魔物
翌日早めに朝食を取り、宿に本日出発を伝えると、すぐに馬車で店に向かった。店の裏手は広く馬車が数台は留められるようになっており、そこに馬車を留めて店内に入った。店の中にはすでに、エミーネとセレンが慌ただしく掃除をしている。すでに2週間以上使われていなかった店のため、埃が溜まっていたようだ。
「おはようございます。エミーネ、セレン」
「「おはようアレク!」」
「早速ですが、魔石13種類が3個づつ、但し治療石だけ30個あります」
「す、すごい数だね・・、これだけでひと財産だよ」
「それから、このエトワール商会は、城塞都市とオルドゥク港町にもあります。そこに現状の説明を行って、必要な商品を送ってもらうように早馬で依頼して下さい。その商品の選定は、エミーネさんが街の様子をみて、一番利益が取れそうな商品を選んで下さい」
「わ、わかった。それなら組合の友達にも聞いてみよう」
「セレンさんは、マルティーナと魔石の販売に行って下さい。マルティーナ、悪いんだけどセレンさんと相談しながら販売と手順や帳簿などの対応をお願いできますか?」
「わかった。あたいに任せて!」
「それからマリーとソフィは、新しい剣を3本、装飾の無い大きい盾を9枚。買ってきてもらえますか」
「きゅ、9枚?まあ、わかったわ」
アレクはソフィに金貨2枚ほど渡すと、2人はすぐに出発した。アレクは一人店の裏手に来て、常闇の島で作った、窯つくりを始めた。まわりの土を盛っては圧縮し、盛っては圧縮を繰り返す。あのときよりも圧縮魔力にも慣れてきており、微調整もできるようになっている。
1時間もしないうちに、窯が完成した。気づくと店の方が騒がしくなっている。セレンが外で呼び込みを行い、マルティーナとエミーネが、店内で対応をしているようだ。なかなか良い組み合わせかもしれない。本当であれば高価なものだけに綺麗な木箱を付けてあげたいが、今は準備する時間も無い、皮袋で勘弁してもらおう。
そのあとすぐにマリーとソフィが帰った来た。アレクは武具を受け取ると、ソフィにお客様に魔石を渡す時の皮袋と、何か綺麗な紙袋を買って来てもらうように頼んだ。マリーには店の裏手に来てもらい、窯を見せると、この窯の周りを熱で傷めないように、煉瓦を買ってきてもらうように頼んだ。
また2人が買い物に出かけると、豆火石5倍と、豆水石5倍、豆風石5倍をそれぞれ3つづつ作った。今回は、魔石が小さくなったので、剣の刀身の根本、鍔の上辺りに粘土魔力で3つの穴を作り、3つとも埋め込んだ。取れないように今回は、膠ではなく、魔石を埋め込んだ後、粘土魔力で剣の金属を伸ばして覆いかぶすようにした。一応、魔石がほんのすこしだけ見える程度の穴は空いている。
アレクが心の中で、勝手につけたこの粘土魔力とは、圧縮魔力の発想からの応用である。ようするに圧縮をせずに造形を想像通りに変形させる石の力を、粘土石というか粘土魔力という名前で密かに呼んでいたのだ。寝る前のいつもの訓練のときに、偶然みつけた能力である。
アレクは残り2本にも同じ様に、豆魔石を3つづつ剣に埋め込んだ。出来上がった頃、マリーが戻ってきた。どうやらお店の人と一緒に馬車で煉瓦を運んできたらしい。アレクは代金に少し色を付けるので、組み立てるのを手伝ってもらえないかと、煉瓦のお店の人に頼むと快く引き受けてくれた。
組んでみると人の高さぐらいの壁でも、全部で500個以上の煉瓦を使った。アレクは手伝ってもらったお礼に色を付けて銀貨を支払うと、喜んで帰っていった。余った煉瓦は窯の横に並べてもらっている。その時、丁度ソフィも帰ってきた。
アレクはマリーとソフィに、お店の手伝いをお願いして、自分もお店に入っていった。ソフィは買ってきた皮袋や綺麗な紙袋をエミーネにわたすと、嬉しそうに魔石をそれに入れだした。どうやら魔石を皮袋にいれて、その上で綺麗な紙袋に入れるらしい。
アレクはエミーネに現在の在庫を聞いてみた。
「治療石が残り3つになっちまった」
「え?まだ開店から3時間ぐらいしか経ってませんが・・」
「客は他の魔石には興味がないみたいだな」
「しかし魔石を使いこなすのは難しく、そんなに使える人がいるのでしょうか?」
「たぶん、怪我人が家族にいる人は藁をも掴む心境なんじゃないか」
とりあえずアレクは馬車に戻り、治療石を更に30個作った。今では原石から訓練するのに、1分掛からないほど慣れてきた。アレクは急いで店に来ると、エミーネに渡した。エミーネは「まだ、持ってたのかい!?」と酷く驚いていた。
『魔石だけ売るのは良くなさそうな気がします。何か良い方法を考えないと・・』
アレクは考えながら、また店の裏手に戻ってきた。そのまま窯の前にいくと窯の中の地面を圧縮し非常に固くした。そこに盾を3枚入れ、それらが高熱で溶ける想像をして念じると、盾は真っ赤になって溶け出した。3枚だった盾は1つの塊となる。アレクはそこから丁寧に圧縮魔力と、風魔力を使って冷やしながら、粘土魔力で形を作っていく。
まだまだ細部は甘いものの、普通の盾よりも大きいが薄い盾が出来た。最後に取っ手と豆魔石を入れる場所を作る。薄いと言っても圧縮魔力で薄くしているため、強度は通常のものよりも高く、重さは3倍もある。そこで原石を取り出して豆荷物石を作り出し、盾に嵌めた。
豆魔石をはめた後、盾が浮かない程度に軽くなるように想像し豆魔石に念じて思念を注ぎ込むと、3倍の重さの盾が、普通の盾の5分の1くらいの重さになった。
正直、商業都市の化物には全く意味のない盾だが、炎の攻撃のような重さのない攻撃であれば、軽くて大きいほうが使いやすい。アレクは細部の微調整のために、市販の盾をもう一度よく観察し、微調整を施した。最初の見た目よりもぐっと良くなった。
アレクは残りの6枚を使って、追加で2枚のアレク盾を作り上げる。
盾が作り終わると、また馬車に籠もって治療石を30個作っておいた。治療石を持って店に戻ると、だいぶお客さんの波は落ち着いてきたようだ。アレクはエミーネと相談する。
「1日お店をやってみてどうでしたか?」
「いやアレク、思ったよりも楽しくて自分にもできそうだ」
「よかったです。でもこれからは仕入れや利幅の事もよく考えるようにお願いします」
「わかっているさ、今夜にでもセレンと商品について相談してみるよ」
アレクは今日の売上の内金貨90枚を預かり、残りを今後の運転資金として使ってほしいと伝える。それと追加で治療石を30個渡すと、なにやら呆れられてしまっていた。それと、出来れば今後の従業員の採用時には1人、元教師の人を採用するようにお願いする。エミーネは不思議がっていたが、採用した時に説明すると伝えておいた。
だいぶ客足も落ち着いてきたので、マリーとソフィとマルティーナを店の裏手に呼んだ。
「今回の魔物との戦いでは、マリーとソフィの2人に手伝ってもらいます」
「まてアレク!あたいは駄目なのか!」
「マルティーナも十分に強くなっていますが、剣術の技量的に少し足りません」
「アレク!頼む!あたいにもやらせてくれ!」
「僕は意地悪で言っているわけではありません。マルティーナが心配なのです」
「それは解っている・・、でも、たのむ!」
マルティーナはアレクに深く頭を下げてきた。手も震えている。
「わかりました。ただし、これから行う訓練で成功しなければ1人も連れて行かないかもしれません」
「「「わかった!」」」
アレクは3人に新しい魔法剣を渡し、訓練の説明をした。
「これに炎を這わせて、この硬い煉瓦を切って下さい。1回でそれも縦に切り切った後、左右が同じ大きさになるように、一瞬でお願いします」
3人は交代で煉瓦を切っていく。どうやら炎での魔法剣は3人とも問題ないようだ。次に水を使った魔法剣で試してみる。これは逆にソフィが上手く出来なかった。切れたのだが左右が同じにならない。最後に風の魔法剣を試した。これは全員だめだった。
「とりあえず炎の魔法剣は使えるので3人とも合格としますが、今日の夕食までに練習して3種類とも切れるようにしておいてください」
「やったー!わかったよ、アレク!」
「うう、私がマルティーナに水の魔法剣で負けるなんて・・」
アレクは当面の戦術を3人に説明する。
「国軍による大砲や投石機の後、破壊されて動けない魔物を切り裂き、体から魔石を取り出し、後ろに控えている僕に渡して下さい。予想通りならそれで魔物は動かなくなるはずです」
「「「え?それだけ」」」
「再生するには魔石の近くに元の岩がなければ、再生されないと予想しています」
「「「なるほど」」」
「一番の問題は、一度に沢山の敵に囲まれたらまず死にます。なので国軍の大型兵器で動けなくなった所を、魔法剣で岩の巨人の体を、魔石が出てくるまで切っていく必要があります」
「それで煉瓦で確認したのか」
「一番剣の立つマリーは基本的に二人の援護に回って下さい」
「了解アレクちゃん!」
「それから敵の炎攻撃への対応の為に、3人には盾を準備してあります」
「盾はあたいには厳しい気がするけど・・」
「まあ、もってみてください」
「「「か、軽い!」」」
「商業都市の化物には向きませんが、炎を防ぐだけなら有効です。魔物の炎攻撃の瞬間を掴んで有効に活用してください」
今回は装備を作れなかったが、近い内に装備の勉強をして、装備品も作ろうとアレクは心に誓っていた。すると、店からセレンがアレクを呼びに来た。どうやらスレイマンが来たらしい。
スレイマンはお店の商談用の部屋に通されていた。まだ少し埃っぽい。お茶が無かったので、セレンが急いで買いにいった。アレクは少し遅れて部屋に入ると、挨拶をして席に座った。
「お疲れ様です。スレイマンさん、ご来訪ありがとうございます」
「いや忙しい所、こちらこそすまんな。お店も順調そうでなによりだ」
「エミーネさんががんばってくれていますので安心です」
「ふふ、エミーネも良い仕事を見つけてよかったよ。エミーネの旦那とは友人だったんでな。ちょっと心配だったのさ」
「エミーネさんとは長いんですか?」
「ああ、2人が結婚する前から知り合いだったんで、もう30年ぐらいの付き合いだ」
「それはすごいですね・・」
「まあ、そんなことは今度にして。例の大砲の弾の件だが実費で購入ならいいそうだ。こちらも魔物相手に弾は必要だからな。1弾銀貨5枚だそうだ」
「ありがとうございます。どこにいけば良いですか?」
「その前に、これには条件がある。昨日話したように魔物の調査をお願いしたい」
「なるほど安いわけですね」
「そんな所だ。弾も現地にあるからな」
スレイマンの話では、前線はすでに余裕はなく、王も最悪の案として遷都すら考えているらしい。兵はすでに王の直属軍3万がすべて投入されているということだ。王も前線で指揮を取っている。
今回は普通の戦争のように農民を集めて、数を増やしても意味がなく、常備軍のみだと兵は多くないらしい。そのうえ今回は騎馬隊が巨人に意味がないため、常備軍の主力である騎馬の力も生かせず苦慮しているとの事だ。
「遷都したら王都は蹂躙され、せっかく購入した店の価値が無になりますね」
「王も遷都は望んでいない。ともかく明日お願いできないか?」
「わかりました。戦うことを前提で調査にまいります」
「おお!それはありがたい!明日朝に、この店に迎えにくる」
「了解いたしました」
スレイマンは断られると思っていたのか、嬉しそうに帰っていった。エミーネの友人でもあるし、なるべく彼の希望は叶えたい。店内に戻ると、すでに店は閉店時間になっていた。とりあえずみんなは酒場で打ち上げを兼ねて夕食を取ることにした。
翌日スレイマンがやってきた。実は昨日2階のアレク達の部屋に、まだ寝台が無かったため、店の裏手に天幕を張って野宿になっていた。そのためセレンが朝、店の裏手まで起こしに来てくれたのだ。アレク達は急いで朝食を食べると装備を整えて、スレイマンの馬車に乗って前線に向かった。
数日後、巨大な城壁が近づいてくる、4人は城壁を馬車から見上げながらこんな城壁を超えられる魔物がいるのだろうかと思っていると、馬車は兵が駐屯する城壁の手前についた。数えられないほどの天幕が並んでおり、兵士たちは忙しく走り回っている。
スレイマンはアレク達を馬車から下ろすと、立派な天幕に案内された。そこにはスレイマンの上官である千人長が座っていた。千人長はアレク達を見て訝しげにしていたが、いきなり席を立つと付いてこいと言いながら更に立派で豪華な天幕につれていく。スレイマンも一緒だった。
千人長が天幕の前で挨拶すると、両端にいた兵士が天幕の布をめくって、千人長達が入っていく。アレク達も黙って後ろについて入っていった。中には会議用の机も椅子もなく、正面に1人座っているだけだった。その座っている男が話しかけた。
「よく来た。商業都市の英雄よ。余はアルデバラン王国国王アブラハム・ジャン・アルデバランである」
「お初にお目にかかります。僕の名前はアレク。供の名はマリー、マルティーナ、ソフィでございます。お会いできて光栄に存じます」
「うむ。してその方が商業都市の化物を退治したのは本当か?」
「恐れながら幸運に恵まれ、討ち果たすことができました」
「しかしその方達、どうみてもまだ子供にみえるのじゃが?」
「おっしゃる通りでございます。しかし剣と魔法の才は決して劣るものではありません。ご希望とあらばお見せ致します」
「ほほう!それでは早速見せてもらうとするか!」
アレク達は天幕の前の広場に移動する。アレクがまずは剣が得意な方を1名出して欲しいというと、先程の千人長がやる気を見せ前にでる。アレクはマリーに目配せをすると、マリーが前に出た。スレイマンが木刀を2人にわたすと、千人長が早速切りかかってくる。
マリーはあっさりと躱して、腕を木刀で叩くと千人長の手から木刀が落ちた。スレイマンがニヤニヤしながら「勝負あり」と叫ぶ。スレイマンは千人長が嫌いのようだ。次に豪華な服装にマントをした、将軍らしき人が出てきた。千人長の木刀をひろうと、素早い踏み込みでマリーを攻撃する。体格を活かした力強い攻撃が繰り返されるが、尽くかわされた。
さすがにドミニク元騎士団長と訓練をしたかいがある。体格で負ける相手との戦い方が身についているようだ。それだけでは無くドミニクは以前大陸一と噂されるほどだったのだ。マリーは柔よく剛を制し、将軍の木刀を飛ばすと、スレイマンがすかさず「勝負あり」と叫んだ。
「それでは次に魔法剣をお見せします。マリー、ソフィ、マルティーナ。炎を燃え上げさせるように剣から出して、ただ溶けないように少し時間は短めに」
3人は同時に剣を空に掲げ、剣から刀身の3倍近い炎を出すとすぐに剣を下した。周りからは驚きの声があがった。いつの間にか多くの兵士たちが見物している。
「それでは次は僕の魔法をお見せします」
アレクは腰袋から、見せ魔石を出すと空に向かって、炎を出す想像を念じる。ただし魔石ではなく体の中を頭から意識を回して、石の先から出たようにみせる。炎はアレクも見たことがなかったような、100m近い火柱を作り、まわり一帯の温度をかなり上げた。
アレクはすぐに炎を消して、王にお辞儀をすると、マリー達も一緒にお辞儀をする。周りは唖然としていたが、誰かの拍手をきっかけに怒涛のような拍手が始まった。王もその拍手によって我に還ると、右手を上げる。すると拍手は収まり静寂が訪れた。
「驚いたぞ、英雄よ。まさに剣に魔法の真髄、見せてもらった」
「ありがたきお言葉。感謝の言葉も見つかりません」
「皆のもの!よく聞け!魔物との戦いに勝利を齎す為、英雄が駆けつけた!」
「「「おおおーーーー!」」」
「我らが反抗の時は今を持って始まる!我らに勝利を!」
「「「我らに勝利を!!」」」
耳をつんざく大声援が駐屯地に響き渡る。アレクは黙ってまわりをみると、マリーが嬉しそうにしている。おとぎ話を思い出しているのだろうか。ソフィとマルティーナは少し緊張気味だ。たぶん、思ったより大事に、そして引くに引けない状態に困惑しているのだろう。アレクも同じだった。
以前からそうだったが、派手に自分を売り込んでおいたほうが、のちのち物事が円滑に進むために、今回も派手に対応したが、失敗すると大変な目に遭いそうで、お腹が痛い。しかし流石に慣れても来たので、顔からは笑顔を忘れていない。
王がスレイマンに何かを伝えると、王は天幕の中に戻っていった。スレイマンはアレクの元に来て「ご苦労さま」というと、王は非常に満足されたようだとアレクに説明した。アレクは王に会うなど聞いていなかったと言うと、すまんとだけ言ったが顔は笑っていた。どうやらスレイマンは意図的に黙っていたようだ。確かに王に会うと言えば、アレクは断っていた可能性がある。
「ところで大砲の弾はどこですか?」
「弾?あ、ああ!そうだったな。こっちだ」
スレイマンは大砲の弾の場所に連れて行ってくれた。アレクはスレイマンに、金貨2枚と銀貨50枚を代金としてわたした。スレイマンはその代金を兵站管理長に届けにいった。アレクは大きな弾を圧縮魔力で、原石より少し小さい弾に変えていき、豆荷物石がついたままの銀貨用の腰袋にいれていく。
「おお!やっぱり重くならない!」
袋に入れるまでも重たくて持てないので、荷物魔力で袋に入れていく。50個を素早く終わらせると、スレイマンが戻ってくるのを待っていた。
スレイマンが戻ってくると早速、城壁の上から魔物が見れるところを案内してもらった。アレク達が城壁の上から戦場をみると、城壁の先に人防柵を作っている兵士たちがいる。人防柵を魔物が燃やそうとした所に、城壁の上から大砲で魔物に当てて、動かなくなった時に人防柵をもう一度作り直しているようだ。
スレイマンの話では1週間前からは、兵士は戦わず人防柵作りしかしていないらしい。以前は戦闘していたが、戦っても傷も付けられないため柵作り専任になっているようだ。それで兵の負傷が随分と減ったらしい。また命中率の悪い投石機は今はもう使われていない。
確かにこれでは戦場は膠着したままだ。これを数ヶ月も続けてきた気力には称賛するべきものがある。アレクは魔物をじっくり観察する。岩の巨人という情報に間違いはない。大きさはおよそ3mぐらいだろうか。気になったのは顔らしきものがあることだ。過去に遭遇した、木の化物や熊の化物に顔は無かった。
歩く速度は人より少し遅いぐらい。走ることはなさそうだ。岩の巨人だけあって、腕の破壊力は凄そうだ。商業都市の熊の化物以上かもしれない。そのうえ、口らしき所から火を吹く。火は4mぐらいまで届くかなり大きな炎だ。ただ今回作った盾で炎だけなら防御できるだろう。
そして一番の、数よりも本当の問題なのが、本当に魔石が巨人の体内に存在し、それを取り出し隔離することで、退治できるのかということだ。この大前提が崩れるとそもそも倒せる方法がない。アレクはスレイマンに聞いてみた。
「スレイマンさん、1匹でも倒せたことはあるんですか?」
「一応、あるんだがなぜ倒れたのか誰もわからないんだよ」
スレイマンの言葉に、アレクは少し安心した。倒せない敵では無いのだ。ただその条件がわからないだけで。倒したのは大砲か投石機のはずだ。ということは魔石か、それに準ずる核が存在する可能性が高い。アレクはスレイマンに実験を申し出た。
「大砲で壊した巨人の近くに行きたいのですが?」
「うーん、そうだな。壁に沿って前線に行って、大砲を撃ったら駆けつけるのが良さそうだ。味方の大砲隊には一応、誤射しないように伝えるが、再生するので注意はしてくれ」
「ありがとうございます。それでは早速お願いします」
アレクは早速砦の門から城壁の外側の前線に出た。壁際を歩きだすと、そこには人防柵が壊された時の修理をする工兵の人々と資材が大量に準備され、砲撃の音に合わせて、工兵達が飛び出していっている。
多くの工兵が並んでいる壁際を、暫く歩き、岩の巨人達の一番端に到着した。背中の城壁の上から大砲が撃たれた音がする。数秒後、数百m先の巨人が大砲に撃たれ、砕かれて地面に散らばっていく。
「皆!あの壊れた巨人を魔法剣で切り刻んで、魔石を探して!」
3人は飛び出すように巨人の所に走って向かい、次々と大きな岩を切っていく。アレクは魔法剣で、巨人が切れたことに安堵していた。3人はザクザクと切り刻んでいくが、魔石が見当たらない。
「切り刻むのは、頭と胴体だけでいいよ!」
マリーが頭を切り刻んでいると、頭の中心のあたりに魔石が埋まっていた。マリーは急いで拾い上げると、アレクに投げた。アレクは3人に急いで戻ってきてと言うと、皆アレクの側にすぐに戻ってきた。アレクは魔石を見る。常闇の島でみた、化物の石にそっくりだが、この石の中には光る星が2つある。1つは黒く緑色に光っている星と赤く光っている星がある。
アレクは壊れた巨人を見るが再生してこない。やはり化物と同じで魔石が核だと判明した。アレクはもう少し証明を得たいと考え、マリー達に頼むと大砲が破壊した巨人に3人が飛び込んでいき、また同じ様に魔石を取り出しアレクに投げる。それを5回も繰り返したが、5体とも再生してこなかった。
せっかくなので、このまま暫く狩り続けることにした。その方が結果的に兵士たちの命が多く助かるからだ。アレク達は巨人から魔石から奪っていくが、そのうち、3人が大砲を受けてない巨人とも戦い始めてしまった。たぶん地味な作業に飽きてしまったんだろう。
最初にマリーが行った流れ<炎は盾でよけ両腕を回避しながら、足を切り落として巨人を低くしてから、首を切り落とし細切りにして、魔石を取り出しアレクに投げる>を3人は上手に身に付けたようだ。どうやら巨人の腕は伸縮せず、動きも遅い。
それでも時々、マルティーナの所だけ何度か危なくなったので、先程作った豆大砲弾を飛ばして危機を回避する。豆大砲弾の威力は凄まじく、普通の大砲の5倍以上の威力はありそうだ。これを全力で飛ばしたら、大変なことになるだろう。
暫くするとマルティーナも1人で十分にこなせるようになっていた。結果だけ見れば、あんなに心配したのが馬鹿らしく思える。しかし「入念な準備が勝利を呼び寄せる」「戦う前に結果は出ている」を座右の銘にしているアレクは結果に納得していた。
気がつくと、岩の巨人をすべて狩ってしまっていた。大きめの魔石袋が一杯になっている。たぶん魔物の魔石は100個ぐらいありそうだ。いくらなんでも早すぎる気がする。すでに1時間ほど経過しているので平均1体2分。恐ろしい女の子達だ。
いやこれは、魔法剣のお陰だろう。剣の達人が魔法剣を使ったらもっと早いと思える。1撃で魔石が取れれば1匹3秒でも不可能ではないからだ。
今回は岩の巨人の数が心配点だったが、人防柵によって巨人が横に広がっており、アレク達はその端から倒していったために、1度に対処する巨人が常に1-2体だったことが幸いした。ようするに細長い各個撃破陣だったのだ。人間相手であれば指揮官によって隊列が変更されるが、魔物は連携しなかった。
とりあえず戦闘は終わったので、打ち出した豆大砲弾を回収し、ついでに一帯に落ちている大砲弾も少しだけ豆大砲弾にして拾っておいた。もちろん魔物の魔石は再生が不安だったので、遠く離れた場所に袋を置いてある。弾拾いの後、魔物の魔石袋を持って城壁の内側に戻った。
なぜか兵士たちが砦の門の所から整列している。アレクは商業都市の馬車のお店を思い出していた。スレイマンが城壁から降りてきて、アレクに大声で話しかける。
「信じられねえ!!俺は本物の英雄に会ったのか!」
アレクは兵士たちの大声援の中、王の天幕に向かった。