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貿易船

警報の鐘がなった後、桟橋に到着したのは交渉旗を掲げた貿易船だった。この島に訪れる貿易船は1年に1回のはず、評議員たちが桟橋に向かい警戒しながら船長が降りてくるのを待った。縄で出来た梯子が降ろされ、女が1人だけ降りてきた。


「あたいは貿易商人のカルメン・サヴィーノだ。島の代表はいるかい?」

「わしがそうじゃが、どのようなご用件かの?」


カルメンの話は、骸骨の海蛇をあしらった旗の海賊を探しているらしい。もちろん貿易取引も行っているらしく積荷の説明もしていた。評議長は先日20年ぶりに島に来た海賊の説明を船長にしていたが、どうやら探している海賊とは違うらしく肩を落としていた。


結局、船長たちは食料の購入と少しばかりの取引をして明日には出港するという話だ。


アレクは貿易船の話を評議長から聞くと、急いでポールの家に向かった。


「なるほど。その貿易船と乗船の交渉をしたいと・・」

「いつもの貿易船が来るには、あと何ヶ月も先と聞いています。できればこの機会を無駄にしたくありません。僕とマリーさんの準備は十分にできています。出発の許可を頂けませんか?」

「・・そうだな。この時期に突然貿易船が来るのも天運かもしれん」

「やったよ!アレクちゃん!やっとこの島から出れるよ!」


母親のナディアは心配そうな顔をしてポールを見つめるが、ポールはアレクとマリーの顔を見ながら話を続ける。


「出発は明日の昼らしい。2人とも急いで支度をしろ。俺は船長に交渉してくる」

「わかりました!」「わかったわ!」


アレクは急いで常闇の島に戻り、持っていくものを袋にいれる。聖泉の4つの原石を思い出し洞窟に取りに行くと、池の中にある光る石は、不気味な光が綺麗に消えており、他の原石のように白い光が1つ、石の中で輝いているだけになっていた。アレクはそれらの石も袋に入れ村長宅に向かう。


「村長さんいらっしゃいますか?」

「おや、アレクじゃないか。ちょっとまってください。お父さん!アレクが来たよ!」


アレクは村長が来ると、これから貿易船に乗ってこの島を出る旨を伝える。


「なんと、寂しくなるの・・、じゃがお前さんなら新天地でも大丈夫じゃろうて」

「残念だよアレク。もうこの島に永住すると思っていたから・・」


村長もセリムも名残惜しそうではあったが、アレクの旅立ちを祝福してくれた。アレクは何度も丁寧にお礼を言うと、評議長に貰った船や小屋に積まれている薪も自由に使って欲しいと伝えた。


常闇の島での挨拶が終わると、豆の島に戻り評議長や炭売の青年にも出発の意思を伝え、今までお世話になったことに感謝と御礼を伝えると、彼らも名残惜しそうにしながらも、旅立ちを応援してくれた。評議長はせっかくなので、会館の客室を今晩貸してくれるらしく、言葉に甘えることにした。


アレクは会館客室の寝台に腰を卸していると、ポールがやってきた。


「アレク。交渉は無事に終わった。かなり吹っ掛けられたが、雑魚寝ではなく2人部屋も取れた。寄り道せずオルドゥクに直行してくれるそうだ。それと餞別に船賃は私の方で払っておいた。苦難があってもお互い助け合っていくんだぞ」

「あ、ありがとうございます!最初から最後まで本当にご迷惑をおかけしました」


ポールはそれだけ伝えると、すぐに出ていった。マリーの準備や最後の日を家族水入らずで過ごすのだろう。アレクも寝台に横になると、この常闇の島に来てからの事をいろいろと思い出していた。



翌日、部屋の扉を叩く音で目が覚める。どうやら昨日はこのまま眠ってしまったらしい。


「アレクちゃん!入るよ!」


すっかり変な言葉遣いも治っている。あの言い回しにはなにか意味があったのだろうか。機会があったら聞いてみたい。マリーはアレクが寝坊しないように、起こしに来てくれたらしい。たぶんマリーが待ちきれなかったんだろう。


「おはよう、マリー。それじゃ行こうか」


2人は大きな荷物を持って、桟橋に向かう。するとかなりの人が送別に来ているようだ。桟橋までの道が人で溢れている。


「マリーちゃーん!寂しいよー!」

「必ず帰ってきてねー!」

「アレクも気をつけろよー!」


殆どがマリーへの声援だが、アレクにも時々あった。どうやら常闇の島の人々らしい。多くの声援に囲まれながら、桟橋の上に立っている船長に挨拶をする。


「船長さん、これから暫くご一緒させていただきます。よろしくおねがいします」

「おねがいします!」


2人は船長に挨拶をすると、船長から右手を出されたので強く握手する。マリーの握手が終わったら、縄で出来た梯子を登る。そのまま甲板を島側に移動して桟橋の近くにいる人々に手を振る。島の皆も一所懸命に手を振ってくれている。


縄でできた梯子が収納され、水夫達の声が行き交い始める。予定より少し早いが積荷が全部積み終わったのだろう。ゆっくりと船が動き始める。ついに大陸に戻れるのだ。隣で手を振るマリーを見ると、涙ぐんでいる。やはり両親と別れるのは辛いのだろう。視線の先にはポールが奥さんのナディアさんの肩を抱きながら船をじっと見ている。ナディアは小さく手を振っている。


暫くすると、もう島も小さくなっていた。後ろから船長が声を掛けてくる。


「さて、船室に案内しようかね」


船長が案内してくれた部屋は思ったより立派な部屋だった。寝台も2段ではなく、横に贅沢に並べられており、荷物を入れる収納まであった。ただ部屋自体の広さは歩くだけの最低限の幅しかなく、広いとは言えないが、十分であろう。


船長は2人を客室に案内をしたあとは、後で人を寄越すと言って船長室に戻っていった。暫くすると1人の水夫がやってきた。


「オリンドと申します!お二人の担当になりました!よろしくお願いします!」

「こちらこそよろしくお願いします」

「お願いね!」


オリンドは船の基本的な説明を始めた。朝と夕方に客室に食事を持ってくること。体を動かしたい時は甲板にいる甲板長の許可を取ってから利用すること。お湯が必要な時は前もって伝えて頂き、銅貨1枚で準備すること。用足しは船嘴せんしでという事だった。


船嘴せんし?」

「あ、船の先端の部分です。船嘴の通路に穴が空いているのでそこで用を足します。他の船だと男しかいないので、適当で危険な作りですが、この船は船長と娘さんがいるので、落ちないようにしっかり作ってあります」

「なるほど。ところで収納にある大きな布はなんですか?」

釣床ハンモックです。寝台の上に引っ掛ける金具が2つあるので、そこに掛けてそれで寝ます。揺れが酷い時に利用してください」


オリンドの話では揺れの大きい時に、寝台で寝ると落ちて大怪我をするということだ。2人は一通りの話を聞くと、オリンドに船内を簡単に案内してもらった。


案内されたのは、甲板、船嘴、船長室など。下層は危険なので基本的に立ち入り禁止のようだ。アレクはオリンドに地図は無いか聞いてみた。どうやら船長室に1枚あるだけのようだ。アレクとマリーは自分たちの客室に戻ると、寝台に腰掛け一息をついた。


「アレクちゃん!ついに大陸に行けるさ!」


あ、また口調が戻っている。もしかして緊張すると変な口調になるのかな?アレクは、僕たちはもう家族みたいなんだから、両親と同じ口調にして貰うようにマリーにお願いをする。マリーは恥ずかしそうに俯くと、がんばってみると小声で答えた。


「この貿易船は途中どこにも経由しないので、到着までは2ヶ月もかからないと聞いています。それでも到着までは随分と日があるので、剣の練習の他にも魔石の練習もしませんか?」


「魔石!やってみるさ!あ・・、やってみるよ」


アレクはマリーから快諾を受けると明日から始めると伝える。とりあえず今日はのんびりして、船に慣れようと考えていた。しばらく2人で話をしたり、寝台でゴロゴロしたり時間を潰していると、オリンドが夕食を持ってきてくれた。


食事は質素で、パンにスープ、そして干し果実だ。スープの具には魚・大豆・じゃがいもも少量入っている。さすがに奴隷船のときのような小さなパン半切れに、水スープではなかった。


2人は早めに寝ることにした。



◇◇◇◇◇◆◆◆◆◆◇◇◇◇◇



2日目、朝起きるとアレクは少し船内を散策してみた。行ける所は少ないが立入禁止になっている下層に行かなければ問題ないだろう。甲板に出ていると朝の風が気持ちいい。そこにアレクよりは少し年上らしき少女を見かけた。


「こんにちは、始めまして」

「どうも、客室のお客だよね?たしか・・アレク?」

「はい。マリーという子と一緒にお世話になります」

「あたいは船長の娘のマルティーナ。2ヶ月ほどだけどよろしく」


アレクはマルティーナに大陸の話を色々聞いてみた。どうやらスノークは滅んで、アルデバラン王国に併合され、男爵領として組み込まれたらしい。スノークの王族はすべて殺されているようだ。他にもアルデバランはドーガン都市国も狙っているらしい。そのため武器や防具の値段が上がっているという話だ。さすがに商人は気にしている所が違う。


「そろそろ食事の時間か」とマルティーナは言うと、部屋に戻っていった。船長室だろうか?アレクも自分の客室に戻る。すでにマリーは起きて、食事を受け取っていた。どうやら扉が叩かれた音で目が覚めたらしい。


「アレクちゃん、どこ行ってたのさー・・、行ってたの?」

「・・甲板を散歩していました」


口調はなかなか治らないらしい。2人は朝食を食べると早速魔石の練習をするために甲板に向かった。穏やかな海を颯爽と進んでいく船は、揺れも少なく甲板にいる人も少ない。2人はなるべく人がいない所に行って、座り込む。


「まずは僕が何回かやりますので、マリーさんは見ていて下さい」


アレクは腰袋から原石を取り出し水の想像を石に念じる。するとほんの小さな水が出てきた。アレクは何回か繰り返し魔石を育てていく、10回も行うと平均的な水石の水量が出るようになっていた。


「マリーさん、どうぞ。この魔石を持って、さっき見た様に水がでる想像を心の中で行いながら、石に念じてみて下さい。想像する情景は正確に行えば行うほど、水の出る量が増えます」

「わかったわ!」


マリーは興味津々に魔石を持って、念を込め始めた。魔石から小さな水が出る。


「で、でた!!アレクちゃん出たよ!」

「マリーさんは上手ですね。このまま何回か繰り返してみましょう!」


アレクはマリーを褒めて、繰り返し練習をするように伝えると、マリーはすぐにも念を込め始めた。だが残念ながらすぐに水の量は多くならないようだ。この調子だと普通の量までには何日か掛かりそうだ。10回くらい繰り返すとマリーは、突然フラフラし始め倒れてしまった。


「あ、体力が無くなったみたいだ」


アレクは魔石を回収したあと、マリーを背負って客室まで連れて行く。いくら細いマリーとは言え、アレクにはかなり辛かった。炭袋や薪運びで体力がついたと行っても、人は重さが違う。そのうえ、マリーの胸がアレクの背中を圧迫し、恥ずかしいやら、潰れないか心配するやらで、なんとも言えない気分になっていた。


「やっとついた・・・」


アレクはやっとのおもいで、マリーを寝台に寝かせると自分も寝台に横になる。少し休むと息も整ってきた。アレクは夕食までの時間、自分の魔石の訓練をすることにした。砂石を使った釣り用の糸と針が作れないか考えたのだ。アレクは寝台の上に座り込むと何度も糸と針作りに挑戦する。


針は思ったよりも簡単に出来上がった。形も想像し易く、以前から小さく硬いものを作ることは練習してきたからだ。しかし糸が難しかった。細い丈夫なものを作っても、凄く長い裁縫針のような曲がらない硬い物になってしまうのだ。


何度も作って物量が増えていることに気が付かず、アレクも気を失って寝台に倒れていた。

数時間後、夕飯を持ってきたオリンドの声で2人は起きる。食事を受け取ると明日は食事の後に、お湯も持ってきてもらえるようにお願いした。お湯は火を落としては作れないので、食事の後でないとだめなのだ。


アレクとマリーは、食事をしながら今日の訓練の話をする。


「マリーさん、大丈夫ですか?」

「寝たらすっきりしたよ!」

「魔石の訓練はこのような事がよくあります。なので、明日は先に剣術の練習をしてから、魔石の練習にしませんか?」

「そうだね!明日も訓練が楽しみだよ!」


2人は楽しく笑いながら食事を終え、寝台にそれぞれ横になった。



昨日の2人の話し合いのように、今日は剣術の稽古から始めることにした。2人とも小刀の刃の向きを峰側で持ち、なるべく怪我にならないように稽古を始める。さすがに騎士の父を持ち、小さい頃から習ってきただけあって、マリーの剣はなかなかのものだ。その上、マリーは手足が長いため、アレクが届かない距離でも平気で当ててくる。


「マリーさん強いですね!」

「全然だめだよ!お父さんはもっと、さっと動いてズバッと来る感じで動きが綺麗なんだ」


マリーの説明はアレクにはよく理解出来ないが、ポールの剣はマリーよりも全然上なんだろう。2人が稽古をしていると、周りに野次馬が出来てきた。船長とマルティーナもいる。その後15分ほど打ち合って休憩していると船長が話しかけてきた。


「2人ともやるじゃないか!特にマリーの剣は中々だ。ただ綺麗すぎる」


船長の言葉にマリーは少しムッとして船長を見る。


「・・船長さんもさー、一緒に稽古するさー?」


マリーは船長を挑発すると、船長も小刀よりも大きな剣を腰から出し、少し振り回しながら刃の無い方の峰に変える。2人が対峙した瞬間マリーの剣が上段から船長の肩に振り下ろされる。しかし船長は軽く横にズレるとマリーの剣が空を切った。しかしずらした体は次への攻撃の体制に繋がっており、船長の剣はすでに横切りが始まっている。


マリーは自分の剣で受けるのは間に合わないと瞬時に判断し、背面で飛び船長を剣をギリギリ飛び越えるものの、重心を崩してしまい、地に手をつけ立ち上がろうとした瞬間、船長は剣をすでにマリーの顔の前に突きつけていた。


「最初の空振りですでに勝負は決まっていたのさ」


マリーは今までに見たことがないような顔をしている。たぶん悔しいのだろう。アレクは場の雰囲気を変えようと船長に話しかける。すでに船長は剣を収めている。


「船長さんは昔騎士だったのですか?船長さんの最初の構えを見た時に、長く騎士として訓練された印象を受けましたが?」


マリーは騎士という言葉を聞き、もう一度船長の方に顔を向ける。


「あはは、分かる人にはわかるか。まあそうだよ。女だから騎士にはなれなかったけどね」

「・・負けました」


マリーは船長が昔騎士を目指していた事を聞くと、素直に負けを認め手を差し出していた。船長は軽くマリーと握手をすると笑顔で話しかけた。


「もしよかったら、私が剣の稽古をつけてあげようか?」

「「はい!」」


2人は元気よく返事をして「宜しくおねがいします」と頭を下げた。



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