化物
森の中から騎士達が転げ出るように、こちらに向かってきた。騎士達の顔は、恐怖と絶望のような複雑な表情をしている。
「た、大変だ・・、見たことがない化物が現れた!すでに何人かがやられた!」
話しを聞いた警備の騎士は走って大きな天幕に向かうと、すぐに身なりの良い男を連れて戻ってきた。
「どうした!?詳しい事情を話せ!」
森から戻ってきた騎士は、今までと同じように森の中を調査していると、地鳴りのような音が聞こえ始め、突然目の前の木々が倒され、その化物が現れたらしい。今まで倒してきた木の化物ではなく、巨大な熊のような生き物だったという事だった。
『ここの化物も木だったのか。でも新しい化物とは・・』
アレクは、木の化物なら倒せる自信があったが、新しい化物の話しを聞き、一気に緊張を高めていた。騎士が説明をしていると、森から地鳴りのようなものが聞こえてきた。
「あ、あれは何だ!!??」
一人の騎士が、木々を倒し森から出てきた化物に指をさして叫んでいる。周りの人々の目が一斉に指の先の何かを見た。そこには、異様な形の熊のように全身を毛で覆われたものが立っていた。
その化物の顔はなく、頭部も体もすべて長い体毛のような黒光る毛で覆われており、どうやって見えているのか分からない。その上、腕が異常に長く、まるで木の化物の枝のように、自在に動いている。しかしその太さは木の化物の枝とは比べ物にならないほど太い。横殴りに木を折り倒してしまうほどの力があるのだ。木の根の様な短い複数の足も毛に覆われておりうねうねと動いている。
『こ、これは勝てそうもないです・・・』
常闇の島の森に出現した木の化物は、森と認識できる領域からは出てこなかったが、どうやらこの化物はそのような制限が無いようだ。移動は遅いが、森を出て少しづつこちらに近づいてくる。アレクは化物を見ればみるほど、勝ち目が無いことを実感した。
すでに騎士団も露店の人も狂乱の渦に飲み込まれている。何人かの勇気ある騎士が化物に挑んでいくものの、横殴りにされると何メートルも飛ばされ、壊れた人形のように動かなくなった。アレクも3人に馬車まで戻ると伝えると、皆急いで走り出していた。
「アレク様!あれはご存知の化物ですか?」
「いえ、初めてみました」
アレクは走りながらエカテリーナの質問に答える。すぐに馬車につくと、アレクは全員が馬車に乗ったことを確認すると、馬車を出発させた。露天の人々もお店を投げ出して逃げ始めている。何台もの馬車が街に向かって走り出していた。
騎士団達は隊を編成する間もなく、蹂躙されていく。騎士達が半分以上動かない物体になった頃、騎士達にも恐怖が蔓延し始め、絶叫と悲鳴が響き渡り、脱兎のごとく逃げ出し始めた。
アレクは馬車を走らせていると、女の子3人は顔を真っ青にしながら馬車の中で震えていた。自分達の想像以上の恐怖をあの化物から感じ取り、ようやくその事に実感し始めたのだろう。さすがのマリーも言葉に恐れが滲み出ている。
「アレクちゃん、あれは人間じゃ勝てないよ・・・・」
「あたいもそう思う・・・」
いつも強気のマルティーナの言葉にも元気がない。その後、街までの道のりでは誰一人話もせず、静かに馬車は走り続けた。今回は貴族門から街の中に入ると、すぐに宿に戻った。馬車を置いて部屋に戻ると、人心地がついたのか、少しづつ会話が始まった
「あたいは化物を舐めてた・・・、ありゃ人が触れちゃ駄目だ」
「さすがに物語と現実は違いますね。まだ手足が震えています・・」
「しかし、あの化物どうするんだろー?」
マリーの言った言葉で、また皆が静かになってしまった。アレクはあの化物がこの街にくるのに、1日もかからないだろうと予想している。
「たぶん、あの化物は明日にはこの街に来るとおもいます」
「「「ええ!!??」」」
アレクの言葉に皆かなり驚いたようだ。しかし考えれば来ない理由も無い。高い可能性であることは明白と皆も思えていた。アレクは必死に化物を倒す方法を考える。
水糸では、あの木を軽々と殴り倒すほどの硬度を持つ体を切り裂けないだろう。全身を覆う黒光る毛がすべて弾いてしまう気がしていた。また荷物石で持ち上げても、そもそも攻撃方法がないのだ。騎士達のように普通の剣では刺さりもしないため、損傷が与えられない。
強力な火石による攻撃でも可能性は低いように感じる。アレクは他に何か方法は無いか必死に考える。明日にはこの街に来てしまうのだ。しかし無情にも時間だけが過ぎていく、アレク達は明日に備えて夕食を取ったら早く寝ることにした。
早朝、街に警報の鐘が響き渡った。アレクは飛び起きて部屋の窓を開ける。まだ朝日は昇ったばかりのようだ。化物が夜通し街に向かってこなければ、到着できない時間だ。女の子達も鐘の音と朝日の光で、起きてきた。アレクは3人に情報を集めてくるので、部屋で待機と準備をしておくように伝える。最悪、購入した馬車はあきらめ、この街を脱出するしかない。
アレクは急いで街の入口の衛兵詰所に向かった。すでに門はすべて閉じられている。アレクは閉じられた門の前で出ようとする人を追い返している衛兵に話しかけた。
「もう外には出られないのですか?」
「そうだ!もう見える所まで化物が近づいている!危ないから家に隠れていろ!」
すでに目と鼻の先のようだ。門の壁の上には弓矢を持った人たちが並んでいるのが見える。とてもあの化物に矢が通じるようには思えない。門も木製でできており、化物の一撃で壊れてしまう気もする。アレクは呆然と門を眺めていると、門から続く大きな道を50人ほどの騎士や傭兵風の集団が門に向かって歩いてきていた。
彼らはきっと門が破られた時の最終防衛線になるのだろう。全員に悲壮感が漂っている。すでに昨日の戦いの詳細は報告され、どれほどの強敵であるか皆認識している様子だった。アレクは道の脇に移動し、彼らの行進を眺める。悲壮感漂いながらも戦いに向かう人々を見て、アレクは心から感動していた。
『もし僕がまだ王子であったら、まさにこのような勇気が必要だっただろう・・』
彼らが立ち向かう理由は、領主の為では無いかもしれない。しかしこの街を守りたいという気持ちは本物なんだろう。アレクは彼らを見ながら、自分の心に次々と訪れる感情を飲み込んでいると、遠くからマリー達の声が聞こえてきた。
「アレクちゃん!」
「なぜ、こちらに来たんですか?」
「あんたがすぐ帰ってこないからね」
「アレク様、大丈夫ですか?」
心配で皆で迎えに来てくれたようだ。アレクは現状を話し始めた。
「化物はもう門の近くまできているそうです」
「「「・・・」」」
「残念ながら門は閉じられてしまったので、馬車で逃げ出すことも困難になりました」
「・・・アレクは戦うのか?」
マルティーナは僕に戦うのか聞いてくる。全く勝てる気がしない。しかしこのままでも、街は蹂躙され多くの人が死ぬだろう。アレクが決意を決めた瞬間・・
「矢を放てーーー!!!」
アレク達が門の上に並んでいた兵士達を見ると、一斉に矢を射っていた。どうやら矢が届く距離まで近づいたようだ。矢は暫く射ち続けられたが、兵士の様子を見る限りでは、全く効果が出ていないようだ。
「油をかけろ!!」
どうやら上から油を化物にかけたらしい、続けて火矢も撃ち込まれる。壁の向こう側に巨大な炎が舞い上がった。黒煙と共にその炎は壁の高さを超えて、燃え上がっている。
「ドドーーン、ドドーーーン」
化物があの強力な恐ろしく太い腕のようなものを使って、壁と扉に対して攻撃を始めた。炎の攻撃は効いていないのだろうか?なぜか壁の上にいた兵士たちが、突き落とされるように壁から落ちていく。
「まさか、あの高い壁の上まで手が届くのか?・・・」
アレクは化物の腕のようなものが恐ろしい攻撃力だけでなく、その有効範囲がかなり広いことに絶望を感じていた。アレクは皆の方を向いて話しを始める。
「化物が最終防衛線を破壊した時に化物と戦います」
「「「・・・」」」
「これは混戦状態では味方に殺されてしまう可能性もあるからです」
「それではアレク様お一人で!?」
「いえ、マリーの協力が必要です」
「アレクちゃん、頑張るけど、たぶん私じゃ勝てないよ・・」
「正直マリーの剣では、あの体に傷1つ付かないでしょう。」
アレクはマリーにはアレクが化物の懐に飛び込む牽制と、できれば化物の腕をうまくいなしてほしいと伝えた。
「最初は僕らからみて左の腕からしかけます。僕が化物の左腕の付け根近くまで近づき、根本を潰します。マリーはそれを助けるように、左右の腕が僕にあたらないように、してほしいのです」
「できるかな・・、でもアレクちゃんの為にばんばるよ!」
「そのあと右腕、最後に頭を潰して倒します」
「アレク様、その潰すというのは?」
「バリバリバリッ!!バターン」
話をしている間に、化物は門を叩き壊してしまった。門の周りに60名ほどの騎士や傭兵、そして一般兵士が集まっており、門の周りをぐるりと取り囲んでいる。
「時間がありません、説明はあとでよろしいですか?」
「はい。アレク様申し訳ありません」
「マリー、剣は持ってきていますか?」
「もちろん!いつも持ち歩いてるよ。あとアレクの小刀も持ってきてるよ」
「ありがとうございます。マルティーナとエカテリーナは離れていて下さい。化物の腕はあの壁を超えられるほど、長くなるようですので近くではかなり危険です」
「わかりました」「わかったよ」
アレクは2人がかなり離れたことを確認し、最終防衛線が破壊されるまでの時間で魔石を使う時の訓練を始めた。通常の訓練では、この時間で大した効果の向上に繋がらないのはわかっている。そこで以前に胸の石から手に何かが流れた時に、効果が増大したことを思い出していたのだ。
そこで今回は、頭から胸それから手に意識が流れるようにして、自分の体に埋まってしまった石の場所をすべて通してみることを考えたのだ。これで常闇の島で、窯を作る時に使った圧縮を攻撃に使う。
『予想通りならこれで硬い腕も潰せるはず・・・』
今練習を行って無駄な体力を使うわけにもいかないため、頭の中でさきほどの流れをなんども想像し、すぐに思い浮かべられるように繰り返した。アレクが何度も頭の中で訓練を繰り返していると、最終防衛線の騎士達が残り数人になってしまっていた。
そしてその最後の数人も、化物がまるで何も無い所のように腕を横殴りにすると、何mも飛ばされ動かなくなっていた。ついに化物を止めるものは誰もいなくなった。化物は足のような物をうねうねと動かしながら前に進みだした。
「マリー、いきます」
「守るよ、アレクちゃん!」
2人は化物に向かって走り出した。化物は2人に気がつくと、左腕を振り回してきた。アレクは腕の下に滑り込み、化物の腕がアレクの顔の前を高速で通過していく。マリーは腕を飛び越え2人は最初の攻撃を躱した。しかしまだアレクの圧縮が届く距離ではない。
先程の腕が戻ってくる。今度はマリーを狙ったのか先程より少し高い位置で横殴りにしてきた。マリーとアレクは2人で腕の軌跡の下に潜り込み距離を詰める。しかしもう1つの腕がその直後に続いていた!
マリーはアレクを化物の胴体の方に瞬時に突き飛ばす。そこはもう腕の付け根の前だ。そして腕が胴体の上部についているため、横殴りの攻撃では高さの関係で当たらない空間だ。
しかしマリーの方は、このままでは腕の直撃を受けてしまう。アレクはすぐに先程の練習のように体の3箇所を通した圧縮を念じ腕の根本を潰す。化物が悲鳴のような音を発した。
「ギギギーーー!!!」
「潰せた!」。
だが、マリーに襲いかかっている腕はその重さが持つ慣性によって、もう眼の前に来ていた。マリーは自分の剣で防ぎ、腕をいなそうとするものの、腕の力は凄まじく彼女の剣と体ごと空中に吹き飛ばされた。腕の付け根を潰された右腕はそこで慣性を失い地面に落ちた。
「マリー!!!」
アレクは絶叫するも、すぐに気を取り直し、反対の左腕を潰そうと化物の体を回り込もうとした。しかし化物の左腕はすでにアレクの頭の上から叩きつけようと落ちてきていた。アレクがその上からの攻撃に後少し反応が遅れていれば、体ごと潰れた卵のようになっていただろう。
しかしアレクは自分の体の限界を超えて、体をねじってギリギリその攻撃を回避した。しかし無理な態勢によって足元がふらつく。化物の腕は、また空中に跳ね上がりアレク目掛けて落ちてきた。すでにアレクの態勢は崩れており、重心の移動すらままならない。刹那、マリーの剣が腕の攻撃をほんの少しいなして、アレクの命を救った。
アレクがマリーを見るとすでに頭から血が流れ、口からも血が流れている。内臓を強く打ったみたいだ。命がけでマリーが作ってくれた隙をついて、右腕の付け根を全力で潰した。
「ギギギギギーーーーーーー!!!」
またも化物は更に大きな音を発した。しかしアレクは一瞬の隙も無く、すぐに化物の頭に圧縮の力を流し込む。頭はその大部分が潰され、体にぶら下がる。これで死んだはずだ。しかし化物は次の瞬間、アレクに向かって体当たりをしてきた。
しかし元々歩く速度が遅い化物の体当たりでは、大きな怪我にはならない。しかし化物は倒れたアレクを踏み潰そうと、うねうねと近づいてきた。マリーがアレクの腕を強く引いてその窮地から救い出す。
「ありがとうマリー!」
「アレクちゃん次どうする?頭潰れても生きてるよ?」
アレクは頭が潰れたことによって、首筋あたりから赤い肉のようなものが見えているのに気がついた。
「首元まで飛ぶ!マリーの手を足場にするよ!」
マリーは一瞬悩んだようだったが、剣をすて自分の手のひらを体の前に組むと、アレクはその手のひらを足場に飛び上がった。飛んでいる間に小刀を出し、首筋の肉らしき所に小刀を思いっきり差し込む。小刀は少しの抵抗で奥まで刺さった。
アレクは圧縮と同じ方法で、剣の先から炎が化物の体内を焼き尽くす想像をすると、瞬時に化物の首筋から炎の火柱が10m以上も吹き上がり、化物を内部から燃やしていく。アレクは炎が上がる瞬間に後ろに飛んでいたが、あまりの高温に手にやけどしていた。
化物を覆っていた黒光りする毛のようなものは全く燃えずに、化物の体内だけが燃えているようだ。
さすがの化物も、すでに動かなくなっている。
アレクは自分のやけども気にせずに、マリーの側に駆けつけ治療を始める。青ざめていたマリーの顔色が良くなっていく。しかし自分のやけどを治そうと念じ始めた時に、体力の底がつき、アレクは気絶した。
そのあと、アレクとマリーの戦闘を見ていた、生き残った騎士や傭兵、兵士、街の人がアレクの周りに集まってきて大変な騒ぎになっていた。
化物から燃え上がっている炎は深夜になっても燃え続け、結局、翌朝まで燃えていた。首に刺さっていた小刀は溶解して、もはや別の何かになっていた。
「アレク様、起きませんわね・・・大丈夫なのでしょうか?」
「大海蛇の時は、すぐに起きたみたいなんだけど・・・」
「とりあえず、待つしか無いだろ」
3人はずっとアレクの様子を見ていた。
マリーかっこいい。