決戦
翌日の朝一番に来訪客があった。ジャバード鉱山都市から来たイブラヒム首長だ。彼も非常に若く、どうやらモハンマドとは友人らしい。
「はじめまして、アレク王。イブラヒムと申します。ジャバード鉱山都市及び周辺の街を治めております。この度はぜひ自由王国に参加いたしたく、突然訪問させて頂きました」
「ご丁寧にありがとうございます。今サラディアは未曾有の危機にあります。参加して頂くのはありがたいのですが、イブラヒム様の既得権益などは引き継ぐことはできませんが問題ありませんか?」
「問題ありません、私個人で多くの鉱山を持っており、行政権などを放棄しても返って面倒が減るだけですので」
「分かりました。それでは早速命令を出します」
アレクはナーセル中央都市と、ジャバード鉱山都市の間の街道の中央都市よりの所に、馬防柵と落とし穴の設置を地図で依頼した。イブラヒムはその場所が中央都市から離れており、戦場でもない場所に馬防柵などを作る意味は分からなかったが、アレクの前回の実績を信じて命令を受託した。
今回の馬防柵は普通に長いものだった。前回の戦闘では、敵の先頭の兵があっさり倒されてしまったので、短い馬防柵の出番はなかったが、今回は必ず活躍するはずだ。
アレクはマフムードを呼び、急ぎ使いをモハンマドにも出すように指示した。内容はイブラヒムと同じ様な内容だ。
千人長の一人が、全部隊の出発準備が出来たことを報告に来たので、すぐに出発するように伝えた。今回は時間との戦いだ。サハル大港都市の兵5000が間に合わないと、ナーセル中央都市が落ちる。そして落ちてしまっては、逆にこちらが全滅させられてしまう。
アレクはマリーとネフェルタリと、前回の戦闘後すぐに新しく新設された偵察部隊の部隊長を呼び出し、ナーセル中央都市の周辺、特にサハル大港都市、ヘサーム工芸都市、ジャバード鉱山都市の街道に偵察隊が出ているので、殲滅してほしいと伝えた。
3人はそれぞれの担当を話し合い、すぐに出発した。あとはアレクがナーセル中央都市に向かい、援軍到着までの時間を稼ぐことだ。アレクとマフムードは馬車に乗ってナーセル中央都市に出発した。途中マフムードには秘密を厳命して、空を飛んで時間を稼いだ。
マフムードは馬車の中で震えていたが、さすがに絶叫しなかったので、アレクは気が散らずにすんでいた。
アレクの馬車は夕方には、ナーセル中央都市の門の所についていた。マフムードが対応すると門は小さく開けられ、アレクの馬車だけ中に入れてもらい、急いで首長の屋敷に向かう。馬車を屋敷の馬車置き場に止めた後、首長のサルマーンとの面会を行う。サルマーンは中年の眼光鋭い人物だった。
「始めましてサルマーン首長。サハル大港都市のアレクです」
「おお!貴殿があの激励文のアレク殿か!噂の通り本当に子供なのだな」
「お会いできて光栄です。サルマーン首長。しかし今は時間がありません。現在、私の配下のサハル大港都市、ヘサーム工芸都市、ジャバード鉱山都市からそれぞれ5000の兵が応援に駆けつけています」
「なんと!モハンマドとイブラヒムもアレク殿の配下となったのか!」
「はい。共にサラディアの将来を憂う者同士、固く結束を深めました」
「ふーむ・・、確かにアレク殿の援軍がなければこの街は滅び、皆奴隷となるだろう。ここが我がナーセル中央都市の分岐点か・・」
「先に伝えておきます。配下になれば行政などにおけるサルマーンの既得権益は失われます。しかしサルマーン殿は優れた指導者であり、知恵者と聞いております。どうかサラディアと国民の為にご英断をお願い致します」
「なんとも誠実な男よの。正直に話して決断を迫るとは。いいだろう、すでに風前の灯火の我らではあるが、ナーセル中央都市とその周辺の街をお主の自由王国に任せよう」
「ありがとうございます!これで勝てる見込みが経ちました!」
アレクはサルマーンの決断に感謝し、まずは現状の確認ということで、アレクはサルマーンと城壁の上を昇って、味方の様子を見る。現在の兵はすでに死者800名。負傷者1200名ほど出ており、日増しに損害は増えているようだ。この調子では1週間後の援軍到着まで持ちそうにない。
ただ大砲や攻城兵器が無いだけ、急な戦況変化にはならなそうだ。アレクは近くの兵士に、敵の指揮官を探すように依頼した。百人長や千人長であれば現場の指揮の為に、前に出てきているはずだからだ。
その間にアレクは炎の火柱で、城壁に取り付けられた梯子を次々と燃やしていく。もちろん昇っている兵士たちも燃えていく。城壁は長いため30分ほど掛かったが、サルマーンはアレクの魔法に驚きながら、アレクの後をずっと付いて来ていた。燃やした所を守っていた兵士からは歓声の声が上がる。
先程の兵士がとりあえず、20人ほどの兵士長を発見したと報告にきた。やはり城壁の大砲の射線から外れた所で、指揮を出している。アレクは豆大砲弾で兵士長達を撃ち抜いていく。しかしあまりの威力の為、周囲にいる兵士もまとめて吹き飛ばされ動かなくなっていた。
敵の攻撃の勢いがこれで一気に削がれた。アレクは後ろで驚愕していたサルマーンに、今のうちに城壁の兵の休息と治療、それと壊れた部分の仮修繕を行うように指示をすると、サルマーンは周囲の兵たちにに適切に素早く支持を出していく。やはりサルマーンは優秀なようだ。
その後、千人長と百人長以上の全員を集めるように頼み、士気を上げるための演説を行った。
「僕の名はアレク・エトワール!ノルデン大陸の英雄であり、新たなサラディア自由王国の王です。今回サルマーン殿の英断により、ここナーセル中央都市も新たな自由王国の仲間として加わりました。そして現在、サハル大港都市、ヘサーム工芸都市、ジャバード鉱山都市から援軍が続々と向かっています!」
「「「「おおおおーーーー!!!」」」」
「タウロスに目に物見せてやりましょう!」
「「「「おおおおーーーー!!!」」」」
アレクは短い演説であったが、援軍が来ることを知ることで、兵士の士気があがり街の防御もより堅牢になるだろうと思っていた。実際にアレクの魔法を見た者たちはアレクの言葉に狂喜していた。
その日からの攻城戦は、一進一退の状況だった。懲りずに梯子を賭け、アレクが炎で焼こうとすると、すぐに梯子を外してしまい、豆大砲弾は黒巨人のもの以外は残り10発もない。アレクは定期的に援軍の進軍を《転眼魔力》で確認し順調に進んでいる事を確認している。残りは数時間のところだ。
マリー達や偵察部隊の活躍のお陰で、未だに援軍については漏れていない。しかし流石に街に近くなれば隠せなくなるため、敵を混乱させるために敵陣の真ん中に均等に土人形の魔石を30個ほど移動魔力を使って均等に撒いた。土人形はすぐに回りの土を取り込み体を作ると、その場で土を投げ始める。
敵陣が一気に混乱し始める。これで裏門から合流する味方の存在を誤魔化せる筈だ。敵軍は必死になって土人形と戦い始めるが、壊してもまた再生する。しかし所詮土で出来ているため、再生してもすぐに壊されてしまう。そのうち再生しない魔石が出てきた。誰かが魔石に気が付き、箱や袋の中にしまったのかもしれない。普通魔石は頑丈で中々壊せないものだからだ。
しかし敵陣が混乱している間に、味方の援軍は無事に街に入った。これで街は一安心だ。単純に城壁の弓が5000本も増えたのだ。敵が攻撃しても手痛い反撃がくる。敵の負傷者が一気に増えだした。
7万人いた敵兵は《転眼魔力》での目測ではあるが、街への攻撃が始まってからすで死者9000名、負傷者18000名にまで膨れ上がっていた。
アレクは兵士の1人に、敵の兵士の服装をさせて潜入された。目的は街に援軍が入ったため強くなったことと、さらにヘサーム工芸都市、ジャバード鉱山都市からの援軍も向かっているという情報の拡散だ。
すでに、ヘサーム工芸都市、ジャバード鉱山都市のそれぞれの兵士たちが、馬防柵と落とし穴を作って待機していることを確認している。マリーとネフェルタリには、それぞれの援軍に合流してくれと《転口魔力》で伝えてある。
アレクの予想通り、翌日には騎馬隊7000づつの2軍が敵陣から出陣した。普通に考えれば行軍中の歩兵に騎馬は圧倒的だ。騎馬が7000もいれば5000ぐらいの歩兵などすぐに蹴散らされるだろう。しかし、これで街への攻撃は更に弱くなり、攻撃をするたびに兵を減らす消耗戦になっていた。
まともな指揮官であれば、騎馬隊を出さずに撤退を指示してもおかしくない状況だ。しかしタウロスは騎馬を出し、街への攻撃も止めない。アレクはその行動に疑問を持っていた。
そもそも兵7万と言っても、指揮や荷駄隊だけでも2万近くになる。その上、負傷兵が多いと負傷兵の面倒を見る兵も出てくる。これで騎馬隊が大敗すれば、すでに戦える兵がいなくなるのだ。
タウロスの騎馬隊は全速でそれぞれの街道を進んでいく、すると突然弓による射撃が騎馬隊を襲った。そもそも街道を進むには、縦に並ぶように走らなければならない。戦場であれば横一列にすることで、弓の密度を減らせるが、進軍状態では横にならんだ弓兵による一斉攻撃で、如何に突進力のある騎馬でも、すぐに殺される。
「固まるな!広がれ!」
指揮官が叫んだ。この判断は正しい。しかしアレクが戦場に選んだ場所は乾燥した草が生い茂る場所。火の手が一気に左右から襲いかかる。本来馬は臆病な生き物だ、訓練によって火に飛び込むこともできるが、兵も馬もどこまで燃え盛っているのか分からない火の中を走り抜けようとは思わない。
そして火がついていない所から騎馬は攻めようと進路を決める、しかしそこにはアレクからの指示で作られていた落とし穴があった。
馬ごと落とし穴に落ちていく。人も馬も流れてくる煙によって視界も鼻もおかしくなっているのだ。弓兵の近くまで来た騎馬は馬防柵によって突進は止められ、弓によって始末された。しかし馬防柵には馬出しという隙間が空いていた。指揮官はそこを狙って馬防柵を突破しようと突入すると、そこにも落とし穴があったのだ。
この馬出しはわざと作られていたのだ。そもそも援軍に騎馬はいない、馬出しを作る意味はないのだ。阿鼻叫喚の坩堝と化した戦場は、多くの騎馬が弓によって射られ、多くの騎馬兵が落とし穴で馬の重さに潰され死んでいく。
最初7000いた騎馬はすでに5000もの騎馬兵が死に、馬が弓で射たれ徒歩で馬防柵に向かう者、逃げ出す者も、その殆どがアレク軍の弓兵に掃討された。そして戦闘が終わったときには、ほとんどの騎馬が死亡し、生き延びた者たちの戦意は無くどこかへと逃げ出していた。
両方の戦場とも殆ど同じ状況だった。アレクは《転眼魔力》でその状況を確認すると、マリーとネフェルタリに援軍の掃討戦が終わり次第、全弓兵を中央都市に向かうように指示した。
アレクはサルマーンに騎馬の戦場では、敵の騎馬が全滅したことを伝えると、驚きながら目を輝かせてきた。
「それでは!この戦いは決着がついたと?」
「はい。私達の勝ちです。敵は騎馬隊の結果を聞いて、継戦困難とみなして撤退します」
アレクの予想通り十数日後、敵は撤退を始めた。アレクは合流した2都市の兵も合わせて、約3万で敵の追撃を行った。撤退戦ほど悲惨な戦いはない。すでに戦闘意欲を失った兵を追撃するのだ。
追いつかれれば戦うこと無く殺されるのが撤退戦だ。撤退する兵の士気を維持しながら上手に撤退する名将もいるだろうが、残念ながらタウロス軍にはいなかった。
1ヶ月以上に及ぶ追撃戦で、タウロス軍はこの戦いで完膚なきまでに負けほぼすべての兵士を失った。アレク達はそのまま国境線まで追撃し、周辺の街を開放しながら、すべてのタウロス軍を国境外へと追い出した。
それによってサラディアは取り戻され、アレクがサラディア初の統一王となった。
サラディアの首都を中央都市と定め、首長時代の制度は殆ど廃止され、エカテリーナが提示した問題点の他にもかなりの対策を施した。モハンマドは工芸大臣、イブラヒムには資源大臣、サルマーンには宰相、マフムードには軍事大臣、ファフリには補佐官を頼んだ。
他にも国境大臣という役職を設けて、タウロスとの国境線に巨大な防壁を作る計画を進めた。また貿易には力を入れ、特にエトワール商会を中心にノルデン大陸に輸出していった。
新しい制度に馴染むまでは、かなり時間がかかるだろうが、想像以上にサルマーンの能力も人望も厚く、ほとんど任せている状態だった。子供の王などそんなものかもしれない。
アレクには領土拡張の意志がないため、内政に力を注ぐようにサルマーンに指示を出し、同じ大陸や他の大陸の国々にも、貿易と友好の使者を出した。
統一後は3ヶ月ほど内政に力を入れた。しかしアレクは今回の旅がかなりの長期になってしまったため、暫く出かけるとサルマーンに伝えると、一度大公都に戻ることにした。今回は来た時と違って、ネフェルタリも増えている。アレクはいつもよりも更に飛行速度を上げて、大公都に向かう。
夕方ぐらいに大公都についたので、店には寄らずに自分の館に馬車を止めて館に入ると、アレク達に気がついた子供たちが飛び込んできた。
「「「アレク様おかえりなさいー!」」」
「皆さん元気そうでなによりです」
「あ!アレク!おかえりなさい遅かったわね!」
ソフィも相変わらず元気そうだ。道場の事を聞くと、ニヤリと笑いながらかなり門下生が増えたことを教えてくれた。聖王国でレオナルドが店に掲げた「聖人アレクのお店」という垂れ幕の話しを、ドミトリに聞いたらしく「英雄アレクの剣術を教えます」と垂れ幕を掛けたら、大盛況らしい。
それでアレクには、道場に一度顔を出してほしいらしい。アレクは了解し、1人で教えているのかと聞いたら、なんとスノークからドミニクが応援に来てくれたそうだ。聞くと、もう監視はなくなったようで自由に動けるらしく、ドミニクは道場の横に自分の家を作ってそこで暮らしているようだ。
ソフィはこの屋敷が気に入っているので、一緒には住んでいないらしい。
そういえばマルティーナが見当たらない。ソフィに聞くと答えづらそうに、明日店に行ってみてと言われた。
院長には孤児達の様子などを聞いたが、特に問題ないようだ。店で働いてる子供たちも随分仕事ができるようになっているらしい。関わったからには独り立ちできるまで面倒を見るつもりだったので、孤児達が手に職を付けてくれるのは本当に嬉しい。
リディアが馬車から研究資料を研究室に運ぶと、丁度夕食の時間になった。エカテリーナは父親に報告に行くといって、ロマノフ辺境伯の館に帰っていった。報告の内容が気になったが、とりあえず食事の時にはネフェルタリの紹介もした。
「英雄アレクは王様になったの!?」
「サラディアを統一するにはそれが良かったので」
「すごいね!」
「王様って貴族様より偉いんでしょ?」
「サラディアには貴族はいないんです」
孤児達からは質問攻めだった。しかし、建国の話は数百年に一回ぐらいしか無いことなので、子供には大人気だった。院長やイリーナ先生達からは呆れられていた。
アレクがネフェルタリの部屋を割り当てて、案内した後、自分の部屋に戻るとヴィクトールが部屋に尋ねてきた。どうやら伝書鳩網もかなり頻繁に機能しているらしく、各地の情報がかなり早く共有できるようになったようだ。余剰資金についてはヴィクトールの方でまとめて管理する事になっているらしい。
そしてその余剰金額を聞いて驚いた。白金貨で13枚にもなっていた。それと店員の中から店長になりたいものが多く、このままでは人材の流出なので、積極的に店を増やすべきという提案を貰った。
ビクトールは現在の店長に店舗の購入における委任状を発行し、店の購入を活性化してはどうかという提案をしてきた。
今までは、アレクがかならず署名して購入していたが、どうやら委任状を使えば店長の権限でも登記はできるらしい。その場合の所有者はアレクのままだということだ。アレクは委任状の件を了承すると、すぐに委任状が5枚準備され、アレクはそこに署名する。相変わらず仕事が早い。
そのほか色々な報告や決済を行い、最後にヴィクトールが一言呟く。
「しかし、エトワール商会の支店を作りに行ったはずのアレク様が、国を作ってくるとは驚きました」
「いやビクトール、僕も驚いているんです。こんな予定では無かったので」
連絡等が終わり寝台に潜ると、アレクは久しぶりに我が家に帰ってきたような、安心した気分で深い睡眠を取った。
翌日騒がしい朝食のあと、早速店の方に向かった。マルティーナが館に居なかったので心配だったのだ。マリーやネフェルタリもソフィについて道場に行ってみると言うので、同じ方向のため途中まで一緒に行ってから途中で別れた。なぜか別れ際にソフィが心配そうにアレクを見ていた。
アレクが店に着くと、店の中にはお客さんが朝から沢山いた。アレクはマルティーナを見つけて声を掛けると、一瞬喜んだ顔がすぐに申し訳無さそうな顔になっていた。どうしたんだろう。
応接部屋に行っていてとマルティーナはアレクに言い、アレクだけ応接部屋で待っていると、ドミトリとマルティーナが2人で入ってきた。マルティーナが持ってきたお茶をいれ、ドミトリが話しだした。
「アレク。俺はお前には返しきれない恩がある!どん底の俺を救い出してくれて、素晴らしい機会も与えてくれ、大公都で商売するという夢まで叶えてくれた。それなのにこんな事を言う俺を許してほしい!」
「何事ですか?」
「マルティーナと結婚したいんだ!」
「え?」
アレクはドミトリがエトワール商会を辞めたいと言うと思っていた。しかし全然違う話だった。
「マルティーナはマルティーナの人生があります。マルティーナはどうなんですか?」
「すまないアレク!将来を誓いあったにも関わらず心移りしてしまって・・でも本当にドミトリと結婚したいんだよ。アレクには母ちゃんも救ってもらったり、航路を平和にもしてもらって、あたいもアレクには返しきれない恩がある!でもどうか許してほしい!」
アレクは心の中で、いつ将来を約束したんだろうと思っていたが、黙っていた。2人共深く頭を下げている。
「2人とも頭を上げて下さい。2人が結婚することに異論はありません。おめでとうございます」
2人の顔が上がり今にも泣き出しそうな顔だった。相当心配だったようだ。アレクが結婚式はいつやるのかと聞くと、近い内に書類の届け出をするが結婚式はまだ予定も考えていないそうだ。ドミトリはもっとエトワール商会を大きくしていきたいからなというと、マルティーナも大きく頷いていた。
ドミトリは店に戻っていったが、マルティーナが残っている。
「アレク。結婚を許してくれてありがとう。あたいの中でアレクは英雄であってあこがれの人だった。本当に大好きだったし、今でも大好きなんだけど。ドミトリとは、なんか似ていると言うか一緒だと安心できたんだよ」
マルティーナの独白が始まった。いろいろ伝えたいのだろう。
「アレクと距離を感じたのは、もしかしたら最初からだったかもしれないけど、やっぱり王族だったという話しを聞いたときからか、いつも心の中で距離を感じてしまっていて」
「そうなのですか?僕はいつもマルティーナを家族だと思っていましたが」
マルティーナは苦笑いをしながら自分の心情についての話しを続けていた。
「もちろん、アレクとの結婚でもあたいは幸せかもしれない。でも隣にいる気がしないと思う。ずっと一人を感じていた気がする。でもドミトリはあたいと同じで大したやつじゃない、でもだからお互いの気持ちがよく分かるんだと思う」
「そうですか、ちょっと寂しいですけど。僕はマルティーナが幸せになることをいつも考えています。今回もマルティーナの幸せになると思っているから応援できるんです」
「ありがとう。だからこれからも友達として、商会の仲間として仲良くしてくれ」
「もちろんです!マルティーナ、幸せになってください」
「ああ、もちろんだ」
マルティーナは満面の笑顔を向けてアレクに微笑んだ。アレクも笑顔で返して、会議部屋を出て、これから道場を見に行ってくるといって、店を出た。
アレクが奴隷に落ちたどん底からでは、マルティーナとはマリーの次に付き合いが長い。もちろんアレクの心の中に寂しさがあったが、これでお別れではない。一緒に商会で仕事を続ければ、会う機会も多いだろう。アレクはドミトリがマルティーナを幸せにしてくれることを祈った。
アレクが考え事をしながら歩いていると、いつの間にか道場についていた。ソフィが言っていたように、恐ろしい垂れ幕がかかっている。しかし驚くべきは垂れ幕以上に、道場の大きさと建物から漂う雰囲気だ。スノークの道場では感じたことの無い、神聖な雰囲気と威厳まで漂わせている。
アレクは大工にいろいろな注文を出していたが、こんな芸術的で素晴らしい建物になるとは思っていなかった。アレクはすっかり度肝を抜かれ、緊張しながら道場に入ると、中は更に広かった。そして広い上に、物凄い数の人が木刀を振って訓練している。
アレクが道場に入ると、ソフィとドミニクが気がついてアレクに駆け寄ってきた。
「アレクシス様、お元気そうで!」
「ドミニクも元気そうですね。こっちに来ているとはびっくりしました」
「本当はソフィが作った道場を見たら帰るつもりだったのですが、居心地が良くて住み着いてしまいました。申し訳ありません」
「いえいえ、本当に嬉しいです!ドミニクが近くにいるだけでも心強いです」
アレクの返答にドミニクは心から喜んでいるようだった。すると門下生の一人がアレク様ですかと声を掛けてきた。そうですと言うと、門下生全員アレクの側にやってきて、体中を触りだす。まるで幸運の石のような扱いだ。一人の門下生が恐ろしいことを言い出した。
「アレク様と試合させて頂けないでしょうか?」
これを受けたら、この百人以上いる門下生全員とやることになりそうだと困っていると、ソフィが助け舟を出してくれた。
「ドミニク師範代に勝てたらいいわよ」
ソフィの一言で皆がっくりと頭を下げると、自分の稽古に戻っていった。