揉め事
朝の朝食にプラトーノフ子爵は居なかった。エカテリーナに聞くとどうやら、戦後の処理のため朝から飛び回っているようだ。4人は昨日の海戦の話やトルケルなどの話しをしながら朝食を終えると、船乗り組合に様子を見に行く事になった。組合に到着すると受付が現状をいろいろ話してくれた。
「子爵様が大海賊を20隻も大破させ、この国から追い出したと言う朝の告知は見た?」
「あ、見ていませんが聞きました」
「そもそも軍船3隻で、海賊の大船団を20隻も撃沈させたって、信じるほうが難しいわよ」
「たしかにそうですね」
「でもあの真面目な子爵様が、わざわざ嘘を告知するとは思えないし。でもみんなまだ心配で船を出したくないみたい」
「なるほど」
どうやら組合の船乗りたちは、あまりの戦力差に告知が信じられない様子だ。どうやら海賊がいなくなっても航路が普通に戻るには時間がかかりそうだ。
「でも、これでまたカルメン達も貿易船を動かせるようになるね」
「アレク、海賊を追い払ってくれて本当に感謝してる。母ちゃんも喜んでると思う」
「ところでマルティーナ、海賊たちの顔は確認してくれた?」
「ああ、ひとり見たことがあるやつがいた」
「誰だか覚えてる?」
「諸島に向かう前に寄った、チェルスク港湾都市の船乗り組合の人間だ。母ちゃんに絡んでいたからよく覚えている」
「やはりそうですか」
アレクがひとり考え込んでいると、エカテリーナはアレクに何事かと話しかけてきた。アレク達は人気のない桟橋にいくと、考えていたことを話しだした。
「あまり確信は無かったのですが、海賊に協力する陸側の人間がいると思っていたのです」
「もしかして貿易船や軍船の情報を海賊に流していたと?」
「そうでなければ、効率的に貿易船を襲ったり、30隻もの海賊船を隠し通すのは難しいはずです」
「基本的に貿易船も軍船も、航路の安全や、嵐に遭遇した時の救出の為に、自分達の航路を船乗り組合に提出しています。逆にいえば船乗り組合はすべての船の航路の情報を持っているのです」
「「あ・・」」
「たぶん最初はスコポフスキー男爵が、海賊の為に送り込んだ者だったはずが、途中から海賊の手下になったのでしょう。それで男爵の領地のチェルスクの組合に居たんだと思います」
「繋がりましたわね!」
エカテリーナは大変な企みを暴いたような、自信に溢れた顔をしていたが、アレクはあまり顔色が浮かなかった。今回の事件は間違いなく反逆罪に適用されてしまい、処刑されてしまうと思ったからだ。
「アレク様が気に病むことはありません!海賊を呼び込んだ者が悪いのですから!」
エカテリーナはアレクに気配りをしてくれたが、この件は辺境伯を通じて大公に伝えなければならないと言っていた。アレクも最後には納得した。その後すぐにエカテリーナは手紙を書いて送る手配があるのでと、足早に館に戻っていった。
マルティーナは棟梁の所に顔を出したいと言って、造船所に向かっていった。残ったマリーは、アレクが魔石店に行きたいというと、素直に付いて来てくれた。
ここ、テムニコフ港町の魔石店は正直あまり大きくなかった。中を覗いてみると一般的な火石や水石などの、どこにでもある魔石しか扱っておらず、残念ながら治療石は売っていないようだった。ただこの店の火石は銀貨30枚で、商業都市よりも少し安い値段だった。
いつものように隅の方を見てみると、原石が埃を被っている。ここも原石はほとんど流通していないようだ。お店の人を呼んでみた。
「こんにちは。原石は幾らですか?」
「え?原石ですか?銀貨1枚ですが・・・」
「在庫はいくつありますか?」
「えーと・・・・、54個ほどありますね」
「え!?」
アレクはあまりの驚きに声を出してしまっていた。確かに原石は湖や海で見つかると聞いたことがある。しかし数が多すぎないだろうか。
「なんでそんなに多いんですか?」
「漁師が地引網をすると、よく一緒に取れるらしいんです」
「なるほど・・」
「ちなみに、原石ではただの綺麗な石で買っても使えないですよ?」
「はい。なので全部頂けますか?」
「え?・・、本気ですか?」
「はい、趣味で集めているので」
「・・・そうですか」
アレクは銀貨54枚を出すと、お店の人が大きな袋に原石54個を入れて持ってきてくれた。どうやらまたもや袋は無料のようだ。魔石店を出るとお店の人が「またお待ちしています」と言っていた。アレクは、ぜひまた来ようと思っていた。
「アレクちゃん、そんなに原石買ってどうするの?」
「魔石にして売るんだよ。普通の商品じゃ他の旅商の人には勝てないからね」
「それじゃ、アレクちゃんの特産品だね!」
マリーの言い回しは変だったが、確かに魔石を専門に扱う旅商というのはいいかもしれない。他の旅商では魔石を作れないみたいだし、何より利益率が高い。旅をしながらなら、周りの人に怪しまれないだろうし、それに塩などの商品に比べて馬車の荷物も大きく減る。
アレクとマリーは他に行くところもなく、館に戻った。館に戻るとなんやら騒がしいことになっていた。どうやら出された海賊撃退の告知の真偽を確かめに、多くの船乗りが子爵に話しを聞きたがっているようだ。対応しているのは執事の人のようで、子爵は見当たらない。
アレクとマリーは、執事の横から館に入って、とりあえず応接間に向かった。するとそこには、プラトーノフ子爵やエカテリーナが、真面目な顔で話し合いをしていた。
「アレク様、お戻りですか。早速なのですが、やはり大公に今回の一件は手紙では無く、直接お話をするべきとエカテリーナ様と相談しまして、申し訳ないのですが今日には大公都に向かうことにしました」
「わかりました。私達もそろそろ出発しようかと思っておりました。いろいろとお世話になりましてありがとうございます」
「いえ!こちらこそ海賊を撃退して頂いて本当に感謝しております。ただトルケル以外の数隻の海賊がいるという噂があり、大公にこれを機会に大公国として、残りの海賊討伐をお願いをしてこようと思っています。」
「なるほど、それは安心ですね。未だ船乗りたちは不安から貿易再開できないようですので」
プラトーノフ子爵はアレクに会釈し、応接間を出た。大公都への出発の準備を行うのだろう。するとエカテリーナがアレクに話しかけてきた。
「アレク様、私も今回の件と、例の男爵の話しを手紙では無く直接父上に報告したいと考えておりまして、できればロマノフ辺境伯領のアストラード城塞都市に向かって頂けませんか?」
「わかりました。未だ船も動きませんし、ご一緒させて頂きます」
「ありがとうございます!」
アレク達はすぐに旅の準備を始め、夕方にはテムニコフ港町を出発した。旅はいつもどおりの観光と魔石の訓練をしながらの楽しいものだった。2週間はあっという間に流れ、アレク達は無事に城塞都市に到着する。都市の入り口ではさすがにエカテリーナの顔を覚えているものも多く、衛兵たちの笑顔がとても印象的だった。きっと良い統治が行われているのだろう。
「父上、エカテリーナ戻りました!」
「おお!無事戻ってこれてなによりだ!丁度夕食の時間だ報告は食べながら聞こう」
アレク達はロマノフ辺境伯の晩餐の招待を受け、いつものようにエカテリーナが商業都市やテムニコフ港町の海賊撃退の話しを始めた。相変わらず壮大な英雄譚のように辺境伯に聞かせていた。
「ふふふ、この短い期間にまたこれだけの偉業を成し遂げるとは、さすがに英雄よの」
「そのとおりです、父上。このような人物、おとぎ話でも聞いたことはありません」
エカテリーナはアレクが目の前にいるというのに、褒めちぎっている。さすがのアレクも居心地が悪い。しばらくはアレクの話で盛り上がっていたが、徐々に男爵の話に移り始めていた。
「なるほど、以前より評判がよくない男であったが、まさか海賊を使って大公国の航路を妨害し、莫大な損害を各領主に与えていたとは、これは至急元老院を招集して大公の判断を仰がねばなるまい」
「父上、シロチェンコ伯爵の件はいかがなされますか?」
「これも問題でな、男爵程度の爵位のものであれば、扱いも難しくないのじゃが、失策とはいえ領域内で解決もしており、伯爵となると色々と時間も根回しも必要になるだろう。特にシロチェンコ伯領は王族との因縁もある土地ゆえ、扱いには慎重を期さねばなるまい」
実際にアレクはこの国の人間で無いため、何も口を挟む事はできない上、アレク自身もあまり積極的にかかわりたいとは思っていなかった。晩餐という名の報告会は無事に終了し、大公都の館のように城の中の客室をアレク達にそれぞれ割り当ててもらえた。
翌朝、アレク達は朝食の準備が終わったことをメイドから聞き、朝食部屋に移動すると、そこには辺境伯もエカテリーナもいなかった。アレクはマリーとマルティーナの3人で食事を取ると、今日からの予定について話し合った。
「次の街はついにアルデバラン王国に入ります。そこで2人にお願いがあるのですが、実は目的地のオルドゥクへの途中に、元スノーク騎士王国で現在、アルデバラン王国領となっている所に寄りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「アレクちゃんが行く所が私の行くところだよ!」
「問題ない」
アレクは2人の快諾を受け、次の目的地を決めた。アレクは複雑な気持ちだったが、その後のスノークがどうなっているのか、知りたくてたまらなかったのだ。アレクは次の目的地を念の為エカテリーナにも伝えておこうとメイドにエカテリーナの場所を聞いたが、辺境伯と朝から打ち合わせらしく、夕食には合流できると言っていた。
アレク達は折角なので、3人で街を散歩することにした。この街は城塞都市という名前だけあり、分厚い城壁に囲まれており、城壁の上には大砲も設置されているようだった。確かにこの辺境伯の領地は、アルデバラン王国とアークツルス聖王国の国境に面しており、常に緊張状態にある地域でもある。
しかしこの数百年の間は戦争は無く、城壁の門の衛兵もそれほどは緊張はしていない。アレク達は3人で色々と歩いていると、見慣れた看板が見えた。魔石店だ。アレクは2人にちょっと寄りたいと言うと、魔石店に入っていった。
最近アレクは、魔石店に入るとなぜか気分が落ち着くことに気がつく。自分の商売にしようと思ったからだろうか。そんなことを思いながら魔石を眺めていると、火石がここでは銀貨34枚の値段がついていた。今までで一番高い金額だ。急いで治療石を探してみる。あった、金貨1枚だ。
確か商業都市と同じ金額だ。アレクの今日の寝る前の作業が決まった。そしていつものように原石を探してみるが見つからない。アレクは店員に聞いてみると売り切れており入荷の見通しも無いと言われた。
『売り切れということは、この都市では魔石を作れる人がいるのかもしれない』
原石が買えなかったのは残念だが、貴重な情報が入った。アレクはがっかりしながら、魔石店を出た。すると、向かいの店の前でなにやら騒ぎが起きている。
「店を返せ!この人殺し!」
「何をいってるんですか?人聞きの悪い。あなたの両親がこの店を私に売ったのです。ちゃんと証書もありますよ?そのあと買い付けにアルデバラン王国まで行って、野盗に殺されたのは不憫ですが、それとこれとは別の話です。」
「父ちゃん達がこの店を売るわけ無いだろう!」
「いい加減にしないと衛兵を呼びますよ」
「ドミトリよ、もう諦めよう・・」
「ちくしょー!」
アレク達は騒ぎが収まって人が散っていく中も、打ちひしがれている老人と青年の様子をみていた。アレクは街道にでた野盗という言葉が気になった。自分たちのこれからの旅にも関係があるかもしれないからだ。
「あのすみません・・」
「なんだよ!笑いに来たのか?」
「僕たちは旅商のものなのですが、街道に出たという盗賊が気になって・・」
「・・・何が知りたいんだよ?」
「宜しかったら少し場所を変えませんか?」
老人と青年は顔を見合わせた後、アレク達と共に人気の少ない城壁のあたりに来ていた。
「僕はアレク、こっちは旅商の仲間のマリーとマルティーナです」
「俺はドミトリだ。こっちは俺の爺ちゃんのミハイルだ。それで何が知りたいんだよ?」
「ご両親が向かわれた街と野盗についてです」
「俺が知っていることは少ない、聞いた話も多い」
青年はぽつりぽつりと話しだした。青年はオルドゥクという港町に修行で丁稚奉公として行っている間に、両親があの店を売って、そのまま両親はオルドゥクに仕入れに行った時に、街道で野盗に襲われたらしく、殺されて身ぐるみ剥がされたらしい。アレクはこんな所でオルドゥクの名前を聞いて驚いた。
「オルドゥクまでの街道はそんなに危険なんですか?」
「危なくなんか無い!ツァーリ大公国とアルデバラン王国との重要な貿易街道だ!領軍だって見回りしている街道なんだぞ!野盗が出るわけがないんだ!」
「以前に近くのスノークが戦争で滅んだと聞きましたが?」
「あれは戦争なんかじゃねえ、大規模な盗賊団に城が襲われて、金目のものをすべて奪われて、結局アルデバランに組み込まれただけの、戦争とは言えない話だ。結局弱いやつは食い殺されるんだよ」
ドミトリは自分もスノークも弱かったから奪われたと感じているらしい。
「それでは、その時の残党が街道を襲っている可能性は無いのですか?」
「ないね。スノークだった所はアルデバランの国軍が綺麗に掃除したってよ。今じゃトクタイ男爵領として王国の管理下に入ってるのさ」
どうやらスノーク騎士王国の王都だったところが、幸いにも城下町スノークとして名前が残ったらしい。アレクは複雑な気分になりながら、ドミトリの身の上が自分の実の上に重なって見えていた。よくわからない間に両親が殺され、住む所を無くしたものとして。
「それではドミトリのご両親は、あの店の人間が仕組んだ罠で殺されたと思っているわけですか」
「そうだよ!間違いない!大体店を売ったんなら、なんで仕入れに他国にいくんだよ!・・と、言ってももう何も出来ないけどな・・・」
今まで黙って聞いていた老人ミハイルが、補足するように話し出した。
「儂らはもう住む家も追い出されるじゃろう。オルドゥクからドミトリが帰ってきたので、今日交渉しに行ったのじゃが、返してもらうのは出来なかったからの。そうなると今の借家の家賃も払えん・・」
アレクはこの2人を不憫に思っていると、マリーが突然口を挟んできた。
「アレクちゃん、なんとかこの2人助けられないの?」
「あの店を取り戻すのは無理だろう。証書もあるらしいしね」
「「・・・」」
「しかしどうでしょう?お二人とも私達の仲間になりませんか?」
「旅商の?俺はいいが、爺ちゃんに旅は無理だ」
「ドミトリさんは、仕返しをしたくありませんか?」
「・・おい、まさか俺に殺しをしろといってるのか?」
「まさか!同じ商人として商売で仕返しするのです」
アレクは自分がお店を購入するので、そこで商売を始めてはという提案を、ドミトリ達に話した。自分も旅商として商品を、お店に卸すのでそこで売ってもらうという案を提示する。
「面白いな!商売で仕返しか!」
「僕が形式上は店長ですが、お店の運営は長く勉強されてきたドミトリさんにお願いしますので、ぜひあの店を超える店に育てていただければ」
「よし!やってやろう!しかしお前みたいな子供が店を買うなんてできるのか?」
「お金は大丈夫だと思いますが、足りなければロマノフ辺境伯に出してもらいます」
「「え?」」
アレクはまだ褒美の件を辺境伯に話ししていない。金額については想像ができないが、不足分は出してもらえそうな気がする。
「お、おまえ・・、いや、あなた様は何者ですか?」
「ロマノフ家とは縁もゆかりもありませんが、少しだけ貸しがあるので。店を構えるには協力を仰げると思います」
「「・・・」」
とりあえず、アレクは明日の昼ぐらいに城に来てもらうように2人に頼み、その場は退散した。マリーは2人を助けられそうで、嬉しそうにアレクの横を歩いている。マルティーナは「誰にでも優しくはできないぞ」と言っていたが顔は怒っていなかった。
ロマノフ辺境伯の城に戻ると、エカテリーナが応接室にいた。辺境伯との長い打ち合わせも終わったようでお茶を飲んでいた。アレクは先にエカテリーナと辺境伯の打ち合わせについて聞いてみた。
「父上と私は明日、大公都に向かいます。今回の海賊の件と男爵や子爵の件で、早急に元老院を開く必要があると判断しました。事が大事ですので、根回しも含めて早めに動いておきたいのです。所でアレク様もご一緒にまた大公都に行って頂けないでしょうか?」
「エカテリーナ。申し訳ないのですが、僕の目的地であるオルドゥクに行きたいので、戻る事になる大公都には一緒にいけません。本当にごめんなさい。」
「やはりそうですか。いえ問題ありません。父上も私もその答えは予想しておりました」
「ところでひとつエカテリーナにお願いがあるのですが・・」
「なんなりと!私と結婚ですか?」
アレクはエカテリーナの冗談にも丁寧に断りを入れた上で、今日の街での出来事の話しをした。そしてお店を購入する方法と金額などについて訪ねてみた。
「すばらしい!さすがはアレク様!市井のものにも寛大なお心を!」
「僕にも旅商をする上で、拠点になる所がほしいので。お手数ですが調べてもらえますか?」
「アレク様の拠点が我がロマノフの領地に出来るとは!父上もさぞ喜びます!」
エカテリーナは、執事を呼んで今後はアレク様の要望に全力を持って答えるように言い渡すと、執事は早速、物件や各種情報収集の為、部屋を出ていった。
「困ったことがありましたら執事に言って頂ければ問題ありません」
アレクはとりあえずロマノフ家の協力が得られて一安心をしていた。




