婚約
それから数日経つと、エカテリーナとリディアが色々な報告を持ってきた。
「アレク様。ほぼすべての調査が終わりましたわ。問題点をまとめておいたので、確認してくださいますか?」
「エカテリーナとリディアには迷惑をかけてもうしわけありません」
「いえ、最初は不安でしたが今はもう落ち着きました」
タウロスとの落とし所や今後の戦略を、皆に一度説明してからこの戦争の道筋が見えたらしく、積極的に手伝ってくれている。リディアには政治的なことではなく、人形をより複雑に動かせるための研究を行ってもらっている。
「リディアの研究成果の方はどうですか?」
「まだ、お聞かせするものではありませんが、少し光明が見えてきました」
「おお!楽しみですね!」
「私も楽しみです!」
リディアはアレクが教えた、正確で詳細な想像をする方法での魔石作りを学んでから、非常に時間はかかるが、自分でも作れるようになっていた。まだ魔石を作ると死ぬという噂を信じているのか、数は作らないものの、作れるようになったことで、以前より研究が進んでいると言っていた。
マリーとネフェルタリには、兵士の訓練を頼んでいる。今では2人とも兵士のあこがれの的になっているようだ。なにやら細い派とがっちり派という2大派閥に分かれているらしい。数は細い派の方が多く、兵士の食堂では毎回言い争いが起きている。大丈夫なんだろうか。
エカテリーナが思い出したように、アレクに報告してきた。
「そういえば、エトワール商会の店の場所を確保しておきました。まだ人選を行っていませんが候補がいたら面接をお願いします」
「おお!さすがエカテリーナですね。人選はエカテリーナに一任します。それと、他の支店にサハル大港都市に店が出来たと連絡も入れておいてもらえると助かります。ぜひ伝書鳩を導入してください」
「わかりましたわ!ところでお願いがあるのですが・・」
「なんでしょうか?」
「今晩アレク様のお部屋に行ってもいいですか?」
「いつでも気軽に来て頂いて結構ですよ。僕とエカテリーナの仲ではないですか」
エカテリーナはとても喜びながら部屋を出ていった。アレクは何の相談だろうと考えていた。するとリディアも「それじゃ、私は明日でいいですか?」と聞くので。了承しておいた。そんな人前で相談できないことなのだろうか。
アレクはマフムードを呼んで、2つのお願いをした。1つはタウロスに潜入し、情報を取ってくる諜報員の確保と、それら諜報員の教育や管理の為の諜報部門の設置だ。
それと海賊トルケルの母港についての調査もお願いした。マフムードはなぜ海賊の居場所を知りたいのか分からなかったようだが、特に質問もせずに、すぐに共に手配をしてくれるらしい。
アレクは先程エカテリーナが持ってきた調査報告書を見てみる。どうやら前の首長が随分とお金を吸い上げる仕組みを作っていたらしい。税金などは6割も取っていた。他の首長も同じようで国民のやる気が伸びない原因ではないかとまとめてある。
他にはサラディアの工芸品の人気はノルデン大陸では非常に高いので、数を増やすために工芸品学校を作って、質の向上と量の向上を図るべきとまとめてある。
また官吏の選定に、知人縁故が蔓延っているため、試験制にして優秀な人材を採用するべきとまとめてある。丁度、今回の騒動でかなりの官吏が減ったので、一緒に必要な職と不必要な職を見直したほうが良いともある。
他にも色々な問題点とそれに対する提案がぎっちり書かれており、全部に目を通すと、すでに一番後ろにそれらの実行の命令書も準備されていた。さすがエカテリーナだ、そつが無い。アレクは命令書すべてに署名をして、近くに控えていたメイドに書類をエカテリーナに渡すように頼んだ。
アレクが書類と戦っていると、兵士の一人が来客が来たと言うので、執務室に通してくれるように頼んだ。すぐにマフムードもやってきた。
やってきたのは、モハンマド首長という比較的若い男だった。この街からは馬車で1週間程度の場所にあるヘサーム工芸都市が彼の街らしい。
「はじめまして。アレク王」
「はじめまして。モハンマド首長」
「アレク王の激励文を読んで感動してな。直接話しがしたいと思ってきたんだ」
「ありがとうございます」
「俺の街には港がなくてな、近くで一番大きな港はこの街なのさ。そこで今後のために思い切って俺の街もアレク王の自由王国に参加しようかと」
「なるほど、しかし首長国とは仕組みが違います。モハンマド首長の権限はこの自由王国では引き継がれませんが宜しいのでしょうか?」
「まあそれもすでに聞いている。そこで取引だ。工芸大臣にしてもらえないだろうか?」
「それは可能ですが、毎年一定の成長をさせられないと罷免されます。もう一度なるには、3年後に認められる実績が必要になります」
「それも問題ない。そもそも毎年成長させるのは当然だ」
「わかりました。一緒にサラディアを大きくしていきましょう!」
アレクはメイドにファフリを呼んでもらい、ファフリが来ると今決まったことを説明した。すると告知や税の仕組み、大臣の収入の説明、他の傘下都市の確認など、自由王国に編入させるための段取りを取ってくれた。さすがに前首長の元第二夫人だ。きっといろいろ勉強もしたのだろう。
また、モハンマド首長が自由王国に参加したことも、各街に連絡してもらうことになった。アレクはその話を聞いた時に、少しまずいと考えていた。小さい敵には舐めてかかるものだが、大きな敵になると終結させ大軍を差し向ける可能性が高くなる。
しかしいつかは起きる問題なので、早めに対策を取ろうとアレクは考えていた。
夕食をみんなで取ったあと、約束通りにエカテリーナがアレクの部屋にきた。今のアレクの部屋は元首長の部屋が割り当てられている。エカテリーナは部屋に入ると唐突に話しだした。
「アレク様。私ももう17歳ですわ。結婚して頂けませんか?」
「ええ!?唐突ですね・・」
まさか結婚のお願いだったとは・・。アレクはエカテリーナは嫌いではない。どちらかといえば好きな方だろう。しかし困ったことになった。
「あの僕まだ9・・、あれ10歳になったかな?それでも成人までは5年もあります」
「分かっていますわ。でも5年すると私は22歳。おばさんですわ!」
「僕は22歳でも30歳でも年は関係ないとおもいますが?」
「でも心配なのです!それにアレク様はすでに1国の王、父上もきっと喜んで下さります」
「わかりました。僕もエカテリーナは好きです、心配させたくありません。なので婚約するというのはどうでしょうか?結婚はせめて成人になってからの方が良い気がします」
「婚約!そ、そうですわね。・・悪くありませんわ・・。わかりました!」
「婚約指輪は竜鉱で作りますね。世界で一番硬い金属ですから、固い約束という意味で」
「ああ、アレク様の愛を感じます!お待ちしてます!」
「はい」
「それと、たぶん皆も欲しがると思いますので、人数分作ったほうが良いかも知れませんわ」
「え!?」
「婚約指輪です」
「え!?誰が欲しがるんですか?」
「マリー、マルティーナ、ソフィ、リディアは欲しがると思いますわ」
エカテリーナの話がとんでも無いことになっていた。経済的にゆとりがあれば平民でも妻を複数持つことは一般的だ。それはいい。しかし10歳の少年にリディアはもう28歳だ。アレクの母親と言ってもおかしくないのだが、良いのだろうか・・。というかリディアが未婚だった事にも驚く。
とりあえずその日は、エカテリーナと一緒に睡眠を取った。
朝起きると全身が柔らかいものに包まれている感じだった。特にエカテリーナの胸はとても大きく母親を思い出させる。アレクは珍しくエカテリーナに甘えていた。暫くするとアレクの目も覚めてきて、いつものアレクに戻る。2人は一緒に朝食部屋に移動した。
昨日ファフリはモハンマド首長と一緒にヘサーム工芸都市の調査にいったので、今日の朝食は珍しく5人だけだ。アレクは今度エカテリーナに婚約指輪を作ると、皆に話しをすると、なぜかみんな怒っているので、欲しい人いますか?と聞いたら、全員にほしいと言われた。
「ネフェルタリ。あなたもですか?」
「アレクは強いしねー。やっぱり強い種大事でしょー」
どうやら種馬の扱いらしい。エカテリーナがアレクは婚約指輪を竜鉱で作ってくれて、意味もあると皆に説明すると、皆の機嫌は一気に良くなった。
朝食の後にアレクの部屋に集まり、1人1人に竜鉱で指輪を作っていった。輪だけだと寂しいので豆より小さく圧縮させた豆々光石、豆々治療石、豆々荷物石の3つを全員の指輪に埋め込んでおいた。色違いの宝石が3つ並んで光っているようで、ものすごく良いものに見える。
しかしリディアの喜び方が異常だ!指輪をみては踊りだし、また指輪をみては踊りだす。
「結婚よ!結婚よーーー!私だってできるーーのーーよーーー!」
さすがに28歳と思えないリディアの反応に、周囲は引き気味だった。
午後にアレクはリディアを呼び出し、約束だったユリウス帝政国のコスタンツォ古代都市に午後に行かないか聞いてみた。リディアは2つ返事だったので、久しぶりに5人で他国に行くことにした。
今回はいつもよりもかなり高速で移動することにした。ユリウス帝政国の草原に降り立つまで2時間しか掛かっていない。それと今回は大きなアルカディア山脈を超えたのでいつもよりも高度が高い。
それにも関わらず、殆どみんな怖がらなくなっていた。ただネフェルタリだけは始めてだったので、最初は絶叫していたが2時間という短い時間だったからか、降りたときには力尽きたように落ち着いていた。
アレク達はリディアの案内で、コスタンツォ古代都市の入り口まできて、リディアが何かを門番に見せると何事もなく古代都市に入れた。リディアは自分の資料は大学に置いてあると言って、大きな大学の門から入って、研究楝のような所で止まった。
リディアは鍵を開けて、中から荷物を重そうにもっているので、指輪の荷物石を使ったらといったら、忘れていたようですぐに使いだした。リディアの研究資料はかなりの量があったが、馬車なら余裕の大きさだ。
リディアがまた研究室に鍵を掛けて帰ろうとすると、一人の中年女性がリディアに声を掛けてきた。
「リディア!あなた帰ってきていたの?」
「あ、お母さん・・」
「研究は進んでいるの?もう母さんこれ以上研究費の捻出は無理よ?」
「順調よ!」
「あなたはいつもそればかり!理事会からの突き上げが本当にきついのよ!」
「研究費はもう大丈夫!このアレクがずっと出してくれるから」
「アレク?」
リディアの母親はリディアが指さした少年を見て、呆れたようにため息を吐いた。
「リディア・・、もう少しまともな嘘をつきなさい。まだ子供じゃないの・・」
「本当よ!アレクはエトワール商会の会長なんだから!」
「エトワール商会?」
「はじめまして、リディアのお母様。リディアさんの研究を一緒に行っている。アルデバランの名誉伯爵で、ツァーリ大公国の子爵で、アークツルス聖王国の聖人で、サラディア自由王国の国王。そしてエトワール商会の会長をしている、アレク・エトワールです」
「サラディア自由王国ですって?先日、タウロス軍を撃退して国王になったアレク王って、本当にあなたなの?」
「はい。肩書が多くてすみません」
どうやら、サラディア自由王国の名前が通じたようだ。確かにユリウス帝政国もタウロス連邦と隣接しており、対岸の火ではなく注目されているのかもしれない。アレクは自分も魔法の研究をしていて、色々とリディアにはお世話になっていることを伝える。
「そういえば、お母さん。これ見てみて」
「ま!まさか、これは竜鉱!?」
リディアが指輪を見せると、母親がその素材に驚いていた。リディアは婚約指輪を自慢したかったようだが、母親は竜鉱の方に大きく興味を注いでしまったため、言い出せなくなったようだ。
どうやらリディアのお母さんは長年竜に関する研究をしているらしい。アレクはぜひ竜についてのお話を聞きたいと言うと、学長室に案内された。どうやらリディアのお母さんは学長をしているらしい。道理で自由奔放に研究できていた訳だ。
アレクは競売で竜鉱石を手に入れ、その時に竜の子供が出品されていた件を話してみた。
「やっぱり他国で競売にでていたのね!」
リディアの母親は、競売の件に一頻り憤慨した後、ゆっくりと竜の子供についても話しを始めた。
「その竜の子供はたぶん私共から盗まれた子供です」
「盗まれた?」
「私達の研究によって、千年以上前には存在していた竜達は、エルシア大陸北部の大きな半島にその拠点があったと突き止め、5年前に調査団を派遣して氷河の中から大きな卵を発見したのです」
「最初は卵だったんですか!」
「私達が2年かけて孵化にやっと成功させると、卵の近くで一緒に発見された竜鉱石と一緒に盗まれてしまったのです」
「そうだったのですか・・、竜鉱石は少し使ってしまいましたが、買い戻されますか?」
「かなりの高額が付いたのでしょうから、研究予算では難しいでしょう・・、どのみち私達には竜鉱石を竜鉱にすることすら出来ませんでしたので」
「確かに僕の感覚では鉄鉱石の5倍以上の高熱が必要だった感じがします。竜鉱石に混じっていた岩が蒸発するほどの高熱だったので」
「岩が蒸発!?そのような高温人間の手で作り出せるのですか?」
リディアの母親は岩が蒸発するという現象にも、それを作り出したというアレクも驚いていた。
「アレク王、その竜鉱を少しで良いので分けては貰えませんか?」
「わかりました。少々お待ちください」
アレクは急いで馬車に戻り、鶏の卵ぐらいの竜鉱を千切って球体にしたうえで、また学長室に戻ってきた。そのまま竜鉱をリディアの母親に渡すと、とても喜ばれた。
「この大きさなのに物凄い重さですね・・」
「かなり重い上に加工も大変なので、実は竜鉱はあまり使い勝手がよくありません。ただ硬度は金剛石よりも遥かに固く頑丈です。たぶんお渡しした竜鉱もどんな道具でも傷一つ付かないかと」
「さすがに伝説級の金属ですね。そうなるとどうやって加工されたんですか?」
アレクは自分の独自魔法については秘密にしているので、言うか躊躇していると、リディアが大丈夫ですというので話すことにした。
「これは秘密にしておいてほしいのですが、僕の独自魔法によるものです」
「ど、独自魔法!?ご自分で魔法を開発したのですか!?」
リディアの母親は、あまりの衝撃に一瞬気を失ったようだが、すぐに我に返って少し休憩したいというので、みんなでお茶にすることにした。リディアの母親がなんとなく、リディアに竜鉱でなぜ指輪を作ってもらったのか聞いて、嬉しそうに婚約指輪だと答えると、あまりの衝撃に今度は本当に気絶してしまった。
リディアの母親が医務室から戻ってきたのは1時間後だった。彼女は途中退席してしまった事を詫ながら、気絶した原因となった件には触れなかった。たぶん記憶から消えてしまったのだろう。
その後、皆で夕食を一緒に取り、そのまま一泊することになった。
アレク達は大学の宿泊施設を遣わせてもらい、その日は早めに睡眠を取った。アレクはいつもの魔石というか魔力の訓練をしながら、そういえばリディアの相談が今晩だったはずだったような?と思っていたが、リディアは来なかった。もしかしてここに来たいという話だったのかもしれない。
翌日は学食で朝食を頂いてから、サハル大港都市に戻った。屋敷に戻るとマフムードがアレクを探していたらしく、急いで駆けつけてきた。
「タウロス軍がナーセル中央都市に攻撃を仕掛けました!」
ナーセル中央都市は、サラディア最大の都市で地理的にサラディアの丁度中央に位置する商業都市だ。人口は60万も住んでいる首長国の中でも特別な存在であり、たしか降伏条件を巡る交渉もここで行われていた。しかし常備兵は2万しか居ないため3倍の6万もの兵が攻めてくれば、陥落は必死だ。
「敵兵の数は?」
「およそ7万!」
絶望的な戦力比だ。攻城戦といっても敵の方が圧倒的に多い。敵は今回の侵攻軍の全軍だろう。敵は小さい街は放棄して、大きい街から全軍で落とす方針に変更したようだ。これで時間は掛かっても各個撃破することでサラディアを全滅させられる。しかしアレクは違うことを考えていた。
「これは各個撃破が目的ではなく、兵力差を見せつけ萎縮させ降伏させる、いわば賭けですね」
敵にとって時間は一番の懸念事項とアレクは考えている。しかし小さな街で数も多いサラディアで、1つ1つ街を攻略する時間は取れ無いはず。となればこれは賭けになる。
「それではこの賭けに勝つ為に、出来ることを考えましょう」
アレクは自分達の防衛力である、サハル大港都市の全軍をナーセル中央都市の援軍に回すことに決定し、マフムードに至急、全軍を持ってナーセル中央都市に行くように指示を出した。それとアレクは目のいいマリーとネフェルタリを連れて、空中からの偵察に向かうことにした。
馬車を飛行させ、近隣の街からナーセル中央都市の先まで、ほぼサラディアの全域を1000m上空から3人で調査を行った。野盗のような小さな人数は見落としていると思うが、1000人を越える軍であれば、見落とすような事はない。
最終的には国境線のあたりまで調査したが、やはりナーセル中央都市以外の場所に兵はいないようだ。
アレク達は6時間に及ぶ調査を終えて、サハル大港都市に戻った。




