先触れ
午前中のいつもの食事と魚獲りが終わり、小屋の中に埋めておいた光る石を取り出して、火石として使えるかの確認を始める。木の枝の前で、光る石に火の情景を思い念じる。火石からは小さな火が現れる。ただかなり小さい。
「やっぱり最初は、みんな小さいみたいだ」
岩山の光る石のように何度も訓練を繰り返すと、徐々に石から出てくる火が大きくなってきた。まえよりも成長が早い気がする。30分ほど繰り返し火を出していると、火石になった光る石から出る火の大きさが、テガルの火石ぐらいの大きさになっていた。石の中の光もテガルの火石と同じ様に、大きな赤い光が1つだけ石の中で輝いている。
2つ目の火石作成に取り掛かる。今度はもっと時間をかけてテガルの火石の3倍以上の火が出せるようにならないか試してみた。結果的には1時間ぐらいで3倍の効果のある火石が出来上がった。石の中の赤い光も3倍ぐらい大きい気がする。
そして3つ目は、10倍の火が出せる火石に挑戦してみた。しかし結果はいくら時間を掛けても、5倍以上の火は出せなかった。石の中で光っている赤い輝きもこれ以上大きくなれないほどの輝きになっており、見るからに限界のようだ。
結局、夜まで火石、水石、光石の訓練を行いかなりの魔石を作成した。
火石(普通)x3個、火石(3倍)x2個、火石(5倍)x1個
水石(普通)x3個、水石(3倍)x2個
光石(普通)x3個
拾った光る石の残りは21個ほど。
しかし魔石を作ってみたものの売る方法が分からない。明日セリムの所に相談にいこう。
翌日いつもの午前中の日課をこなし、すぐにセリムの所に相談に来ていた。
「セリムさん?いらっしゃいますか?」
「やあ、アレク。元気ですか?」
「ありがとうございます。なんとか生きてます」
他愛も無い挨拶のあと、早速セリムに火石の値段を聞いてみる。
「火石は銀貨10枚ぐらいです」
「やっぱり高いですね。売買の方法は市場ですか?」
セリムは詳しい話を始めた。島の人は火石を大抵1家に1個持っているため、火石自体も市場にないらしい。高い物なので新しい家ができた時など、必要なときに貿易船に頼んで仕入れてもらうそうだ。水石も川に水を汲みに行けば良いだけなので、裕福な家庭ぐらいしか必要としないようだ。
「火石などの元になる光る石はどうですか?」
「元になる?原石の事かな?それも市場で売ってないよ」
どうやら普通の人が原石を火石には出来ないらしい、特別な能力を持った人が原石を火石にする事で、普通の人でも使えるようになるとのこと。そのため原石は誰も買わないので、市場にも無い。
『おかしいな・・、僕には出来るみたい。やはり体に埋まった光る石の効果なのかな』
セリムに聞こえないように独り言を呟く。一通りの話が聞けたので、お礼を言って帰ろうとすると、呼び止められた。
「ア、アレク。マリーさんは何か僕の事言っていたかい?」
「・・特に何も。僕が魚を獲っていたら飽きたみたいで帰りました」
「そうか・・・」
アレクはセリムの顔を見ながら村長宅を出た。セリムが本気みたいなので、マリーがセリムとの結婚を嫌がっていることは黙っていた。人の恋路の邪魔も応援もする気は無いけど、彼がいい人だけに何とも言えない気分だ。
しかし魔石の件は困ったことになった。こうなったら自分ですべての島々を回ってほしい人を探さないとならない。常闇の島の村人には売れないだろう。あまりにも生活水準が低すぎる。その上、不漁の不安もある無駄なお金は使わないだろう。しかし他の島に行くには船も持っていない。
自分の小屋で悩んでいると、マリーがアレクの小屋に尋ねてきた。
「アレクちゃん!、元気?」
「あ、マリーさん。ありがとうございます。元気です」
「なんかアレクちゃん大変そうだから、いろいろ役に立つもの持ってきたさ」
マリーは持ってきた大きな袋を寝台に乗せると、中からいろいろな物を取り出し始めた。その中には服や腰袋、小さな鍋、大豆沢山、木製のスープ椀に木のスプーンが2つづつ。他にも長い布や切れ端、縫製用の糸一巻、大きめの麻袋数枚など生活に使えそうな小物を持ってきてくれた。
「ええ!?こんなに頂いていいんですか?」
「もう使ってない物ばかりさ」
「本当にありがとうございます!」
アレクはマリーに深い感謝を述べた。やはりマリーさんはいい人のようだ。
「これが船賃になるなら安いもんさー」
この一言がなければ。しかしなぜマリーさんは僕が船賃を稼げると思っているのだろうか。たしかに魔石が沢山売れれば2人分の船賃は作れるかもしれないが。
「頂いたものでは船賃は稼げませんが、マリーさんの手伝いがあれば可能性はあります」
「おお!さすが大陸人!」
なるほど。大陸出身というのがマリーさんの中では特別な存在なのかもしれない。父親も大陸出身ということだからよほど優秀な方だったんだろう。マリーさんの信頼が厚い。
「それでは始めましょうか。マリーさんに手伝って頂きたいのは、諸島中から魔石を欲しがっている人を探して来てもらうことです」
アレクは魔石は市場にないので、直接探してほしいとマリーに伝える。正直アレクが各島の人々に聞いて回るのはかなり怪しく、警戒されるどころか変な冤罪事件に巻き込まれる可能性もある。しかしマリーさんなら豆の島大豆村の村長の娘で信頼も厚い。生まれてからずっと島に住んでいる安心感もあり、この性格なら知らない人もいないだろう。
マリーと家庭の信頼を利用するような提案だが、マリーさんの船賃にもなるし一石二鳥と考えて自分を納得させる。アレクはマリーの手をしっかりと握って「一緒にがんばりましょう!」と言うと、マリーは少し恥ずかしそうに、横を向きながら赤くなっている。
『ああ、マリーさんは本当に人付き合いが苦手なのだ。それで会話がうまく成り立たないのか』
アレクはマリーを深く理解した。少し経って顔の赤みが取れると、マリーは買い手を探しに元気よく飛び出していった。実際には買い手はごく少数か、見つかる可能性が無い場合もアレクは考えていた。そうなれば例の炭作りも進めなければならない。
「木の伐採は十分だから、次は窯作りについて考えないと」
まずは石の切り出しだ。アレクは早速森の道に入っていき、花園の先にも道を作ると岩壁が見えてきた。これが岩山の裾野の部分だろう。岩肌を手で触ってみる。
「思ったより脆い・・・、岩というより硬い砂かも・・」
これでは運んでいる間に崩れてしまいそうだ。もちろん高温の火にも耐えられそうに無い。内部は硬い岩石かもしれないが掘り出すのは方法も時間も限られている。そういえば岩山の頂上も砂だらけだった。
アレクは森の中の道をトボトボ歩きながら小屋に帰っていった。小屋に入るとマリーが持ってきた小さな鍋を見る。
「とりあえず今日は小さいけど鍋が手に入ったんだ!スープを作ろう!」
アレクは気を取り直して、木の枝で焚き火台を作り、鍋をぶら下げる長い3本の木を、蔓で結んで鍋をぶら下げる。水を石の力で出し焚き火を点け、魚の干物を入れる。
「魚だけじゃ・・、あ!マリーさんが大豆もくれたんだ」
マリーの家はさずがに大豆農家だけあって、大きな袋の中に沢山の大豆が入っていた。大豆を鍋にいれると、他に野菜がほしくなり、森の近くまでいって柔らかそうで、匂いのきつくない菜葉を探して鍋にいれた。
「森が近いと便利だなー」
獲ってきた野菜にはキャベツの原種のケールもあった。きのこは毒の有無が区別できないのであきらめた。少し経つと鍋がぐつぐつと煮えてきた。いい匂いが漂ってくる。アレクは貰った木の椀とスプーンを小屋の中に取りに行く。戻ってくると、薪を椅子にしていた自分の場所にマリーさんが座っていた。
「アレクちゃん!おいしそうさー!」
アレクは少し驚いた後、もう一度小屋に入って椀とスプーンをもう1つづつ取ってきた。椀とスプーンが2つづつ袋に入っていた時点で気づくべきだった。
アレクはマリーの分を鍋から椀に取り分けるとマリーに渡す。マリーは受け取った途端スプーンで食べ始める。アレクも自分の分を取る。もう鍋は空っぽだ。やはり鍋が小さい。しかしアレクは自分が生き延びられ、こうやって自分でスープを作れる事に感謝をする。
久しぶりに飲んだスープは調味料も無く、決して美味しいものでは無かったが、暖かく心に幸せが染み込んでいくような味だった。突然アレクの瞳から大粒の涙が溢れ出す。涙の流れはどんどん激しくなる。アレク自身もなぜ自分が泣き始めたのか分からない。
城を追われ、奴隷となり、妹と引き離され、船での酷い扱い、嵐で海に投げ出され、クジラに食われ、その後は酷い小屋で、魚だけの生活。あまりに王子の生活からも、人の生活からもかけ離れた人生において、無意識に防御していた心が、このスープによって決壊し、アレクの人としての心を大きく揺り動かした。
アレクは今、自分という人間に戻ったのだ。
今まで流せなかった涙がまとめて流れ始めたように、アレクは大声で泣き始める。見ていたマリーがオロオロし始め、結局アレクの背中を抱きしめる。アレクは更に大きな声で泣き続け、かなりの時間泣き続けた後、マリーに母の面影を感じたのかもしれない、泣くのに疲れ切ってマリーの腕の中で眠っていた。
◇◇◇◇◇◆◆◆◆◆◇◇◇◇◇
朝起きると小屋の中で二人抱き合うように寝ていた。アレクの顔はちょうどマリーの胸のあたりにあり、驚いたアレクはすぐさま飛び起きた。マリーも抱きしめていた物が無くなったのに気が付き、目が覚める。
「おはよー・・むにゃ」
「おはようございます。マリーさん、僕は朝食の支度をします」
アレクは昨日の夜と同じ鍋を作る。マリーもゆっくり起きてきたので2人で朝食にする。
「あの・・マリーさん、昨日は本当にすみません・・」
「どうしたんさアレクちゃん?びっくりしたさ」
「なんか感極まったみたいで、ご迷惑をおかけしました」
「いいってさ、アレクちゃんが大丈夫なら」
朝食が終わると、マリーは昨日、常闇の島の村人に魔石の話を聞いた事をアレクに話し出した。結果、魔石を買ってくれる人はいなかった。今日は豆の島経由で実の島に行ってみるらしい。マリーとしては豆の島での聞き込みはあまりやりたくないようだ。
マリーが出発すると、アレクはいつもの魚獲りを始める。マリーがいつ来るかわからないので、少し多めに獲る予定だ。5匹ほど頑張って獲ったあと小屋に戻り、魚はすべて日干しにする。
午前中の作業が終わった所で、窯をどうするか考える。炭の作り方は簡単だ。木を窯に入れ煙穴だけ作って窯を高熱で数時間ほど焼けば良い。本当はこの高熱を作るのに藁など大量の火力の元が必要になるが、火石があるので窯だけで良いのだ。
しかし頑丈でないと、高温によって窯が崩れてしまう。アレクは砂石をうまく応用できないか考えてみる。砂の魔石では基本砂しか出せないが、念じ方によっては非常に硬いものが出せることは、以前の実験で解っている。しかし重量があるものは、体力をごっそり持っていかれ、その割には大した量が作れないのだ。
そこで物体を魔石で出すことはあきらめ、既存の土などを固く出来ないかと考えたのだ。アレクは早速窯制作予定地で周りの土を盛り上げて窯の土台を作ってみた。そのあと右手を土台に向けて、土が圧縮され固くなる想像を念じる。その時、土台のまわりが薄っすらと輝いた。
アレクは出来上がった土台を見ると、最初に盛り上げた土が細くなっている。圧縮されて細くなったのだろう。触ってみるとかなり固くなっている。
「いいぞ!いけそうだ!」
直接質量のある物質を出したわけでないので、体力もほとんど減らない。アレクは土を集めては魔石で固め、また土を盛っていくことを繰り返す。5時間ぐらい経った頃に入り口の部分だけが開いている窯が出来上がった。
「流石に疲れました・・・」
ヘトヘトになったアレクは、小屋に戻ると食事もせずに眠ってしまった。
次の日、いつもの午前中の日課をこなし、午後は薪を窯に詰め込みだした。隙間なく薪を窯の中にいれて蓋をして煙穴以外を埋める。すると意外な客が来た。
「アレクー!元気かー?」
「テガル!久しぶりだね、僕は元気だよ。テガルは?」
「あたりまえじゃん!ところで何作ってんのー?」
「炭を作る窯だよ。うまくいくか分からないけど」
「へー!おもしろそうー!」
困った事になった。火石から巨大な炎を出したら大変な騒ぎになってしまいそうだ。ましてや、自分の場合は光る石が体に埋まってる。とりあえず火石を持っていることだけは伝えておこう。
「実は、岩山に行った時に火石を見つけたんだ」
「マジかよ!買うと銀貨10枚以上はするんだぜ!」
「でも火石を拾えてよかったよ、魚も焼けないしね」
「そりゃそうだな!もしかしたら山神がくれたのかもなー!」
前に海神の話を聞いた気がする、山神もいるようだ。
とりあえず、小屋の中から先日育てた火石も持ってきてテガルに見せる。
「おー!間違いねえ火石だ。家のとそっくりだー!」
とりあえず、見せ石として火石を持って釜の前に行く。予定では窯を焼くつもりだったが、テガルが見ているので、直接窯の中の薪が燃える想像をして念じる。窯の温度が上がり煙穴から大量の煙が出始めた。窯はどんどん高温になっていく。しばらくすると、煙の量が減り最後には全然煙が出なくなった。
「なんか時間が短いみたいだけど・・大丈夫かな・・」
アレクは、煙が出なくなったのをみて火を念じるのを止めて、暫く窯が冷えるまで待つことにした。
テガルは近くの薪に座ってじっと窯を見ている。
「アレクー、もう炭作りはおわったのかー?」
「今日が初めてだからよくわからないんだ」
「ふーん・・」
「ところでテガルは何しに来たの?」
「あー!忘れてた!村長さんがアレクを呼んでこいって!」
アレクはテグルが大事なことを忘れていたことに苦笑いしながら、2人で走って村長の家に行くと、どうやら村人が全員揃っているようだ。
「全員揃ったようじゃの!実は今朝、豆の島の浜辺に小さな船が流れ着いた!矢が刺さった船乗りが1人乗っておった。男はすぐに死んだのじゃが、死に際に大変な事を言った。海賊にやられたと!」
「「「「なんだと!!??」」」」
周りは騒然となった。村人達がお互いに顔を見合わせながら、恐怖に震えだしている。アレクには海賊の恐怖がよくわからない。盗賊は奴隷の時に遭遇しているが、大人なら逃げれる可能性は高い。海賊は何か違うのだろうか。
その時アレクにも理由が思いついた。ああ!島だから逃げられないのか・・。大陸は広く逃げられる所は多いが、島は小さく逃げられない。その上まわりは海で小舟しか無い。遠くに逃げれない上、海賊船に追いかけられたらひとたまりも無いだろう。
「このあと豆の島で評議会が開かれ、対応を決める予定じゃ!皆は戦う準備を初めてくれ!」
大変な事になった。アレクはスピカ村の盗賊の事を思い出していた。