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ネフェルタリ

 アレク達はいつものように店に馬車を止め、レオナルドやビアンカに挨拶をしてから、1人で神殿に向かった。神殿門から山に入り、神殿の中の巫女のいる聖泉に向かう。


「こんにちはクララ。お元気ですか?」

「聖人アレク様。体調は悪くはありません。今日は魔石の回収ですか?」

「はい。それでは早速回収致します」


 アレクは聖泉に向かい池の中をみると、魔石は綺麗に清浄化されていた。黒の巨人の少し大きな魔石も、綺麗な3つの星が輝いており、しっかりと原石になっているようだ。クララはその間、お茶の準備をしてくれていた。


「無事に魔石は清浄化されておりました。ありがとうございます」

「いえ、それは聖泉のお陰で、私は何もしていませんから」

「そういえば前回聞き流してしまったのですが、下山できる600個までは後2年くらいですか?」

「もっと早いです。半年くらいでしょうか?」

「それは早くないですか?3日で1個と以前に聞きましたが?」

「私は8歳から巫女だったのと、才能があったので・・」

「なるほど」

「・・・」

「つかぬことを聞きますが、クララの夢はなんですか?」

「・・私はずっとこの聖泉の中で暮らしてきたので、世界を知りません。あと半年で状態が酷くならずに下山できれば、世界を旅してみたいなと・・」


 アレクは前回も思っていたが、教会の維持の為とはいえ幼い子供にあまりにも厳しい試練だ。この子になにかしてあげられないだろうか。


「いま、この部屋に原石はいくつありますか?」

「池の中のものと、以前に教会の人が持ってきた30個ほどがあります」


 アレクは池の中の普通の原石を取り出してきた。全部で11個ある。アレクがいつも持ち歩いている普通の原石は20個ぐらい。ギリギリ足りそうだ。


「これから池の原石と教会の原石、そして僕の普通の原石すべてを聖石にします」

「え!?」

「それで61個です。600個の義務まで足りますか?」

「・・・足ります。あと作る必要があるのは59個です・・」


 アレクはそれから1時間掛けて、聖石といわれる治療石を59個作った。


「折角作ったものですので、間違えて聖泉に入れないでくださいね。また原石に戻ってしまうので」

「・・・」

「これでクララはもう聖石を作らないで済むので、心が失われることはありません。半年後も今のクララのままで下山できるでしょう」

「聖人アレク様・・・・」

「下山したら、私のエトワール商会を訪ねて下さい。世界の旅のお手伝いが出来るかも知れません」

「ありがとうございます・・・、本当にありがとうございます。毎日が不安で、いつ自分の心が無くなってしまうのか毎日怯えていました・・」

「お役に立ててよかったです。それではこれで御暇おいとまします」

「アレク様・・私の聖人様・・」


 アレクは心にずっと引っかかっていた事が解決できて安堵しながら店に戻った。


 その後、アレク達は聖教都市を出発し、王都の店にもよって王都の様子を聞きながら大公都の新店の話しをしたあと、すぐに王都も出発してオルドゥクに到着した。


「ジェマル!お元気ですか!」

「おお!アレク。お前も元気そうだな!」

「大公都に店を作りました。今、城塞都市のドミトリが立ち上げを助けてくれています」

「さすがはアレクだ!これで販路が広がって利益率が更にあがるぞ」

「貿易船の方はどうですか?」

「そうだ!その話が最初だったか!そういえばマルティーナはどうした?」

「ドミトリと一緒に立ち上げを手伝ってます」

「そうか残念だ。マルティーナの母ちゃんがエトワール商会の専属になってくれたんだよ、ぜひお礼を言っておきたかったんだが・・」

「カルメンは今どちらに?」

「早速、サラディア首長国のユーセフ港町に行ってもらってる。戻ってくるのが楽しみだ」


 どうやらすでに出港しているようだ。アレクは音楽都市に行ってから、サラディア首長国に向かって、向こうで支店の開設をしてくるとジェマルに伝え、ジェマル夫婦と一緒に夕食を食べた。



 翌朝またジェマル夫婦と朝食を食べていると、ジェマルがまた店を購入したいと言ってきた。アレクはもうジェマルの計画に確認を入れることも無く、いつもの購入手続きを終えてからオルドゥクを出発した。


 音楽都市には2時間ほどで到着した。《飛行馬車》の速度を今までの30倍から60倍に速度を上げたからだ。また何度も飛行して気がついたのだが、《飛行馬車》の高さが高くなると高山病になってしまうようだった。そこで結局、風防壁石も機能させることでそれらの問題を解決した。


 音楽都市では原石の購入だけを行って、遂に海をわたることにした。音楽都市がアルカディア大陸に一番近いノルデン大陸の港だが、アルカディア大陸側はユーセフ港町よりも南東にあるサミーン漁港という小さな街の方が近い。


 アレク達は海を最短で渡り、サミーン漁港からユーセフ港町には陸路で行こうと考えた。今回が初めての海の上の飛行ということもあって、念の為、飛んでいる時間を少なくしたかったのだ。


 音楽都市を出発してから4時間ほど飛行をすると、陸地が見えてきた。アレクは人がいない草原を探し、そこに着陸する。馬車を走らせ近くの街道から、サミーン漁港に向かってみた。やはりアルカディア大陸に上陸して最初の街なのだ。素通りではなく少しでも見ておきたかった。


 アレク達がサミーン漁港に到着すると、なぜか人は一人もいない上、ほとんどの建物が破壊されている。建物の数をみれば2万人くらいは住んでいたはずの街だ。それが今は誰も居ない。


 戦争だろうか?化物や魔物の侵攻があったのだろうか?アレク達は周りを警戒しながら馬車を歩かせていると、街の大きな通りに人防柵が設置され、そのまわりに多くの死体が転がっていた。死体は住民のようで、服装は統一されていない。


 死体の腐乱度から、およそ戦闘があってから1週間ぐらいは経過していそうだ。アレク達はあまりにも凄惨な状況と酷い匂いのため、近くの街道に戻ることにした。


「アレク様、これは何があったのでしょうか?」

「すみません、僕にも検討がつかないです。戦争にして魔物にしても、敵の死体が無いというのが気になりましたが・・」

「そうですわね。ただ勝利国であれば味方の死体を放置せずに、埋めるか遺族の所に運んでいる可能性はありますが、死体を見ると街の普通の人が戦っていたようですので、かなり一方的に殺戮されたのかも知れませんわね」


 そうなると、この国の兵が間に合わなかったのか、戦略的に放棄されたのか、どっちにしても街の人達にとっては浮かばれない話だった。アレク達が街道をユーセフ港町の方に馬車を進めていると、10人ほどの騎乗した野盗がアレク達の馬車を見つけ襲ってきた。


「うひょー!ガキ一人に、女3人だぜー!金も持ってそうだ!」

「おら、お前ら止まれ!」


 アレクは、マリーに剣を持って御者台に来るように指示して、エカテリーナとリディアには、窓と扉を締めて鍵をするように指示を出した。迎撃の準備が終わると、アレクは馬車を止めて御者台をマリーと降りた。野盗達は近くまで来ると、馬を降りて話し方かけてきた。


「へへへ、素直なやつは好きだぜー!手間がかからねえからなー!」

「「ギャハハハ!!」」

「あの、皆さんにお尋ねしますが、あなた達は野盗さんですよね?僕たちをどうするんですか?」

「ギャハハ!野盗さんだとよ!そうですよー!犯して殺して奪うんです!」

「殺す覚悟があると言うことは、殺される覚悟はあるんですね・・」


 アレクは自分の言葉を言い切る前に、行動を起こした。マリーもそれを察知し野盗に襲いかかる。アレクは風魔力を使った、圧縮した風を刃のように薄くして高速で薄く飛ばす魔法を使った。質量のある水の魔力よりも力の消耗が圧倒的に少ないからだ。しかし丸太や岩の化物と違って、人の体であれば十分に機能する。


 アレクとマリーは、まるで歩いているだけにも関わらず、次々に野盗の首を切り落としていく。


「マリー、一人は残してくださいね」


 アレクがこの最後のひとりを荷物魔力で宙に浮かせると、アレクは質問を始めた。


「さて」

「な、なんなんだよ!おまえらは!こっちは10人いたんだぞ!」

「近くのサミーン漁港で何か起きたか知っていますか?」

「は?な、何言ってるだ?」

「住民が皆死んでいたのですが、何か知りませんか?」

「それより、おろせよ!なんなんだこれはよ!?」

「・・・」

「降ろせって言ってんだよ!」

「答える気が無いのですか?」

「知らねえよ!早く降ろせ!」


 アレクは浮かんでいた男の首も切り落としてから体を下ろした。アレクは自分の心が、サミーン漁港の凄惨な現場を見てから、荒んでいたことに最後の男の首を落とした時に気がついた。


「やりすぎた気もしますが、生かしておいても他の善良な人が殺されますし仕方ありませんね・・」


 アレクは自分に言い訳をしながら、馬車に戻ろうとすると、遠くから人の声が聞こえてきた。


「おおーい!そこの人ー!」


 アレクは声の方を見ると、女性が1人馬に乗ってこちらに向かってきている。馬の背には天幕や寝具が丸めて積まれ、左右には食料の袋のようなものがぶら下がっている。一見すると旅人のようだ。しかし女性の背には大きな弓が背負われていた。


「どうもー、こんちは!あんたら強いねー」

「どのようなご用件ですか?」

「いやー、野盗に襲われているのを見かけて、助けようかと思ったらすぐ終わっちまってさ」

「それはお気遣いありがとうございました」


 アレクは最初は警戒していたが、どうやら野盗の仲間ではなさそうだ。


「いやー、実は一人旅なんだけど、1人だと飽きてきちまってさ、あんたら強そうだし、一緒に行きたいなーと思って」


 アレクは突然の申し出に少しびっくりして、女の子達を見てみると特に異論は無いようだ。

 自己紹介をお互いにすると、彼女はネフェルタリという変わった名前だった。


「変わったお名前ですね」

「そうかなー?うちの村ではみんなこんな感じだよ?」


 ネフェルタリはアルカディア大陸中央に大きく横たわる、アルカディア山脈の麓の小さな村の出身らしい。村の戒律が厳しく、他の村や国とは交流が禁止されているため世界を知りたくて、村を飛び出したらしい。普通危険なため、一人旅をする人はそうそういない。


 しかし彼女に驚いたのは、名前だけでなく体格だ。身長はマリーよりも高く大体180cmぐらいある。部族の男はみな190cm以上はあるらしい。また全身の筋肉も凄い、鍛えた男の筋肉ほどではないが、これであれば背中の強弓も引けそうだ。


 さらに胸にはアレクの頭を2倍にしたものが2つ付いている。尻も巨大な桃のように引き締まって筋肉で持ち上がっている。その割には、筋肉質で男勝りな印象は無い。これは肌の色が白く、髪の色は少し暗めの紫色に、綺麗な茜色の瞳の可愛らしい顔のせいだろう。話し方も人懐っこい感じなのだ。


 ネフェルタリは最初は馬車に騎乗で並走していたが、アレクや女の子達の許可を取って、2台目の馬車の後ろに手綱をつけて引かせ、自分は身ひとつで馬車に乗り込んできた。大きめに作った馬車だったが、彼女が乗ると少し圧迫感がある。


 細身のマリーと並んで座ると非常に対照的だ。マリーはずっとアレクが御者台なのに気を使って、交代を申し出てくれたが断った。正直4人ともアレクよりもずっと大きいのだ。今回の旅はずっと御者台にいることをアレクは決心した。


 日も暮れてきたので、野営の準備をして食事の支度を始めると、ネフェルタリが野豚を狩ってきてくれた。普段はもっと小さいものを狩るらしいが、今日は人が多いから大きい得物にしてくれたらしい。見ると、脳天に1発で仕留められている。かなりの弓の技量だ。


 さすがに5人でも食べ切れない量だったので、余った分は2台目の馬車の中に吊るして、乾燥させることにした。アレクは常闇の島を思い出して、懐かしい気分になっていた。


 夜は2人を見張りに立てて交代で寝ることにした。アレクは念のためにネフェルタリと一緒に見張りに着くことにした。ネフェルタリはアレクが自分を警戒していると気が付き「心配いらないよ」というが、自分が暗殺者だと言う人はいない。まあ暗殺される理由も無いのだが。


 アレクは色々ネフェルタリの話しを聞いた。村の人の話や村を出てからの話など。話の流れに違和感は無い。アレクは少しだけ警戒を解いた。


 数日後、また野盗が出た。今度は15人ぐらいの少し数が多い野盗だったが、ネフェルタリが馬車から弓を撃ち、マリーがネフェルタリの馬に騎乗して全員片付けてしまった。驚いたのはいつの間にかマリーが乗馬できるようになっていた事だ。自由な時間は多いのでその時に練習していたのだろう。


 また驚いたのが、倒した盗賊から金目のものなどをネフェルタリが剥がしていた。アレクはさすがに死んだ人のものはと思っていたが、ネフェルタリは「死んだらどうせ使えないでしょー」と言っていた。アレクは何となく自分たちが野盗になった気分だった。


「アレクちゃん!あれみて!」


 マリーが見た先には、街があった。ユーセフ港町に到着した。ここにカルメン達の船が来ているはずだ。もしまだオルドゥクに戻っていなかったら、ぜひ会いたい。アレクは街に入ろうとすると、この大陸ではノルデン大陸の商業手形が使えないらしい。


しかたなく、通常一人銀貨1枚の入市税に1人銀貨5枚も払い街に入った。アレク達は宿に入り2部屋取った。アレクとリディアとエカテリーナの部屋と、マリーとネフェルタリの部屋だ。アレクはとりあえず魔石店に行くので、4人は情報を集めてほしいとエカテリーナに頼んだ。


 アレクは1人魔石店に向った。見つからない。近くの露店の人に聞いてみると、サラディアでは魔石を使う人が少ないので、店がある街は殆どないらしい。原石について聞いてみると、装飾品店にあると言われた。しかたなく装飾品店に入って、原石を聞くと売っていた。


「1個銅貨2枚だよ」

「全部ください」

「はいよ120個で、銀貨2枚と大銅貨4枚だね」


 アレクはどうやって仕入れているのか聞いてみると、訝しがられたが普通に旅商が持ってくるらしい。綺麗だから置いてあるが、装飾品にするには大きすぎるので、なかなか売れないらしい。


 装飾品店の後は、船乗り組合に行ってみた。受付でカルメンの船が到着しているか聞くと、すでに1週間も前に出発しているらしい。どうやら入れ違いになってしまったようだ。


 アレクはカルメンに会えるのを楽しみにしていたので、気を落としながら商業組合に向かった。組合の中は非常に活気があった。受付に行って色々と話しを聞いてみることにした。


「サミーン漁港に行ったら街が全滅していたのですが・・」

「ああ・・、ご覧なられたんですか。かなり酷い状況だったようですね・・」

「何が起こったんですか?」

「タウルス連邦の東部州の侵略です。今は休戦になっています」

「なぜ彼らは侵略を?」

「それはわかりませんが、戦争は野心が引き起こすものかと」


 他にも商業手形について質問すると、首長に申請を出して許可をもらわないと発行できないらしい。特に今はタウルスからの潜入者に気をつけており、許可は難しいらしい。「5倍の入市税を払えば入れるので、厳しくする意味はないけどね」と受付の人はいっていた。


 アレクが宿に戻ると、すでに4人はアレクの部屋で待っていた。アレク達は宿の1階の食堂に移動して食事をしながらお互いの情報について交換した。


 ・タウルス連邦の東部州が侵略。すでに6人の首長の内2人が死んだ。

 ・同時に複数の街が攻撃され、首長の軍の手が回らなかった街がある。

 ・すでにサラディアの領土の3分の1が占領、又は壊滅している

 ・戦力比は推定で10倍はある

 ・休戦ではなく降伏条件の交渉中という噂らしい


 女の子たちの情報収集力と言うか、地元の中年女性達の噂の伝搬能力にアレクは驚きながら、サラディア首長国という国が存続の危機に直面している歴史的な時に、アレク達は来てしまっていたと認識した。とても支店を作れるような状態では無い。


 アレクは食事が終わって部屋に戻ると、もしこんな国にクロエが居たらと思うと不安で仕方なかった。



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