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作戦

アレクは客室に通された後、馬車から皆の荷物をそれぞれの部屋に運んだ。その後、1人でマルティーナの部屋にいくと、アレクが1人で部屋に来たことに緊張したのか、なぜかオロオロしている。アレクが不思議になってマルティーナの顔を見てると、ついには真っ赤になって下を向いてしまった。


「マルティーナ、具合悪いんですか?」

「い、いや・・・」

「カルメンの件なのですが、お話しても宜しいですか?」

「え?・・・あ、ああ、もちろんだ」


なぜかマルティーナは、驚いた表情のあと残念そうな恥ずかしそうな複雑な顔をしていた。


「カルメンに手紙は出していますか?」

「ああ、もちろんだ。灯台都市の船乗り組合宛に送っている」

「こちらから手紙を出して、返事はもらえますか?」

「難しいだろうな。そもそも片道でも1ヶ月はかかる。船便も動いて無いから、更に倍ぐらいかかってもおかしくない」

「そうですか・・、海賊に襲われていなければ良いのですが」

「母ちゃんの船は早い。大丈夫だと思うが・・・、そ、その、アレク、お前はあたいの母ちゃんの事が、心配なのか?」

「?・・それはそうですよ。諸島から一緒に旅をした方ですから」

「も、もしかして!母ちゃんの事が好きなのか!?」


アレクはマルティーナが久々に恋愛頭になっていることに気がついた。たぶん僕がカルメンの事を非常に気にしているからだろう。なんで心配しただけで好き扱いになってしまうのか。


「マルティーナ。僕はカルメンもマルティーナも大好きですよ。大事な仲間です」


マルティーナは頭を金槌で殴られたような顔をしたあと、顔が赤くなったり青くなったりと、心の動きが手に取るように分かってしまう。マルティーナもこれがなければ、冷静沈着で計算高い頼れる仲間なんだけど。アレクは少し残念に思いながらも話しを戻す。


「それじゃ、明日は港に行ってもう少し情報を集めてみましょう」


マルティーナはアレクの言葉で我に帰り「ああ」というと、寝台に潜ってしまった。アレクはおやすみといいながら自分の部屋に戻り、いつもの魔石訓練を行った後寝台に入った。



朝は馬車を使わずに、港をいろいろと散歩をしてみた。潮の香りが満ちている。マルティーナは久しぶりの潮の香りに顔を綻ばせている。マルティーナがこの街の船乗り組合に行ってみたいということで、初めて船乗り組合の建物に入ってみた。


「あれ?マルティーナか?カルメンは一緒じゃねえみてえだな」

「棟梁!なぜこの街に?」

「この街の造船所の人手が足りないってんで、船乗り組合からの指名でな。はるばるこの街まで来たんだが、この所の海賊騒ぎで新造船の作業が進まねえから、もう帰ろうかと思ってな」

「母ちゃんも灯台都市で足止め食らってるはずだ・・」

「なるほどな。航路はほとんど使えねえみてえだしな」

「ところで棟梁、何かこの一件で知ってることないか?」

「・・・ちょっと外出るか・・」


マルティーナは歩きながら説明を始めた。どうやらこの棟梁というのは、以前にアルデバランの港町で船大工の棟梁をやっていて、縁があってカルメンの船を修理していた時に、マルティーナがいつも見物に来ていたので仲良くなったらしい。以来顔を見かけては世間話するような親しい間柄ということだ。ちなみに棟梁は腕がいいらしく予約が取れない職人と言う話しだ。


アレク達は人のいない桟橋の先に到着し、改めてマルティーナがアレク達を、旅の信頼できる仲間だと紹介すると、棟梁が人目がない事を確認して少しづつ話しを始めた。


「どうやら最初は貴族が海賊を雇って、貿易船や商船を襲わせていたらしい」

「ええ!?そりゃなんでよ?」

「どうも貴族同士の勢力争いみたいな話だったらしいんだが、詳しくはわからねえ。問題は海賊がその貴族の命令を聞かなくなり、軍船も数で蹴散らしているらしい」

「数?海賊なのに船団を組んでいるのか?・・」


そもそも海賊はほとんどが一匹狼だ。船団を組むというのは相当の統率力がある者が海賊の頭を張っていることになる。補足するように、エカテリーナが領軍についての話しをしてくれた。


「ツァーリ大公国はここ数百年、大きな戦争の経験がありません。我がロマノフ辺境伯領とアルデバラン王国の国境あたりで、騎馬同士の小競り合いがあるぐらいです。当然、海戦などの経験もなく、そもそも軍船の数も海賊対策の数隻しかないのです」

「それでは今までどうされていたのですか?」

「私も詳しくは存じませんが、少ない軍船でも十分だったと聞いています。そもそも海賊が船団を組むというのが聞いたことありませんので」

「今までの話を聞くと、ある貴族が船団を組めるほどの大海賊を呼び込んでしまったように聞こえます」


これは最初に呼び込んだ貴族には、反逆罪が適用されそうな事態だ。すでに莫大な損害を大公国に与えていることになる。しかし今までそんな大海賊の話など聞いたことがないとアレクが思っていると、棟梁が思い出した様にその話しを始めた。


「そういえば・・・、南の大陸に30隻を率いる大海賊がいると聞いたことがあるな」

「30隻!すでに領軍どころか国軍全軍船の数を超えていますわ!」

「海戦の経験が乏しい国軍の軍船では、同数でも手玉に取られて沈没だな」

「まさかその大海賊が私達の海域に来たのでしょうか?・・・」


アレク達は棟梁との話が終わると、館に戻っていった。航路が復旧していたら船でオルドゥクに戻れるかもしれないという淡い期待は、あっけなく砕けた。事は国が威信をかけて取り組みべき大問題にまで膨れ上がっており、解決には長い時間がかかりそうだった。


アレク達は館の応接室でお茶をしながら今日の話しを皆で確認していた。


「これは大公が動いて、国を上げて取り組まないと解決しない問題ですわ」

「マルティーナの母ちゃんは大丈夫かなー?」

「母ちゃんの船は大丈夫でも、貿易しないと生活できない」

「困りましたわね・・」


なぜか3人ともアレクの方をみている。いや大海賊30隻と戦えませんよ?そもそも船すらないんですから。とアレクは思っているが、3人の期待をした目が怖い。


「まさか皆さん、僕が解決できると思ってませんよね?相手は30隻の大海賊ですよ?」

「でもアレクちゃん、前に海賊に勝ってるしねー」

「あれは1隻で、しかも陸戦です。海の上は全く経験もありません!」


アレクが必死に説明しても、3人の態度は何一つ変わらない。信頼があるのは良いことだが、これはちょっと違う気がする。アレクは3人の視線を外しながらお茶をすすっていると、メイドを通してプラトーノフ子爵が晩餐に招待してくれた。アレク達は喜んで招待に応じ晩餐会場に入ると、すでにプラトーノフ子爵は主人席に座っていた。


「エカテリーナ様、アレク様。今日の観光はいかがでしたか?」

「街並みも素晴らしく、海も綺麗で、本当にすばらしいところですわ!」

「そうですか!僥倖です!」

「プラトーノフ子爵、僕の方からひとつお聞きしても宜しいですか?」

「どうぞアレク様、なんなりと!」


アレクは領軍の船について聞いてみた。以前は3隻ほどで1隻あたり50名の水夫を雇っていたが、先日、哨戒中に海賊に1隻沈められてしまったらしい。1隻作るにはかなりの時間と人手がかかるらしく、船乗り組合を通して人を集めていても、造船所が海賊に襲われた貿易船の修理で手が回っていないとのことだった。


『なるほど棟梁さんは、軍船作りに呼ばれていたんですね・・』


ただ1隻作った所で、3隻ではとても海賊の大船団にはかないそうにない。プラトーノフ子爵から大公には現状の報告は行っており、救援をお願いしているらしいが返事は未だ頂けてないらしい。


「大公も打つ手がないのかもしれませんわ。すでに海賊の情報は届いているはずですから」

「プラトーノフ子爵。海賊を追い払うためにご協力頂くことは可能ですか?」


3人は一斉にアレクを見た。まるで3人の目が光っているかのごとく、目がキラキラと輝いている。あまり期待しないでくださいねと、アレクは心の中で言い訳をしていた。


「おお!もちろんです!それで何をすれば良のですかな?」

「まずは小型の貿易船を1隻に優秀な乗組員20人。大砲の扱いにも長けている人を。それとその貿易船を改造するために造船所の優先利用と、船大工の確保。それと10門ほどの陸戦の大砲部隊。この近辺の地図。そして最後に貝を専門に漁を行う漁師を数名」

「何をされるのか、よくわかりませんが、理由をお聞きしても?」

「すみませんが話が長くなるので、関係者をあつめた所でもよろしいですか?」

「・・・わかりました。それでは早速明日にでも会議を開きましょう!」

「参加者には、プラトーノフ子爵、貿易船による軍船指揮官、大砲部隊の指揮官、船の改造修理の為の棟梁と私達だけでお願いします。秘密の漏洩対策です」

「準備いたします!なにやら私、心臓が高鳴ってまいりました」


なぜプラトーノフ子爵の心臓が高鳴るのは理解出来ないが、快く準備してくれそうだ。女の子3人の目も相変わらずだ。失敗しても許してもらえるだろうか・・


食事も終わり明日に備えて各自部屋に戻って早めに睡眠を取ることにした。アレクはいつもの魔石の訓練を行ってから寝た。



翌朝食事を終えた5人は、会議部屋に移動していた。この会議部屋は応接室と違い、10人ほどが座れる円卓になっていて話し合いには便利な部屋だった。すでに他の3人は到着しているようだ。どうやら昨日の夜のうちに手配済みのようだ。


「あ、棟梁!」

「なんだ?マルティーナもか?どうなってんだ?」

「皆さんおはようございます。私が今回この集まりを取り仕切っているプラトーノフ子爵と申します」

「プラトーノフ子爵、ここに子供がいるのはなぜだ?」

「子供ではありますが、彼が今回の総指揮官及び作戦参謀長のアレク様です」

「「「え?様?」」」


初めて会った2名と棟梁の3人は、事態が飲み込めず唖然としていた。アレクは説明するのも大変なので、すぐに話しを始めだす。


「何人かの方、はじめまして。僕はアレクと申します。今回はツァーリ大公国の航路を我が物顔で略奪を繰り返す海賊を、この海域から追い出すことを目的とした作戦です」

「「「・・・」」」

「さて相手の有利な点はなんでしょうか?マルティーナ」

「あ、あたい?そりゃ30隻もある大船団ということさ。あとは戦闘に慣れていて、領軍の軍船じゃ同数でも勝てないというところか」


軍船司令官らしき男がマルティーナを睨む。マルティーナはフンと言いながらそっぽを向いていた。


「そのとおりですマルティーナ。それではこちらの有利な点は?大砲司令官、ご意見頂けますか?」

「・・・・無い。数は少ない、練度も足りん、その上神出鬼没だ。有利な点など何もないわ!」

「大砲司令官は我らがツァーリ大公国が負けると?」

「そうではない!有利な点が無いだけだ」

「そうですか、僕には沢山見えています」

「「・・・」」

「例えば、海賊は船長が殺されたり捕まったりすれば、みな蟻の様に逃げるものです。相手は1人です」

「「そんな事は解っている!」」

「それとなぜ敵の有利な海の上で戦う必要があるのですか?」

「「は?」」

「先程、マルティーナが行ったとおり、こちらの海戦練度は足りていません。ならなぜ海戦で戦わなくてはいけないのでしょうか?」

「お前は頭おかしいのか?海賊と戦うのに海戦しない?」

「軍船司令官様、お名前をお教え下さい」

「バラキンだ・・」

「大砲司令官様、お名前をお教え下さい」

「ガガーリンだ・・」

「ありがとうございます。これから作戦を説明します」


アレクは皆の頭に疑問が浮かんだタイミングで作戦の説明を始めた。棟梁はじっと黙って聞いていてくれた。最初にこの作成には段階があることを説明した。


段階1:囮となる貿易船で海賊を特定の場所におびき寄せる。

段階2:地上から大砲攻撃

段階3:生き残った敵船の船首に船砲攻撃

段階4:貿易船に仕掛けた罠で捕獲


「さて、皆さん質問があるとは思いますが、段階1から説明します。囮とするのはキールの短い取り回しが素早い小型の貿易船です。この貿易船はなるべく大商人の船のような装飾を行います。足も早くなるように余計なものは積みません」

「アレク、貿易船というが大砲も積むのか?」

「そうです棟梁。ただ重くならないように、左右に2門だけです。但し大砲が積まれていることが気付かれないように、船の船体には工夫が必要です。実際に打つタイミングで隠蔽いんぺい用の板を外して使えるようにします。それと大砲は下に向けて設置します」

「はあ?海の中に打ち込む気か?」

「それは後で説明します。まずは段階1について疑問のある方はいらっしゃいますか?」

「アレクとやら、相手は大船団だ。貿易船に搭乗する水夫達が恐れて逃げ出す可能性も高いが」

「それこそバラキン様のお力をお借りしたい所、付かず離れず、恐れず緩まず、目的の場所まで誘導することは、この作戦の重要な要素です。水夫の選出からの才能を期待しております」

「・・・」


「それでは質問が無いようなので段階2の説明に入ります。これは段階1で誘導された海賊が、エック岬とネリモ島の間を通る時に行います」

「まてアレクとやら。エック岬は確かに高台になっており、大砲による攻撃には向いている。しかし海賊も馬鹿ではない。大砲が並んでいる先に船は進めない」

「そのとおりです」

「え?」

「そのため、大砲の設置は少し離れた見えない、海からは死角の場所に設置します」

「何を言っている?見えない敵を当てられるわけがないだろう!」


「当たります。観測と射撃をわけます。現在大砲指示兵は大砲の脇で発射の位置を指示をしていますが、この人物を、敵の見える位置に潜ませ、大砲は後ろの見えない所から射つのです。また海戦前に、漁師に敵が通る場所に10mおきの目印を浮かばせ、十分な訓練を行います。」

「そんなやり方聞いたことがない・・」


「目印があることで、砲撃の微調整が非常に簡単になり、そのうえ、前もって海戦場所にて十分な砲撃訓練を行うことで、かなりの精密な砲撃が可能となるはずです。この段階は当作戦最大の攻撃力の部分です。上手く行けばすべての海賊船を撃沈できるでしょう。ガガーリン様の才能を遺憾なく発揮して頂ければ大丈夫です」

「・・・」


「さて段階3ですが、段階2で漏れてしまった敵が貿易船に襲いかかってきます。ここで我々の有利な点が生きてきます。彼らは海賊なのです。彼らは貿易船を撃沈させることができません。すれば、荷物も奪えず、船も強奪できません。しかし我々は相手を撃沈できます。これはものすごい有利です」

「アレク、奪えないと思ったら腹いせに撃沈してくるぞ?」


「おっしゃるとおりです。ですので大砲を偽装し、大商人の船に見せかけてわざと追いつかせます。相手の船の船首が、貿易船の船尾と重なった時に、大砲で船首を射つのです」

「なるほど、敵が船に乗り込もうと近づいているから下を向けて射つのか・・」


「これは確実に船首に当てるためです。船は構造上前にしか進みません。船の船首部分は速度を維持するために、流線型の形をしています。しかしそこに、1発でも当たれば船の速度は著しく低下して、もう追いつけなくなるでしょう。足の遅い船など格好の的でしかありません」

「そんな海戦聞いたことも見たこともないぞ・・」

「当然です。これは相手が海賊だから選択できる作戦なのです。普通の軍船相手なら、遠距離での砲撃戦になるでしょう」

「海賊であることが弱みなのか・・、何という盲点」


「さて段階4です。さすがにこの段階まで残っている船は少ないと思いますが、追いつかれて乗り込んできた場合です。敵が甲板に乗り込んできたら油を撒き、船は蛇行を始め、振り落としていきます。それでも攻撃してくるものは、設置した導線を通らせ、各個撃破していきます。僕とマリーであれば、まず1対1で負ける事はありませんので」


アレクが長々と戦闘の手順について説明すると、最初の悪い雰囲気は消えていたが、まだ納得できていない者もいるようだった。


「最後にみなさん!この作戦は1度しか使えません。秘密は絶対に守り、この1撃を持って海賊を撃退しなければならないことを心に誓い、各自最大の戦果を上げて下さい」


アレクはプラトーノフ子爵に頼んで、一度今日は解散として各自考える時間を取ってもらうことにした。アレクも長時間の会議に疲れてしまったので、自分の部屋に戻って少し休むことにした。



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