聖人
殆どが兵士だったが1000人以上がアレクの後ろに王宮まで付いてきた。アレクのすぐ後ろを歩いていた将軍達に案内され、控えの間に到着すると、ボスフェルトがすぐにやってきた。
「アレク殿!魔物の撃退、おめでとうございます!信じておりましたぞ!」
アレクはボスフェルトに会釈すると、すぐに聖王からの呼び出しがあり、ボスフェルトも一緒に王の間に移動した。アレク達は王の間で深くお辞儀をして、簡単な戦闘終了の報告を行った。
「英雄アレク。まさにその名に恥じぬ見事な戦いであった。まずは感謝を伝えたい」
「身に余るお言葉感謝致します」
「早速じゃがこの度の我が聖王国への貢献は計り知れない。どのような褒美を望む?」
「金銭につきましては、後日見合ったものを頂ければ結構です」
アレクはボスフェルトをちらっと見ると、彼は頷いているようだった。アレクは更に続ける。
「その他の褒賞につきましては、今後も聖王国とは良き関係を続けたいので、自由商業権と、聖王様との2人きりの会談をお願い申し上げます」
「自由商業権などは今後の交流の為にも、逆にこちらからお願いしたいところじゃが、余との会談とは面白い」
「宜しくお願い致します」
「よかろう、願い聞き届けよう。会談についてはこの後としよう」
アレクは深くお辞儀をし、王の間を退出した。ボスフェルトがまたすぐに控えの間にやってきた。アレクはこの人は本当に行動力があるなと、感心しながらボスフェルトを見ていると、彼はアレクに耳打ちしてきた。
「(例の上乗せの件は任せておいて下さい!)」
アレクは大きな笑顔をボスフェルトに向けると、ボスフェルトも笑顔で返してきた。なんだか悪党になった気分だ。ボスフェルトはまた会議があるらしく、すぐに出ていった。
暫く控えの間でお茶を啜っていると、聖王からの呼び出しが来た。マリー達にはここで待っていてほしいと伝え、アレクは中庭に案内された。中庭には花畑が広がり先日切った岩の破片もすでに片付けられている。中庭の中心あたりに、白い丸卓に白い椅子が2つ置かれている。
どうやらここが会談場所として選ばれたようだ。まわりには隠れる場所も人が潜めるような場所も無い、流石に聖王はアレクの話が、他人に聞かれてはまずい事だろうと理解しているようだ。
すでに白い円卓には聖王が座っており、お茶も準備されている。メイドもいない、まさに2人だけの会談だ。アレクは軽く会釈をしてから聖王の勧めに従い椅子に座った。
「さてアレクよ。何が聞きたいのかな?」
「聖王様。まずはお時間を賜り深い感謝を捧げます。早速ですが僕の聞きたいことは2つです。1つは巫女による聖石の作られる手順。そしてもう一つは二千年前のスノーク騎士王国の建国にまつわる伝承です」
「な、なんとも驚きじゃな。2つとも誰も知るはずの無い事であり、まして伝承のことなど余しか知らぬ事も聞いてくるとは。一体お主は何者なんじゃ・・」
「もちろんお聞きしたことは誰にも口外致しません」
「まず、巫女と聖石については自分で巫女自身に聞くとよいじゃろう。実は今回の褒美が実質、金だけのため体裁が悪い。それでアレクには聖人の称号を授けようと思っておる。聖人は聖王国やファティス教に偉大な貢献をしたものに送られる名誉職だ。位としては枢機卿と同格であり、枢機卿と同じ様に巫女の居る神殿への出入りが可能だ」
「寛大なご配慮、誠にありがとうございます」
「次にスノークの件じゃが、そもそも伝承が存在することすら、スノークの騎士王か、代々の聖王しか知らぬことじゃ。逆になぜその事を知っておるのか聞かせてほしい」
アレクは悩んだ。ここで本当の事を話すべきなのか。しかし以前の身分を明かせば、逆に転がった場合の損害が大きすぎる。結局危険の方が高いと考えて、違う話しを準備した。
「昔スノークに使えていたという人物が、魔物の話しをしていた時に、教えてくれたのです」
「なんと・・、伝承の秘匿性があっさりと反故にされていたとは。スノークは残念だったが、滅ぶべくして滅んだのかもしれぬな」
アレクは聖王の言葉が棘のように心に刺さったが、それによって聖王自身はスノークの滅亡には絡んでいないことを確信できた。アルデバランも絡んでいないと思えていたので、スノーク滅亡の謎はますます深まってしまった。
「さて伝承じゃが、実は我々もあまり正確なものが残っておらんのじゃ。今でもはっきり伝わっているのは、スノークとは聖泉と竜泉を守る騎士であり、世界の安定を守るために建国されたというものじゃ、そして宝珠と呼ばれるものが、スノークの地下神殿に祀られているという話じゃ」
「宝珠ですか?」
「余も良くは知らぬ。ただ恐るべき力を持ち、世界を作った5匹の神獣の魂とも言われている」
「神獣ですか!?」
「そうじゃ、2匹については伝承がある。1匹は巨大な竜。1匹は巨大な亀じゃ。亀は死んで石になると島になったと言われるほど、巨大だったらしい」
「凄い大きさですね・・」
「どの神獣も極めて巨大な生物だったと考えられているな。他の3匹については伝承にも無い。最初から無いのか、失われたのかは判らんがの」
そんな凄い物がスノークの城の地下にあったことに、アレクは非常に驚いていた。一度、スノークの領主にお願いをして地下神殿を見せてもらおうと考えていた。アレクは続けて聖王に質問してみた。
「聖泉がファティス山にあると聞きました」
「なんだと!?誰からじゃ?全く・・、聖泉の場所は秘匿事項じゃ。まあ聖人になれば聖泉にも出入りできるようになる。一度、見てみるのもよかろう神の息吹を感じられる場所じゃ」
アレクは質問も終わったので、時間を頂いた事に丁寧に聖王に感謝すると、2人で歩きながら王宮に戻っていった。アレクは控えの間に戻ってくると、女の子たちは長椅子の上で居眠りをしていた。アレクは起こさずにお茶を飲んでいると、暫くしてボスフェルトがまたやってきた。
「アレク殿!聖人認定おめでとうございます!これでアレク殿はこの聖王国を自由に行動することが出来ます。それとこれは自由商業権の携帯証書に、報酬の皮袋です。報酬はしっかり上乗せされていますよ!最後にこれが聖人を証明するペンダントです」
ボスフェルトは何やら嫌らしい笑いをしていたが、気にせずに笑顔で返してボスフェルトが持ってきたものを受け取る。
聖人のペンダントは手のひらほどの円盤のようなもので十字の意匠で立体的に作られており、真ん中には聖石が埋め込まれていた。他にも文字が細かく刻まれ、非常に手間がかかっている物であった。
アレクはこれですべての用事が終わったことを確認したあと、店に戻ることにした。ボスフェルトが気を利かせて馬車を出してくれたので、有り難く利用させてもらった。なぜか魔物の戦闘の後から、ボスフェルトの態度が大きく変わった気がする。
店に戻ると、店の中が大きく変わっていた。以前の賭博の什器はすべて無くなっており普通の商店の商品陳列用の什器が並んでいる。まだお客さんは少ないが、普通の店舗として無事に再出発したようだ。ビアンカがアレク達に気が付き駆け寄ってきた。
「アレク様!ご無事の帰還おめでとうございます!街中アレク様の噂でいっぱいですよ!」
「只今戻りました。お店の方も順調みたいですね!」
「ありがとうございます!レオナルドの昔の伝手を使って、商品の仕入れも始まったので普通のお店として始められました。レオナルドも2階にいるので、ぜひ顔を出してもらえますか?」
アレク達は5人で2階の支配人室にいくと、扉の名前が店長室に変わっていた。また以前は2階にあった特別客向けの賭博部屋も、すべて改装されアレク達やレオナルド達の居室に変更されていた。
5人は店長室に入ると、レオナルドが書類と格闘していた。
「レオナルド。お店上手く行っているみたいですね!」
「おお!アレク戻ったのか!」
「無事に戻れました。今回も死ぬかと思いましたが」
アレクは笑顔でレオナルドと話しを始め、現状の店の状況や今後の方針などを聞いた。
「という感じで、店は順調だ。他国の商品を中心にこの国では珍しいものを売っていく予定だ」
「なるほど、良い感じですね」
「この店は普通の店と違って、非常に広い上に天井も高い。そこでただ商品を売るだけではない、新しい店の姿に挑戦しようと思っているのさ」
「おお!楽しみですね!宜しくおねがいします。それと僕は聖人に認められたらしいので、もしお店で使えそうなら、これと一緒に活用してください」
アレクは自由商業権の携帯証書を、レオナルドに渡し、聖人のペンダントを見せた。するとレオナルドは驚いた表情の後に、ニヤリと何かを思いついたような顔をしていた。
アレクはレオナルドとの打ち合わせの後、魔物の魔石や報酬の袋などを一時、店の自分の部屋に入れると、自分の馬車に入る。豆荷物石のついた銀貨の腰袋から銀貨を取り出し、別の腰袋に入れて腰につけた。中に残った豆大砲弾だけが入った銀貨袋だったものは、腰から外すとまだ浮いたままだ。
「・・心なしか豆荷物石の光が弱い気もしますが、まあ浮いてますし気にしても仕方ありませんね」
アレクはその腰袋に豆弾袋と名付け、それを持って魔物との戦闘地域だった門の方に馬車で向かった。多くの兵隊たちが、人防柵を片付けたり道に設置されていた大砲を片付けたりしている。きっと多くの工兵達も自分たちで掘った穴を埋めにいっているだろう。
門の付近には、アレク達の戦闘によって引き起こされた破壊の後が残っていた。アレクは地面に深くまでめり込んでいる黒の巨人の体で出来た豆鉄球を荷物魔力を使って取り出し、次々と豆弾袋に入れてゆく。全部で6個だ。胴体部分だったものはちょっと大きい。
兵隊たちはアレクを見かけると、必ず敬礼をして会釈してから作業に戻っていく。気を使いすぎではないだろうか。今回の討伐もうまく1例縦列に巨人を誘導できたことが一番大きい。この作業は工兵や砲兵の方々のお陰なのだ。
アレクは豆弾袋を馬車に入れたまま店に戻り、皆で夕食を取ってからゆっくりと睡眠を取った。
翌日ビアンカ達は朝早くから仕事をしているようで、朝食を4人で取ると今日の予定を説明した、アレクは山の神殿に行かないとならないので、3人には街の観光を提案すると、早速3人は遊びに出かけていった。
アレクは部屋に置いてある、魔物の魔石をもってファティス山に向かった。街の反対側に神殿門があるので、流しの馬車に乗って神殿門につくと、衛兵が聖人のペンダントを見て慇懃に門を通してくれた。
「・・これは大変そうだ・・」
そこからは徒歩しかないので、アレクは途中休みながら山の中腹にある神殿へとたどり着いた。
神殿の入り口ではまた兵士による身分の確認が行われたが、問題なく通してもらい神殿の中へと入っていく。すると司教の姿をした1人の女性が話しかけてきた。
「聖人アレク様、この度はどのようなご用件ですか?」
「巫女との面会をお願いしたいのですが?」
「承知しました。ご案内致します」
アレクはなぜ自分の名前を知っているのか不思議だったが、子供の聖人など自分しかいなさそうだと気がついた。聖王からも連絡が入っているのだろう。
アレクは彼女の後についていくと、荘厳で巨大な扉の部屋に案内され、ここからは私も案内できませんので、お一人でお進み下さいと言われ、アレクは巨大な扉を開けて中に入っていく。
扉の中には沢山の大きな柱が通路の左右に立っており、一番奥に行くとまた階段になっていた。
しかし階段の中は狭くて薄暗く、まるで天然の洞窟にとりあえず階段を付けたようなものだった。暫く階段を登ると、開けた空間に出た。
その空間には常闇の島の洞窟で感じた、不思議な雰囲気に満たされていた。どうやら聖泉が近いらしい。
しかし巫女に会いに来たのに、いきなり聖泉の場所に案内されると思っていなかったアレクは少し驚きながら洞窟の中のような空間の中を進んでいく。
するとまるでそこが光っているような場所に、1人の少女が祈りを捧げている姿が見えた。
「こ、こんにちは・・」
アレクの声に驚いたように、振り向いた少女は少し青白い肌に、綺麗な桃色の髪の毛を腰まで伸ばし先の部分だけを縛った、13歳ぐらいの女の子だった。
「・・どちらさまですか?」
「アレクと申します。昨日、聖人に認められたばかりなので挨拶にまいりました」
「それはご丁寧に。長い間、聖人に認められた人物はいないと聞きますがアレク様どのようなご功績で聖人になられたのですか?」
アレクは魔物が聖教都市を襲い、それを退治したことを簡単に説明すると、少女はなるほどと納得していた。
すると少女が近くにある応接用の椅子に案内してくれた。アレクはこんな洞窟の様な場所に、応接用の家具が置かれている事に驚いたが、なんとお茶まで煎れてくれた。
水石と火石を使ってお湯を作ってお茶を煎れたようだ。横目で少女が祈っていた場所を見てみると、やはり水が溢れている石でできた台座がみえた。作りは常闇の島の洞窟で発見した聖泉と同じ様だ。
少女が応接椅子に座ったので、アレクも遅れて座る。小さな机の上にアレク用にお茶が出されていた。少女はアレクが落ち着いたのを見計らって、自分の名前を教えてくれた。
「私は巫女のクララと申します。それで他にも何かご用事があるのでは?」
「聖王からも許可は頂いておりますが、最初に聖石の作り方についてお聞きしたいのですが」
「なるほど。その聖人のペンダントをお持ちであれば問題が無いでしょう。聖石は魔石の原石と同じものから作られます。一般には巫女が神から授けて貰っている事になっております」
「はい。それは聞き及びました。具体的にはどうされるのですか?」
「たぶん他の魔石と同じだと思いますが、強く念じることで少しづつ育てていく感覚でしょうか?毎日祈り続けて、大体3日ほどかかります」
「祈り続けて3日もかかるのですか!」
「その間、体から何か大事なものが石に流れていくような感じがして、1つ作るとなぜか生きる気力が少し失われていくのです」
「・・・」
「そのため、巫女は薄命と言われますが実は死んでしまうのではなく、生きる気力が無くなってしまうため、そのような噂になっているかと。600個作るか、酷い状態になると下山させてもらえ、余生は教会で奉仕しながら天命をまっとうする人が多いです。もちろん巫女だったことは秘密ですが、教会の人は気づいている人も多いと聞きます」
「なんと悲惨なのでしょう・・・」
アレクが可哀想な気持ちで少女を見ていたが、もう少女からはかなり生きる気力が減っているのではと思ってしまった。心なしか元気が無いように見えるからだ。
しかし聖石の作り方もアレクが魔石を作る時とあまり変わらなかった。しかし今まで魔石を作って来ても、生きる力というものが無くなっていく気は全然していない。
なにより今なら治療石も1分程度で作れてしまうのだ。
その後も聖泉や聖石について話しを聞いたが、やはり原石は聖泉から突然生まれ、もし無くなった時は教会の人が外から原石を持ってきてくれるらしい。
アレクは聖泉による清浄化についても聞いてみたが、自分の代ではそのような仕事を行ったことは無いということだった。
アレクは先日の魔物討伐で獲得した、穢れた魔石を清浄化したいので、聖泉を利用したというと、すんなり許可をしてくれた。
アレクもこの魔石は普通の物と違うので、聖石作成には利用しないようにお願いした。
アレクは聖泉に向かい、台座から溢れた水が溜まった台座の周りの小さな池の中に、粘土魔力で小さな区切りを作り、普通の原石と混ざらないように、区切りの中に魔物の魔石をすべて入れた。
最後に黒の巨人の魔石をいれようと手に持った時に、石の中の星の数が3つあることに気がついた。
『もしかして星の数が多いほど強力魔物になるんだろうか・・』
アレクは、その星が3つある少し大きい魔石も、区切りの中に入れた。池の中に漂う魔物の魔石達はもう色が少し薄くなっている。ここの聖泉は効果が強いのかもしれない。
アレクはこれで心配事が一つ減り安堵していると、今度は水が溢れ出している台座に興味が出てきた。もし常闇の島と同じであれば、ここには特殊な光る石があるはずだ。アレクは台座の水の吹出口を覗いてみる。台座にはあの血管のような模様もなく、水が吹き出している所にも何もなかった。
アレクは安心したような残念だったような気持ちになりながら、顔を上にあげて大きく息を吐いた時、洞窟の天井に、例の血管のような模様のようなものがみえた。
『あ!・・・』
アレクがその模様の中心を見た瞬間、模様の中心部分が光だしアレクに向かって飛んできた。飛んできた光る石は、アレクの下腹部に激突し吸い込まれるように消えていった。その一連の流れに掛かっていた時間は1秒にも満たず、アレクも何がなんだか分からない内に終わっていた。
しかし1つだけ確信する。
『また光る石が体に埋め込まれた!!』
アレクが聖泉のあたりで大変な目にあっていたのだが、たったの1秒程度のことであり、クララは気が付かずのんびりお茶を飲んでいる。
アレクはすでに4回目の時に達観することにしたが、さすがに今回は光る石が自分から飛んで来たのには、驚きを隠せなかった。
それと同時にこれからの生活の中で、石がいつ飛んできて自分の中に入り込んでくるのか、心配で仕方がなかった。
クララがアレクの様子におかしいことに気が付き「どうされました?」と聞いてくるが、アレクは流石にこの事は話せないので、特に何も無いと言って応接椅子に戻った。
そして魔石を池に入れたので、自分が取りに来るまでは触らないように再度お願いした。
その後、アレクは巫女の所を出て店に戻ることにした。店に戻るとすでに夕方になっていた。
アレクが何気なく店の上の方を見ると、大きな垂れ幕が掛かっている。開店の告知だろうかと文字を読むと「聖人アレクの店。御利益あります」と書いてあった。
アレクは思わず頭を抱えてしまった。確かに聖人の肩書も使って良いとは言ったものの、このような使い方は思いもよらなかったのだ。
アレクはこっそりと裏口から店に入り、2階の自分の部屋で早く寝てしまった。