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巨大生物

巨大な口に飲み込まれたアレクは木の扉にしがみついたまま、川のように真っ直ぐに流れる海水の上を下っていった。やがて海水の流れが少しづつ緩やかになる。


「ここはいったい何なのだろう・・、何か大きなものに食べられてしまった気がしたのに」


真っ暗な暗闇の中で静寂があたりを包み込む。

周りは、さっきまでの大嵐が嘘だったように静かになっていた。

ふと海水に浸かっている下半身に感覚が戻ってきて海水の冷たさを感じる。


「寒い・・、このまま海水に体を浸けていると動けなくなりそうだ・・」


アレクは下半身が冷え切っていることに気がつくと、浮かんでいる扉の上に下半身も引きずり上げた。

あたりは真っ暗で何も見えない。

しばらく扉の上で漂っていると、何も見えないせいか、城での事件から今までの不幸を思い出し、そのあまりに酷い体験に自分の人生が呪われているような気がしていた。


そして扉の上で丸く小さくうずくまっていると、疲労からか眠気に襲われ深い眠りへと落ちていった。


──不思議な夢を見た。人の形のような光の濁流に自分が飲み込まれ、自分の体もいつの間にか同じ様な光る人の形の何かになって真っ直ぐに飛んでいる。自分よりも遥かに大きな人の形の光が眼の前に現れ、自分も周りの光も、その大きな光るものに吸い込まれていく


しかし自分の意識はいつの間にか、その大きな人の形をした光となって他の小さな光を飲み込み始める。その瞬間、自分が今生まれたのだと強く感じた。その後、自分の意識が薄い絹布のように世界に広がり、やがて自分の意識が無くなっていった──


暫くすると、ゆっくりと目が覚めた。

体中が痛い。どうやら打ち身や筋肉痛のような症状が体全体に起こっているようだ。

不思議な夢のせいで頭もフラフラしている。

額に手を当てると少し熱があるようだ。


ふと周りを見渡してみると、少し明るくなっていた。

目が慣れてきたのだろうか?よく見ると、どうやら遠くに光っているものがあるようだ。


「なんだろう、あの光は?」


自分の手を漕木のように動かし、水面を滑らすように扉をその光の方に移動させる。

どうやら肉の壁のような所に光る石が埋め込まれている。

石の周りの部分も石に影響を受けたせいか同じ様に光っていた。

光はなにかの信号のように明滅し、何かを伝えたがっているようにも見える。


アレクはその石に手をのばすと、思いのほか石は簡単に取れ、自分の手のひらに転がってきた。


「綺麗な石だ。でもこの輝きはどこかで見た気もする・・」


アレクが思い出そうとしていると、石のあった場所が赤く光り始め、小刻みな振動が始まった。

やがてその振動は、より振り幅の大きい振動となって巨大な空間をも震わせていく。

慌てて扉の手すりを強く握り直す。


やがて振動は、また振り幅を小さくしていき最後は停止し、肉の壁の光は消えていた。


「なんだったんだろう?外の嵐がひどくなったのだろうか?」


この巨大生物が動いているのか止まっているのかも分からない。

静かすぎて気が狂ってしまいそうなほどの静寂に満ちており、波の揺れも一切感じない、非常に不思議な空間だった。

それを考えると今の振動は外の嵐とは関係無く思える。

静寂に包まれアレクは光る石を胸に抱えながら、また木の扉の上で小さく丸くなっていた。



◇◇◇◇◇◆◆◆◆◆◇◇◇◇◇



「父ちゃん!大変だ!浜辺にでっかいクジラが打ち上げられてるよ!」


真っ黒に日焼けした元気な少年は、見るからにみすぼらしい海岸の家に飛び込んできた。

父ちゃんと呼ばれた、がたいの良い男は編んでいた縄作りを止めて少年に話しかける。


「詳しい場所はどこだ?それとこの話を村長にも伝えてこい。」

「岬の下の砂浜だよ。それじゃ村長さんとこにいってくる!」


少年は元気よく答えると飛び出していった。

男はゆっくりと立ち上がると、家の入口に立てかけてある、男と同じぐらい大きなもりを手に取ると、目的の浜辺に向かった。


「な、なんだこりゃ!?」


男が浜辺で見たものは、およそ見たことも聞いたこともない巨大なクジラだった。

過去に見た事がある最大のクジラでも全長25m前後。しかし目の前のクジラは100m近くもあり、高さは10mにも及んでいる。その上、このクジラは浜辺のかなり上まで上がって来ていたのだ。


「こ、こりゃ海神様じゃねえのか?」


この島でもクジラ漁は普通に行われている。

しかしあまりの大きさと、得も知れない畏怖を感じて思わず海神ではないかと口に漏らしていた。

よく見るとすでに息は絶えている。


「・・この大きさだと、全員でやらねえとすぐ傷んじまいそうだ」


この漁村は、男の家の周りに15軒ほどが不規則に立っているだけの小さな村だ。

子供から老人を含め全員でも40人程度しかいない。しかし全員で解体を行っても何日もかかるだろう。

しばらくして村長と2人の男達がやってきた。


「おう村長来たか。これはすげえぞ。俺も見たことも無い大きさのクジラだ」

「こりゃ、村人全員でやらにゃいかんの・・。セリムとバタム、村人を全員呼んで来い」

「わかりました。お父さん」


2人の村長の息子は、村に戻っていった。すれ違いに男の息子がやってくる。


「父ちゃん!包丁とかも持ってきたよ!」

「おう!テガルか!気が利くじゃねえか!偉いぞ!」

「えへへ・・」


真っ黒に日焼けしたテガルの顔がいっぱいにほころんだ。

この父親にとってクジラの解体は手慣れたものだ。

父親は息子のテガルから解体用の大小の刃物を受け取ると、村長に向かって話しかける。


「それじゃ村長、解体始めるか?」

「普通ならそうなんじゃが、本当に良いのじゃろうか・・。イスム、おまえはどう思っておる?」

「確かに普通じゃねえ。だが今は不漁のせいで村には食べ物も、豆の島の市場に出す魚も少ない。縄編みだけじゃとても食っていけねえぞ」


この1ヶ月この村では漁で採れる魚が激減している。

先日の巨大な嵐で何か変化があるかと思ったものの、魚は更に減っているようだった。

村長はクジラを見ながら悩んだ挙げ句、これこそが海神様が遣わせてくれた慈悲ではないかと考え、解体の決心をする。


「そうじゃな、これこそが海神様の慈悲じゃろう。ありがたく賜わろう」


村長の言葉を聞いたイスムはクジラの周りを確認し始め、どこから解体を始めるか考え始めた。

なるべく腐って無駄にならないように、価値の高い部分を優先しなければならない。

村長とイスムがクジラを眺めていると、村人が続々と集まりだして来た。


「なんじゃ!こりゃ!」

「恐ろしい・・、海の悪魔じゃろうか・・」

「先日の嵐と関係があるんかいの?」


村人たちは各々の感想を口にしながら村長の周りに集まってくる。


「・・さて皆の衆、揃ったかの?わしの近くによって座ってくれ」


全員が揃った頃に村長が声を上げた。村人たちはいつものように村長を中心に集まり座りだし、村長の息子2人とイスムだけは村長の横に並んで立っている。

村人のざわめきも落ち着いた頃に、村長は今後の方針を話しだした。


「今、わしらの村は不漁によって餓死寸前じゃ。しかし今日、海神様からの慈悲が頂けたのじゃ!」


その言葉を聞くと村人たちは先程までの胡乱な雰囲気から一転し、それぞれ感謝の言葉を口にし始める。


「この慈悲を有り難く賜り大切に頂くために、わしら村のもの全員が解体作業を行い、取れたものはすべて村全体で公平に分ける!」

「「「おおーー!!!」」」


村人たちはこれで食い繋げると安堵の声を上げる。中には泣き出すものもいた。


「早速じゃが解体については、村一番のクジラ猟師であるイスムの指示に皆従ってほしい。さてイスムよ。解体作業の段取りを頼めるか?」

「ああ、それじゃ始めるぞ。まずは価値の高い鯨油と肝臓を優先する!但し得物は巨大だ、下手な切込みは潰されて死ぬ危険があるから気をつけてくれ」


イスムは手際よく村人を解体部位別の集団に分け、次々に指示を出す。

村人達は指示を受けると一度家に戻り、必要な道具を取ってくるとすぐに作業を開始した。

一番危険と思われる肝臓の切り出し作業にはイスムが中心に、息子のテガルと数人の村人が参加した。


イスムが梯子を使いながら、先の尖ったノコギリのような刃物で皮下脂肪の厚いクジラの皮に切り込みを入れていく。手際よく皮が剥がされると、皮の中からクジラの内蔵が飛び出してきた。


「まずい!!下のやつ急いで逃げろ!落ちるぞ!」


叫んだ声と同時に肝臓の上に乗っている胃の部分が、地面にずりずりと落ちていく。

声に気が付かなければ、下にいた村人は潰されて死ぬところであった。

地面が地震のように揺れた後、クジラの胃は地面に着地し動かなくなった。


それを見たテガルは思い立ったように父親に落ちた胃を切っても良いかと尋ねる。


「まあ経験にもなるか。落ちた部分にもう危険はないしな」


テガルは父親の許可をもらうと、自分の刃物を胃の壁に突き刺しだした。

テガルは昔父親に聞いた話を思い出していた。『クジラの腹の中にはいろいろな物が入っている。お宝がある時もあるぞ』その言葉を思い出すと、テガルの目は爛々と輝きだした。


しかし巨大クジラの胃を解体するのに、子供の持つ小さな刃物ではかなり厳しい。

何度も何度も切り込みを深めていかなければならない。胃の壁は1m近くもの厚みがあるのだ。

テガルは時間をかけ、小さな刃物で根気よく作業をしていると、内壁に到達し胃の中の海水が溢れ出す。


「開いた!!」


すでに疲れによって握力が無くなっていた手にも、再度力が入る。

徐々に広がる穴に合わせ、膨大な海水が流れ出し海に戻っていく。海水が出なくなった頃には大人も中に入れるほど胃の壁の切れ込みは広がっていた。

そして海水が出きった頃、その切込みの部分に木で出来た何かが引っかかっているのが見えた。

テガルが胃の中を覗き込むと思わず大声を出していた。


「父ちゃん!!大変だ!!胃の中に子供がいたよ!」


周りの村人達がその声で一斉に振り向く。

村長は足早にテガルに近づき、胃の中から出てきた子供の口元に耳を当て息を確認する。


「まだ生きているようじゃ!奇跡じゃ!」


村人達の間に驚きと戸惑いの感情が広がっていく。

村長は近くの女たちに、衰弱した子供を村長宅に運び体を温めるように指示する。

そして村長は両手をパンパンと叩く。


「ほれほれまだ仕事は終わっとらん、日が暮れるまでできる限りの仕事をするぞ!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


その後、3日経っても解体は終わっていない。

しかし価値の高い部分はすでに取り出しており、今は鯨肉を日干しにする作業も平行して行っている。村人達は久しぶりのしっかりした食事を取れていることから、顔に笑顔が戻ってきている。


胃の中から出てきた子供は、未だに目は覚めていない。

極度の脱水症状だったために、眠っている状況ながらも少しずつ水や温いスープを与えている。初日に比べればだいぶ顔色も良くなってきた。

村の中年の女性たちが子供の体温を上げるため、夜は交代で添い寝している。どうやら村の人達は、この子供が海神の使いなのではと考えているようで、献身的に奉仕しているようだ。


そして5日目の昼頃に子供の目が覚める。近くにいた中年の女性が喜びとともに村長を呼びに行った。

すぐに村長と数人の村人が村長の家に入ってくる。


「おお!起きたか!言葉は分かるか?」

「・・・」


子供の頭はまだ混乱の中にあった。言葉は分かるということは、耳が聞こえている?

周りが見えるということは、目が見えている?暫くの混乱のあと、ゆっくりと言葉を発した。


「ここは・・どこですか?」

「おお!言葉は通じるようだ!誰か温かいスープを持ってきてくれ!」


村長の言葉を聞いた数人が台所にいってスープを温め出した。その間に村長は子供に質問を重ねる。


「ここは常闇の島じゃ、名前は分かるかの?」

「ア、アレクシスです・・」

「なぜクジラの胃の中にいたんじゃ?」

「クジラ?ああ・・あれはクジラだったのですか・・」


アレクは混乱した頭の中を少しづつ整理していく。それと同時に強い頭痛を感じ両手で頭を抱える。


「どうした?頭を打っておったのか?」

「・・よくわかりません・・」

「なんでクジラの腹の中にいたのか覚えているか?」

「・・船で嵐にあって、海に投げ出されると大きなものに食べられました」

「なるほどのう。こないだの大嵐に巻き込まれたんじゃな」


駆けつけていた村人から落胆のため息が聞こえる。どうやら海神の使いではなく、ただの遭難者のようだ。ただクジラの胃の中で生き延びたという事実は変わらない。


「普通クジラに飲まれて生きていられるものはいない、しかしお主は生きておる。よほどの強運なのか、または海神に愛されているのやもしれぬ」


湯気が出ているスープを中年の女性が持ってきてくれた。

アレクは感謝を述べるとゆっくりとスープを飲み始める。温かいスープが体に入ると、体中の細胞がパリパリと生き返ってきているようだ。しかし突然咳き込んでしまう。


「急いで食べなくとも大丈夫じゃ。脱水症状はまだ治っておらんから、ゆっくり食べてまた寝ると良い」


アレクは村長にも感謝を述べるとゆっくりスープを平らげ、また横になって眠りについた。




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