【ホラーコメディ】コスプレ丑三つ時
例の事件の前、私は自分に義姉といえる人ができたこと、その人がとてもノリのいい人であったことで、すっかり嬉しくなって、お義姉さんお義姉さんと何かとまつわりついていた。それがまずかったのかもしれない。
その日、義姉は向こうがすけてみえるような白く薄い生地の着物を着ようと、等身大の鏡のまえで奮闘していた。
「うわっ、お義姉さん!なんだかものすごい変わった着物ね~」
「ちょっと、人が着替えてるときにのぞくんじゃないわよう~。うまく着つけができないじゃないの!?」
近寄って触ってみると、肌触りから、木綿ではあるみたいだ。
「こんな白い着物あったかしら? 新しく買ったの?」
義姉は、共布で出来た白い細い帯的なものを締めながら言った。
「これはね、白装束とか仏衣とか滝行衣とか言われているものよ。アマゾンでも売ってるけども。私の祖母なんかは年取ってくると、こういうものを『死装束』として自分で用意してたわね。ついたけで、身八つ口もなんにもないから、着つけがしにくいわあ。でも誰かに見せるものではないから、いいのかな?!
」最後の方は独り言のようになっている。
ふうん。普通の着物ではないのね? 旅館の浴衣みたいなものかしら。
着物を着終わった義姉が「えっと、そこにある『五徳』を取ってくれない?」と頼んできた。
「え~、ゴトクってどれのこと?」
「えっ『五徳』知らないの?! その黒の金属の輪っかに足がついてるみたいなものよ。そう。それをついでに逆さまにしてくれない?」
謎の物体は黒々とした、鋳鉄?でできた輪っかで、かなり長い細い足5本と紐が2本ついて立っている。細い割には重さがあって手ごたえがずっしりと来る。足のほうを上に、逆さにして手渡す。
「『五徳』って知らない?? 理科の実験のときにアルコールランプをこれの下において、ビーカーを熱したりしなかった?」
「そういわれればこんなのがあったようななかったような……。」
いわれても、あんまり勉強熱心な方ではなかったから、よく思い出せない(笑)。
義姉は、その『ゴトク』というものの輪っかの部分を頭にかぶり、輪っかの両端についている紐を、あごの下で結びはじめた。
「ちょっとお義姉さん、何してるの?!?」
「何って……この五徳の足の三本に、ろうそくをくくりつけて灯りにするのよ。昔はさあ、街灯とかないから、夜は暗いじゃない? 人気のない神社の裏とかは特に。だから頭に灯りをつけて、手が自由に使えるようにしたんだと思うのよ」
「ふう~ん。いわゆるヘッドランプみたいなものかしらねえ。昔の人もいろいろ考えてたのね~」
「やっぱりろうそくのロウが垂れてくると、頭が熱いわよねえ。五徳をじかにかぶらず、何か布をかますとかしたほうがいいかもしれないわねえ」
などといいながら、義姉は五徳を逆さまにかぶった自分の上半身を鏡にうつしてためつすがめつしている。正直かなり異様な姿だ。そのまんま外を歩いていたら通報されるレベルだ。
「和ろうそくってあんまり熱くないっていう話をきいたことあるけど……。でもホントかどうかはわかんないけど」
「そうか~、じゃあやっぱりいっぺん買ってみて、試してみないといけないわね」
……机の上に並べてあるこまごまとしたものを改めて見て、私にもようやく義姉のしようとしていることが分かってきた。
「……それでそれで?、この金づちとでっかい釘はなあに??」
「それはねえ、五寸釘というものよ。最近はホームセンターにも売ってないから、金物屋さんを回らないといけなくって苦労したわあ。でも藁人形にはやっぱ古式ゆかしい五寸釘じゃないと、雰囲気でないからね」
「そうか~これが五寸釘かあ~。話には聞いてたけど、本物を見るのは初めてだわあ。
うわっ、重たい! これも、ずっしり来るわねえ。 流石お義姉さん! 無駄にスタイルにはこだわる!!!」
「無駄とはなによ無駄とは(笑)。
この藁人形は自作の物よ。流石にこういうものはネットで売ってなくて。正月飾りの藁をほぐして自分で作ったわ」と、義姉は藁で作ったちょっといびつな人形を見せびらかしてくる。
「へえ~。環境に優しいわねえ」
「せっかくグッズも集めたことだし、コスプレに行くだけじゃあなんだから、いっぺん神社にでも参ってきたいわねえと思って」
来た来た来たキターーーー!!
そうこなくっちゃ!!!
「いやだ面白そう! 私も行きたい!」
ということで、自分の分のグッズも買い集め、早速次の週の金曜日に二人で近所の神社の裏山にいってみることになった。
◇ ◇ ◇
夜の25時。近所の神社にむかって二人で家を出る。よさげな木が裏山にあって、既に先客?が何かを打ちつけた釘の跡があるそうだ。
流石にコスプレのまんまでは目立ちすぎるから、神社までは和装の上に薄手のコートを羽織り、
片手に五徳類をいれたずっしり重い紙袋、片手にLEDライトを持つという出で立ちだ。
「ねえ、お義姉さん、満願の日には牛が出てくるんでしょ?どんな牛がでるか楽しみねえ」
「マンガンってあなた、乾電池じゃないのよ? 本当に7日間通うつもりなの? それも、人に見られたら効果がなくなるのよ、わかってる?」
「そうか~。じゃあコンビニの前の道を通るのはやめましょうか。あそこよく不良がうろうろしてるし」
「そうねえ、裏道のほうがかえって治安がいいかもしれないわね」
そんなことをいいながら、一日目は無事、誰も見られないまま目的の神社までたどりつくことができた。
神社の入り口近くの街灯の下で、コートを脱ぎ、頭にろうそくをつけた五徳をかぶり、藁人形とかなづちを持って準備完了。
と思ったら、突然義姉がこちらをふりむき、私に言った。
「あなた、誰を呪うか考えてるの?」
「えっ?! う~ん、特に呪いたい人はいまんとこいないかな。お義姉さんは?」
「あたしが呪いたい人はねえ、いろいろいるけど。
実は本命は貴方なの」
「へ?」
「貴方って人は、ご両親に何不自由なく育てられ、誰からも愛されてて。あたしはそんな貴方が大嫌いなんだけど、貴方はあたしのことを疑いもせずお義姉さんお義姉さんといってなついてくる。
その無邪気なところがウザイのよ!
大っきらいなのよ!!」
「えっ?、えええええ~~~?!?」
「今日も貴方を呪うためだっていうのに、こんなとこまでついてきて。馬鹿としかいいようがないわ。
あたしはこれから貴方を呪いに行くんだから、ついてきちゃダメよ?! ついてきたら呪う前に殺すわよ!」
義姉はそんなことを真顔でいいながら、蹌踉とした足取りで神社の裏の林の中に消えていった。
◇ ◇ ◇
義姉はときどきとんでもない冗談を真顔でいう人だから、あの科白もほんとうは嘘なのかもしれない。
でも、面とむかって大嫌いといわれたらやはり私も傷つくから、それ以来義姉とは距離をおいて接するようになった。
義姉が、七日間人に見られず神社に通えたかどうかわからない。
私のことを呪ってやるというのが本当かどうかもわからない。
その後、義姉はそろえたコスプレ衣装でコミッ○マーケットに行って、熱中症で倒れたらしい。
私は行ったことがないのだけど、会場内は人が多くてトイレにもいくのも大変だとかいう噂はかねがね耳にしている。
病院に迎えに行った兄は激おこで「お前はアホか! いいやアホだむしろアホだ」とさんざん説教をかましていた。
私にはあんなことを言っていたけれど、本当は愛されているのは自分の方だということに義姉は気がついていない。