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喪失

翌日朝食を済ませた後、宿の受付に今日街を出ることを伝えた。その時スピカ村への道を聞くと受付の女性は、何とも言えない暗い顔になっていた。教えてくれた道は簡単だったが受付の女性の顔が気になった。


アレクは新しく増えたソフィと4人で、スピカ村に向かう。最初に橋を渡ったあとは、馬車なら2時間くらいの距離のはずだ。橋を渡った後は川沿いのススキが茂る川辺りを横目に、馬車を走らせる。アレクは去年の今頃、ここをクロエと裸足で歩き続けた事を思い出していた。


アレクが御者台で馬車を歩かせていると、後ろから姦しい3人の女の子の声が聞こえる。一番小さいはずのソフィの声がなぜか一番大きい。聞こえる話は剣術や騎士のことばかりで、とても10代の女の子の会話に思えないが、本人達が楽しんで話しているのであれば良いのだろう。


暫くすると遠くに大きな木が見えてきた。あの時、夜中に見たあの大きな木は、昼間にみると優しげで、全く違う印象なのに驚いた。木の下に到着すると、以前見たままの道標がある。アレクは馬車を留めて、ちょっと用足しにといって、ススキをかき分け宝剣を埋めた場所に行く。


埋めた場所は、あの時のままだった。アレクは丁寧に掘り起こすと、残念ながら宝剣は錆びだらけだった。アレクは右手で宝剣を持ち振ってみる。去年よりも力がついており、思ったよりも軽く振れる。ふと宝剣の刀身の根元あたりの派手な装飾だった所の中に、見慣れた輝きの石が埋まっている。


「まさか、宝剣にあの光る石が!?」


アレクは宝剣の光る石を見て、クジラの中で最初に光る石を見つけた時に、その光に見覚えがあった理由が判明した。それは小さい時から見ていた宝剣の光る石の光だったのだ。


錆びた宝剣のそこだけが、綺麗に輝いている。アレクは右手で宝剣をしっかりと抑えながら、光る石を左手のひらで押し込んで取り出そうとしてみる。しかし、かなり固く埋め込まれている。アレクは更に気合を入れて押し込むと、ガクッっと石が抜けたような感覚が伝わってきた。


アレクは石があったところを見ると、石の形のとおりに宝剣に穴が空いている。取れたのだ。アレクは地面を探してみるが見当たらない。突然ひらめいたように左の手を見ると、今度は手のひらの内側の親指の根本あたりに、小さく輝くものが見えている。


「・・ああ、やっぱり・・。そんな気はしていました」


アレクは自分の体に4つ目の石が埋め込まれて、完全に開き直っていた。将来100個ぐらい埋め込まれて最後は自分が石になるのかもしれないと思っていた。アレクはそんな事を考えながら、宝剣を持って馬車に戻った。ソフィに宝剣を取ってきたと言って渡すと、驚きのあまり声を上げていた。


「あああーー!宝剣がーーーー!」


ソフィはひとしきり絶叫すると「ま、もう国も無いししょうがないか」と言って、物入れの中に投げ込んだ。恐ろしいほどの切り替えの良さだ。


「大事なのは宝剣じゃなくて、アレクだからね」


それからしばらくして、アレク達はスピカ村に到着した。そこは無人の廃墟だった。しかも到るところに人骨が転がっている。あの事件のあと誰もこの村の遺体を弔ってくれなかったのだろう。アレクはあまりにも見ていられず、その場をすぐに立ち去った。


アレクは暗い気持ちで、御者台で馬車を歩かせていると、ソフィがやってきてアレクを抱きしめる。


「世の中は辛いことも多いけど、いいこともあるでしょ?」

「・・そうだね」

「今はクロエの救出のことだけを考えましょう」


「アレクちゃん、がんばろう!」

「みんな仲間だ、わすれるな!」


2人も馬車の窓を開けて、応援してくれた。



5日後、ついにずっと願ってやまなかったオルドゥクの港町に到着した。街の入口でいつものように商業手形を使って中に入り、街には1つしかないという宿屋に入った。いつものように4人部屋を借りて部屋入ると、今後の計画を皆で話し合った。


「まず最初に娼館の調査ですが、僕らではまともな調査は難しいです。女子供ですし。そこでドミトリが丁稚奉公に出ていたというお店の、彼と仲が良かったジェマルに会ってみようと思っています」

「私達も?」

「3人には街にある井戸のあたりに集まってくる、女性達に聞き込みをお願いしたいです。特に1年前にスノークから来た娼婦または奴隷についてですね」

「「「了解!」」」

「夕方にはまた、この部屋で合流しましょう」


4人はそれぞれの調査に向かう。アレクは聞いていたチャクマフ武具店というのを探したが、恐ろしいことに、この街には<チャクマフ>という名前の店が沢山あった。チャクマフ小麦店、チャクマフ装飾店、チャクマフ服飾店、チャクマフ魔石店など。なぜ同じ名前なのかはよくわからないが、もし同一人物の店だとすれば、大変な大商人だ。


アレクはやっとの思いで、チャクマフ武具店を見つけ、中に入る。小さい店だが商品は綺麗にされている。1人の店員が近づいてきた。


「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」

「すみません、ジェマルさんいらっしゃいますか?」

「へ?私ですが?」


アレクは自分がドミトリの友人で、困った時はジェマルに頼れと言われたと伝える。


「あのやろう・・、適当なこといいやがって!」

「お力をお借りすることはできませんか?」

「内容によるな。店の終わる時間にもう一度来い」

「ありがとうございます」


アレクは夕方の店が終わる時間まで、他の店に回ってみようと思っていた。最初は魔石店だ。小さな魔石店にくると、アレクは早速火石などの価格を見た。銀貨32枚。近くを見ると治療石もある、ここも金貨1枚だ。店の人に原石を聞くと単価は銀貨1枚で15個あるというので、全部購入した。


魔石店の後は、何かドミトリのお店に置けそうなものはないか探してみた。工芸店、宝飾店、金物店といろいろ回ってみたものの、いまいち心に響かない。


アレクはそろそろ閉店の時間が近いと思って、ジェマルの店に行った。ちょうどジェマルが戸締まりをしているところだった。


「ひとりでお店をされているんですか?」

「いつもは店長もいるが、今日はチャクマフさんの所に月の報告に行ってるからな」

「やっぱり、この沢山あるチャクマフの名前は人の名前だったんですね」

「ああ、このまち一番の大商人さ、俺もいつかはああなりてえよ」


アレクとジェマルは話しながら、人通りの少ない空き地に来ていた。


「さて、どんな協力だい?」

「1年前のスノーク滅亡時に、奴隷として娼館に売られた女の子を探しています」

「おいおい、何十人といるんだぞ?」

「顔を見れば分かるのですが・・・」

「うーん、お前金あるか?」

「どのくらいですか?」

「とりあえず、銀貨40枚ぐらいあれば大丈夫だろう」

「あります」

「おっと、その子の年齢は?」

「今は7歳かと」

「うーん・・・・厳しいがやってみるか、とりあえず金あるか見せてみろ」


アレクは銀貨袋を見せた。60枚ぐらいは入っていそうだ。ジェマルはそれをみて、それじゃ行ってみるぞと、2人は娼館に向かった。


娼館の入り口で、アレクが子供すぎるとクレームを付けてきた店員がいたが、ジェマルが「こいつはもう15歳だ」というと、静かに下がっていった。娼館の入り口には赤い絹のような長い布が掛けられており、そこを潜って中にはいると、真っ赤な照明に真っ赤な布、裸のような透けて見える服を着た女性が歩き回っている。


驚くべき事にまだ夕方だと言うのに、かなりの人がいる。ジェマルは店員に個室を準備してくれというと、奥の方に案内された。丸い部屋には壁一面が椅子になっており、部屋の真ん中はまるで小さな舞台のように見える。


ジェマルが店員がいなくなった隙を狙って、アレクに話しかけてきた。


「(これから店中の女を呼ぶ、1回女を入れ替えるのに銀貨1枚かかる。それと、もしその子を見つけても騒ぐなよ。指名して一緒に遊んでいるようにみせるんだ)」


アレクは思ったよりも、ジェマルが切れることに驚いた。すぐに、店の人が女の子というか年配の女性を5人ほど連れてきた。ジェマルは勝手にアレクの銀袋から1枚を店員にわたすと、次の女を連れてくる、さっきよりは若い気がするがいわゆる中年の女性だ。


その後も、ジェマルは銀貨1枚を払っては、女を入れ替えていくと女達の年齢が徐々に若くなっていく。10回ほど繰り返されると、最後の女の子たちはどうみても十代前半の子になっていた。ジェマルにお店の人がこれ以上はおりませんというと、お店の人に銀貨を3枚ほど渡し、なにやら話し込んだ後、もう一度呼んでもらうことになった。


しかし次に連れてこられた子は、服装もみすぼらしく、いままで見てきた豪華な服装に、派手な化粧ではない。どの子もかなり小さい。たぶん8歳以下は店に出れずに、こうやって下働きをしているんだろう。4人ほどが来たがアレクはジェマルを見て首を横に振った。


ジェマルは「今日は気分が乗らねえ、また来るよ」といいながら、2人は結局遊びもせずに娼館を出た。たぶんジェマルも昔は散々通った口だろう。


「悪いなアレク。無駄金になっちまった。ただこの街の娼館はあそこだけだ」

「いえ、ありがとうございました」

「また困ったことがあったら相談しろよ」

「よろしくおねがいします」


2人は簡単な別れの挨拶をすませ、アレクは宿に帰っていった。


「おそいー!アレクちゃん!お腹へったよー」

「「遅いよアレク!」」


思ったよりも時間が遅くなってしまったらしい、急いで宿の1階の食堂に向かった。3人はメニューのすべてを頼むような勢いで注文していく。まるで暴れ馬のような迫力だ。しばらくしてお腹に満腹になると、やっと3人は落ち着いたようだ。


「それで、私達が集めた情報はねー」


 ・1年前に連れてこられた女の奴隷はみんな娼館にいる。

 ・男の奴隷はみんな船で送られたが嵐にあって全員死亡。

 ・その後、娼館で何人か病気で死んだ子がいる。

 ・奴隷商人のフズルは傭兵と金の払いで揉めて殺された。

 ・チャクマフがこの街の店全部を息子に譲った。


アレクはみんなの情報に感謝を伝える。アレクはジェマルに会って娼館にいって、すべての女性の顔を確認してきたと伝えると、マルティーナを筆頭に女性陣の反応が悪かった。しかしこれらの情報を集めると、残念ながら病気で死んでしまった可能性が濃厚だ。


アレクが皆の情報から、妹のクロエは病気で死んでしまった可能性が大きいことを伝えると、さすがに声を掛けられず、皆静かになってしまった。4人は2階の部屋に戻ると何も話さずに寝てしまった。



翌日4人で朝食を取ると、アレクだけ別行動をすることにした。3人はアレクの心情を考え、別行動を了承し、また夕方に宿に戻ることを約束して一時解散となった。アレクはひとり桟橋の方に歩いていく。


アレクは思った。去年ここから自分が奴隷船に乗ったことを。

アレクは思った。彼女が病気の時に自分が一緒にいてやれなかったことを。

アレクは思った。自分が盗賊を倒せるほど強ければクロエの人生は変わっていたことを。

アレクは思った。これから自分はクロエがいない世界でどうするのかを。


すべては過去。今のアレクにはすべてが遅すぎて取り返しがつかない。アレクは一人桟橋の上で膝を抱え、海を見ながら自分の力のなさを嘆いていた。


「クロエ・・・これから僕はどうすればいい・・・」


奴隷船の時から、アレクの生きる原動力はいつかクロエを助けに行くというものだった。そのアレクの心の大半を占めていた生きる動機が無くなってしまったのだ。


アレクが桟橋に座っていると、後ろからアレクを呼ぶ声が聞こえてきた。マリー達の3人だった。


「アレクちゃん、ここにいたんだ!この街に占い師がいるって聞いてきたよ!」

「駄目かもしれないけど、クロエの事占ってもらったら?」

「あんたが元気無いのは辛いからさ、諦めるなよ」


きっと3人でいろいろ考えたのだろう。占い師など信じるアレクではなかったが、皆の気もちが嬉しかった。彼女たちも占い師の結果が当てにならないことは解っているだろう。でもアレクの望みが少しでも繋がれば、きっとアレクは元気を取り戻すと思っているのかもしれない。


『みんなごめんなさい。クロエだけじゃない、今は皆も大事なのに放おっておいてしまって・・』


しかしよりにもよって、占い師とは。アレクは思わず苦笑いをしてしまった。3人に連れられて占い師の館に来た。アレク達は占い師の前に座ると、占い師の前に光る石が置いてあった。しかしのその光る石は今まで見た光る石よりも遥かに大きく、黒い光を放っている。


『まさか、こんな魔石があるなんて・・・』


アレクの興味は占い師よりも、置かれている大きな魔石に吸い寄せられていた。すると占い師がゆっくりと話し出す。


「聞きたいことは何か?」


アレクは占い師の言葉で自分を取り戻すと、言葉を選んで質問をする。


「去年この街にいた、クロエ・スノークという当時6歳の女の子の行方です」


占い師は妹の名前を何度も繰り返しながら、魔石を擦りだす。すると魔石から黒い煙のようなものが、地面に流れていき、また地面から帰ってくるように見える。そして占い師はゆっくりと話しだした。


「その子は、この大陸のどこかで生きている・・」

「ほ!ほんとうですか!」


アレクはつい先程まで、占いなど信じていなかったが、クロエが生きていると聞いて、占いを信じ始めていた。


「詳しい場所はわかりませんか?」

「わからぬ・・」


アレクは占い師に感謝を告げ、代金を支払うと占い師の館を出た。


「アレクちゃん!よかったね!まだクロエちゃん生きてるって!」

「アレク、諦めたらそこで終わりだよ、諦めちゃ駄目!」

「元気でたか?まだやり残しはある」


アレクはさっき迄の自分の気持ちとは全く違う、生きる力が湧き上がってきていた。


『そうだ。もしかしたら僕のように奇跡が重なって生きているのかもしれない。こうなったらこの大陸だけじゃなく、世界を回り切るまで諦めないぞ!』


アレクの目に力強さが戻ってくると、3人にも笑顔が戻ってきていた。やはりかなり心配させていたみたいだ。アレクは心配させたお詫びに夕飯は好きなだけ食べてくださいと言うと、大歓声が上がっていた。



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