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俺と彼女のダンジョンダイエット 6

ちょっと長め

「……本当にあなた、あの藤堂儀十郎さんなんですか?」


『だから何度もそう言っとるやろ。今はこんな見た目やけど、間違いなくワイは藤堂儀十郎や』


 花沢さんが疑わしげな視線を変な蛙に向ける。

 しかし変な蛙は相変わらず自分が藤堂儀十郎であると譲らない。

 さっきからずっとこんな調子だ。


 あれから俺たちはプリケツ蛙を連れてダンジョンから脱出。

 その後、藤堂さん(?)が俺のスマホでどこかに連絡を取り、謎の16桁の数字を伝えると、すぐに迎えが来るというので現在はリビングに移動して待機中である。


 花沢さんのおばあさんは今日は老人会でお出かけなので、今は家にはいない。

 もしいたらこのグロテスクな人面プリケツ蛙を見て腰を抜かしてしまうだろうから家に不在だったのは幸運だった。


「……信じたくないです」


『それはワイのセリフやでお嬢ちゃん……』


 俺だって信じたくないよ。こんなのがあの藤堂儀十郎だなんて。

 彼の美貌を映せないことを悔やんだ道頓堀が澄んだ清流になるなど、冗談みたいな()()の数々を持つ神話級の美男子だった彼が、こんな……ねぇ? あんまりすぎる。


「ところで誰か呼んだみたいですけど、人なんて呼んで大丈夫なんですか? 今の見た目だと新種のモンスターだと思われて即討伐されかねないと思うんですけど」


『そこは対策済みや。さっき緊急コード伝えたからな。あれはワイの身に常識では測れないような事態が起こった時にだけ使えんねん。せやから、多分大丈夫……だといいなぁ』


「やっぱり不安なんじゃないっすか」


 と、ここで迎えが来たのかチャイムが鳴った。

 インターホンの画面に映ったのは、黒い背広姿のエリート官僚風の40代くらいのおじさんだった。

 その姿を見て藤堂さん(?)が頷いたので、俺と花沢さんは玄関まで移動して来客を出迎える。


「突然お邪魔してすいません。私、こういうものです」


「あ、ご丁寧にどうも」


 俺たち2人に渡された名刺には、迷宮庁探索者支援課、松岡永樹(まつおかえいき)(42)とある。


「それで、藤堂はこちらに?」


「あっ、はい。そう……なのかな? 多分、そうです」


「多分とは?」


「あー、えっと、本人いわく呪いを掛けられたらしくて、それで今、かなりショッキングな姿になってます。だから、その……攻撃とかしないであげてくださいね」


「……成程。分かりました」


 俺たちの言葉から大体の事情を察したらしい背広の人は、覚悟を決めたような顔になって軽く頷いた。

 そのまま俺たちは彼をリビングへと案内する。


『よぉ、松岡。ワイやで』


 リビングへと通じるドアを開けると、そこにはプリップリの美尻をこちらに向けて黄昏る肌色蛙の姿が……。

 改めて見てもやっぱりヒドイ。

 

「ぶふぉっ! ほ、本当に藤堂さんなんですか!?」


『なにわろとんねん松岡ぁ! 

緊急コード9872812287661348。まだこれでも疑うんか』


「……確かに。それは藤堂さんしか知らないはずのコード。ああ、ぷふっ。あの藤堂儀十郎が、こんな、珍妙な、姿に……ふふふふっ」


 松岡氏は笑いを堪えつつ片手で口元を抑える。


「……はぁ、笑った笑った。とりあえずあなたが本物の藤堂儀十郎である事は間違いなさそうですね。それで? どうしてそんな姿になって、ここにいるのか、全部説明してもらいますよ」



 それから、藤堂さん(仮)は、今まで自分の身に起きた全てを語った。

 世界最大・最恐として名高い、富士ダンジョンの最深部でボスに呪いを掛けられた事。

 そのせいでレベルを大幅に下げられ、変な蛙の姿になってしまった事。

 そして、次元の狭間に飛ばされて、気が付いたらこの家のダンジョンへと転移していた事。

 そしてそこで出会った俺たちに、ここまで連れてきてもらった事。



「……成程。事情は分かりました。ですがそうなると、この2人は違法ダンジョンに潜っていたという事ですよね?」


『せやから、この2人が罪に問われず、この先も探索を続けられるように便宜図ったってや』


「また無茶な事を……」


『ええやんけ。ワイの命の恩人やぞ? それってつまり、この国の救世主とちゃうんか? 多少の便宜くらい図ったらな罰当たりやで』


「…………はぁ。分かりました、分かりましたよ! やりゃあいいんでしょう、ったく……」


『頼りにしとるで~、松岡』


 本当に通っちゃったよ。

 しかもどうやら、コイツ、いや、この人、本当に本物の藤堂儀十郎らしい。

 うわぁ、マジかよ。信じたくねぇ!


「と、いう事なんで、とりあえず君たちには、探索者高専の学生探索者許可証を特別に発行してもらう形で通します。家に探索者許可証を持つ者が在住していれば、私有地にダンジョンを保有していても問題ありませんから、ついでに役所にも届け出を出しますけど問題ありませんね?」


「「アッハイ」」


 早口で畳み掛けてくる松岡氏に、俺たちは半分以上理解できないまま咄嗟に頷いてしまう。


「ではそのように。それでは、我々はこの辺で失礼します。ほら、行くぞこの珍生物!」


『何キレとんねん』


「あんたのせいで余計な仕事が増えたからだよバカ野郎が!」


『なんやと貴様! マネージャーの分際で! あんまりナマ言うともう仕事したらへんからな! あっ、お礼の品は数日中には送るで安心してや! ほなな~』


 と、1人と1匹で漫才を繰り広げつつ、松岡氏と藤堂さん(蛙)は、松岡氏が乗ってきた黒のセダンに乗って帰っていった。

 猛スピードで走り去っていくセダンの背中を見送りながら、俺たちは同時に深く、ふかーく、溜息を吐いた。


「なんか、凄かったね……」


「あ、ああ……。なんか疲れちゃったし、今日はもう解散にしようか」


「う、うん」


 と、そんなわけで、俺はまだ食べていなかったお弁当をしっかり食べてから、花沢さんの家を後にするのだった。

 今日もお弁当美味しかったです、ごちそうさま。



 ◇ ◇ ◇



 今まで無許可でやっておいてなんだが、Sランク探索者のスーパーパワーで強引に許可証が発行されるらしいので、それが届くまでの間、俺たちはダンジョン探索を自粛することにした。

 と、そんな訳で唐突に暇になってしまった翌日の放課後の事である。


「おーい、かがりーん! 待って待って!」


 俺がいつも通りに誰よりも早く教室から出ると、そんな俺を呼び止める声が掛かった。

 聞きなれない呼ばれ方に眉を顰めつつ振り返ると、幽霊女からギャルに転生した三上美香がこちらに向かって手を振っているではないか。


 昔はもっと人の視線に敏感な印象だったのに、すっかり図太くなっちゃってまぁ。

 ともあれ、目立つから廊下で大声で呼ぶのはやめてほしい。


「誰がかがりんだ。別に大して仲良くしてるわけでもないのに変な呼び方すんなよ」


「えー、冷たいなぁ。いいじゃん、もうアタシら友達っしょ? あ、それよりかがりん、ライン見てないっしょ!?」


「は? ……あー、ごめん、朝見たら充電切れてたから家に置きっぱだ」


「はぁ!? なにそれマジありえないんですけど!? スマホ無くてどうやって生きてくのアンタ!?」


 いや別にスマホ無くても生きてはいけるだろ。

 

「大体、一昨日からライン送ってるのに全然既読つかないし……。かがりんさぁ、もうちょっとスマホ気にしなよ?」


「いや、だって家族以外から連絡なんてまず無いし」


「そう言う事真顔で言うのやめな? こっちまで悲しくなるし。あっ、それより放課後暇っしょ? ちょっと付き合ってくんない?」


 一気に距離を詰めてきたミカ子は、俺の胸元にしな垂れ掛かると、上目遣いで勝手な事を言い出す。くっ、あざとい!

 暇とか勝手に決めつけんなよ。つーか、距離が近い。


「やだっ!」


「即答かよ!? しかもやだとか」


「そもそも俺、暇じゃないし。さっさと帰って核戦争の危機を阻止しなきゃいけないからな」


「いや、ゲームしたいだけじゃん!? いいからほら、行くよ!」


「あっ、おいコラ!? 引っ張るなよ!」


 色々と理由を付けて帰ろうかと思ったのだが、強引に手を握られてしまっては敵わない。

 今のレベル差なら振りほどくのは容易だが、逆にそれで怪我をさせてしまうかもと思うと、下手に手を振りほどく事もできなかった。


 俺はミカ子に引っ張られて一緒に校門を出ると、そのまま駅の方まで歩いて家とは逆方向の電車に乗せられる。


「なあ、おい。マジでどこに連れてく気だよ」


「んふふ~、い・い・と・こ♡」


 純情な男心を弄ぶかのような小悪魔めいた妖艶な笑みに、俺は思わずドキッとしてしまう。

 こうして改めて見ると、やっぱコイツかなり可愛いんだよな……。


 って、なにドキッとしてんだ俺!?

 こいつは俺の過去を知ってるんだぞ。こういう思わせぶりな態度で近づいてくる女には絶対に裏があるって、兄貴も言ってたじゃないか。

 こうやって変に期待させといて、どうせ俺に何かさせるつもりなんだろう。



 5つ先の駅で降りた俺たちは、ミカ子を先頭にして駅前の繁華街を進んで行く。そして、大きなゲームセンターの前を通り過ぎると、ミカ子は脇へと続く路地に入る。

 道を1つズレただけで、スナックやパブなどの看板が増え始め、やがていかがわしいピンクの看板やラブホテルなんかもチラホラと見え始める。


 おい、おいおいおい、まさか、マジなのか? いやいやいや、そんなまさか。


 などと悶々としている内にラブホの前を素通りして、ミカ子はさらに奥へ奥へと進んで行く。

 やがて周囲の景色はマンションなどが立ち並ぶ住宅街へと姿を変えた。


「はい到着!」


 そう言ってミカ子が止まったのは、一棟の高級そうなタワーマンションの前だった。


「おい、こんなとこまで連れてきやがって。いい加減何が目的か話せって。大体どこだよここ」


「ここ? アタシんちだけど。さ、1名様ごあんな~い!」


「ちょ、ちょっと待ったぁ!」


「えっ? あれ、花沢さん!?」


 理由も分からずミカ子の家にご案内されそうになった直前、背後から花沢さんが突然現れて、俺たちに待ったの声を掛けた。


「……誰?」


 ミカ子が怪訝そうな顔で俺に尋ねる。


「いや、同じクラスの花沢さん。そもそも、なんでこんな所に花沢さんがいるのさ。家、反対方向でしょ?」


「そ、それは、その……ごめんなさい。加苅くんたちがどこ行くか気になって」


「そ、そっすか……」


 君もなかなか大胆な事するね!?


「そ、それはそうとして! いきなり女の子が男子を家に招くなんて、そ、その……は、破廉恥です!」


「いやそれ、君もだからね? ブーメランだからね?」


「加苅くんは黙ってて」


「アッハイ」


 なんだこれは。何なのだコレは!?

 なんで修羅場みたいな感じになってるの!? 

 俺が一体何をしたというんだ! 誰か、俺に状況を説明してくれ!?


 と、ここでミカ子が底意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「……ふぅん? 別にアンタたち、付き合ってるわけでもないんでしょ? だったら別にアタシがコイツをどうしようと、アタシの勝手だと思うんだけど?」


「そ、それは……そうかも、しれないけど……」


 ミカ子の言葉にさっきまであんなに勢いのあった花沢さんが一気に萎れていく。

 ああ、負けないで花沢さん!


「……ぷっ。ふふふ、あはははは!」


 と、突然、ミカ子が堪えきれなくなったかのように笑いだす。


「な、何がおかしいんですか!?」


「ふふふっ、ごめんごめん。別にこの人ウチに連れ込んでどうこうとか、そういうんじゃないから。ちょっと頼み事しようと思ってただけなの。ごめんね、からかって」


「……へ?」


「うーん、この際だし、あなたにも手伝ってもらおうかな。つー訳で、予定を変更して2名様ご案内でーす!」


 何が何やら分からないまま、ミカ子と一緒に入り口の自動ドアを潜り、そのままエレベーターに乗って最上階へ。

 エレベーターを降りるとすぐ目の前に玄関扉があって、ミカ子が鍵を使ってドアを開ける。


「さ、上がって上がってー。今親いないから遠慮しなくていいよー」


「「お、お邪魔します……」」


 ミカ子に案内されて、俺たちはそのまま彼女の部屋の前まで通される。


「さて、かがりん達に頼みたい事ってのはね……」


 ミカ子が自分の部屋のドアを開ける。するとそこにあったのは────


「金曜日に帰ってきたらこんな風になっててさ。貴重品とかは鞄に全部入ってたからいいんだけど、やっぱ困るじゃん? 部屋使えないとさ」


 いつも見慣れた、白い渦。

 それはどこからどう見ても、見間違えようも無く、


「それに今、ウチのパパとママ、海外出張中でさ? 2人が帰って来るの、半年以上先だし、だったら2人が帰ってくるまでに自分でどうにかしちゃえって思って。でも1人だけだと危ないかもだし……だからさ、一緒にちゃちゃっと攻略しちゃお? ね、お願いっ!」



 ダンジョンの入り口だった。



藤堂儀十郎プロフィール


54歳(肉体年齢はレベルアップ効果で20代後半くらい)

現在レベル94.だが、呪いによってレベル1相当にまで能力が低下していた。

ちなみに、他のSランク探索者は80くらいである。

小国くらいなら一人で更地(誇張無しで)にできるくらいには強い。


言わずと知れた世界最強。探索者界にこの人アリというくらいの超有名人。

数々のダンジョンを踏破し、世界最高レベルのダンジョンの最短攻略記録を持つリアルRTAさん。


彼の美貌を映せない事を悔やんだ道頓堀が澄んだ清流になったなど、冗談みたいなイケメン伝説(実話)が幾つもある、正真正銘、世界一のイケメン。


コッテコテの胡散臭い大阪弁で喋るが、それは彼の美貌で正気を失ってしまう人々のために、あえて似合わない喋り方をする事で釣り合いを取っているから。

ちなみに、大阪生まれではない。


世界最高峰の美貌とは、つまりそういう事。



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