拠点
夕食には、辺境伯の妻のナタリアも同席した。どうやらアレクの事は辺境伯やエカテリーナから色々聞いていたようで、話がしたくてしかたない様子だった。夕食はナタリアとエカテリーナがほとんど食べる時と、息をする以外ずっと話しているような状態だった。さすがの辺境伯も苦笑い気味だ。
アレク達は食事をしたはずなのに、なぜか疲れ切って自分の部屋に戻っていた。すると扉が叩かれ執事が入ってきた。
「店舗に関する調査が終わりました」
「え?もうですか?」
「はい。すでに候補も抑えておきました」
アレクはその執事の仕事の速さにびっくりしていた。まだ数時間しか経っていないのだ。アレクは詳しく話を聞いた。
「通常、店舗の売買はほとんど行われていません。空きの土地が無いためです」
「え?」
「しかし、ロマノフ家御用達の高級服飾店が店を売ってくれることになりました。彼らは売上の殆どをロマノフ家に頼っているため、逆に店舗を必要としないことを説明し、定期的に城に商品を見せに来る事を許可すると、納得して頂きました」
「・・・」
「そのため一等地に店舗を抑えられました。また内装はそのまま利用できます。どのような商品を扱われるかによりますが、店舗什器もそのまま利用できる高級な物です」
「・・・」
「次に商業組合にも一言連絡しておきました。重要な情報などは優先して伝えて頂けるということです。また組合主催の競売などでも、優先的に交渉権を与えてもらえることになりました。」
「・・・」
「次にロマノフ辺境伯領及びその門閥貴族の領地における自由商業権を、辺境伯様から頂きました。これによって税金が通常の半分になり、各都市の入市税が免除になります。現在その権利を証明する金属製の携帯証書をアレク様のお店の名前で作れるように準備してあります」
「・・・」
「次に・・・」
「あ!あの、詳しくは明日城に来るドミトリ達と一緒の時に報告して頂ければ結構です」
「かしこまりました。それでは失礼させて頂きます」
執事が出ていくと、アレクはとんでもないことになったと感じていた。その高級服飾店の人が怒っていない事を祈るしか無かった。アレクは思ったよりも店舗が早く立ち上がりそうなので、一晩掛けて魔石の作成を行った。ただ今回は普通の魔石だけではなく、2倍の魔石も1つづつ入れた。また品揃えが必要と考えたので、過去にみた13種類の魔石すべてを最低3個づつ作成しておいた。
翌朝の朝食は6人だった。さすがに昨日の夕食の件で辺境伯がナタリアに注意したのだろう。今日の口数はかなり減っていた。辺境伯が出発は昼なので、それまでにプラトーノフ子爵に見せた、マリーの魔法剣が見たいと行ってきた。アレクはマリーを見るとやる気満々だったので、快諾した。
食事が終わり、中庭に移動するとマリーは早速、剣を構えて炎を出した。するとなぜか、以前出した炎よりも更に大きくなっていた。離れているにも関わらず熱風が見ている人たちに襲いかかる。マリーはすぐさま炎を消すが、辺境伯とナタリアなど初めて見る人は驚きのあまり口が空いたままだった。
「マ、マリーちゃん・・凄いのね・・」
「凄まじいな・・マリーくんは熱くないのか?」
「もちろん、熱いよー。でも普段は炎を圧縮して刃先にだけ纏わせるから大丈夫なんだ」
「あれ?マリー、ちょっと剣みせて?」
アレクがマリーの剣を見ると、刃先どころか刀身まで熱で少し溶け出している。これでは普通に切れ味が落ちているはずだ。魔法剣に使う金属に特別なものが必要そうだ。
「マリー、剣が溶けてるよ・・・」
「あーーー!ほんとだ!どうしよう!」
するとロマノフ辺境伯が、熱に強いと言われる金属の話をしてきた。
「熱に強い竜鉱石から作る剣は、熱に強いと聞いたことがあるが、実際に実物は見たことがない。人によってはそんな金属は無いという者もいるが・・」
どうやら伝説級の金属になってしまうようだ。何か溶けない工夫が必要かもしれない。
ロマノフ辺境伯とエカテリーナはそろそろ出発するというので、一緒に馬車の所まで行き見送りをした。さすがに警備の騎士達は精悍で20名以上の大所帯だ。これなら野盗も近づいてこないだろう。
2人の見送りが終わったあと、アレク達3人が応接室でお茶をしていると、ドミトリとミハイルが訪問してきたことを、執事が知らせてきた。2人はメイドに連れられて周りをキョロキョロしながら、応接室に入ってきた。
「あ、ドミトリ。時間通りですね」
「ああ、アレク・・様、かな?本当にロマノフ辺境伯と繋がりがあるとは思わなかったよ・・」
「紹介します。この執事の方がこれから店舗の事を教えてくださる方です」
「はじめまして。ご紹介に預かりました。執事のセバステヤンです」
「よ、よろしく」
「それでは、現状の説明をおねがいできますか?」
「承知致しました」
執事のセバステヤンは、昨日アレクに話しをした内容と、今日新たに準備された内容の説明を行った。ドミトリ達はたったの1日で、お店の準備ができてしまったことに驚いていた。もちろんアレクもかなり驚いている。
「それではアレク様、お店の名前を決めて頂けますか?」
「え?そ、そうですね・・、エトワールにしましょう」
「紋章はどのようなものに致しますか?」
アレクはスノークの紋章だった菱形の中に十字があるものを基本に、魔石を商売にするので、菱形のそれぞれの角と、中の十字の中心に、それぞれ魔石のような玉を付けたものを執事に伝えると、メイドはそれを聞いて、外に出ていった。
アレクは滅んでしまったスノークの欠片でもこの世界に残ってほしいという、彼の小さな我儘だった。その後、執事は店舗の所有権移転の証書をアレクに渡し、アレクは内容を一読してから、署名をする。どうやら、この場で購入が決まったようだ。金額を見ると金貨95枚だった。
アレクはぎりぎり白金貨1枚で足りたことに安堵し、執事に白金貨を1枚渡し、お釣りの金貨5枚を貰った。すると、ドミトリとミハイルが驚愕の表情でアレクをみていた。
「お、おいアレク様・・」
「ドミトリ、もう仲間なんだからアレクと呼んでもらえませんか?」
「あ、ああ、アレク・・金貨95枚だぞ?それを躊躇もなしで、払うとは・・・」
「払わないと店舗を買えませんよ?」
「お前は何者なんだ・・・」
「?・・説明したと思いますが旅商です」
「そんなに金があったら遊んで暮らせるだろう」
「そんなことはないと思います。それに働かざる者食うべからずです」
執事が書類の確認を終えて、アレクに報告してきた。
「アレク様。これでお店の準備は完了です。すでにお店の方は午前中に、前所有者の荷物の搬出が終わっているはずですので、見に行かれますか?」
「わかりました。ドミトリ達の部屋の件もありますし、使えるなら早速使いましょう」
執事はアレクの指示を聞くと、メイドに馬車の用意をさせ、皆で現地のお店にいくことになった。馬車が現地に到着すると、少し遅れていたらしく前所有者の荷物の搬出作業がおわった所だった。高級服飾店の主人らしき人が執事を見かけると、丁寧に挨拶して出発していった。
アレク達もドミトリ達もお店の前で唖然とした。お店が恐ろしく大きいのだ。この街の中心を貫くように作られた大きな道に面しており、お店としてはこれ以上の立地は無い上、店の横幅が100mはある。建物の真ん中にこれも大きな両開の高級感ある扉があり、その扉の上には通りに馬車を留めて店に入る時に、濡れないよう真っ赤な布の屋根が付いている。
扉以外の場所には巨大な硝子が何箇所も貼られており、そこには頑丈な金属で出来た柵のような窓枠も一緒についていて、硝子を割って盗難や侵入ができないようになっている。硝子の中はいろいろな商品を並べて展示できる空間があった。その上、この店は4階もある高層店なのだ。2階までは珍しくもないが4階というのは、この通りではここしかない。
アレク達は、驚くやら呆気に取られたやらで、足元もままならぬまま、店の中に入ると更に驚いた。天井が高い上、豪華な装飾が施された、蝋燭が沢山付けられる集合灯が天井から吊り下げられていた。そのうえ、商品の陳列棚は高級木材を使っているらしく、非常に高級感がある。店の裏手にまわってみると、馬車置き場があり、馬車が10台以上は留められそうだ。他にも使用人の為の住居や井戸や厩舎、なんでも揃っていた。
アレクがこれはあまりにも高級店すぎるような気がして、ドミトリに謝ると意外な答えが帰ってきた。
「アレク最高だよ!これだけの武器を使って、やつらに勝てないはずは無い!」
ドミトリは最初はその店の姿に驚いていたが、その店の持つ可能性に気が付きやる気を見せていた。アレクはドミトリが良いなら問題は無いと考え、今日からここの3階に住むように伝える。4階にはアレク達の部屋を割り当てる予定だ。
それから、2階にある商談室でドミトリに今後の店舗運営について聞いてみた。
「俺が得意としているのは武具だ。色々な街の鍛冶職人に伝手がある。それにロマノフ領は他国に面していることもあり、潜在的な需要も高い。そのうえアルデバランがきな臭いしな。あとはこの立地なら金属をつかった工芸品もいけそうだ。」
「僕の方も魔石があります。定期的に持ってきますので、これも商品に加えてもらえますか」
「おお!魔石か!何個ぐらいあるんだ?」
アレクは魔石の入った袋を渡す。それと同時に、2倍の効果がる魔石についても説明をした。
「すごい数だ・・、それに2倍の効果の魔石だと!?そんなもの聞いたこともないぞ!」
「価格については自由に決めていただいて結構ですが、2倍の魔石は特別なものなので最初は展示のみとして、適正な価格が見えてきたら販売してください」
「ククク、承知した!おもしろくなってきた」
アレクは最初の運転資金と仕入れの費用として、金貨20枚ほどを渡しておいた。ドミトリはまた驚いていたが、これで最初はなんとかしてもらおう。早速知り合いの旅商に連絡をとって、仕入れを行うと言っていた。アレクは出来れば原石も調達しておいてほしいと頼む。ドミトリは不思議な顔をしていたが、アレクの知り合いに魔石を作れる人間がいると言うと、納得してくれた。
今できる準備は終わったので、ドミトリ達を残しアレク達だけ館に戻った。とりあえずドミトリ達に家と仕事を渡したので、これ以上アレク達にできることはない。できることは旅商として、魔石や何か他では売っていない独自商品を探してくることだ。
アレクはついに自分の家?を持てたことに深い感動を得ていた。これでクロエの帰れる場所ができたのだ。ドミトリ達を利用するような部分もあるが、どちらかといえば持ちつ持たれつと言った表現の方が適切だろう。彼らもアレクのお金とコネでまた商売ができるのだから。
アレク達は館に戻ると、ドミトリの話で出てきた鍛冶師という単語で、マリーの剣の修理の事を思い出していた。執事にこの都市で一番腕が立つという鍛冶職人について訪ねてみると、どうやら職人街の外れに、気難しいが才能がある鍛冶職人がいる事を教えてもらった。しかし、中々会っても貰えず、受注も気まぐれということなので、執事としては鍛冶の仕事がある場合は、他の鍛冶師に頼むことが多いらしい。
アレクは明日この都市の鍛冶師の所に行ってみることにした。
翌日鍛冶師の所に3人で訪れ、入り口で扉を叩いてみるが反応が無い。アレクは何度か叩いてみるが無反応だった。しかたなく、建物の裏手に回ってみることにした。するとそこには50歳前後の男がなにやら剣の試し切りをしていた。
「やはり、無理なのか・・・・・」
男は独り言をブツブツと呟いては、横に置かれた丸太を剣で切っていた。そもそも剣では普通丸太は切れない。アレクは何をしているのか興味がわき、男にたずねてみた。
「すみません、丸太は剣では切れないと思うのですが、何をされているんですか?」
男はアレクを見ると、また近所の子供が来たのだろうと思い、がっくりと肩を落としながら、アレクの質問に答えてくれた。意外と子供には優しいのかもしれない。
「普通は切れんよ。しかし木の化物を切るために、恩のある武器商人から木を切れる武器を頼まれているんじゃ」
「魔法剣なら切れるのではないですか?」
「はっ!魔法剣なんぞ剣から火が出るだけの見世物じゃよ!」
「このマリーなら、魔法剣で木が切れますよ?」
「・・・・」
男は今までの興味がなさそうな態度が一変し、木が切れるという言葉に強く反応した。アレクはマリーに向かって頷くと、マリーは自分の剣を取り出し、置かれていた丸太をあっさりと切断した。
「ば、ばかな・・・、すまん、その剣を見せてくれ!」
男はマリーに拝み込み、マリーの剣を見せてもらった。その剣は刃元に不器用に魔石が埋め込まれ、刃の部分は溶けて鋭さを失っている。男に言わせれば三流以下の剣と言わせるほどの、不格好な剣だった。しかしその三流以下の剣が丸太をあっさりと切断したのだ。
さすがに丸太となると、炎を吹き上げさせて切ろうとしても駄目だろう。それでも枝ぐらいは容易く切れるようになる。しかし刃に炎を高温で這わせる形にすると切れ味は爆発的に良くなる。
「改めまして。僕はアレクと申します」
「あ、ああ。わしはダダンじゃ。見ての通りの鍛冶師じゃ」
「こっちがマリーで、こっちがマルティーナです」
「爺ちゃん宜しくねー!」
「よろしく」
「・・・まだ爺ちゃんではない。ダダンと呼べ」
「わかったよ!ダダン爺」
「・・・」
アレクはここに来た目的が、この溶け出した剣の修理を依頼したいという事を相手に伝えると、いきなり難しい顔になった。
「わしの予想じゃが、この剣を打ち直し研いで鋭さを出しても、また同じ様に溶けてしまうじゃろう」
「それでは、やはり竜鉱石でしょうか?」
「ほう、竜鉱石を知っておるとは。しかし駄目じゃな。まず竜鉱石が手に入らず、入っても溶かせん」
「溶かせない?」
「鉄ならば普通の溶鉱炉で良いのじゃが、竜鉱石だと鉄の3倍の温度が必要になるらしい。そんな溶鉱炉は聞いたことも無い。まあ必要が無いから存在しないのじゃろうが」
アレクは自分の魔石の炎ならその温度も出せそうな気がする。しかし竜鉱石が無い。その後いろいろな話をダダンと話しをしたものの、結局、治してもすぐに溶けてしまうことから、修理はあきらめた。そのかわり竜鉱石ほどではないが金剛石という宝石でも熱には耐えられるという話を聞いた。
ただ剣の形にするのが出来ず加工もできないらしい。そもそも剣ほどの大きさの金剛石はほとんど存在しないらしい。アレクは金剛石でも駄目と聞き、大きく落胆すると折角来たのだから、とりあえず新しい店の情報としてドミトリの名前と店の紹介だけはしておいた。
その後、アレクはダダンに相談に乗ってもらった感謝を伝えると、ダダンの工房を出た。アレクは館に帰りながら、マリー達と剣の事について相談していた。
「たぶん、マルティーナの剣も数を使えば、溶けてくると思ってます。2人の意見を聞かせてください」
「しょうがないんじゃない?アレクちゃん。本当に駄目になったらまた買うしかないなー」
「とりあえず、刃として利用するときは小刀を使うように2本持ってはどうですか?」
「なるほど。ちょっとかさ張りますが良いかもしれませんね」
3人はそのまま武器の店に行き、手頃な小刀を3本購入しそれぞれが持つことになった。アレクも久しぶりに武器が腰にある感覚に嬉しさを覚えながら、館へと帰っていった。
「さあ、明日は出発です!」
金貨は銀貨の100倍です。金貨1枚は日本円で100万円ぐらいです。
白金貨は、金貨の100倍です。白金貨1枚は日本円で1億円ぐらいです。ただ貴族や大商人などの人で特別な決済にしか使われません。