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大海蛇

船長の訓練を受けるようになって約1ヶ月。嵐に会うこともなく船は順調に大陸を目指している。


「そりゃー!」

「はは、まだまだ甘いぞマリー!」


マリーは父親とは違う流派の剣を受けるようになって、剣術の幅が広がった上、不安定な船の上での訓練により動きにしなやかさが加わったことで、船長と何合も打ち合えるようになっていた。近頃は剣の稽古が盛り上がってしまっているために、魔石の訓練がおろそかになっている。


アレクも年の割には強くはなっているが、体格や体重、手足の長さの問題もあって力での押し合いになると、どうしても後手になってしまうようだ。


「船長!左前方に大きな水柱が上がっています!」


突然、水夫が見張り台から大声を上げた。船長のカルメンは急いで甲板の高い所に上がると、望遠鏡を出して左前方を凝視する。


「やばいねありゃ・・、クジラじゃない。大海蛇だ」


大海蛇は縄張り意識の強い生き物であり、大型船などの大きなものが彼らの領域に入ると、敵とみなして襲ってくる。敵を見つけると彼らは海面を叩きつけるように威嚇しながら泳いでくる。その時に水柱が立つので比較的発見しやすい。


「面舵いっぱい!大海蛇から離れるよ!」


船は戦闘態勢に入る。水夫達は訓練されたとおりに自分の持ち場に戻り、戦闘準備に入った。大型生物に対応できるのは、左右の舷側に備えられた巨大な矢を発射する大型弩バリスタ2機づつだけであり、所詮は貿易船だ。基本は逃げるしか無い。


「ちぃ!!脚が速いね!」

「手の空いている奴はもりを持て!」


大海蛇の方が足が速い。貿易船は少しづつ距離を詰められていく。大海蛇はすでに後ろから追いかける形になっており、角度的に大型弩バリスタが打てない。そもそもこの揺れの中、矢を当てるのは至難の技であろう。


「やつは必ず甲板に体を乗り上げて、船に巻き付いてくる!衝撃で海に落ちないように、足を近くの縄に絡ませろ!」


船長の指示で素早く全員が近くの縄に足を絡める。


「くるぞ!!」


すでに大海蛇は船のすぐ横に近づいていた。何回か大型弩が撃たれた音が聞こえるが、当たった様子はない。次の瞬間、大海蛇が宙を舞い甲板に長細い影ができた瞬間。轟音と激しい揺れが船を襲った。何人かの水夫が飛ばされそうになったが、足に絡んでいる縄が足に食い込み体を支えていた。


もりを刺せーーーー!!」


船長の怒声が響くと、水夫達が一斉にもりを甲板に上がった大海蛇に刺していく。大海蛇がよじるように暴れだす。何人かの水夫が弾き飛ばされ海に落ちそうになるが、すばやく他の縄に掴み、落ちずに舷側にぶら下がっている。


「次!諦めずに刺すんだよ!」


水夫たちは、もう一度銛を強く刺した。その中にはオリンドもマルティーナもいる。この危機を乗り越えなければ、全員死ぬだろう。誰もが出来ることをやっている。大海蛇は先程から大声で指示を出している船長の方を向く、彼女が声を出すたびに体に痛みが走ることに気がついたのだろう。


大海蛇の頭が鞭のようにしなり、船長に叩きつけられる。船長は既の所で身を捩って避けたが、足に絡めていた縄のせいで、左足だけが逃げ切れなかった。船長の足が絶対に曲がらない方を向き、骨が飛び出たのか白いものと大量の血が飛び散った。


「キャーーー!!!!」


マルティーナの悲鳴が響いた。アレクはそれを見て激情に飲み込まれてしまった。自分の足の縄を取り、小刀を抜いて大海蛇の頭に飛びかかったのだ。アレクは頭に乗ると全力で小刀を大海蛇の目の間あたりに深く突き刺した。


「蛇ならここが頭のはずだ!!」


しかし蛇は痛みを感じてまた暴れだしたのだ。


「違うのか!?」


大海蛇は頭に刺さった異物を取り除こうと頭を振り回す。アレクは小刀の柄を必死に掴み、振り落とされないようにしがみついている。何人かの水夫はその暴れた頭に巻き込まれ、甲板に叩きつけられる。

アレクはしがみつきながら、砂を念じて、小さな礫を作り大海蛇に目に飛ばす。


しかし暴れまわっている頭にしがみついている状態ではなかなか当たらない。


「ダメだ!砂じゃ体力を消耗してしまう!」


かなり数の減った残った水夫達が、もう一度銛を一斉に刺す。大海蛇は跳ね上がって、甲板から海に落ちた。しがみついていたアレクも一緒に落ちる。


「アレクちゃん!!!!」


マリーがアレクも一緒に落ちたこと見ると、狂ったような声を上げていた。アレクは自分も水の中に落ちてしまった事に気がつくと、急いで風石に自分の周りに気泡をまとう想像をして念じた。弾けるようにアレクの周りに気泡ができる。


「こんな使い方初めてだったけど、うまくいった!」


その気泡がかなり大きく、大海蛇の頭全体も気泡の中に入っている。大海蛇はさらに暴れだし頭の周りの気泡や異物を取り除こうとするが、全く取れる気配がない。アレクは小刀の先に非常に高温な火を圧縮する想像を念じ始める。これが上手く行けば頭の中の脳が焼けるとを期待していた。


大海蛇の動きが更にひどくなってきた。気泡の中に焦げた匂いが充満してきた。


「まずい!息が苦しくなってきた!気泡を作り直す体力はあるだろうか・・」


アレクはかなりの魔石の力を使ったことから、体力が失われ気絶することを恐れていた。しかしその懸念は杞憂に終わった。突然大海蛇の動きがゆっくりと止まり、徐々に海面に浮かび上がり始めたのだ。どうやら大海蛇が死に、気泡が浮き輪のような働きをしているようだ。


大海蛇の頭とアレクが海上に出た。大海蛇の体もゆっくりと浮いてきている。


「船長!アレクちゃん生きてるよ!オリンド!早く助けて!」


マリーの喜びに満ちた声を聴くと、アレクは自分が生きていることを実感した。水夫達は帆を畳んで船を停止させる。オランドが浮き輪に縄を付けて、アレクの方に投げ込んだ。アレクは大海蛇の頭から小刀を抜いて浮き輪に捕まり、ゆっくりと船に引き上げられていく。


気泡が無くなった大海蛇は、アレクがいなくなった後、静かに沈降していった。


甲板に戻ってきたアレクはマリーと抱き合うも、すでに船長の所にいく。船長の足は酷く破壊されており、もし膿んでしまったら足を切り落とす事になってしまうかもしれない。マルティーナは治療箱を取りに行っているらしいが、治療箱程度の対処では役に立たないのは一目瞭然だ。


「船長、医者は居ないのですか?」

「はん!貿易船ごときに医者なんているわけ無いだろう!」


アレクは腰袋から、訓練に使っていた水石で傷ついた足全体を洗い流す。続けて原石を取り出し、治療石にするべく念じ始める。船長の足がほんのり輝く、しかし何も起こらない。アレクは何度も何度も同じことを繰り返し、治療石を育てながら治療をしていく。原石に少しづつ緑の輝きが灯り始め、徐々に強い光に変化を始める。船長の足はまるで小さな生き物がうごめいているように、肉や骨や皮が自分の場所に戻るように治っていく。


「5倍まで行ったけどまだダメかな・・・」


アレクは小さな声を呟いた瞬間。気を失って倒れた。



目を覚ますと、自分の客室で寝ていた。体がだるい。隣にはマリーも寝ている。船はまた無事出発しているようだ。ふらふらしながら甲板に出ると、オリンドが甲板の掃除をしていた。


「ああ!アレクさん!」


なにやらアレクをみて異常に興奮しているようだ。何かまた大変な事でもあったのだろうか。アレクは船長の容態を聞いてみる。


「何言ってるんですか!?アレクさんがほとんど治療してくれたじゃないですか!まだ少し調子が悪いので、船長室の横の寝室で寝ていますから、ぜひ見舞いに行ってあげて下さい」


アレクは船長室に向かった。船長室の手前にある扉を叩き、自分の名前を言う。すると入る許可を貰えたので、中に入る。


「おお!アレク。あんたのお陰であたいの足はまだ使えそうだよ。本当にありがとな」

「アレク!あたいからも感謝を言わせてくれ。ありがとう!」


どうやら、この部屋は船長とマルティーナの寝室のようだ。マルティーナはずっと看病しているみたいだ。なぜかマルティーナの目が以前話をしていた時よりも輝いて見える。


「いえ、自分が出来ることを精一杯しただけです。途中で記憶を失ってしまったので、恐縮ですが足を見せて頂いてもよろしいですか?」

「ああ、もちろんだ」


マルティーナが掛布をめくって、船長の足を出す。すでに包帯が巻かれているが、ゆっくりと取ると、飛び出ていた骨は見えなくなっており、肉も元に戻っているようだ。ただ皮膚が少しただれているようなので、腰袋から治療石を取り出そうとすると、治療石がない。


「あ、アレクさんが気絶したあと、石が甲板を転がっていたので、私が預かっておきました」

「すみません、ありがとうございます」


アレクは石を受け取りマルティーナにお礼を言うと、すぐに治療石で足の治療を始める。すでに石は5倍まで育っており、かなりの速度で皮膚が正常化されていく。マルティーナがその様子を見て驚いている。


「本当にすごい・・・、拾った時も思ったけど特別な石みたいだ」

「船長さん、他に痛い所はありませんか?」

「そうだな胸のあたりが痛いから、手で擦ってくれるといいかな?」

「・・・」


アレクはニヤニヤした船長を見て、冗談を言っていることに気がついた。


「悪い冗談ですね・・」

「え?母ちゃん!?」


船長は大笑いをしながら、もう体に残った怪我はなさそうだと答えてくれた。船長はそのまま立ち上がり、怪我をした足で何回か床を蹴ると「もう大丈夫だ、ありがとな」と言って部屋を出ていった。どうやら船の損害状況が気になるらしい。マルティーナはなぜかモジモジしながらアレクの顔をチラチラみている。


「どうされました?マルティーナさんも怪我を?」

「い、いや!治療は必要ないよ・・うん・・」

「それじゃ部屋に戻りますね。失礼します」

「あ、うん・・。それじゃ」


アレクは船長の寝室を出て、自分の客室に戻っていった。客室に戻るとお腹の虫が鳴き始めていた。


「お腹へったな」


とりあえず、水石で水を出して飲む。余計にお腹が減ってくる。扉が叩かれオリンドが夕食を持ってきてくれた。


「やった!ちょうどお腹が減っていました。オリンドさん、ありがとう!」

「何言っているのさ小さな英雄!感謝は俺らの方だよ」

「ああ、大海蛇を倒せたのはみんなの力です。皆さんのもりが弱らせていたんですよ」

「はは・・なるほどねえ・・、考え方こそが、英雄を英雄足らしめるのか・・」


オリンドはよくわからないことを言いながら、部屋を出ていった。騒がしかったからだろうか、マリーも起きてきた。


「おはようマリー、夕食が届いてるよ」

「アレクちゃん!体はもう大丈夫?」

「魔石の使いすぎで気を失ったみたい。マリーもよくやるでしょ?」

「むぅ!」


マリーと大海蛇の話をしながら食事を取ると、お腹が膨れたからか急な眠気に襲われそのまま寝てしまった。真夜中、真っ暗な部屋の中に人の気配がする。アレクは寝ぼけながら「誰ですか?」と言うと突然頭を捕まれ、唇に柔らかいものを押し付けられた後、その人物は部屋を出ていく時に、扉に頭をぶつけていた。


「痛い!」

「・・女の子?」


アレクのとなりを見るとマリーの寝息が聞こえる。



次の日、オリンドが扉を叩いた音で目を覚ます。


「どうぞ」

「おはようございます!アレクさん。朝食をお持ちしました!」

「おはようございます、オリンドさん。いつもありがとうございます」


アレクは船長以外にも水夫が怪我をしていた事を思い出し、オリンドに治療をするので怪我をした人を甲板に集めてもらえるように頼むと、大喜びで部屋を飛び出していった。2人は朝食をとった後、甲板に向かった。


甲板でのんびり海を見ていると、続々と水夫達が甲板に上がってきた。


「おお!小さな英雄!もう体は大丈夫なのか?」

「昨日の戦いはすごかったぜ!勇気が皮を被っているのかと思ったぜ!」

「いやいや船長を治した治療石、ありゃなんだい?普通のじゃないだろ?」


水夫の人たちはアレクを見ると次々とアレクを褒め讃え感謝し始めた。アレクはにこやかに笑って流しながら、テキパキと怪我をした水夫達を治していく。大きな怪我をした人は居なかったので、全員治療石ですぐに治せた。気がつくとマルティーナがアレクにぴったりとくっついて、アレクの治療を見ていた。


全員の治療が終わると、水夫達はアレクに感謝しながら持ち場に戻っていった。なぜかマルティーナが腕を掴んで離さない。アレクは昨日の夜の事を聞いてみた。


「そういえばマルティーナさんは昨日の夜、僕らの客室に来られましたよね?何か御用があったのでは?」

「え!?ああ!?・・へ、部屋を間違えたんだ!」

「何かぶつけた音がしましたが、大丈夫でしたか?」

「へ!?ああ!だ、大丈夫だ!」

「所で何か御用ですか?ずっと腕にしがみついていらっしゃいますが?」

「あ、あのさ!ア、アレクは好きな人いるかい!?」」

「好きな人ですか?みんな大好きですが・・、もしかして恋愛的なものですか?」

「あうう・・い、いや!?ありがとう!」


マルティーナは真っ赤な顔をして走って行ってしまった。行動力がある割に恥ずかしがりさんみたいだ。なぜかオリンドが絶望を顔に貼付けたままこちらを見て硬直している。近くで見ていたマリーがそっと近くにやってきた。


「アレクちゃん、惚れられたね。あんな英雄のような戦いをして、大賢者のような治療をお母さんにして、みんなの命を救ったんだ。まあ惚れるよねー」

「ええ?そんな事で好きになるんですか?」

「何言ってるんだい、アレクも皆のこと好きだろ?」

「いや、確かにそうですが。これ同じ意味ですか?」


マリーはアレクの問には答えず、楽しそうに部屋に戻っていった。アレクは嫌われるより好かれてるほうがいいかと思い、それ以上は考えることを止めて、アレクも部屋に戻った。


ただ1人、オリンドだけは硬直したまま、海風に棚引いて消えてしまいそうだった・・


ここに出てくる大海蛇は、エラ呼吸をするタイプの海蛇です。アレクの気泡によって呼吸もできなくなっていました。もちろん止めは脳を焼いたことです。

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