勝利
東部州の侵攻が再開されたある日、アレクは東部州の王宮に行って王の姿を確認すると、やはり球体になったことなど無かったことのように、人形の王が玉座に座っているのが確認できた。アレクはその姿を確認すると、山麓都市の執務室で今後の方針について考えていた。
『この様子ですと、王をもう一度球体にしたとしても侵攻は、もはや止まらないでしょう。そもそも1度球体にされているにも関わらず、普通に玉座にまた座っているということは、人形は1体でない可能性が高いと見るのが賢明でしょう』
アレクは王を暗殺して戦争を回避する方法を諦め、大規模な戦闘を想定することにした。しかし問題は敵の魔法使いの力量だ。あれだけ精巧な人形を作れ瞬時に消えて、どこかに移動できるような魔法使いがアレクと同じ様に、《転眼魔力》と《圧縮魔力》が敵の魔法使いも使えるとすれば、戦場のどこにいても暗殺が可能となり、アレクが敵の王を狙ったようにアレクも狙われる可能性がある。
アレクはクララに、圧縮魔力に対抗するための方法が無いかを、研究してもらうように頼んだ。すでに敵の侵攻は始まっているため、アレクは自分の身を守るためと、岩人形軍団への指示を兼ねて1人で飛行馬車に乗り込んで上空3000mあたりで指示を出す事にした。
アレクは上空から敵の進軍の様子を確認すると、どうやら東部州の全軍といわれる20万の数すべてが投入されたようだ。この数では、中央州や西部州との国境警備の為の兵まで、すべてを集めて投入されたことになる。
常識から考えればこれは異常な事で、西部州や中央州など、つい数年前まで戦争していた国との国境警備の兵の数を0にするなど、正気の沙汰ではない。これは明らかに何かしらの裏があることを示唆している。
「やはり西部州の王が黒幕として暗躍している気がします。予想を立てるなら例の人形の魔法使いが関わっているのでしょう…」
アレクは独り言を言いながら自分の岩人形300体を、敵の侵攻先に向けて歩かせていた。普通の魔石を使った人形への命令は1体毎に行う必要があるが、なぜかアレクの体内に埋め込まれた石を意識して行うと、同時に300体への命令も行うことが出来た。
そのため、命令を出すために1体1体に命令を出す必要がなく1回念じるて命令することで同時に複数の岩人形を動かすことが出来る。これはアレクの魔法の効果範囲の広さも影響している。この効果範囲については、魔石操作に才能があるクララでも最大10m程度だった。
数日後、岩の人形たちは敵の主力とタウロスの領土内で遭遇した。
敵は兵を3つに分け3方向から進軍しており、1つの軍はアクバル山麓都市に、1つの軍はヤフヤ港城都市に向かっている。この2つの都市はタウロスの領土から一番近い大都市でありここを落とされると、サラディア侵攻の橋頭堡とされてしまう。
すでにアクバル山麓都市に3万の守備隊を、ヤフヤ港城都市には2万の守備隊の全軍を配置させているが、それらの都市に向かっている敵兵はそれぞれ5万。ぎりぎり防衛できる数だ。問題は敵主力部隊であり10万の兵がサラディアの中央都市に向かっている。
ようするにアレクの作戦は、2つの都市が2つの軍と戦い足止めをしている間に、アレクが1人で10万の主力を潰走させ、そののち、残りの2つの軍を各個撃破するというものだ。
アレクの手駒は巨大な岩の球20個と、岩の人形300体だけで10万の兵を相手にしなければならない。
しかしアレクの心配とは裏腹に、岩の人形たちは恐るべき存在となっていた。敵軍が岩の人形と遭遇したときには、若干の驚きがあったものの、以前の土人形の情報が共有されていたらしく、直ぐ様、方陣形が整い岩人形に勇猛果敢に攻撃を開始した。
しかし以前の土人形とは見た形は似ているものの、素材が岩で出来ており、一般の兵士の武器では全く相手にならない。その上、300体の巨体が横ならびに進軍する姿は敵軍の中に徐々に恐怖を与えだしていた。そして定期的な火炎放射を口から放ち、その範囲は魔物よりも強力な10mもの火を前方に噴射する。
火が吐き出されると、岩の人形の前にいた騎馬や小さな盾の兵士では遮ることが出来ず、多くの兵士が燃えて死亡し敵兵の戦意を喪失させていく。
アレクが岩人形達と味方の兵を一緒に運用しなかったのには理由があった。岩人形はアレクの簡単な指示の通りにしか動けず、敵と味方の区別なく前方の人間を燃やしてしまうからだ。逆に言えば岩人形が並んで炎を出すと、正面10mの範囲にいるものはすべて燃やされてしまう。
岩人形達はアレクの指示に従い、少しづつ歩を進めながら敵の陣形を無人の荒野を進むがごとく、すべてを焼き払っていく。敵の指揮官が騎馬隊を使い、岩人形の後ろに回り込むように指示を出し、後ろからも攻撃を始めた。
しかし兵士の武器ではとても5mもの高さがある岩人形の頭には届きもせず、そのうえ剣では小さな傷を付けるぐらいしか出来ていない。しかしその傷もすぐに再生され、何事も無かったように歩き出すのだ。アレクは自分が岩の魔物と戦った時を思い出していた。
『こんな恐ろしい岩の魔物によく勝てたものです…』
今回、敵にも土人形の知識があったはずだが、岩人形ではあまりにもその不条理さが違う。ましてや火を吹いて攻撃するというのは、想像も出来ていなかっただろう。
敵兵のおよそ3割ほどが消滅したころ、やっと敵の陣形に変化が生じた。どうやら遅れてきていた大砲部隊が戦場の後ろの方に到着したようだ。およそ1000台ほどの大砲が横並びに配置され、前線の兵士もそれに合わせ、大きく後退したあと大砲隊の前に横陣で組み直されていた。
しかし岩人形は魔物と違い、アレクの指示無く突撃するような事は無い。大砲の射程外で動作を止めて待機する。大砲も動かしながら射つことは出来ないため、少しづつ距離を詰めながら様子を見るという、非常に展開が遅い流れとなった。
アレクは大砲程度では岩を破壊しても、魔石を壊されることはほとんど無いことを知っていたが、岩の人形はそのまま待機させ、300mもある巨大な岩を投石機のように飛ばす作戦に変更する。
荷物魔力で持ち上げられた岩の球に火魔力で岩を高熱に焼いていく。
岩が溶け出さない程度に焼いた岩球を、大砲隊の一番右のあたりに移動魔力で飛ばして落とすと、天地が震えるほどの轟音と空気の振動が衝撃波となり、周辺の兵士たちが飛ばされ、潰された大砲はすでに溶け出して岩に纏わりついていた。
アレクはその灼熱の岩の球を、綺麗に並んでいる大砲の上を転がすように移動させていく。
300mもある巨大な灼熱の岩球は、まるで下の大砲など存在しないかのようにゴロゴロと転がって押しつぶぶされ、大砲を溶かして潰していく。
巨大な灼熱の岩球から発している熱線と熱風は周囲にいる兵士たちをも燃やしていく。
10分も転がると、1000台はあった大砲はすべて溶かされ押しつぶされ、まるで最初から道になっていたように、鉄の平らな道が横一直線に出来上がっていた。
本来大砲隊にとって一番良い横陣形が逆に不利になってしまっていた。
アレクは大砲隊が全滅したことを確認すると、アレクはまた岩人形たちに進撃を指示する。
すでに敵兵達に戦意は無い、岩人形が進む分だけ、敵兵も後ろに下がっていく。
敵兵の損耗率はすでに4割を超えている。それでも敵の指揮官が撤退命令を出していない。普通の指揮官であれば撤退をするべき状況だ。
アレクは指揮官が撤退を選ばないことに強い疑念を抱き《転眼魔力》で敵の指揮官を探すと、どうやら一番後方に張られている天幕の中にいた。アレクはその指揮官の心臓を圧縮する。
しかしその指揮官は、東部州の王のように死ななかったのだ。一体、東部州には一体何体の傀儡人形が蔓延っているというのだろうか…。アレクはすぐさま司令官の全身を圧縮し硬い球に変えてしまった。天幕の中は阿鼻叫喚の渦となり、他の副官などの参謀たちが天幕から逃げ出した。
結局、代理の指揮官が決まり撤退が始まった頃には5割ほどの敵兵が失われていた。アレクは岩人形たちにそのまま待機を指示して、残りの巨大な岩球をぶら下げるように荷物魔力で持ちながら、飛行馬車でまずは守備隊の少ないヤフヤ港城都市に向かった。
アレクはヤフヤ港城都市の上空に到着すると、巨大な岩球を灼熱の岩球に変化させると、敵陣の中心部にその巨大な灼熱の岩球を落とした。3000mもの上空から落とされたその衝撃は凄まじく、落ちた場所の地面が谷のように凹み、その直径は1kmにも及ぶ巨大な蟻地獄の巣のようになった。
その範囲にいた兵士たちは次々と転げ落ち、中心の巨大な灼熱の岩球の近くに転がり落ちると、次々と燃えていく。その攻撃を5回も行うと、すでに敵の陣形があった場所はまるで複数の火山口のようになっており、生き物の影も形もなくなっていた。
街の防壁を攻撃していた兵士たちも、落下の衝撃で掛けていた梯子から転げ落ち、下にいた兵士たちに激突し大怪我を負っていた。そして5回の攻撃の後には、すでに8割の兵が死に、残りは逃げだし始めていた。
アレクはその様子を確認し、ヤフヤ港城都市に問題が無いことを上空から確認すると、すぐにアクバル山麓都市の上空に移動した。こちらでも5回ほど巨大な灼熱の岩球を地上の敵陣に落とすと、同じ様に敵兵が死亡し、生き残った者たちは一目散に逃げ出した。
同じ様に上空からアクバル山麓都市の様子に問題が無いことを確認すると、アレクは伏兵や他の軍などが侵攻していたりしないかを、飛行馬車を使って念入りに調査した。どうやらすべての兵は退却したようだ。アレクは戦争が無事終わったことに安堵していたが、心に大きな怒りが湧き上がっていた。
「誰だかわかりませんが、自分は表に出てこず無駄な戦争を起こした魔法使いには、必ず報いを受けさせます。僕が今日殺してしまった人間の恨みと、僕の心の安寧を奪った者は絶対に許しません!」
いつの間にか、アレクの独り言は大きな声となり飛行馬車の中に響いていた。
数日後、アレクはすべての岩人形と巨大な岩球を、国境付近に並べておいた。少なからずあれを経験した者たちであれば、見るだけで戦意が落ちるはずだ。今回の侵略で敵が受けた損害は10万にも及ぶ。こちらも各都市の防衛時に数百人の死者が出たものの、敵の数に比べれば被害が少なかったと言える。
しかし東部州が人形による傀儡国となっている状態では、またいつ無謀な侵攻を始めてもおかしくはない。アレクは執務室にナーデル諜報局長を呼び出した。
「お呼びですか?アレク様」
「今回の一連の東部州の侵攻ですが、どうやら王を含めた国の中枢に非人道的な魔法使いが関わっているようです」
「魔法使いですか?アレク様のような方が他にいるとは思えませんが…」
「残念ながら、一部の魔法においては僕も知らない魔法を使っていた形跡があったのです」
「なんと!もしそうであれば今後も十分な警戒が必要となりますね…」
「はい。特にその魔法使いは東部州の王そっくりな人形を作り、国を自由に操っていました」
「王の人形を!?そのような事ができるのですか?」
「僕も見たときには驚愕しました。それで以前頼んだ調査はどうでしたか?」
「なるほど、調査の意図が分かりました。アレク様の予想通り、東部州の王の后や家族は死んでいたり、遠くに飛ばされていたりしており、普段、王と親密に接触できる人物は限られていました」
「やはりそうでしたか…。そこで東部州で力のある人物、または王になろうと野望を持っている人物を支援して、人形が操っている現状を変えられないかと思っています」
「わかりました。微力を尽くしてみます」
今回はアレクの魔法のほうが、謎の魔法使いよりも上回っていたから勝てたものの、次に戦ったときに同じ様に勝てるとは限らず、アレクはより魔法の研究を進めることを決心していた。
1月後、ナーデル諜報局長からの報告があった。どうやら中央州のように東部州でも、今回の侵略に対して大規模な市民運動が発生しており、押さえつける兵士が少ないために、各都市で暴動が起き政情がかなり不安定になっているという。
アレクは国境大臣を呼び出し、サラディアの一般市民の協力を募って、早めの防壁の構築を進めるように指示を出した。未だサラディアの国庫金は少ないため、エトワール商会やアレクの個人資産から建築費を捻出し、なるべく人を集めて一気に進め始めた。
サラディアの国民の賛同も集まり、日当の支払いも良いことからかなりの人を集めることができたようだ。
「アレク様、この調子で進めば6ヶ月ぐらいで防壁の完成ができそうです」
「わかりました。作業をする国民にはなるべく負担を掛けないようにお願いします」
「承知致しました」
アレクはタウロスへの牽制の為に、ユリウス帝政国との同盟についても考えていた。サルマーン宰相を呼び出し、同盟についての意見を聞いてみた。
「なるほど、ユリウス帝政国はこのアルカディア大陸最大の国であり、同盟が実現できればタウロスへの大きな牽制になりますな。小国ではありますがこれを機会にズーテーカ祈王国とも同盟を結んでおきたいところです」
「そういえば、ズーテーカ祈王国もタウロスの西部州と国境を面していますね」
「はい。ただ祈王国は基本的にどことも国交を結んでおらず、独自の文化を維持しており、同盟はかなり難しそうな気はしています」
「タウロスともですか?」
「そうです。実はズーテーカ祈王国はこのアルカディア大陸最古の国とも言われているのですが、どの国とも国交が一切無いために、かなり謎に包まれた国なのです」
アレクはサルマーンの話しを聞いて、例の謎の魔法使いがズーテーカ祈王国に関係しているのではと、考えた。過去、ノルデン大陸でもアルカディア大陸でも魔法についての知識は、アレクの知識以上の国はなかったが、独自文化で最古の国ということであれば、何か伝承がある気がしたのだ。
「とりあえず、ユリウス帝政国とズーテーカ祈王国に同盟の打診をしてみてください」
「了解いたしました」
アレクは自分がまだ行ったことの無い、南東のパンディア大陸と北西のエルシア大陸の国々にも行って、現地の魔法技術についての調査を早めにしたほうが良いと考えていた。