陰謀
アレクは最悪の事態に備え、タウロスとの国境に一番近い街、アクバル山麓都市にサラディアの兵の6割の3万を集結させ、残りの2万は次にタウロスに近い街、ヤフヤ港城都市に集結するように指示する。
今回のタウロス軍はかなりの数に上ると予想されるため、過去の戦術では役に立たないだろう。その上、アレクが過去に使ってきた策は1度見てしまえば、次からは対策を立てられてしまう可能性が高い。
そうなると全面対決となり、数がその勝敗に大きく左右することになる。今回は戦争を始めないことが最大の勝利なのだ。
アレク達はすぐに飛行馬車にのり西部州の首都に向かった。アレクは馬車の中でこれからの話しをした。
「皆さん、これから僕たちは西部州の王に会うつもりです。しかしそこでは殺される可能性があります」
「「「「ええ!!??」」」」
「西部州の王と直接交渉をしようと考えているからです」
「アレク、大丈夫なのか?」
「今回の東部州の動きに、西部州が全く反応を示さない事が、彼らの企みを予言させます。さらに前回の戦闘でも、西部州が動かなかったことも疑惑を生じさせています」
「それで直接会って本音を知りたいというわけだね」
「はい。それでマリーとソフィにはそれぞれ左右からの攻撃に対処を、ネフェルタリには後ろから攻撃に対処を、クララには風壁魔力で全員を包むように展開してください。今回は常に5人とも離れずに一緒に行動します」
「いやー、この5人の攻撃を防げるやついないでしょー」
「ネフェルタリ、油断は禁物です。王宮では弓が千本、兵士が数百人で襲われる可能性もあるのです」
「アレクちゃん、魔法剣使ったら私1人でも数百人大丈夫だよ!」
「アレク様、私の風壁魔力も普通の弓なら1万本でも通しません」
確かに女の子たちの実力は過信ではなく、アレクも各個人の技量についてに不安は無い。しかし物事には万が一もある。
アレクの予想では西部州の王は今回の一連の戦争の黒幕の可能性も考えていた。そして中央州の王の病死に合わせた東部州の再度の挙兵。東部州にとって中央州が動けない今こそが、タウロス統一の大きな機会であり、西部州を叩ける千載一遇の好機のはずなのだ。それを無視してサラディアを攻撃しても、兵も時間も失うことになる。そうあまりにも西部州に都合が良すぎるのだ。
逆に今回の出兵が単に東部州による前回の復讐戦であれば、逆に西部州の王を焚きつけるチャンスになり、東部州は西部州と戦争に入り、サラディアには手が回らなくなる。どのみち、西部州の王が今回の行末を大きく影響する存在なのは間違いがない。
アレク達が西部州の首都の上空に到着する。王宮の位置を確認すると王宮の正面に飛行馬車を下ろした。5人が降り立った後は、飛行馬車だけを上空に移動させておいた。上空500mくらいで待機させておく。アレク達の周りに衛兵が集まってきた。
「僕の名はサラディア自由王国の王アレク・エトワールと申します。不躾な訪問で恐縮ですが、西部州の王に謁見したいので、取り次いでもらえませんか?」
空から飛んできた人物が王を名乗ったのだ。警備の一人が走って王宮内に向かった。警備兵たちは突然空から降りてきたアレク達に不安を覚え遠巻きに囲っていた。
暫くすると衛兵が戻ってきて、謁見の許可がでたことをアレク達に伝えると、その衛兵が王の間に案内をしてくれた。アレク達は堂々と廊下を歩き、王の間に入るとそこには百人を超える兵士が壁際に控えていた。しかしすぐさま襲いかかる様子は無いようだ。
玉座にはすでに王が座っていた。アレク達は深くお辞儀をするとアレクから話しだした。
「この度は急な来訪にも関わらず、謁見の許可を頂き誠にありがとうございます」
「構わぬよ。若き英雄王よ。して要件はなんだ?」
「この度、東部州がまたサラディアの領土を侵さんと兵の準備をしているようです。そこで東部州が我が国を攻撃している間に、西部州が東部州を奪われては如何かと具申しに参りました」
「ほほう…、共闘を申し出るとな?」
「サラディアに領土侵略の意志はありません」
「では、東部州に我軍が勝っても領土はいらぬと?」
「もちろんです」
アレクはまずは西部州の王が一連の戦争に関係がないという前提で話しを進めてみた。この答え方によって、西部州の本音が見えてくれば良いと考えたのだ。
「しかし我らにも領土拡張の意志はない。東部州とは連邦を組んでおり、戦を仕掛ける理由も無い」
「これは異なことをおっしゃられます。数年前までは西部州は他州と戦争状態にあり、現在は休戦中であると聞いておりますが?」
「……昔はな。今は戦争を行う意味を見いだせん」
やはり違和感がある。何か急に状況が変わったのか、西部州の王の気が変わったのだろうか?
「何か状況が変わったということでしょうか?」
「それは内政に関することであり、アレク王に説明をする必要も無いと思われるが」
「なるほど。それでは我々が逆に東部州の侵略を撃退して、そのまま支配しても問題が無いと?」
「フフ、出来るのであればな。5万弱の兵で20万の軍勢を打ち破れるとは思えんよ」
東部州の兵力だけでなく、サラディアの兵力も正確に把握している。直接領土が面していないにも関わらず、諜報を行っているのだ。やはり休戦は一時的なものなのだろう。
しかし西部州が動かないとなると、サラディアだけで東部州の大軍を相手にしなければならなくなる。最後にアレクは中央州の王について聞いてみた。
「中央州の王が亡くなられたと聞きました。西部州の王はご存知でしたか?」
「もちろん聞いておる、残念なことよな。良き王であったのだが」
「親しかったのですか?」
「いや、それほどではないが毒殺されるような死に方は不憫であろうよ」
なんと中央州の王は毒殺だったとは。サラディアの諜報員ではそこまでの情報は得られていなかった。西部州の諜報員の情報収集力はかなり高いようだ。しかし不思議なのが西部州の王が言葉とは裏腹に、うっすらと笑いを浮かべているのが気にかかる。
アレクはこれ以上の会話は意味が無いと考え、西部州の王に時間を取らせたことを詫て王宮を出た。馬車に乗り込み空に上ると、緊張が解けたようで女の子たちが話しかけてきた。
「アレクちゃん、結局どうなったの?」
「結局東部州とはサラディアだけで戦うことになりそうです。ただ西部州は何か秘密がありそうです」
「なんかさー、胡散臭そうなやつだったよねー?じろじろ見てたしさ」
「王の間も異常に兵隊の数が多かったわよね。てっきり戦闘になるかと思ったら、あっさり話しが終わっちゃうし」
「アレク様に何もなく本当に良かったです」
しかし今回の戦争は、かなりサラディアに不利な状態だ。普通の戦争では勝ち目がない、魔法でどこまで敵と戦えるのか、数万の兵を一気に殲滅できる魔法の開発を行う必要が出てきてしまった。正直、アレクは気が重かった。しかしやらねばサラディアの兵や民が沢山死ぬ。
『とても英雄とは呼べないですね・・』
アレクは1人辛そうに心の中で呟いていた。
中央都市の屋敷に戻ると、大臣たちを全員集めて、西部州の王との話しを皆に伝えた。
「それではサラディア単独での戦闘になるのでしょうか?」
「残念ながらその可能性は非常に高いと思われます。ただ中央州と西部州は戦争には参加しないのが、唯一の救いといったところでしょうか」
「諜報局からの報告では、東部州20万、中央州15万、西部州15万もの兵がいるという調査があります。それに対して我が兵はかき集めても5万に届きません。とても勝ち目があるとは思えませんが・・」
「そのとおりです。ここまで差があると普通に戦ってはまず勝ち目はありません。しかし僕の方で対策を考えています。これに目処がつけば勝利も見えてくるはずです」
「「「おお!!」」」
大規模な殲滅魔法の開発を行うしか無い。最初はリディアやククラにも手伝ってもらおうと思っていたが、あまりに背負うものが重すぎるだろうと思い、この魔法の開発は1人で行うからだ。
「マフムード。諜報員の数を増やし、敵の王と指揮官の名前と特徴を調査させてください」
「了解いたしました」
アレクは戦闘を回避する為に、王や将校の暗殺も考えていた。当然、将校が殺されてもすぐに後釜が埋まってはしまうが、これと一緒に風説を流せないか考えていたのだ。サラディアの土着神がサラディアに敵対するものに天罰を下すような噂をだ。
アレクはサルマーンからの推薦で、諜報局の局長に就任したナーデルを呼び出した。
「あなたがサルマーンが褒めていたナーデルですね。これから宜しくお願いします」
「私のようなものを拾い上げて頂き、心より感謝しております。以前はアクバル山麓都市において諜報員をしておりましたが、私が諜報に出ている間に街が占領され首長が殺されてしまい、歯がゆい思いをしておりました」
「そうですか、あなたの諜報局は戦争の勝敗に影響を与える大切な部署です。サラディアを守るために力を貸してください」
「もちろんです。正直、アクバルの首長には諜報を重要視してもらえず腐っておりましたが、アレク王は諜報をことさら重要視されていると聞きましたので、力の限りを尽くす所存です」
「期待しております。それでは早速ですが東部州において流言を流して頂けますか?」
アレクはもしサラディアに兵を上げたら、東部州の王の命はサラディアの神によって奪われるという流言を、ナーデルに流してもらうように頼んだ。
それから数日は、アレクは1人でアクバル山麓都市から普通の馬車で2時間ぐらいの山脈の麓に行っては、殲滅魔法の研究をしていた。
「基本は投石機のように巨大な岩を移動魔法で飛ばし、岩が溶けない程度に灼熱の高温度にしておくことで殺傷力を上げれば、かなりの兵を倒せそうですね…」
アレクは山からおよそ高さ500mはあると思われる岩の塊を荷物魔力で浮かせると、圧縮魔力で直径300mぐらいの巨大な岩の玉を作り出した。多少圧縮したので少しぐらいの衝撃で割れたりはしないはずだ。できあがった岩石玉は国境線辺りに、並べていく。
全部で20個ほど作成すると、さすがに大きかったからか、アレクも疲労を感じていた。
「魔力を使って疲労を感じるなんて、何時以来だろう…」
アレクは独りごちながら次に岩石を使った岩の人形を作り出した。今回の人形には歩く、攻撃する以外にも火を吐く能力も与えてある。5mの巨体であり、岩で出来ているため魔法剣でなければまず頭部の魔石を取り出すことはできない。
何日も掛けて1体1体を作っていく。渓谷都市で手に入れた巨人の魔石も聖王国の聖泉で普通の原石に戻してあり、アレクの手元には350個前後の巨人の原石がある。すべて岩の人形にするつもりだったが、300体ほど作ったところで、マフムードからの連絡が入った。
「東部州が動き出しました!タウロスが侵略を始めたようです!」
アレクはそれを聞いて、ナーデルに東部州の王の位置を聞く。どうやら王は未だ王宮にいるようだ。ナーデルより、東部州の王の特徴を聞いて飛行馬車で東部州の王宮まで飛ばすと、王宮の上空1000mぐらいの所で、《転眼魔力》で王宮内を調査する。
ナーデルから聞いた特徴の男が玉座に座っているのが見えた。しかしその男の顔に生気が無い。本当にこの男なのだろうか?アレクは何度も《転眼魔力》で王を確認するが、やはりこの男であるようだ。アレクは決心したように、彼の胸の心臓のあたりを圧縮魔力で潰す。
しかし次の瞬間、恐ろしい事が起きた。心臓が潰されたはずの王が何事もなかったように、臣下と話しをしているのだ。圧縮魔力が失敗したとは思えない、しかし王は心臓が潰れたにも関わらず、血も吐かず普通に言葉を吐いている。
アレクは本来サラディアの神の呪いによって王が死ぬという展開を望んでいたが、心臓の圧縮による暗殺が難しいと理解すると、今度は王の体全体を圧縮した。結果的に言えば圧縮は成功し、王の体は手にひらに乗るほどの球体になって、玉座の上に置かれた。
しかし以前に、猪を圧縮したときは圧縮の過程でどうしても、血や液体が飛び出し周りは大変なことになったのだが、なぜか王の体からは血も液体も1滴も出なかった。まるで木を圧縮したような感じだったのだ。
皆の目の前で王が硬い玉になってしまった王宮は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、混乱の坩堝となっていた。アレクは静かに飛行馬車をアクバル山麓都市に向け帰っていった。
翌日、諜報局から東部州の進軍が止まったことの連絡が入った。アクバル山麓都市の元首長の屋敷に設けられた作戦本部には、その報告を聞き安堵のため息が広がった。
「さすがに王が死んでしまえば、戦争は始まらんでしょう」
「そうであれば良いのですが…」
「心配されるのも分かります。もう少し様子をみてみましょう」
アレクはどうしても東部州の王の体が人間のものとは思えなかったのだ。まるで人形のような印象だったからだ。
『人形……、そうか!タウロスにも人形を作れる魔石使いがいるのかもしれない!』
アレクは急いで、飛行馬車に乗り東部州の王宮の上空まで飛んでいった。王宮上空まで来るとまた《転眼魔力》で昨日の球体になった王を探す。すると王の寝室の寝台の上で、それらしきものを発見した。それらしきというのは、球体だったそれがまるで魔物の自己再生のように人の体に戻ろうとしていたのだ。
「なんということ…、王が再生する人形だったとは…」
アレクはあまりの衝撃に暫く放心してしまったが、数分後にはこのままでは戦争が始まってしまうと確信していた。しかし王として振る舞える人形など作れるのだろうか?リディアとクララの研究によって、複雑な動きを人形に仕込むことは可能になったが、とても人の思考を組み込むなどできそうにない。
アレクは必ずこの人形を近くで操っているものが居ると予想を立て、宮殿の上空から暫く王の寝室の中を監視していた。しかし夜になってもその部屋には誰もやってこなかった。アレクが諦めて帰ろうかとした瞬間、王の寝室に人が入ってきた。
「やっと再生が始まりましたね…、随分とやっかいな魔法を掛けられたようです」
男は独り言をいうと、再生して蠢いている球体だったものにそっと触れる。男はじっとその球体を眺めた後、王の寝室を出ていった。アレクはその男の行き先を確認しようと視点を移動させていると、突然男の姿が消えてしまった。
アレクは驚き、色々周囲に視点を飛ばしても男の姿は完全にその空間から消えてしまっている。
「馬鹿な…、人が消える?そのような魔法があるというのですか…」
アレクは自分よりも魔法に精通していると思われる男がいた事に驚愕し、東部州には自分では想像すらできていない敵が潜んでいる可能性にも恐怖していた。
飛行馬車をアクバル山麓都市の屋敷に戻し、自分の部屋に戻ったアレクは、自分が見た出来事をもう一度頭の中で思い出していた。
『東部州の王は何者かにすげ替えられており、人との区別がつかないほどの精巧な人形によって、東部州が操られているのは確かなようです。しかし一体何者なのでしょうか…』
翌日アレクが目覚めると、急いでナーデルを呼んだ。
「お呼びですか?アレク様」
「ナーデル、至急調査してほしい事があります。東部州の王の家族関係と、中央州、西部州の家族構成と近況についてです」
「了解いたしました。ただ中央州と西部州に忍び込んでいる諜報員の数は少ないため、増員も含めて行うとなると時間がかかります」
「わかりました、そこは任せます。まずは東部州の情報だけでも分かったら教えて下さい」
「御意」
アレクが考えたのは、いくら精巧な人形だったとしても、家族であれば必ず見破れると考えたのだ。そうなると、東部州の王の家族はすでに近くにいないように手配されている気がしていた。
数日後マフムードから、予想されていた報告が行われた。
「東部州の軍の侵攻が再開されました!」