エカテリーナ・ロマノフ
今回の馬車の改修の一番大きな点は、幌馬車の床を2段にすることで、荷物などをそこに仕舞えるようにしたことだろう。厳密には板を入れただけだが、室内がのびのび使えるようになった。これなら幌馬車に3人ぎりぎり寝れる。天幕の設置が必要無い分野宿も楽になる。
他にも馬車の中一杯に広げられる、非常に柔らかい敷寝を購入して馬車に設置した。普段はクッションとして、馬車の揺れを多少は吸収してくれるだろう。もちろん御者台用にも取り外しのできる小さく柔らかい敷寝を購入した。
夕食を4人で食べていると、マリーとエカテリーナが今日の訓練場での見学の話しをしてくれた。どうやら練習試合を行ったらしく、最初に対戦した若い騎士がマリーに酷く負けてしまい、挑戦者が次から次へと現れて結局、その日練習に出ていた30人近い騎士と対戦したらしい。
「さ、30人ですか?・・」
「本当大変だったんだよアレクちゃん・・。もう20人超えたぐらいから腕が上がらなくなってきて、練習用の木剣だったから、鉄の剣よりはましだったけど」
「・・それはお疲れ様でした」
「でも楽しかったし、すごい勉強になったよ!それでアレクちゃんにお願いがあるんだけど、私の武器を小刀から普通の剣に替えたいんだ。今回木剣を使ってみて、剣の間合いの方が自分に向いてそうだしね」
「そういえば、野盗から奪った剣が7本ほどありましたね。それらを売ってマリー用の新品を明日買いにいきましょうか?」
「新品じゃなくてもいいよ?」
「せっかくですし、剣には愛着が湧くものですから」
マリーは新品の剣を買って貰えることになり、相当喜んでいたのだろう。食後のお茶の時間に、どんな剣が良いか悩んで、独り言を大きな声で喋っていた。
マルティーナもマリーに色々と剣についての助言などをして、会話を重ねている間に時間も経ち、各自の寝室に移動し始めた。アレクも自分の客室に戻ると、いつもの魔石の訓練を行ってから睡眠を取った。
翌日、馬車に乗り4人で武器屋に来ていた。まずは買い取りを依頼して馬車に積んであった野党の剣をすべて売る。1本銀貨10枚もした。野盗の武器の割には高い気もする。アレクが剣の売却をしている間、女の子3人は姦しく、商品が陳列している棚を見ていろいろ意見を交わしていた。
売却が終わり、アレクも大きな店内をいろいろと眺め始めた。なぜだろう、武器屋にいるとワクワクしてくる。だがアレクには小刀以上の大きさの武器は体格的に難しい。少し奥には高級武器が並んでいた、恐ろしい事に高級武器は銀貨何枚では無く金貨何枚と書いてある。
ただ見る分には無料だ。アレクは高級武具を色々と眺めていると、剣に魔石が組み込まれているものが多かった。疑問に思ったアレクは店員を呼んで説明してもらう。
「魔石が組み込まれた武具は、刀身にその魔力を流すことができます」
「ええ!?もし火石が組み込まれると?」
「はい。炎の剣となります。但し使い手が魔石を使いこなせないと効果はありません」
「す、すごい・・」
アレクは剣と魔石を融合させるという発想に驚きを感じていた。アレクが素晴らしい発想に感動していた頃、マリーの剣が決まったようだ。どうやら少しだけ湾曲した剣の様だ。片刃で剣の重さは比較的軽い。しかし刀身は他の剣と比べても遜色がない長さだ。
やはりマリーのスピードと間合いの広さを活かす剣らしい。刺突と、引いて切るに特化した剣とも言える。アレクはマリーが決めた剣の購入手続きを店員に頼むとテキパキと準備を始めた。金額を見ると銀貨60枚だった。アレクはさっき売った剣の代金から銀貨60枚を支払った。
「アレクちゃんありがとう!」
買った剣がマリーの腰に収まると、マリーはアレクの頬にキスして、アレクを思い切り抱きしめていた。マルティーナが何やら叫んでいるが、どう考えてもこれはただの友好表示の意味しかない。マリーは島のときから恋愛感情というものを持っていないようだ。たぶん彼女にはまだ早いのだろう。
その後、装飾品店に移動した。アレクはみんなに緊急用のお金を持ち歩けるように、金貨1枚を中に入れられるペンダントを皆にあげようと思っていた。アレクが金貨を入れられるペンダントを探していると、エカテリーナが話しかけてきた。
「もちろん、私にも頂けるんですよね?」
「・・・も、もちろんです」
エカテリーナの顔は笑顔にも関わらず、目が笑っていない。仕方なくアレクは3個買った。3人は馬車に戻ると、アレクが1つ1つのペンダントに金貨1枚を入れて、皆に配った。
「もしなにかトラブルがあったりした時にこの金貨を使ってほしい」
「大丈夫だよアレクちゃん!みんないつも一緒だから」
「あたいもそう思うけど、ペンダントは貰っておく!」
「アレク様、私にも頂けて感謝しております」
なぜかマルティーナだけが異常に興奮しているように見える。そんなに嬉しかったのだろうか。最近はあまり積極的に接触してこなくなったので安心していたのだが。そもそも王子として育ったアレクは普通の両親の愛情にも欠けている。当然8歳では大人の恋愛感情なども分かりもしない。
エカテリーナが、アレクも一緒に甘味処に行かないかと誘われたので、一度、館に馬車を戻してから店に向かった。エカテリーナが連れてきた店は、かなりの人気店らしく入り口に行列ができている。エカテリーナが店員と話しをすると、店外席の1つで予約席と板が置かれていた席に案内された。
アレクがエカテリーナに予約していたのかと聞くと、大公都ではどのお店も1つは貴族用にそのような席があるそうだ。ただ気に入らない貴族にはそのような融通はしないらしく、そのため貴族席と書かずに予約席としているらしい。
4人は席に座ると、エカテリーナのお勧めを頼んだ。どれも美味しい。アレクとしてはミルクレープと書かれた菓子が気に入ったが、マリーはプリンアラカルトといった果実たっぷりの菓子を頼んでいた。他の2人も思い思いの菓子を頼むとお茶と一緒に美味しく頂いた。
「おや、エカテリーナ様では?」
座っている席は店外席の為、通行人から多少見えるものの、垣根がついており覗き込まないと誰がいるのかは普通分からない。しかしこの男は予約席に誰かがいるのを見つけ、覗き込んできた。
「なにかしら、チムール殿。御用があるなら館の方に、今は私用ですので」
「私が何度もご招待してるのに、このような所でお茶とは」
「どこで私がお茶をしようと、あなたに関係がないと思いますが」
「・・。おや?そのペンダントは随分と無骨で、エカテリーナ様には似合いませんね。私がもっと宝石をふんだんにあしらった、高級なものをお送りしましょう!」
「結構です。・・すみません皆さん、お店を出ます」
エカテリーナは最後の会話で、もう耐えられなくなった様で、店を出て館に帰ることになった。エカテリーナに話しかけていたチムールは、彼女を怒らせたことにも気が付かず、またお会いしましょうと、別れ際に挨拶していた。
館に戻った4人は応接室でお茶を始めたが、エカテリーナは荒れていた。
「不快です。本当に不快です。絶対的に不快です!」
「エカテリーナ様、彼は随分と失礼なお方でしたがどちらの方ですか?」
「スコポフスキー男爵の息子です!」
「なるほど男爵の息子ですか」
「それより、皆さんごめんなさい・・」
「お気になさらず」
エカテリーナの話だと、スコポフスキー男爵の領地にあるチェルスク港湾都市と、レスコフ男爵の灯台都市ユジノは非常に仲が悪く、漁業の割当海域について昔から揉めており、そのため他の貴族の後ろ盾を欲しているとのことだった。息子のチムールも他の貴族の協力を得るため、大公都でいろいろと動いているらしい。もちろん辺境伯の協力を得るためエカテリーナにちょっかいを出している。
アレクはそれを聞いて、ユジノで聞いた噂を思い出していた。
(・・・ある貴族が海賊と結託・・・)
まさかスコポフスキー男爵が海賊を雇って、灯台都市に嫌がらせをしたりするのだろうか?さすがにそれはないだろう。見方によっては反逆罪や動乱罪になってしまうからだ。アレクはカルメン達の貿易船が海賊に襲われないか心配になっていた。その後、夕食までの時間は話題を変えて、次の街をどうするかという話になった。
「旅商が出来る商品がないので、治療石が売れる出来るだけ大きい街が良いと思っています」
「それなら私共のアストラード城塞都市はいかがですか?」
エカテリーナはロマノフ辺境伯領の中心都市である、アストラード城塞都市を勧めて来た。辺境伯にも寄ってほしいと言われていたので良い案なのだが、また褒美の件も決まっていないので、アレクはできれば違う街にしたかった。
「出来れば、先に違う街に寄ってみたいのですが」
「アレク、それなら港のある街にちょっといってみないか?航路の情報も手に入れたいしな」
マルティーナは港町を勧めてきた。確かに海賊の件も含めて気になっている。
「わかりました。それじゃ大きな港町を選んでそこに行きましょう」
「ありがとう!アレク!」
マルティーナは心から喜んでいた。やはりカルメンの事が気になるのだろう。アレク達は明日出発という事になったので夕食の後はすぐに部屋に戻っていた。アレクが自分の客室で魔石の訓練をしていると、扉を叩くものがいた。
「エカテリーナです。宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
エカテリーナは神妙な顔をしながら部屋に入ってきた。アレクは嫌な予感がしていた。
「私の趣味は旅行です」
「それは良い趣味ですね。ただ危険にはお気をつけ下さい」
「私の騎士たちは十分な訓練も技量もあったにも関わらず野盗に殺されてしまいました」
「残念でした。彼らの忠誠心は素晴らしいものでした」
「しかし野盗の危険があるため、旅行に行きづらくなってしまいました」
「・・・」
「大公都に1人は寂しいので観光を考えているのですが、良い案はありませんか?」
さすがに騎士の数を増やされてはと言えない。そもそも一緒に行くつもりで話しているのだ。やっぱりこうなるのかとアレクは半ば諦め気味に聞いてみる。
「エカテリーナ様はすでに15歳で成人なされていらっしゃいます。ロマノフ辺境伯には未だ男子がおられないという事ですので、婿探しにお忙しいのではありませんか?」
「父上の事です、そのうち男子もできるでしょう。私は第二子女ということもあり、比較的自由にさせてもらってます。すでに姉のマトローナは公爵家に嫁入りしており、父上もうるさくありません」
「・・・」
「アレク様には私の警護として、次の街まで金貨1枚をお支払い致します」
「金貨1枚ですか!み、魅力的なご提案です」
塩を売って銀貨1枚から見れば、金貨1枚なら銀貨1枚の100倍だ。こんなに割の良い仕事は無い。もちろんエカテリーナからみても、前回より沢山の騎士を雇い、連れて行くよりは金貨1枚なら安い。共に利益のある話である。
「しかし、ロマノフ辺境伯のご許可もありませんので難しいかと」
「すでに取ってあります」
「え?」
「もし旅行に行くのであれば、アレク様一行となら許可すると言われております」
どういうことだろうか?確かに腕の立つ野盗と遭遇することはかなり低い。ある意味前回の様な、数が少ないにしろ騎士達を全滅させるほどの手練の野盗はそういないはずだ。それでもアレク達のような女子供となら一緒に旅行に行ってもよいというのは理解に苦しむ。
「私としても、アレク様達と一緒であれば問題無いと思っています」
「・・・」
「私がいると、ツァーリ大公国内の街などではかなりお役に立てますよ?王族に次ぐ権勢を持つロマノフ辺境伯の娘ですので、貴族相手の問題や因縁にも容易く解決可能です」
「・・・」
「その上、旅商で得られる対価以上の報酬が得られます。マリーとティナも良いものが食べれます」
別に2人に貧しい食事はさせていないつもりだ。しかしエカテリーナに比べれば、悪気は無くともそう思ってしまうのかもしれない。アレクは大きなため息をつき返事をした。
「・・わかりました。しかし移動の際には僕の指示に従って下さい」
「ありがとうございます!アレク様!」
「それと、無駄遣いは致しませんので、食事に文句は言わないで下さい」
考えてみれば安全の為とはいえ、あげたペンダントの中に金貨1枚が入っている。今回の報酬も金貨1枚。警護としては十分な報酬にも関わらず、なぜかアレクは納得ができない気分だった。
翌日朝食の時に、今回の旅にもエカテリーナが一緒であることを2人に伝えると、マリーもマルティーナもかなり喜んでいる様子だった。
「旅は多いほうが楽しいよ!」
「カーチャの博学には本当に頭が下がる」
「皆様、またよろしくおねがいします」
食事が終わり、皆で出発の準備をしていると、エカテリーナはメイド達に旅の支度をさせていたらしく、3人の荷物よりも多い荷物を馬車に持ってきた。
「エカテリーナ様、もう少し荷物は減らせませんか?」
「これでも随分と減らしているのでちょっと難しいです。駄目でしょうか?」
「致し方ありません。他の荷物を工夫してみます」
今回はロマノフ辺境伯領の東に隣接するプラトーノフ子爵領の、南端にあるテムニコフ港町に向かうつもりだったが、食料を減らすために、途中通り抜けるだけの予定だったシロチェンコ伯領のサドンスク商業都市に寄って、そこでその後の食料を購入することにした。
アレクは2週間ほどの食料購入を、マルティーナとマリーに行ってもらった。他にも必要なものがあれば自由に購入してくるようにとも指示してある。残ったアレクとエカテリーナは、エカテリーナの荷物で頻繁に利用しないものは、御者台の下の収納に入れ、よく使うものは幌にいれるなどの整頓を行っていた。
「ところで、エカテリーナ様は武術は何かされていましたか?」
「いえ?何も」
やはり戦闘時には幌の中で隠れていてもらうしかないようだ。アレクの馬車は元が駅馬車のものだったこともあり、非常に安上がりに出来ている。幌も布で覆われているだけで、襲われたらあっさりと布を切られて終わるだろう。
次の経由地は商業都市らしいので、せめて木ですべて覆われていて、扉がついている馬車があれば購入したい所だ。前回の野盗の時もそうだったが、敵が扉を開けるのに時間がかかれば、アレクが駆けつける時間を稼げる。あまり手を付けたくなかったが、白金貨の出番かもしれない。
しばらくすると、マリーとマルティーナが帰ってきた。いつも通り、重たい荷物は馬車で取りに行くことになっているようなので、最後の確認を行い馬車で館を出ると、メイド達が綺麗にならんで深くお辞儀していた。きっとエカテリーナが出発する時は、いつも行われるのだろう。
アレク一行はマリー達が注文した荷物を馬車で拾い、そのままサドンスク商業都市に向かった。今回は2週間だけの短い旅なので、あまり気負った所は無く、移動は順調だった。シロチェンコ伯領との領境あたりは小さい山が多かったために、高所になっているようで温度が低い。
幌の馬車だと外気温が室内に容易に入ってきてしまうため、ちょっと寒い。そこで油を供給する部分を外し、ランタンの中に火を灯すように、魔石の訓練を行った。流石にマリーとマルティーナは以前に魔石の訓練をしていたので上手に火をともしていたが、エカテリーナはまだまだだ。
しかし魔石を使ったのが初めてだったらしく、2人に教わりながら楽しそうに訓練している。きっと次の街につく頃には、多少は使えるようになっているだろう。アレクは自分が御者で無い時間を使って、エカテリーナの為の魔石も作ってあげると、目をキラキラさせながらお礼を言っていた。
念のためにこの魔石は特別なものなので、他人にあげたりあまり見せたりしないように忠告しておいた。大公都でも普通以外のより強力な輝きのものはなかったので、本当に特殊なんだろう。ただ今回、エカテリーナ用に作成した5倍の魔石を作っていて感じたのは、どうやら5倍以上も作れる可能性がありそうだったことだ。
結局自分の魔石作成能力が少しづつ上がってきているのかもしれない。あまり強力過ぎても長い訓練をしないと力を引き出せないので、作れそうでも5倍程度までに止めておいた。もちろん5倍というのも自分の目算として輝きから定義しているだけで、大体の目安にしか過ぎないが。
「アレクちゃん!街が見えてきたよ!」
御者台に座っているマリーが、サドンスク商業都市に到着したことを大きな声で伝えてきた。
結局エカテリーナも仲間になってしまいました。決して自分の趣味ではありません。
ほんとですよ。
予定としては、他のなろう系のお話のように、仲間がみんな激強にはならない、予定です。