第1話 サイゼラ村のカイル
レイ・グラントは歯噛みした。
ここサイゼラ村はかつて、魔獣たちの大規模な襲撃に幾度もみまわれた。中でも苛烈を極めたのが、今から10年前のことだ。多くの村人が命を落としたこの年を機に、サイゼラ村では、武具の増産、防壁及び罠の強化を急速に進めるとともに、腕自慢の男たちを中心に自警団を設立し、魔獣と対峙した。
この時自警団を率いた初代団長が、レイの父親である。
あれから10年が経ち、事態は次第に終息していったが、脅威が消え去ったわけでは決してない。災禍の記憶は未だ人々の心に生々しく残る。
尊敬する父の背中を追って、レイも自警団に入った。3年前のことだ。幾度かの実戦を重ね、また団長である父とのたゆまぬ鍛練で、レイは目覚ましい成長を遂げた。団長の息子としての誇りと覚悟を持ち、村人たちからの信頼も厚い。
そんなレイが、この自警団にどうしても引き入れたい男がいた。
カイル・コストナーである。
年の頃はレイと同じ18で、幼い頃よりお互いに向こう見ずな遊びに精を出し、村の大人たちを大いに困らせた。
10年前の惨劇で最も深刻な被害を被ったのは、あるいはカイルだったかも知れない。
10にも満たない少年が家族を全て失ったことは、最悪以外の何物でもない。さらにその後の少年の行動が、村人たちに事態の深刻さを印象付けた。
数日の間、それまでの奔放さが嘘のように少年は、孤独な住居に閉じ籠り、村人たちの呼びかけにも答えず、まんじりともせず虚空を眺めるのみであった。
そしてある日、少年は村から姿を消した。
かつての戦の名残で、申し訳程度に置いてあった粗末な鉄剣を携えて。
大人たちは思った。魔獣どもが溢れ出す北の森―ミルボの森へ彼は向かったのだと。
彼らは半ば、カイルを見捨てることを決心していた。未だ魔獣の襲撃は絶えず、村を守ることさえままならない。レイは父に、ミルボの森への捜索を懇願したが、村を守る責務を負った者として、それはできぬ相談であった。
事態はしかし、人々の予想を大きく裏切る形で進展を見せた。さらに数日の後、カイルが生きて戻って来たのだ。体中に無数の傷を作り満身創痍ではあるものの、命に別状はなく、いくたりかの女性たちの献身的な介抱も手伝って、数日を経ずして容態は回復した。
何よりも不可思議だったのは、カイルの帰還と時を同じくして、魔獣の襲撃が波を引くように沈静化したことだ。無論、全くなくなったというわけではなかったが、その変化は劇的だった。
それは偶然とは思えない。村人たちは皆、北の森で何があったのか聞きたがった。少年は多くは語らなかった。その代わりに彼は、村の大人たちを再び驚かせることになる。
体力が戻るやいなや、再び北の森へと赴いたのである。
そして以来、一日と欠かさず森へ入っては、何事もなかったかのように帰って来る、そんな生活を続けて今日に至る。
初めのうちはカイルも生傷が絶えず、心配した大人たちが付き添うこともあったが、ほとんどの場合は森の入り口付近で命からがら逃げ帰り、幼い少年を守るどころではなかったようだ。
次第に、いたずらに魔獣たちを刺激することを憂慮した大人たちは森へ近付くことをやめ、それと比例するようにカイルは目覚ましい成長を遂げた。今では、カイルが時おり森で仕留めてくる魔獣の毛皮や血肉が、人々の生活に大いに役立っている。
いつしか村人たちはこう思うようになった。
「カイルは獣の神の祝福を受けている」と。
そんな生活を続けていたものだからカイルは、生来の奔放さも相まって、すっかり根無し草気質になってしまった。だから、親友レイからの自警団への誘いも、頑なに拒み続けている。
剣技なり拳闘なりで仕合いをしてカイルを倒すことができれば自警団に入るという約束を取り付けたものの、森の魔獣相手に磨いた膂力と体術には、いかなレイと言えど手も足も出ないのが現実だ。
「はぁ…はぁ…、くそっ!明日こそお前を倒してやるからな!!」
地面に這いつくばったレイの叫びが、今日も虚しく響くのだった。