リディア・ヴァレンティーニ
アレク達13人の行進は、町中の注目を浴びたが、無事に一番通りに戻ってこれた。アレクは院長にちょっと待ってくださいと言って、店に入るとマリー達が閉店作業をしていた。
「アレクちゃん!結構売れたよー!私達でもお店できそうだよー」
仕入れがいらない魔石ではお店が出来るとは言えないが、ここは笑顔でマリーを褒めておいた。ついでにマリーに、2段の寝台を6つと、不足する普通の寝台も5つと、それぞれの寝具も合わせて買って館に運んでほしいと言うと「了解!」と言いながら金貨を預かって飛び出していった。
マルティーナとソフィは店の戸締まりをして、外に出てきた時に、子供たちが沢山いることに驚いていた。アレクは今日からみんな館に住みますというと、苦笑いしながら「アレクらしいな」と言って皆で歩いて、館に帰ることにした。
アレクは若い先生に料理はいつも誰がと聞くと私ですというので、館の場所が分かるソフィと一緒に夕食の買い物をお願いすることにした。若い先生に銀貨20枚を渡して今日はお祝いなのでといって、好きな食べ物を買ってきてもらうように頼んだ。
アレク達は無事に館に到着した。アレクはこれから皆の家はここです。大事に使ってね、といいながら玄関の扉を開けて、子供たちや院長先生を中に案内した。とりあえず応接室に向かうと、リディアがあまりの人数にびっくりしていた。
「アレク様これはいったい?」
「孤児院が取り壊されてしまうので、この館で預かることにしました。リディアの邪魔はしないようにしっかりと言っておきますので」
「いや、研究室にだけ入らなければ大丈夫ですが・・・、さすが英雄ですねー」
とりあえずアレクは部屋割りを決めた。1つの部屋は大きいので子供たちは、1部屋に2段寝具を2つ入れて4人づつで1階の3部屋を割り当てた。同じく院長と若い先生も1階に個室を、ほかにも別に孤児院のための執務室も1階の部屋に割り当てた。
2階はアレク達やリディアの部屋を割り当てた。一応アレクの部屋は机などもおける2階で一番大きい部屋だ。
いろいろと考えている間に、マリーが家具屋を連れて帰ってきた。
アレクは先程決めた部屋割りにしたがって、家具屋に指示をする。予備の寝台も購入しておいたので、空き部屋に設置してもらった。暫くしてすべての家具が入った段階で、院長に院長と若い先生と子供たちの部屋を案内し、不足しているものがあったら教えてくださいと伝えておいた。
マリーは家具屋に代金を少し乗せて支払うと、家具屋は喜んで帰っていった。
『おおー!マリーがあんな気遣いを、煉瓦屋の対応を見て覚えたのかな?』
アレクはマリーの対応に感動して、マリーをじっと見ていると、マリーもそれに気がつき顔を赤くして、応接室に移動してしまった。
「ただいまー!荷物石忘れたから運ぶの大変だったよ」
「いえ、ソフィさんが力持ちでほとんど持ってもらいました・・」
ソフィと若い先生が買い物から帰ってきた。確かに18人分のご馳走となればかなりの量だろう。早速ソフィと若い先生、マルティーナ、孤児院の女の子2人が厨房に向かって料理を始めた。アレクは院長を呼んで相談があると伝えた。
院長とアレクは応接室で2人で向き合いとなぜか院長が緊張しているようだ。
「どうでしょうか、この館は?生活できそうですか?」
「ええ!もう十分過ぎています!」
「よかったです。そこで相談なのですが、すでに13歳から15歳ぐらいの成人に近い子供もいらっしゃいますよね?」
「え?はい・・」
「そろそろ仕事を覚えないといけない年だと思いますが、働かないんですか?」
「ああ・・、その通りなのですが・・孤児院出身と聞くだけで店の金が盗まれると思っている方が多く・・」
「やはりそうなんですね。それで最近僕のお店を大公都で開きまして、人手を募集しています。よろしかったら、一緒に働きませんか?凄腕の店長が城塞都市から2週間以内には来ますので、商売についてもいろいろと勉強できるはずです」
「本当ですか!孤児院は本当は10歳までが年齢の上限なのですが、仕事がないので追い出すわけにもいかず一緒に暮らしているので、仕事が貰えるのは本当に助かります」
「こちらもやる気がある人であれば嬉しいです。それでは近々改めてお願いします」
「こちらこそ深く感謝致します。英雄アレク様」
「あ・・、その英雄は止めて下さい」
「フフ、わかりました」
「それと食費はこちらで出しますが、できれば僕らのご飯も一緒に作って貰ってもいいですか?」
「お安い御用です。人数が増えてもそんなに手間は変わりませんので」
「それと館の掃除などもお願いできれば・・」
「もちろん自分達も住むところですからお気になさらず」
「ありがとうございます」
調理も終わり、食堂にみんな移動することになった。何故かアレクが主人席だ。流石に貴族は晩餐会などを開くことが多いことから、この部屋にも大きな食卓が置かれており左右に10人づつ、前後に1つづつの椅子が置けるようになっている。たしか辺境伯の食卓もこの人数用だった。
全員が席につく。子供たちの目が凄いご馳走に目が輝いている。院長も若い先生も顔が嬉しそうだ。そして皆が食べ始めようとしたときに、エカテリーナが入ってきた。
「わたくしの席はどこかしら?」
食事は非常に騒がしくも楽しい食事だった。孤児院の人達も本当に幸せそうだった。アレクも奴隷時代や常闇の島の魚生活など、辛い思い出があるので出来る限り、美味しいものを食べさせてあげたかったのだ。そして自分の商会を成功させようと心からアレクは思っていた。
食事の時の自己紹介を通してお互いの名前を覚え、会話も円滑になってきた気がする。アレクと大人達は応接室でお茶にすることにした。孤児達は自分の立派な寝台に喜びながら、位置取りのじゃんけんをしていた。なぜか2段寝台は上の方が人気がある。
アレクはマリー達事情を知らない人の為に、より詳しい今日の出来事を説明した。するとエカテリーナがポロスコフ子爵について話しだした。
「その噂、少し聞きましたわ。確か愛人の館を作るという話ですわ。まさか孤児院を取り潰して作るとは夢にも思いませんでしたが・・」
「エカテリーナ。ポロスコフ子爵の奥様は、例のシロチェンコ伯の娘だよね?そこら辺からなにか出来ないかな?」
「そうですね。子爵の奥様はかなりのヤキモチ焼きと聞いていますわ。ただ、そこを突いても孤児院の取り壊しは覆らないでしょう」
「やはりそうですか。・・ところでエカテリーナ。今の今まで気が付かない僕もなんだけど、その部屋の隅で控えている執事さんはどちらさまですか?」
「あら!ご紹介が遅れました。今日からアレク様のこの館の管理を行うヴィクトールです。アレク様がお忙しいので、私が伝手を頼って優秀な執事を連れてきたのですわ」
「あ、ありがとう。エカテリーナ」
「うちの本邸のセバステヤンの弟です。能力は兄にも引けを取りませんわよ」
「なんと!弟さんなんですか?お兄様には大変お世話になりました」
「いえ、仕事ですから。兄は常に全力を尽くします。私共々、宜しくおねがいします」
「こちらこそ宜しくおねがいします!」
アレク達はいろいろな雑談などもしながら、夜遅くまで話し込んでいるとマリーが欠伸をしたのを合図に、皆自分の部屋に帰っていった。エカテリーナも当たり前のように自分の部屋の場所を聞いてきたので、リディアの隣の部屋だと伝えておいた。執事には1階の部屋を割り振った。
朝起きると美味しそうな匂いが、館中に漂っていた。誰かが食事を作ってくれるというのは本当に素晴らしい。アレクはマリーの実家の幸せな雰囲気を思い出していた。朝食が終わると、執事のヴィクトールから報告があるとアレクの部屋に移動した。
ヴィクトールはたった一晩で各種報告や月間予算、食費や光熱費見通しなどこの館についての管理ができるだけの情報を取りまとめ、アレクに提出してきた。アレクは驚きよりもさすがあの執事さんの弟だと感心してしまった。ヴィクトールは自分の給金について質問をしたので、兄と同じ金額にして下さいと頼んだ。ヴィクトールはまだ兄には及びませんと言っていたが、期待も含めてと言うと了承してくれた。
アレクはとりあえず金貨20枚ほど渡して、運転資金として使って下さいと伝えた。また館に必要とヴィクトールが判断すれば、アレクの許可なく購入しても構わないと伝えた。たしか貴族はツケが効くらしく現金は普段遣わないはずだが、極力現金で払えるのであれば現金で払っておきたい。
それからエトワール商会も大陸に広がっており、資金の集中管理や情報の共有などの案についても検討してもらうように頼んだ。もちろん、大公都の店についてもお願いした。
他には孤児の教育などについてもお願いした。すると、最低でもメイドを3人ほど入れたほうが良いということなので、ヴィクトールに一任した。
アレクが応接室に戻ると、マルティーナやマリー達がアレクを待っていた。どうやら今日もお店をやりたいらしい。そこで在庫を足して欲しいというので、部屋に戻って昨日売れた魔石分を作って渡した。
マリーが昨日の売上と、家具のお釣りをアレクに渡したので、これからはヴィクトールに渡すようにお願いしておいた。
マリー達3人は楽しそうに出ていった。
すると、リディアがアレクに静かに近づき話しかけてきた。
「まさか、アレク様魔石が作れるんですか?」
アレクは流石に次から次へと必要な魔石が出てくれば、分かってしまうのは仕方ないと考え本当の事を伝えた。
「はい。でも内緒にしておいてください。魔石が作れる人が、殺されているという噂を聞いたことがあるので」
「もちろん内緒にしますが、魔石を作ると死んじゃうんですよ!?」
「それは誰から?」
「付き合いのあった魔石商人からです。彼が取引していた人はみんな死んだと・・」
「魔法研究家とは思えない勉強不足ですね」
「え?」
「死にはしません。ただ生きる気力を失っていくのです」
「なんと・・、でも気力が無くなるのも同じことでは?」
「もちろん、人間としては共に大変な問題ですが、研究としては違う事象ですよね」
「・・確かに」
リディアは考え込み始めた。何か気になる点があるようだ。
「それと僕は魔石を作っても大丈夫みたいです。理由はまだわかりませんが原因は分かっています。これはリディアの研究が進んだら共有します」
「なるほど・・、とりあえずアレク様が大丈夫なのであれば安心です。そして、気力が無くなるという現象が、魔石の仕組みを解く鍵になるかもしれません」
「それと僕は新しい概念の魔石、いえ魔法も作れます」
「ええ!!?」
「これには色々な経験や時間を必要としますが、重要な点は僕が魔石が起こす現象を正確で緻密に想像できることが条件になっているようです」
「す、凄い情報です!私はアレク様の専属になれて幸せです!」
アレクは笑顔を返しながら「研究成果を期待しています」というと、リディアは「期待して下さい!」と言いながら研究室に籠もってしまった。
アレクはその後数日間、時間を取っては《飛行馬車》の練習の為に、2つ繋げた煉瓦を飛ばしたり浮かせたりしていた。すでに煉瓦にも新しい豆魔石、豆風防壁石というのを作って煉瓦に埋め込んである。
これは大海蛇との戦闘時に作った空気の泡のようなものを想像したもので、豆風防壁石の周りに大きな球型の空気の壁を作り、煉瓦を飛ばした時に風圧に影響しないようにしたものだ。
大海蛇の時には、海の中でも使えたので風圧だけではなく、水も防ぐため理論的には水の中にも入れるはずだ。たぶんちょっとした攻撃でも防げそうだ。
アレクは訓練に少し飽きてきたので、店の中に入ってお茶お飲んでいると、店の扉が開きドミトリが入ってきた。
「アレク!待たせたな!大公都にエトワール商会の名を轟かせに来たぜ!」
「あはは、ドミトリ凄いやる気ですね!というか、来るの早くないですか?」
「ああ、馬車じゃなくて馬で来たからな。かなり早かったろう?」
「はい。たぶん連絡してから1週間ぐらいでしょうか」
「美女たちも元気そうだな!」
「「「もちろんよ!」」」
アレクは早速館にドミトリを連れてきてヴィクトールを紹介した。それでヴィクトールに館の管理と、店の手伝いをしてもらっていることを説明して、大公都の店を盛り上げるだけではなく、大陸のエトワール商会をもっと盛り上げるための相談をお願いしたいと伝えた。
またオルドゥクでサラディア首長国との交易を行うにあたり、アルカディア大陸に行く必要があるため、合わせて向こうの大陸でもエトワール商会を立ち上げるため更に利益を確保したい事を伝えると「俺が来たからには安心しろ!」とニヤリと笑って返してきた。
また孤児院の話もして彼らに商売を教えてやってほしいと伝えると「さすが、英雄アレクだぜ!」と感心され、教育も気持ちよく引き受けてくれた。メイドとして勉強しはじめた孤児院の女の子が、ヴィクトールとドミトリにお茶を出すと、早くもヴィクトールから指導を受けていた。
早速2人が帳簿を見ながら相談を始めたので、アレクはリディアの研究室に顔を出した。
リディアは机の上で、自分の書いた紙に埋もれて唸っていた。アレクは折角なのでアレクが気がついた魔石に関する情報と独自魔法をリディアに説明した。
「原石も魔石も大きさが効果に影響しません」
「ええ!!というか微妙な大きさの違いは知っていましたが、小さいのや大きいのがあるんですか?」
「大きいのは前に占い師が持っていた魔石は大きかったです。普通の7倍ぐらいあった気がします」
「7倍!」
「小さいのは僕が作れます」
「ええ!??作れるとはいったい?」
アレクは原石を2つ出し、1つを圧縮させて豆くらいの大きさにした。
「こ、これはどうやったんですか?」
「僕の独自魔法の、圧縮です。元は砂石から派生したのですが、たぶんこれは砂は関係無いかと」
「素晴らしい・・・・」
「このように原石は小さくても輝きはかわりません」
「本当ですね、綺麗に光っています」
「これで例えば、火石を両方で作っても両方の効果は大体一緒です」
「大体?」
「どうやら原石の持つ最初の輝きが魔石として能力に影響するようです」
「アレク様・・・、どうやってこのような知識を?」
「すべて試行錯誤によって発見してきました。僕の大事な研究成果です」
「それを私に無償で教えてくださるとは・・・私は愛されています・・」
どうもリディアの単語の使い方に違和感があったが、喜んでもらえたようなのでアレクも嬉しくなっていた。やはり知識は理解して貰える人と共有すると楽しい。
リディアが突然閃いたように話し始めた。
「聖泉・竜泉・原石・魔石・魔法・化物・生きる気力・想像力。念じる力・事象への影響。これらはすべて1つの何かで繋がっているのではないでしょうか?」
「・・・」
「それらは意思のような形の無いもので、人の意思ですらその一形態に過ぎないような・・」
「・・・」
「そもそも私達が認識している物体など存在していないのでは?」
「おもしろいですね」
アレクはリディアが思考の彼方に行ってしまったので、とりあえず邪魔をしないように、研究室を出て応接室に戻った。どうやらこちらも思考の濁流が生まれているようだ。アレクは邪魔をしないように、館を出て店に戻ってみた。
お店ではマリー達が忙しくしている。アレクは邪魔をしないように、店の裏手にいくと、訓練中だった。煉瓦がまだ浮かんでいる。アレクはちょっと寂しい気分になり、他の街の人を思い出していた。すると、アレクはさっきのリディアの言葉を思い出した。
「・・・1つの何かで繋がっている・・・」
アレクは今までの自分の冒険が偶然では無く、何か大きな意志による必然だったような気がして、突然足元の地面が無くなったような、不安な気持ちになった。
しかし多くの出来事は、自分の選択によって生まれた結果であり、決して得体の知れないものではないと心に強く思うと、心は落ち着きを取り戻していった。