クララ
公爵からは2匹目もいるかもしれないということで、暫く前線で待機することになった。
兵士たちは、岩の巨人を見つけると岩を落とし、岩の巨人を谷底まで押し戻す。これを永遠と繰り返している。見ていても辛い作業だ。
しかし、谷の底に行けば包囲されて逆にやられてしまう可能性が高い。ここでは巨人を1例縦列にするのが出来ないからだ。
アレクは公爵に頼み事をした。
「ムカデを待っている間、岩の巨人を少しだけ倒しても良いですか?」
「え!?・・、あ、ああ構わないが?」
公爵はアレクが何を言っているのか、分からない様だったが、先程の件もあったので生返事をした。
早速、マリーとソフィを伴って、区画の1番に向かった。
アレクはネフェルタリには、とりあえず見ていてもらい。マリーとソフィに巨人の魔石を取り出すように言うと、渓谷の底から荷物魔力で、岩の巨人を1匹釣り上げた。
崖の上に上がった岩の巨人を、マリーとソフィは手慣れたように足から切り裂いていき、魔石を取り出してアレクに投げた。それをもう3回も繰り返すと、区画1番の下には巨人はいなくなった。
すぐ区画2番に移動し同じことを繰り返した。作業が終わった区画の崖上には、壊れた岩の巨人の破片がゴロゴロと転がっており、暫く石を運ばなくてもすみそうだ。
2時間ほど繰り返すと、崖下の岩の巨人はほぼ居なくなっていた。たぶん全部で150体ぐらいは魔石を取り出したろう。
アレク達は公爵の元に戻り報告をした。
「岩の巨人を片付けておきました。巨人の破片の岩は、岩落としにも使えるので、岩をここまで運ぶ手間が省けると思います」
「・・・いや、巨人がいないのであれば、岩を落とす必要もないがな・・」
公爵はあっけに取られていたが、兵士たちは岩落としの仕事から開放され、地面にしゃがみ込みながらアレク達をみて色々と話しをしている。
そのうち、兵士の一人がアレク達の所にやってきて、剣の極意を教えてほしいといいだしていた。岩の巨人を切り裂いたマリー達を見て、自分達でも覚えたかったのだろう。ソフィは元気よく兵士に答えた。
「剣術なら大公都のエトワール道場よ!でも化物切るには魔法剣じゃないと駄目かな」
素晴らしい宣伝文句だ。しかしちょっと格好が悪い気もしなくもない。
それから数時間ほど待ってもムカデは出てこなかった。岩の巨人も出てこない。
アレクは公爵にそろそろ帰ってもよいかと聞くと、館に一緒に戻ろうと言われ、一緒に戻ることにした。
館の応接の間に公爵と座ると、公爵がまだ驚きの衝撃が抜けていないようでゆっくり話しだした。
「・・いや・・英雄とは凄いものだな。小さい時に読んだおとぎ話を思い出したよ」
「お褒め頂きありがとうございます。崖に挟まれていたので、結果的に各個撃破の形になったのが良かったのです。今回も幸運に恵まれていました」
「それだけの力を持ちながら、幸運と申すか。まさに英雄・・。そうだ、褒美の件だが何を望む?」
「特に褒美は必要ありません」
「いや、それでは困るのだ。実績にあったものでないと」
「そうですか・・、それでは公爵様の中心都市に、お店を頂けませんか?」
「店?ああ、そういえばお主はエトワール商会という店をやっておったな」
「はい」
「よかろう!良い店を送らせていただこう」
「ありがとうございます!」
アレクは深く公爵に感謝すると、ナタレンコ渓谷都市を出て大公都に戻った。
数日後、公爵から店の証書と登記権利書と白金貨10枚が送られてきた。
アレクはヴィクトールにそれらを渡し、店の人員と立ち上げを依頼しておいた。
また数日後には大公からも感謝状が届いた。
丁度その日、大公都のアレクの館に一人の少女が前触れもなく訪れてきた。
「アレク様。ご無沙汰しております。クララです」
なんと、聖王国の巫女であるクララが訪問してきたのだ。
どうやら作っておいた治療石を全部渡し、早めに下山できたらしい。聖教都市のエトワール商会のビアンカに、今アレクはここにいると聞いて直接来たようだ。
「クララ!久しぶりですね!無事に下山できたようでなによりです」
「これもすべてアレク様のお陰です。本当にありがとうございました」
「たしか世界を回りたいという話でしたね?」
「はい。これからはずっとアレク様と一緒です」
「え?」
「アレク様はクロエ様を探すために、世界を回られていると聞きました。なので一緒に探させて頂ければと思っております」
「なるほど・・、でも僕の旅は化物と戦うこともある過酷なものですよ?」
「1人で旅をしても寂しいですし、旅には野盗もでますから同じかと」
確かにそれはそうかもしれないが、アレクはまだ13歳の小さな子には厳しいのではと思っていた。
「いいじゃないアレク。連れて行ってあげたら?」
のんびりお茶を飲んでいた、クララより年下のソフィに言われてしまった。アレクは分かりましたと答えると、彼女のために2階に新しい部屋を準備した。
そしてマリーとソフィ、ネフェルタリ、リディア、クララを部屋に呼んで館の皆に紹介する前に、彼女が聖王国の巫女であることを説明し、秘密にしておくことをお願いした。
意外と誰も驚かなかった。皆、聖王国出身ではないので、巫女といっても司教と同じ程度で考えているようだ。
夕食の時に、聖王国出身のクララで一緒に妹を探してくれる仲間だと孤児院の人達に紹介した。
クララは鮮やかな桃色の髪を長くして先だけ縛っている。どこか幼さと妖艶さが同居する紫色の瞳の女の子だ。年が近いのと、その神秘的な出で立ちにその日から孤児達の人気ものになった。
翌日の朝食の後、アレクはクララを自室に呼んだ。
「巫女になる条件を詳しく教えてもらえますか?」
「そうですね、聖石を使った時の効果が大きいと選抜に入ります。その後、その中から信仰心が厚く、一番聖石の効果が大きいものが巫女になれる感じでしょうか」
「ということはクララも魔石の効果が大きかったんですね?」
「はい。歴代でもかなり強力だったようです。普通、聖石を作るには普通の巫女だと5日ぐらいかかるらしいのですが、私は3日で作れました」
アレクは自分も最初に火石を作った時に3日ぐらいかかっていたことを思い出した。しかし、その時も生きる気力を奪われる感じはなかった。
「クララは聖石を作る時に、どのように想像してから念を込めてますか?」
「神様の光が民に降り注ぎ、その傷や生き物を癒やし祝福するような想像でしょうか・・」
アレクは自分が治療石を作る時と随分違うことに驚いた。原石から魔石を作る時は具体的に想像すればするほど、効果が高くなるからだ。
「申し訳ないのですが、僕がこれから教えるやり方で1つ聖石と言うか治療石を作ってみてもらえますか?」
「わかりました。どうすればいいですか?」
アレクは、外から木の枝を1本折ってきて傷を付けると、クララに原石と一緒に渡し、より具体的にこの傷が直るように想像して念じるように依頼した。
その日の夕方、クララが驚いたような顔をしながらアレクの所に来た。
「アレク様!なぜか半日で聖石、いえ治療石が出来てしまいました!」
「生きる気力は失われましたか?」
「いいえ!全くそんな気分にはなってないです!」
アレクは自分の予想があたった事を理解した。どうやら具体的な事象を想像しなかった場合、それを補足しようと勝手に作り手の体や記憶から、何かを吸い出してしまうのだろう。食べずに運動したら痩せてしまうのと同じ様な理屈なのだ。
これでアレクの方法で魔石を作れば安心であることが確認でき、アレクは心配事の一つが無くなって安堵していた。
すると、魔石能力の高いクララにもう一つ実験してもらいたいことが出てきた。アレクの体の中の石達は、アレクが魔力を使うたびに連携し、徐々に連携能力も上がってきている。
これと同じことが他の人でもできるのか、確認したかったのだ。
アレクは竜鉱を使って、細く短い杖を作った。杖の先端には5つの豆水石を埋め込み、クララと一緒に館の裏手に向かう。
クララに最初は真ん中の石だけで、水を出してほしいというと、かなりの量の水が出た。アレクが最初に水を出したときよりも多い気がする。続いて2つの石を力が経由してから水を出すように依頼すると、先程の2倍以上の水がでた。
「アレク様!すごい量がでま・・」
しかしクララはそこで気を失ってしまう。クララを抱き上げ、クララの部屋の寝台に寝かせその日の訓練終了となった。これは1度は気を失う体験をして、魔石を使い続けた場合の危険を知ってもらうためでもあった。
二人は翌日以降も魔石の訓練を行った。この日からの訓練では水の量を、質に変更してもらったため気絶する事なく、順調に色々な確認ができた。特に想像の中での石の経由の順番などによって、威力や効果に変化が生じる事はアレクも気がつかなかった事だ。
数日の訓練と確認を行うと、クララの出す魔法はかなり強力なものになっていた。水石だけでなく、火石や風石を使った杖などを作って同様の訓練を行う。
その後は、体全体から力を注ぎ込む想像も重ねるようになると、さすがに想像し念じて発動するまでの時間に30秒以上かかるようになったが、威力は更にあがった。
「なんか・・、僕よりも魔力強くないですか?・・」
「まさか!アレク様の足元にも及びません!」
原石から魔石を作る速度は、変わらずアレクの方が圧倒的に早いものの、石を5個使った魔力発動では、クララの方が上手に出来ているようだ。アレクは剣ではマリーやソフィに負けていたが、自信を持っていた魔石操作でクララに負けた気がして、かなり落ち込んでしまった。
しかしクララはそんな事を全く気にせず、アレク様と言って懐いている。そんなクララをみていると、自分より3つも年上だが自分の妹の様に思えてきていた。
アレクはクララが物覚えも早く、魔力操作も優秀なことからリディアの良き研究仲間になるのではと思い、リディアに紹介するとリディアは非常に喜んでいた。やはり1人で考えるだけでは、なかなかうまくいかないのだろう。
それから1ヶ月ぐらいが過ぎたある日、リディアとクララがアレクの部屋に走り込んできた。
「「アレク様!大発見です!」」
アレクは2人の行動が本当に似ていたので、一瞬姉妹じゃないかと思ってしまったが、すぐに何事ですかと訪ねてみた。
「魔石1つに2つの魔力が生まれました!」
「え!?」
「但し条件がありまして、火と氷は1つの魔石になったのですが、水と砂は1つの魔石に出来ませんでした」
「ようするに重さがあるものを魔力で出す魔石は1つに出来ないわけですか?」
「わかりません。その原因が分かっていないのです、実際にやってみないと。実は発見はここからなんですが、これを見て下さい」
リディアが10cmぐらいの、土人形を出してきた。床においてリディアが指示を出すと、歩いたり踊ったり座ったりしている。
「こ、これは!?なぜ複数の動きができるんですか?」
「これこそが今回の重要点です。実は先程の2つの魔力を1つの魔石に入れた時も、同じ方法だったのですが最初に火を入れてから、後から氷を入れたのです。そしてそのときに、氷に名前をつけて魔石に記憶させました。手順は蜃気楼石の情景を足す時と同じです」
「なんと!」
「この人形は最初に人形を生み出す魔力を入れた後、動きだけを名前をつけて入れたのです」
「後から動きを追加できるということですか・・・、なるほど」
「これで魔物が魔石で動いているように、人形ももっと生物らしく動かせると思います」
「すばらしいです!」
アレクは2人の研究成果に特別報酬を出すというと、2人はすでにヴィクトールから十分な研究資金を貰っているので、結構ですといって断られてしまった。
しかしこれによって、人形はかなり使い物になりそうだとアレクは思っていた。
数日後アレクはサラディアの様子を見に行くので一緒に行く人を、夕食時に尋ねてみた。マリーとネフェルタリとソフィとクララが行くことになった。リディアは研究が面白くなってきており、エカテリーナは父親に会いに城塞都市にいったまま、まだ戻ってきていない。
翌日朝食の後にすぐに出発する。今回は様子を見に行くためで長居をする予定は無く、すぐに帰ってくるつもりだ。大公都から直接、サラディア自由王国の首都に定めたナーセル中央都市に向かう。元首長の屋敷で今は王の屋敷になっている所に馬車を止め、サルマーンの執務室に向かう。
「サルマーン。お元気でしたか?」
「おお!我が王よ。ご帰還を首を長くして待っておりました!」
「何かあったのですか?」
サルマーンは近くの部下に、マフムードを呼びに行かせると、タウロスに出していた諜報員から怪しげな動きがあると連絡があったと報告してきた。東部州の兵たちがサラディアに近い街に集結しているとのことだった。
すぐさま戦端が開かれる様子は無いものの、決して油断して良い状況ではないようだ。アレクがサルマーンの報告を聞いていると、マフムードが執務室に入ってきた。
「おお!アレク王!お久しぶりでございます。お待ちしておりました」
「サルマーンから話しを聞きました。予断を許さぬ状況になっているようですね」
「はい。未だ国境の防壁は建築が1部で始まったばかりで国境を越えることは容易く、また侵入されればすぐに街が焼き払われてしまいます」
「しかし、今の東部州がサラディアを攻めるのはあまりにも合理に欠けた判断と思われますが、タウロスの国内で何かあったのでしょうか?」
「はっ!その点、諜報員から詳細な情報が上がってきております。中央州の州王が突然病気で亡くなられ、後継者を巡って、中央州が内乱状態に入ったのことです」
アレクはこれを聞いて、また戦争が始まりそうだと感じ、どうにか回避できないか思案を巡らせ始めた。しかし気になるのが西部州の動きだった。中央州が動けなくなっていても、東部州がサラディアを手中に納めれば、西部州もあとで侵略されるのが目に見えているはずだ。
しかし西部州に兵を動かしている様子はないらしい。アレクは一度西部州の州王に会う必要を感じていた。