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スピカ村

ソフィは何度もヤンと剣を交えながら、どうやって逃げ出そうかと考えていた。ヤンには倒すと言ったが少女には最初からそんなつもりは無い。あくまでヤンの注意をこちらに向けさせるためだ。


倒れている体格の良い男は、すでに寒い寒いと言い出している。血が流れすぎたのだろう。

ヤンは、その男の方に視線を向けると舌打ちをしながら話しかけてきた。


「おい小娘、ここらで手打ちにしないか?俺達はただの傭兵だ。値が付きそうなやつは逃げちまったし、これでやつが死んじまったら割に合わなすぎる。」

「・・お前達が逃げた後、後ろから襲ってこない保証もないけど?」

「状況を見てみろよ?もうこの国は滅んだんだよ。今更、無駄なゴミ掃除は必要ない」


ソフィにも解っていた。すでにソフィの父がアレクを迎えに行く前に、王や王妃は殺されており、他の王族もすでにかなり殺されていたであろう状況を。もし生きていたら今一緒のはずだからだ。たぶん父は優先順位の低い生き残りを探して別の通路から脱出はするが、もう昔の騎士王国には戻れないということを。


所詮、人口8万人程度の弱小国なのだ。このスノーク騎士王国の歴史は古く昔は大国でだった時代もあったようだが、今では独立した貴族や他の大国に領土を奪われ、残っているのは王都と近隣の小さな村々だけになっていた。王都を奪われた状態では、どのみち復興はできず他国の地方都市にされるだろう。


「最初から王と王妃以外の報酬は雀の涙程度なんだよ。傭兵は数こなしてナンボなんだ、これじゃ全く割に合わねえ・・」


ヤンは独り言なのかソフィに話しかけていたのか、愚痴を吐いていた。

ソフィは傭兵という言葉に気を残しながらも、倒れている死にかけの男を見ると、ヤンに話しかけた。


「わかったわ。先に剣を下において、ゆっくりと相棒の方に向かって頂戴」

「おう!良い判断だ。おまえは優秀だな。剣の腕は俺より下だが」


まだヤンは、自分の剣の実力を少女に認識させたいようだ。

余程先程の言葉は腹に据えかねたのであろう。

ヤンはソフィの方に剣を投げると、小走りで男の側に行き、素早く腰に巻いていた布を左足の根本に強く巻き出した。それによって、トクトクと流れ出していた血は止まった。


「全く、なんで自分でやれないのかね。この馬鹿は・・」

「兄ちゃん・・ごめん・・・・」

「待ってろ、いま医者のところに連れてってやるからな」


ヤンは手早く懐から緑色に光る石を取り出し、患部に当てると緑色の光が傷口に広がり傷口がゆっくりと塞がれていく。どうやら応急処置を施しているようだ。ヤンの刺された足の傷からはもう血が止まっているようだった。ヤンはすぐに弟を背負って歩き出す。


ソフィは警戒しながら、ヤンが投げた剣を回収し脇に差した。

アレク達が逃げた方向とは別の方向、城の正門前に広がる城下町の方に男達が歩き始めるのを見て男達に話しかける。


「私もこれ以上追わないから、あなたも後で追ってきたりしないでよね」

「へいへい、金にならないことはしませんよ」


しばらくヤンの後ろ姿を見て、その姿が見えなくなった頃、ソフィは川に向かって走り出していた。

すぐに川に着くと舟は無くなっていた。


「どうやら無事に逃げられたようね。まだ追いつくかしら・・」


ソフィは下流に向かって川沿いに全力で走り出した。

しばらく走ると、他の川が合流しており川沿いの道は途切れていた。

見える範囲に小舟らしきものは見えない。


「ここまでね・・、とりあえず戦場からは逃げられたから大丈夫だと思うんだけど」


ソフィは若干の不安を抱きながらも、2人の追跡を諦めた。

しかし彼女は知らない。すでに国中が混乱と混沌に包まれてしまったことを。


2人が戦場から逃れた事から少し安心すると、不意に未だ王宮という戦場にいるであろう父親が心配になってくる。


「父さんが心配だわ。とりあえず様子を見に一度戻らないと・・」


すでに隠し通路は閉じてしまっているため、ソフィは城の裏門の方に向かって走り出していた。



◇◇◇◇◇◆◆◆◆◆◇◇◇◇◇



その頃、アレクとクロエは川の流れによって、随分と下流の方まで流されていた。

雲がかかった薄暗い月が周りをうっすらと照らしている。

改めて今がまだ真夜中であることを認識させる。

時々聞こえる魚がはねる音以外は、虫たちの鳴き声しか聞こえない。


「兄様、静かですね・・。これから私達はどうなるの?」


クロエが澄んだ青色の大きな瞳で真っ直ぐとアレクの目を見ながら話しかける。クロエはアレクから見ると2つ年下の妹でしかないが、しなやかで艶のある綺麗な青色の髪と、整った顔によって、王国民からは女神のようだと噂されているほどの美少女である。


そんなクロエは薄暗い暗闇の中で不安な気持ちをアレクに伝えていた。

もちろんアレクにも余裕があるわけではない。

クロエがいることでなんとか気を張れている状態なのだ。

しかし兄であり男であるアレクは、自分が妹を守らなければならないと自分に言い聞かせていた。


「大丈夫だよクロエ。城から離れたし、もう敵はいないみたいだ。そろそろ舟を降りよう。」


アレクはそう言うと、小舟に置かれていた櫂木を使いながらゆっくりと陸に寄せていく。

川辺につくとアレクは宝剣を川辺に投げ、自分は浅瀬に飛び込み舟を岸に寄せると、クロエを抱きかかえるように陸に下ろした。その後、小舟を力いっぱい川に押し戻すと、舟はゆっくりと下流に流れていく。


「これでどこで降りたか分からなくなるはずだ・・」


アレクはクロエの手をとると宝剣を拾って、川辺一帯に広がるススキの中をかき分けていく。

しばらくかき分けて進んでいると、大きく開けた場所に出た。

そこは一面の牧草地となっており、これらの牧草は騎士王国の特産品である家畜などに利用される。

牧草地とススキ野原の間は小さな道になっていた。2人は道沿いに歩き始める。


「兄様、この道はどこにつながっているの?」

「僕もわからないよ。ただ道沿いに歩けばどこかの村にいけるはず、そこで助けて貰おう」


スノーク騎士王国は、正に騎士道を重んじる事から王国民の評判は非常に良い。所詮、戦争と言っても貴族や軍人同士の利権争いであって、税の取り立て以外、大半の農民の生活には影響しない。もちろん騎士道を重んじるスノークでは税金は非常に低く設定され、戦争時の徴兵も希望制だ。その意味では農民に助けを求めても食料ぐらいは分けてもらえるだろう。普通の戦争であればだが。


薄暗い暗闇の中、2人は黙って道沿いに歩く。

しばらく歩いていると、不気味な大きな木が見えてきた。かなり大きな木だ。道はその木の根元から2手に分かれているようだ。2人が木の根元あたりにつくと道標が立っていた。

どうやら右の道がスピカという村らしい。


「ちょっと待ってて」


アレクはクロエにそう言うと、道から外れたススキの中に1人で入っていった。

しばらくすると、アレクは藪のススキの中から出てきた。


「どうしたの?」

「宝剣を埋めて隠してきた。あれがあると王族とすぐバレちゃうし・・、重いんだよ・・」


アレクは小さく両手を上げて、お手上げの様なポーズを取っていた。


「誰かに取られない?」

「大丈夫だと思う。こんなとこに人も来ないし上手に埋めておいたから。落ち着いたら取りに来よう」


2人は木の下で少し休むと、村の方に向かって歩き出した。

1時間ほど歩いた頃、クロエが喉が乾いたと言い出した。しかし2人とも寝間着のままであり、荷物など何も持っていない。ましてや水筒などあるわけがないのだ。

そういえば前に読んだ本に、喉が乾いた時は酸っぱい食べ物を思い出すと良いと書いてあったことをアレクは思い出していた。


「街についたら、酸っぱい梅の実でも食べようか」

「ええ!?普通の水の方がいいよ!」


梅の実作戦はあっさりとクロエに否定されてしまったが、結局2人は歩きながら梅を使ったいろいろなお菓子や氷菓子の話をすることになり、喉の渇きを忘れていた。

それから20分くらい歩いていると、村の入口らしき門が見えてきた。門の上にはスピカの村と書いてある。木の柵に覆われたその村は100人ぐらいの規模の村のようだった。


「着いたよ!とりあえず村には井戸があるはず」

「兄様、もう歩けないよ・・、おんぶしてー」


クロエは村の入口を見て安心したのか甘えだした。アレクは仕方なくクロエを背負うとクロエはすぐにもたれかかっていた。アレクが深夜であることを気にして静かに村の中に入っていくと強烈な匂いが漂ってくる・・。鉄の匂いだろうか・・。少し歩くと、そこらかしこに死体が転がっていた。男・女・老人、差別なく惨殺されているが女の衣服だけは乱れていた。村の中心に向かうほど死体の数が増えていく。まるで地獄というものを事象化したような景色だった。


アレクの体が恐怖に包まれそうになり手足が震えだす。しかし背中の暖かさに気づくと少しばかりの勇気が湧いてきて心の中で決心する。


『妹を守らないと!』


アレクは急いで近くの建物の隠れると、慎重に周りを見渡す。人の話し声も悲鳴も聞こえない。

すでに敵は移動した後なのだろうか。妹も兄の緊張に気がついたのか背中の上で静かにしている。


「(クロエ、敵がいるかもしれない。声を出しちゃだめだよ)」

「(わかった・・)」

「(あと僕たちの服は綺麗すぎて目立つから、土で汚そう。後で洗えばまた綺麗になるから。)」


アレクは妹を背中から下ろすと自分の服や髪・顔に土をまんべんなく付け、寝間着を汚し始めた。気がつくとクロエも楽しそうに手伝っている。

自分の分が終わると、クロエの服にも土を付け、かなりみすぼらしい姿に見えるようになった。

2人は準備ができると、家の影を渡りながらあたりの調査を始めた。

やはり人はいないようだ。人の気配がしない。


「(もう敵はいないのかな?)」


アレクは慎重に周りを見ながら、家の影から家の影に、移動しながら街の中心部の方に移動していった。

月の明かりがさらに無くなってきた。どうやら大きな雲が月にかかってしまったようだ。

そろそろ街の中心あたりというところで、アレクは広場の真ん中に小さな屋根付きの井戸を見つけた。

念の為、その場で5分ほど井戸を観察し警戒していたが、人の気配は無い。


「(クロエ、静かに井戸に行くよ)」

「(うん!)」


声は小さいがクロエの返事には喜びが混じっていた。よほど水が飲みたかったのであろう。

2人は静かに井戸に近づくと、ゆっくりと井戸の中の桶を引っ張り上げた。

滑車がキリキリと小さな音をたてる。

縄の手応えからすると、水は汲めているようだ。

桶が見えた。アレクは静かに桶を井戸の縁に載せ、中の液体を手に掬い舐めてみる。


「(大丈夫だ。普通の水みたい)」


アレクは掬った水を改めて飲んでみる。冷たくておいしい。変な味も匂いもしない。

小さな声でクロエもいいよ、と言うとクロエも手に掬って飲み始めた。


「(おいしい!)」


2人は代わる代わる桶の水を飲んだ。体に水が染み渡っていくようだ。

まわりが少しづつ明るくなってきた。どうやら月にかかっていた雲が流れていったようだ。

ふと井戸から30mぐらい先に、馬車が止まっていることにアレクは気づく。


目を凝らしてみると、馬車の荷台には大きな檻が付いており、何かの生き物の気配がする。

クロエもアレクの様子がおかしいことに気が付き、一緒に檻の中の方に目を凝らす。

雲が更に流れ、あたりが更に明るくなると中のものと目があった。


「きゃあ!!」


クロエは思わず声を出していた。アレクもその光景に戦慄を覚えていた。

檻の中には小さな子供達が膝を抱えながら座り込んでおり、じっとこちらを見ていたのだ!

後ろに下がろうとしたクロエは、足の震えからか尻もちを付いてしまい。

アレクも焦って手で水をすくおうとしていた桶を井戸に落としてしまっていた。

桶が井戸の水面に落ちた時に、大きな水音が周りに響く。


「なんでこんなところに・・。あっ!」


アレクは、なぜこのような場所に檻があることの理由に思いついた。まだ敵がいるのだ!気がついたのと同時に、恐ろしいほどの力で手を後ろに回されアレクは何者かに押さえつけられていた。

すでにクロエも別の男に押さえつけられていた。

すると、家の中から現れた赤いターバンの男が独り言のように話し始める。


「なんだ?まだ残っていたみたいだな。どこに隠れてやがったんだ?」


男達からは強い酒の匂いが漂ってくる。村を襲い強奪した酒を飲んでいたのであろう。

死体だけと思っていた人の中に、酒で眠りこけていたやつらがいたのだ。

ふらふらしながらも、男達は他の男からもらった木の手錠を手際よくかける。体重をかけられ押さえつけられているため、身動きがとれない。


「はなせ!」


アレクが叫んだ瞬間、2人の首筋を叩かれアレクとクロエは気を失った。


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