光る石
それから数週間、アレクの魚獲りの腕はかなり上がっていた。
「やった!これで今日は2匹めだ!」
1日に2匹獲れれば、とりあえず日々の食事には困らない。多く取れた時は干物にしている。ただ鍋も無いため生で食べるか、テガルにお願いして火を貰って焼いて食べるかだ。
「テガル今日もありがとう」
「気にするなよ!火石使うのはちょっと楽しいんだ」
火石を使ってる時のテガルは本当に楽しそうだ。おとぎ話に出てくる大魔法使いになっている気分なのかもしれない。アレクも興味がでてきて、自分でも使えるか聞いてみた。
「簡単さー!やってみるか?火が石からでるのを考えるんだー」
そう言うと、テガルは赤く輝く火石をアレクに渡す。小さく積み上げた小枝の前で、アレクは火石から火が出て小枝を燃やしている姿を想像する。ほんの数秒で火石から火が出始め、小枝に飛び移っていく。
「やるなー!ほんとに初めてかー?」
テガルが出していた火と同じぐらいの火が出たようだ。テガルによると繰り返し使って、火が燃える情景が明確になるほど火が大きくなるようだ。また使い込まれた火石でもより効果が大きくなるらしい。ただアレクが読んだおとぎ話では、大魔法使いは石を使わずに火を出したりしていた。
火石で点けた焚き火で魚を焼き始めると、テガルもお腹が減ったのか家に帰っていった。自分で火が出せたアレクは猛烈に火石が欲しくなっていた。
「そういえば川の底に、赤い色の石が何個か落ちてたな。あれで火を出せないだろうか・・」
魚を食べ終え、アレクは早速川に行って赤い石を探してみた。川の水は澄んでいるためすぐに赤い石を見つける。しかしテガルの火石のような、石の中から赤色が輝いている様な綺麗なものではない。まるで赤い土が固まって石になったような表面的な赤だ。
「うーん、やっぱり川の石じゃだめかも・・・」
とりあえず何個か拾って、小屋まで戻ってきた。すぐに焚き火の場所に行き、火の付いていない枝を置いて石を持って念じてみる。・・・何も反応しない。
「やっぱり赤色でも、全然違うみたい・・。そうだ!火石みたいな赤色は無いけど、あの石でもやってみみよう」
今度は岩山で拾った石を小屋の中から持ってきた。火石とは全然違う透明な水晶のような石だ。中に星のようなキラキラものが無数に光っている。ただ火石を持ったときと同じ様な何か不思議な力を感じたので試してみようと考えたのだ。
早速、アレクが焚き火の前で念じ始めると石の先から、かなり小さいながらも火が現れた。
「おお!!でも火が小さすぎて火種にならないかな・・」
口では文句のような事を言っているが、アレクの表情は満面の笑顔になっている。火が小さいとはいえ火石を手に入れていたのが、よほど嬉しかったのだろう。
「もっと火の情景を強く念じれば、普通の火石と同じくらい使えるかも!」
その日から、魚獲りが終わった後は必ず火石の訓練を行った。そのおかげか3日程度でアレクの石はテガルの火石と同じぐらいの火が出せるようになっていた。
また石の中にも変化が訪れていた。テガルの火石は中には、かなり大きな赤色の輝く光があったが、この石は小さな輝きの1つが小さく赤くなっているだけで、他の沢山の小さな輝きは変わらずに白く光っているだけだった。
「まだ、使い込んでいないから、赤の光が弱いのかな?」
とりあえず今後も訓練は続けようと考えながらも、火が自由に起こせるようになったので、そろそろ鍋が欲しくなってきた。村長の息子のセリムに相談をしようと、村長宅に行くとセリムが鼻をつまんで少し怪訝な顔をしながら相談に乗ってくれた。
「鍋ですか・・、この村では余っていないと思います。豆の島の市場か、山の島の職人から直接買うしかないですね。ただ職人から直接買うには、長い付き合いが無いと難しいかと」
「やはり鍋を買うにはお金が必要ですよね?」
「もちろんです。鉄製品は大きさや重さによって値段もあがります。鍋は意外と鉄を使うので、それなりに高いですね。ちなみに高品質な鉄製品は島では買えません、貿易船に頼むのが普通です」
「あの、この島でお金を稼げる仕事はありませんか?」
「うーん・・、船を手に入れ、網を買って、投網を始めればそれなりですが、船も網も安くはありませんし最低小舟4艘と人手8人以上が必要になります。あとは森から木を切り出し材木を売る手があります。ただし森は非常に危険な場所のため、以前に木こりをしていた家族も、他の島に移住してしまったほどです。当然、斧や鋸、鉋などの道具を買う必要もあります」
どうもお金を稼ぐには、最初に道具を買うためのお金がいるらしい。鶏と卵になっている。
「ご相談に乗って頂きありがとうございました」
「力になれずにすみません」
アレクはセリムに感謝の言葉を丁寧に伝えると小屋に戻った。鍋の購入が出来ないことと、お金を稼ぐにはお金がいる事に落胆し、残り少なくなった鯨肉の日干しをやけ食いしながら不貞腐れていた。
「ん?なんか肉がまずくなってる?」
肉を注意深く見てみても腐っているような気はしない。匂いを嗅いでみる。
「わかった!匂いだ!肉の匂いがおかしいんだ!」
しかしこんな陰干しに最適な、隙間だらけの風通しの良い小屋で臭くなる理由がない。ふとアレクは匂いの原因に気がついた。
「じ、自分の匂いだ・・、そういえば助けてもらってから体を洗ってない・・」
自分の匂いが肉をまずくしている原因とわかり、愕然としながらも、村の人々に臭いで迷惑をかけていたことにも気が付き、恥ずかしくなって奇声を上げていた。
「あああーーー!だからセリムさんもさっき変な顔したんだーー!」
急いで川の下流に向かう。上流で洗ったら大惨事になってしまう。川沿いを歩きながら村を抜け下流に到着すると、小刀を外し奴隷服を脱ぐ。服を持ったまま川に入ると服を使って体をこすりだすと、川の水が一気に汚れ始める。川のゆっくりとした流れがその汚れを際立てた。
「こ、ここまで汚かったとは・・」
アレクは川に首まで入り、一心不乱に体をこすり、頭の上から足の先まで念入りに汚れと垢を落とす。心なしかアレクの肌が白くなってきたように見えた。その後1時間ほど体を洗った後、奴隷服の汚れと匂いもしっかりと落とし川から出る。アレクは生まれ変わったような気がしていた。
その時、アレクの胸元が小さく光っていることに気がついた。
「え?なにこれ・・・」
光るものが胸元に埋まっていて、ほんの少しだけ見えている。その見えている少しの部分から小さな光が出ているのだ。今までは服を脱ぐこともなく、体も汚すぎて全く光っていなかった為、全然気が付けていなかった。
「こ、これは光る石!?もしかしてこれはクジラの中で見つけたもの?」
岩山の光る石は小屋にあるから、可能性としてはクジラで見つけた光る石になる。アレクはクジラの中で石を胸に当てながら小さく蹲っていた事を思い出した。
「そういえばこの石、クジラの肉に埋まっていた・・。もしかして生き物の肉に寄生するような恐ろしいものなのかも・・」
アレクは恐ろしい寄生生物を頭に浮かべていたが、石の光を見ていると、どうにもそんな害悪があるような気がしない。特に痛みもなく、しっかり埋まっているため取れそうも無い。どうにか取れないか色々やってみるが、やっぱり取れないみたいだ。
「まあ、今まで問題なかったんだから大丈夫かな?」
見た目以外は問題なさそうなので気にしないことにした。
アレクは気分を切り替え、服で体を拭き服の水を絞った後、服と小刀を身につける。もう臭わないはずだ。アレクは寄り道せず小屋に戻ると、服を乾かすために焚き火に火を入れる。日も傾いてきていた。
「なんか今日もいろいろあったな・・」
焚き火の火を見ていたアレクはいつの間にか深い眠りについていた。
翌朝、アレクが目を覚ますと焚き火はすでに燃え尽きており、火は消えていた。アレクは手の中にある岩山で拾った光る石と、自分の胸に埋まっている光る石とを見比べる。
「なんか微妙に違う気がする・・」
アレクは自分の胸に埋まっている光る石と、手元にある岩山の光る石は、中に無数の輝くものがあるのは同じものの、何かが違う気がしていた。
「どこが違うと感じてるんだろう?」
何度見直しても同じ様に見えるのだが、感覚的には同じものに思えない不思議な違和感を味わっていた時、昨日の水浴びを思い出し、そして閃いた。
「火が出せるということは、水も出せるのかな?」
火石の強い印象が光る石にあったため、全く考えてもいなかったが、水が出せる可能性もあるのではと閃いたのだ。アレクは岩山の光る石を手に持ちながら、水が石から溢れ出す様子を心に強く描いた。
「で、でた!水がでた!」
細い糸ぐらいの水が石から流れている。まだかなり少ない。
たぶん火と同じ様に訓練が必要なのだろう。自由に水が出せるようになれば、川まで水を飲みに行く必要が無くなりそうだ。その後アレクは水だけでなく、思いつく限り、石から何を出せるか試してみた。
結果は自分が明確に想像できるものでなければダメと言うことだった。出せたのは、火・水・風・砂・光の5つ。聞いたことがあっても見たことがない、雪などは出せなかった。ただ風と砂は役に立ちそうに無い。アレクは5つもの魔法を出せたことで自分が大魔法使いのような気分になっていた。
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すっかり鍋やお金の事は忘れ、その後何日間は、魚獲りと石の訓練に注ぎ込まれた。訓練によって日々発現する力が強くなってくると、アレクも楽しくて仕方がない。結果が出る苦労は楽しいのだ。ただ発現する力が強くなってくると、ものすごく体力が奪われ動けなくなる。特に発現したものの重量が重い時ほど疲労感が強い。まるでその重量分、体の何かが奪われているようだ。
「水と砂は疲れるから量を出すというより、何か質を高める方法は無いかな?」
水の訓練はいかに細く強く出せるか、砂は小さくともいかに硬いものが出せるか。といった質の訓練に切り替えた。その後7日程度で、火は小屋よりも大きなものが出せるようになり、水では糸のように細いにもかかわらず、材木が切れるほどの水圧が出せるようになっていた。
その頃になると、光る石の中には赤・青・薄緑・茶・白などの色とりどりの光が輝くようになっていた。
そしてある日、アレクは強くなった石の力で仕事ができる可能性を思いつく。
「もしかして水を使って、木の伐採ができるかも!」
材木程度の薄い木であれば、石の水力で切れた。丸太も行けそうだ。もし切れれば斧と鋸を買う必要がなくなる。精密に操作できれば鉋も必要ないかもしれない。妙案に気がついたアレクは居ても経っても居られず、森に向かって飛び出していた。
森の手前に着くと、一番手前にある木の根本あたりを狙って水の糸がでるように念じ始める。手に持った岩山の光る石は青白く輝き出し、強力な水圧を持つ水の糸を木の根本に飛ばす。アレクは鋸を入れるように水の糸を徐々に左右に動かしていく。
メキメキ・・、バターン!
まだ水の力が弱いせいか、木の根元を綺麗に切ることは出来なかったが、木を倒すには十分な切れ込みを入れられたようで、途中からは、木自身の重みによって割れて倒れたのだった。
「で、できた!これでお金を稼げるかもしれない!」
しかしアレクが喜んだのも束の間、木が伐採できることと、売り物になる材木として原木を仕上げるには全く別の物であることを、材木加工の段階で思い知る。水の糸を使って水平に切ることがかなり難しいのだ。出来上がる材木は、薄い所があったり厚い部分があったりと一定の厚さにならない、売れる材木には全くをもって程遠い。
「これじゃ全く売り物にならない・・、水の糸を精密に操るだけでなく、平行に真っ平らに切るというのが無理だ。木こりの人たちはどうやってるんだろう・・」
良くも悪くも、石を持つ手を少しでも動かしたり、石への水の意識に揺らぎが出たりすると、すぐ水の糸は明後日の方向に動き出し、容易に意図しない所を切ってしまうのだ。アレクは材木加工を諦める。
「原木を使って、細かい作業が必要なくて、売れるものは無いだろうか・・」
ある意味都合が良い話だが、アレクは城で学んだ事を必死に思い出そうとする。
「ああ、もっと勉強をしておけば良かった・・・」
結局アレクは何も思いつかなかった。セリムさんの話では毎日誰かが豆の島の市場にいっているらしいので、自分も市場に連れて行ってもらえれば、何か良い案が思いつくかもしれない。明日またセリムさんに相談することにした。
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今日は朝から魚獲りには行かず、セリムに豆の島に連れて行ってもらえよう頼みに行った。
「いいですよ。ちょうど今日は私が売り当番ですから、一緒に行きましょう」
セリムの快諾を貰い、投網漁を見ながら小舟が出るまでの時間を待った。漁が終わると出発する小舟に市場向けの魚の積み込みが始まったのでそれを手伝った。その後豆の島にセリムと2人で向かった。交代で小舟を漕ぎながら、セリムと世間話をする。
「アレクシスも随分この島の生活に慣れてきたみたいですね。毎日漁に行ってしっかり魚を取っているみたいですし、少し安心しました」
「テガルにいろいろ教わって、魚の獲り方は大分うまくなった気がします」
「良かったですね。鯨の事件のあと、少しづつ魚も戻ってきているので、アレクももっと魚が取れるようになりますよ。そういえば豆の島と市場について少し説明おきます」
セリムの話では《豆の島》には300人ぐらいの人が住んでおり、主に大豆やとうもろこしなどを育てて生活しており、そのため豆の島と呼ばれていて、4つある諸島の島の中では一番大きく、また一番人も多いらしい。他の島は以前に話をした鍛冶師が住んでいる《山の島》と、木の実が豊富な《実の島》があるがセリムは行ったことが無いと言っていた。
「市場では私達の村用の売り場があります。そこで基本は魚は売り切るまで販売をしますが、あまり夕方まで販売を続けたりはせず、売れ残ったものは持って帰って日干しにします。今日もあまり量がないので、早めに売り切れると思います」
「わかりました」
他にも色々な話をセリムとしている間に、小舟は豆の島に到着する。この島にはしっかりとした船着き場があり、多くの人達で賑わっている。セリムは手際よく小舟を桟橋に止めると、魚の入った網を持ち足早に歩き出す。
桟橋から5分ほど歩いただけで市場には着いた。桟橋からはかなり近い。大きな通りの両脇に沢山の店が並んでいる。その中の一つ、布が被されている幅2m高さ1mぐらいの売台の裏手に網を置くと、セリムは素早く布を取り、お店の準備を始めた。お店といっても、その木で出来た売台が1つに、その台の上に10個ほどの篭が置いてあるだけだ。セリムは網から魚を1匹づつ取り出し、篭の中に入れていく。
「後は僕一人で大丈夫です。時々戻っきて貰えれば自由に市場を見学してください」
市場の熱気に飲まれ、すでにアレクの意識は周りに向いていた。アレクはセリムに気の抜けた返事をすると、すぐに市場を歩き始めた。