何千という数のダンジョンを完全攻略してきた経験から得た感覚らしいのだが、なんでもダンジョンのコアは、頑張れば台座からもぎ取れそうな気配がするのだとか。
しかし、何度試してもコアは取れず、何か条件があるのではないかと今まで試行錯誤してきた結果、なんとなくだが、自分のレベルが上がるごとに取れそうな気配は強くなってきている気がするらしい。
彼の予想では恐らくレベル99まで上げれば、なんとかなるんじゃないかと睨んでいるそうで、今回はアマルガムダンジョンで残り5レベルを一気に上げて、それからコアの収穫を試みてみよう、という事だった。
「────と、いう訳やから、松岡。明日の予定全部キャンセルな。アマルガムダンジョンのお引っ越し、試してみる価値は十分あるやろ?」
「……はぁ、言うと思いましたよ。分かりました、三上夫妻には大使館を通じて連絡しておきます。ただしやるからには絶対に成功させてくださいよ!? 各所に頭下げるの私なんですからね!?」
「誰に言うとんねん。ワイは藤堂儀十郎やぞ? っちゅーわけで明日の朝、三上さん家にお邪魔するから。はい決定!」
藤堂さんが一拍手を叩き、満面の笑みを浮かべた。店内の空気が一気に澄み渡る。
あっ、これ、多分仕事サボる言い訳にされたな。
「い、いいんですか、そんな急に」
「ええねんええねん。変な横槍入る前にパーっとやってまえ。やっぱりワイの勘は正しかったわ! 君は探索者に必要なモノを持っとる。これは稀有な才能やで? これからも仲良うしような、加苅くん!」
こうして藤堂儀十郎の三上家訪問は僅か数分で決まった。
藤堂さんとかいう作者の便利ツール ※ご利用には用法と容量を正しくお使いください(他人事)




