もの凄く醜いプロローグ
冬休みを目前に控えたこの時期、クラスの中は二つの人種に分けられる。
つまり、リア充と、そうでない奴。この二種類だ。
明日に終業式を控えた12月21日。その昼休み。
教室の中を見渡せば、彼氏や彼女がいるスクールカースト上位の奴らは、すぐそこまで迫っている性夜(誤字ではない)を前に、すでにピンク色のいかがわしいオーラを全身から滲ませている。
……いや、あいつら年中発情期だから時期とか関係なくいつも通りだわ。
彼氏や彼女がいなくても友達はいるスクールカースト中位の奴らは、無意味な彼女欲しいアピールを垂れ流しながらも、それぞれの友人たちと過ごすクリスマス計画の打ち合わせに忙しい。
では、スクールカーストの最底辺。彼女もいなければ友達もいない俺のような奴はどうなのかと言えば、やっぱりいつも通り、静かに教室の隅でゲームに勤しんでいた。
ゲームといっても、スマホゲーではない。
ちゃんとした(というのも変かもしれないが)携帯ゲーム機の方だ。
どうにも俺はスマホゲーには馴染めない体質のようで、ゲームをするならちゃんと専用のハードがある奴をがっつり遊びたいというのが最近辿り着いた結論だった。
多分、俺みたいな奴の事を根っからのゲーマーというんだろう。
そんなゲームに夢中の俺に話しかけてくる奴はこのクラスに1人もいない。無視されているからだ。
今年の6月ごろまでは、オタクグループの連中とは普通にゲームの話題で盛り上がったりもしていたし、それなりの付き合いもあった。
しかし丁度その時期に起きたある事件を境に俺はクラスの全員から関わったらいけないヤバい奴と認識されるようになり、それ以来俺はこのクラスでは触れてはいけないものとして扱われている。
別に俺としては話す相手がいなくてもゲームしていれば楽しいので気にしてないし、この現状だって自分の意志を通した結果なのだから、むしろ誇らしくもある。
そもそも俺自身、こんなクズどもと仲良くするつもりなんて毛頭無いので丁度良かった。
ただ喧しいだけの騒音を遠ざけるために、イヤホンの音量を最大まで上げる。
中ボス戦の壮大なBGMが俺をゲームの世界へとさらにのめり込ませていく。
だが、そんな俺を現実へと引き戻すように、後ろからそっと肩が叩かれる。
振り返るとそこにいたのは────
「……何? 花沢さん」
まず目に飛び込んでくるのは今にもボタンが吹き飛びそうな、ぱっつぱつのブレザー。
スカートのサイズは見るからに特注サイズで、そこから突き出した短い脚はまるでハムのよう。
間違いなくおっぱいはクラスで一番大きいけど、同時にお腹まわりもクラスで一番のメガトンボディ。
スカートを履いてなければ女子高生とかそれ以前に女として認識できない。
パンパンに膨れたニキビだらけの赤ら顔に輝くつぶらな瞳がチャームポイントのこの珍生物こそ、俺がクラスメイトから無視されることになった原因。
クラスで一番巨乳でブスな女子、花沢華恋だった。
「あ、えっと、フゴッ、ちょ、ちょっと相談が……」
その容姿のせいで俺と同じくスクールカーストの最底辺を行く彼女が、豚みたいな鼻をぷひぷひ鳴らしながら俺に話しかけてくる。
たったそれだけで、教室内の雑音が「すっ……」と静かになった。
突き刺さるクラスメイトたちの冷ややかな視線に、花沢さんの額から脂汗が噴き出す。
……はぁ。そういうとこだぞお前ら。
人を視た目で判断するお前らのその浅ましい性根が俺は大嫌いなんだよ。
確かに花沢さんは救いようのないレベルのドブスだけど、だからといってイジメていい理由にはならない。
「……はぁ。屋上いこうか」
「え、あ、うん……」
好奇の視線に晒された哀れな珍獣の話を聞いてやるため、俺は彼女を連れて教室を後にした。
◇ ◇ ◇
屋上に移動しようとした俺たちだったが、屋上のドアに鍵が掛かっていたため、その手前の踊り場で話を聞くことにした。
人目がなければいいのでここでも問題はない。
「……つまり、ダイエットしたいから一緒にダンジョンに潜ってくれと?」
「ざ、ざっくり言えば、そうなる……かも」
さて、それで肝心の相談内容なのだが、これがまた随分と、とんちきな内容だった。
曰く、今朝彼女は家にある自分の勉強机の引き出しがダンジョン化しているのを発見したらしい。
そのまま放っておくわけにもいかず、念のため内部を少し探索したらしいが、出てきたモンスターが想像以上に怖くて逃げだしてしまったのだとか。
役所に通報しようかとも思ったようだが、それをすると家ごと政府に差し押さえられて強制的に引っ越しすることになるので、それは困ると思いとどまり、引き出しをガムテープで封印してそのまま登校。
そして今に至る……という訳だ。
それで、学校に来てから色々考えた結果、彼女はその引き出しダンジョンでレベルを上げて、ダイエットして美しくなると決意したようだ。
しかしやっぱり1人で挑むのは怖いので、俺にも一緒について来てほしい、との事である。
ダンジョンでレベルアップすると身体機能が強化され、ついでにアンチエイジング効果や、見た目も遺伝子・骨格レベルでどんどん美しくなっていくことは、テレビなどでよく紹介されているから勿論知っている。
だから彼女がダンジョンに挑もうとする理由は理解できるし、美しくなって自分を馬鹿にしているクラスメイトたちを見返したいというなら好きにすればいいと思う。
でも、なんで最後に俺が出てくるのかがさっぱり分からない。
1人で挑むのが怖いなら、父親にでも頼めばいいだろうに、どうしてわざわざ特に仲良くもない俺なんかに頼む必要があるというのか。
「お父さんもお母さんも、どっちも海外だし。まさかおばあちゃんに頼むわけにもいかないし、こんな事頼めそうな人、加苅くんくらいしか思い当たらなくて……」
「でもそれ、俺が引き受ける理由が無いよね?」
「ふごっ……」
別に仲がいいわけでもないのに、二つ返事で危険の伴う作業を手伝うなんて馬鹿のする事だ。
「モンスターが怖いから手伝ってくれだって? そんなの、探索者協会のデータベースに対処法が乗ってるでしょ。自分の事なのになんで最初から人任せなわけ? 順序違くない?」
「う、うぅ……」
「別に今の自分を変えたいって思うのは自由だし、その気持ちも尊重するけど、人に手伝ってもらって楽に痩せようなんてそもそもの考えが甘すぎる。甘ったれるな!」
「…………」
俺の言葉にとうとう言葉を失った花沢さんは、無いアゴを三重に弛ませながら俯いて黙りこくる。
俺はしばらく彼女からの反論を待ったが、下を向いたまま動かない。
……はぁ、時間を無駄にした。戻ってゲームしよ。
「……痩せてる加苅くんに、デブの気持ちなんて分かんないよ!」
だが、その場を去ろうとする俺の足は、花沢さんの心の叫びに引き留められる。
「……身体が、動かないの! 膝は水が溜まってギシギシ音が鳴るし、お腹が邪魔で足元も見えない! 足だって遅いし、すぐに息も切れる! 変わりたいよ! でも、この醜い脂肪が邪魔でどうしようもない! そんなデブの気持ちなんて、痩せてるあなたには分からないでしょ!」
こんな大きな声で喋る彼女は、今まで見たことが無かった。
だからこそ、それが彼女の心の底から出た言葉なのだと、俺は信じることができた。
変わりたい。そんな彼女の思いは嫌というほどよく分かる。だって、今の彼女は昔の俺そのものだから。
「……そんなの、分かるに決まってるだろっ!」
「……っ!?」
「見ろ!」
「そ、それは……!」
俺はブレザーのボタンを外し、シャツを捲り上げて自分の腹を彼女に見せつける。
そこにあるのは引き締まった綺麗なウエストなどでは断じてない。
弛んで余ったぶよぶよの皮と、肉割れの線が何本も走る、みっともないデブの名残。
だが、俺はあえて彼女にそれを見せつける。
だってそれは、俺が果てしない努力の末に勝ち取った名誉のトロフィーでもあるから。
「デブの気持ちが分からない? 分かるに決まってるだろ! 俺も中学までは滅茶苦茶デブだったからな! あの頃は皆からデブだの豚だのと笑われて馬鹿にされたよ。でもな、俺はそれが嫌で悔しかったから、絶対に見返してやるって誓ったから、ここまで痩せる事ができた!」
だからこそ俺は覚悟も無く痩せたいだの、変わりたいだのと言う奴が許せない。
楽して痩せるダイエットなんてこの世に存在しないし、してはいけない。
そもそも腹に溜まった贅肉はすべて誘惑に負けて楽した結果積み重なっていくのだ。
それを取り除くのが楽であってたまるかよ。
「痩せるってのはな! 辛いんだよ! 苦しいんだよ! それをテメェ、ダンジョンでレベル上げて楽して綺麗になろうだぁ? 冗談じゃねぇっ! ダイエットの苦しみを背負う覚悟もない奴に、変わりたいなんて言う資格は無いっ!」
「っ!」
一息に放った俺の言葉が余程衝撃的だったのか、花沢さんは驚いたような顔のまま、また動かなくなってしまう。
……話は終わりだ。
これ以上、俺から彼女にかける言葉は無い。
だが、今度こそその場を去ろうとする俺の背中に、またしても花沢さんの声が届く。
「……そう、だよね。わたし、間違ってた。変わるなら、変わりたいなら、まず努力しなきゃだよね……!」
どうやら、俺の言葉は彼女の心に火を付けたらしい。
新たなダイエット戦士の誕生に、俺はかつての自分を思い出し、思わず笑みが深まるのを自覚した。
「……10キロだ」
「えっ……?」
「この冬休み中に、自分の力だけで今より10キロ痩せられたら、ダンジョンの件、手伝ってやってもいい」
俺は振り返らずに宣言する。振り返ったら、彼女に笑顔を見られてしまうから。
今、彼女にかけるべきは、厳しい言葉だけでいい。
「ほ、ほんと!?」
「俺はもう自分に嘘はつかないって決めたからな。ただ、これからの時期、滅茶苦茶辛いぞ? クリスマスにお正月、ご馳走の誘惑が一番多い季節だ」
「……(ごくりっ)」
「それでも君がやり遂げた時は……俺が君を世界一の美少女にしてやるよ」
言ってから自分のセリフに恥ずかしさを覚えた俺は、振り返ることなく、あくまで堂々とその場を立ち去る。
なんだよ、世界一の美少女にしてやるって。クサすぎだろ。
あー、くそっ、死にたくなってきた。
自分が無茶な事を言ったのは重々承知だ。
けど、別に達成できなくたっていいんだ。まずは自分で努力するっていう事が大事なのだから。
それで少しでも痩せられたなら、間違いなく自信に繋がる。
そしてそれは、イジメられていた彼女には何よりも必要なものだろう。
こうして、俺にとってはいつも通りの。そして、彼女にとっては地獄の冬休みが幕を開けた────!
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