常闇の島
まずいです、もう5話なのに女の子成分が無い・・
翌日、まだ体に疲労感が残っているものの立ち上がって歩くことが出来た。寝ていた部屋を出て大きな居間に入ると村長の家族が朝食を取っていた。
「おはようござます。助けて頂き本当にありがとうございました」
改めて丁寧に頭を下げると、村長に食事を勧められたので軽く会釈をして一緒に囲炉裏の側に座った。村長が簡単に家族の紹介すると、奥さんがスープの入った椀と木のスプーンをアレクに渡した。
「おぬしは船でどこに向かっていたんじゃ?」
「わかりません。故郷が襲われ捕まった後、どこかに奴隷として売られていくところでした」
「なんと・・それは無体な・・」
村長の家族はアレクの言葉に同情を寄せ、ここは安心だと教えてくれた。
「この諸島はどの国にも所属していないのじゃ、奴隷などという身分も無い。じっくりと今後の事を考えるとええ。そういえば、どの港から船に乗ったのか覚えておるか?」
「たしかオルドゥクという港町だったかと」
「オルドゥク?それはまた、かなり遠い所じゃの・・、この島からじゃと何度か船を乗り継いで2ヶ月以上はかかるぞ」
聞くとこの島にはこの村しか無く、大きな島には普段漁に使っている小さな船で行き来しているようだ。
「この諸島の一番大きな豆の島でも、大海を渡れるような船は無い。オルドゥクに戻りたいなら1年に1回くる貿易船に乗るしか方法はないじゃろうて。ただ3週間ほど前に来たばかりじゃから、残念ながら当分は来んよ」
アレクは大きく落胆し食べていた器を下ろしていた。果たしてこれからどうやって生きていけば良いのか。仮に貿易船が来てもお金も持っていないのだ。さすがにこのまま村長にお世話になるわけにもいかない。アレクが悩んでいると村長の息子が話しかけてきた。
「実は村から少し離れた所に深い森があります。恐ろしい化物が出るところですが、木が豊富なので自分で家を作って漁で生活でもしてみてはどうですか?」
「セリム、それはちょっと危険では?アレクシスはまだ子供よ?」
村長の奥さんがセリムの意見が危険だと否定する。
「でも母さん、この村に余裕なんてないんだよ。自分の食べ物くらい自分で採らないと」
セリムの言葉で母親も黙ってしまう。暫しの沈黙のあと村長が森について話し出した。
「この島はその大部分が広大な森に覆われていての、その中は太陽が届かない真っ暗な森のために、この島は常闇の島と呼ばれているのじゃ。しかも化物が住んでいるらしく森の奥に入ったものは、誰も帰ってこなかった。ただなぜか化物は森からは絶対に出てこん。それで森の周りの木を切ることは危険では無いと思うが・・、まあ子供に家を作るのは無理じゃろう・・」
「それなら父さん、森の側にある材木小屋はどうでしょうか?あそこなら雨風を凌げるかと」
「おお!それじゃ。アレクシス、そこを使ってみるかの?」
アレクは村長に感謝の言葉を伝え、昔木を切り出すときに使っていたという材木小屋に向かった。村人達には村長から話をしておくらしい。セリムに案内され到着した材木小屋はとても人の家には見えなかった。ただ屋根が付いているだけの材木置場のように見える。
「・・まあ、壁は小屋の中にある余っている材木を使ってくれ。」
セリムも久しぶりに材木小屋を見たのだろう。あまりの朽ち果てた様子に驚いていた。
「あとこれをあげるよ。木を削るにも銛を作るにも小刀は必要だろう」
刃渡り15cmほどの刃物を渡された。刃はあまり研がれていないがこれが無ければ何も出来ない。セリムは困った時はいつでも相談に来て良いと言葉をかけ、村の方へ戻っていった。
アレクは早速、何本かの材木を外に出すと壁がない部分に立てかける。
「何かで固定しないとすぐ倒れそう。森で蔓でも取ってくればいいかな?」
壁の板を見ながら独りごちると、すぐ近くの森に向かっていった。森の入口あたりにくると異様な雰囲気を感じる。確かに化物がでてもおかしくない雰囲気の森だ。丁度、見えるあたりの木に何本か蔓が巻き付いている。アレクは丁寧にその蔓を何本か切り取り山小屋に戻る。
「こんな感じかな?」
取ってきた蔓を使って立てかけた材木同士を小屋に固定すると少し家のように見えなくもない。全部閉じると入れなくなるので、3面だけに材木を組み上げ壁のようにする。1面は出入り口用に開けっ放しだ。
「さて、次は魚を捕るための銛をつくらなきゃ」
小屋の中にあった細い材木を手に取ると、小刀で丸く削っていく。先端は魚に刺さるように鋭利に尖らせる。1時間もしない間に銛のようなものが出来上がった。早速、アレクは作ったばかりの銛を持って海に向かって歩き出す。途中村を横切り、一番海に近い家の近くを歩いていると、真っ黒な子供が出てきた。
「父ちゃん!行ってくるよ!、あ、アレクだ!」
真っ黒な少年は、アレクに気がつくと元気いっぱいに走り寄ってくる。
「元気になったみたいだな!俺がお前を胃の中から助けたんだぜ!これからよろしくな」
「助けてくれてありがとう。君の名前は?」
「テガルって言うんだ!その手に持ってるの自分で作ったのか?」
「よろしくねテガル。これは魚を獲ろうと思って作ったんだ」
「ひひっ、それじゃ俺が魚とりのコツを教えてやるよ!付いてきな!」
テガルは大きな笑顔の後、家の横に立て掛けてあった銛を手にすると海に向かって走り出した。アレクも一緒に走り出す。すぐに海に着くとテガルは初めてなら岩場の方が良いと言って、浜辺から少し離れた海の中にある岩の上に乗った。アレクもすぐに追いつき一緒に岩の上に乗る。
「自分の影に気をつけて、止まった瞬間に・・・、一気に刺す!」
テガルは早速1匹の魚を、銛で刺して捕まえていた。
「すごいね!テガル!」
「だろー?でも父ちゃんはもっとすごいけどなー。アレクもやってみな?」
アレクも海の中を覗き込む。何匹か岩の近くで泳いでいる。アレクは1匹に狙いを定めると銛を打ち込んだ。
「あーあ、だめだめ。魚の動きに合わせないと」
アレクはその後何度も銛を打ち込んだが、1匹も取れなかった。岩場にもう魚の影は無くなっていた。
「もうここはだめだ。魚がみんな逃げちまった。そうだ!クジラのとこに行ってみるか?」
全然魚が取れないアレクを見ていたテガルは、もう飽きてしまったようだ。アレクは小さく頷くとテガルについてクジラの解体場所に向かっていった。
解体場所に到着すると、すでにクジラはかなりの部位が切り出され、見るも無残なことになっている。食べられる部分もあまり残っていないようだ。
「そういえば食べ物はどうしてんだ?村長に貰ってんのか?」
「魚取れなかったから、今日はもう無しかも・・」
「ええー!?そりゃかわいそうだな・・。ちょっと待ってろ!」
テガルは解体を指示している村人と話を始めた。時折、アレクの方を指差す。すると切り出し済みの大きな鯨肉を貰ってアレクの所に戻ってきた。
「肉分けてもらってきた!もう海水に浸けてあったやつだから、後は干すだけだ。乾いたら日持ちもするぞ。もしやばかったら焼いちまえば大丈夫だ」
「ありがとう!テガル。ところで火はどうやって点けてるの?」
「あー、おまえ火石なんて持ってないよなー・・」
どうやら火石という持ちながら火を強く想像すると火が出る石があるらしい。あたりを明るくする光石は城でも使っていたが、火石は見たことがなかった。厨房では使われていたのかもしれない。
「高いもんだから余分な火石はこの村にはないなー。まあ火が必要な時は呼んでくれ。点けに行ってやるよ」
「助かるよ、テガル!本当にありがとう!」
「まあ、いいって!てへへ・・」
テガルはあまり感謝されることになれていないようだ。アレクが感謝を言うたびに変な笑い方をする。その後も、破棄されるクジラの部位で役に立ちそうな部分を分けてもらうとテガルとは別れ、アレクは干し肉を作るべく材木小屋に戻った。
小屋に戻ると材木を並べるだけの、簡単なテーブルを作ると、そこで肉を薄く切り、クジラの髭を通して小屋の中にぶら下げる。かなりの大きさの肉だったため、小屋の中が肉だらけになる。意外と時間がかかってしまった。すでに日は傾き始めている。
「何日ぐらいで乾くのかな・・。ほんとうに今日は疲れた」
まだ体調万全とは言えないアレクの体は疲れ切っており、食べるものも無いことから今日は早く寝ることにした。板を並べて寝台のようなものを作って横になると、小屋の壁の隙間から夕日が差している。ふとクジラの中で見つけた光る石の事を思い出していた。クジラの胃の中にもなかったのだろう、誰も石の話をしていなかった。
「あの石はどこにいったのかな?」
目を閉じて光る石の事を考えていると、いつの間にか寝てしまっていた。そしてまた、アレクは奇妙な夢を見る。
──人の形のように見える光は、四方八方から集まってきており、真っ直ぐにその目的地に向かっている。それらの目的地とは石で出来た門のような所であり、次々と光が吸い込まれていく。その様子を見ていると、その門が徐々に肥大化し丸い球体の様になって、爆発四散してしまった。その後、真っ暗な暗闇があたりを覆い尽くす──
翌朝、まだ朝靄も晴れていない早い時間に目が覚める。頭が痛い。また変な夢を見たようだ。小屋の中いっぱいのクジラ肉のせいだろうか。小屋にはまだ扉が無いため狼などの獣の心配が頭によぎった。アレクは小屋の中の数枚の板を入り口に立てかけ、蔓でしっかりと固定する。
「これで扉も出来たから、獣が小屋に入って肉を食べることもないだろう」
出入りには、いちいち扉をずらす作業を行う必要があるが、贅沢は言えない。
「今日は漁に行く前に、少し森の樹の実や果実が無いか探してみようかな」
村長から森の危険性は聞いていたので、森の周りから中を眺めるだけにしようと考えていた。
すぐに森に着くと森にそって歩き出す。相変わらず森の中の雰囲気は人を寄せ付けるものでは無かった。暫く歩くと綺麗な水が流れる川を見つけた。森の中から流れ出しているようだ。
「この川が村を抜けて海に流れているのか。村人の飲水になってるから汚さないようにしないと」
川上の方を眺めてみる。川の周りに森があるのは当然だが、なぜか森の木々は川の上に伸びていない。川の周りだけは奥の先まで明るいままだ。
「・・もしかして、川は安全なのかな?」
川の周りは明るいという印象でしかないが、アレクは確信のようなものを感じていた。
川辺りの砂利のような所を歩いて上流に向かう。左右の深い森からは不気味な雰囲気が溢れ出しているが、川の周りは清涼感溢れ、森の中を歩いている気がしない。
暫く歩いていると大きな白い岩が見えてきた。どうやらこの岩の下から水が流れてきているようだ。
川幅が狭くなったせいか水深は少し深くなっている。川の流れは緩やかで潜ることもできそうだ。しかしこの岩がどこまで続いているのか分からない。アレクは潜ることは諦め、岩を登ることにした。
近くの木に巻き付いていた蔓を小刀で取ると川の両岸にある木に縛り付け岩の足場にする。それを何本か繰り返すことで岩の上までの足場を作った。
「これでなんとか登れるかな?」
出来たばかりの蔓の足場で岩を昇っていく。
岩の上に近づくとアレクは丸い岩だと思っていたものが、白い岩山の一部であったことを知る。
アレクは岩を登りきり、そのまま岩山をも登りだした。小さな山で傾斜は緩やかだ。
30分も登るとすぐに山頂らしき所に到着した。
「すごい、すごい景色だ!」
小さな島であり岩山ほど高い木も無いため、島全体が見える。
眼下には緑の森その先には村。そしてその先は真っ青な海が一面に広がっている。
アレクは自分の人生でこんなにも壮大で美しいものを見たことがなかった。小さいときから学問と剣術を学んでいたため知識は豊富だが、一度も城から出たことがなかったのである。
しきりに周りを見渡していると、森の中に少しだけ開けた場所を発見する。森のかなり奥にあるようだ。丁度材木小屋からまっすぐに岩山の頂上を線でつないだ上にある。しかし場所は森の奥深く。とても行けそうに無い。
「なんであそこだけ木が生えていないのかな?池でもあるのかな?」
ふと足元に何かを感じて、急いで下を見る。すると今まで気が付かなかったが、山頂の岩の部分に何やら模様というか血管のようなものが所々に現れている。アレクは岩山の砂を手で払ってみると模様がはっきりと見えてくる。そして中心のくぼんだ部分には薄っすらと光る石が埋め込まれていた。
「ええ!?こんな所にも光る石が!!」
石をよく見てみると、クジラの中で見たものとは少し違うようだ。
世の中には光源になる光石や治療に使われる治療石など、光る石自体は珍しいものではない。しかしクジラの中で見つけた石も、この岩山の石も何か違うと感じていた。アレクは小刀で丁寧に石を取り出す。
「今度は無くさないようにしないとな」
アレクが着ている奴隷服はいわゆる貫頭衣という、長方形の布1枚の真ん中に頭を通す穴だけを空け、それを頭から被り、腰のあたりで紐で縛っているだけの、服というよりは布あてみたいなものだ。当然小物入れなどは無いので手でしっかりと石を握る
素晴らしい景色と光る石を手に入れたアレクは意気揚々と岩山を降り、先程の岩の方に向かった。
すると岩の上に、先程は無かった木が生えている。
「あれ?あんな所に木なんかなかったはず・・」
アレクはその木が森と同じ様な、得体の知れない雰囲気を醸していることに気がつく。
「・・あれは化物かもしれない」
腰の紐にかけてある小刀を抜き、警戒しながら回り込むように移動する。
すると突然、木の枝がまるで鞭のようにアレクに襲いかかってきた。
「クッ!!」
やはり木は化物であったのだ。アレクは横飛をしながら飛んできた枝に小刀で斬りつける。
「キキーッ!」
木の化物は甲高い悲鳴のような音を立て、枝を元に戻す。根の部分が足のように動き出しアレクに迫ってきた。アレクはすぐに立ち上がり川の方に走り出す。
しかし木の化物は根を更に早く動かし追いかけてくる。
走りながら後ろを見ると、また枝を鞭のようにしならせ飛ばしてきた。
瞬間、眼下に川が見えアレクは川に飛び込む。しかし枝のほうが早く足に絡まってきた。
空中で身を捩り小刀を足に絡みついた枝に突き刺す。
一瞬力を緩めた枝はアレクを支えきれず、彼の体は川の中に落ちていった。
川に落ちたアレクはすぐに川を出ずに、しばらく川の中を泳いでから岸に這い上がる。
後ろをみると遠く離れた岩の上で木の化物は枝をくねくね動かしていた。
「やっぱりこの森は危険なんだ・・」
アレクは濡れた体を引きずるように材木小屋に向かった。
小屋に着くと村長の奥さんが小屋の前で待っていた。手元を見ると食べ物を持ってきてくれたようだ。
「アレクシス、大丈夫?まだ具合よくないのかしら?」
「奥様ありがとうございます。体調は大丈夫です」
「良かった。これ少ないけど食べてね」
「本当にお世話をお掛けして申し訳ありません」
「いえいえ。でもそんな丁寧な言葉、村では使う人いないわよ?」
村長の奥さんは珍しいものを見たようにクスクスと笑っている。
アレクは笑顔を返しながら改めて感謝を伝えると、奥さんは手を振りながら村に帰っていった。
「さて頂いたスープを食べたら今日こそは魚を獲るぞ!」
テガルから教わった魚獲りのコツを思い出しつつ、スープを美味しく頂いた。