説得
夕方から祝勝会は始まった。どこにあったのか酒はこの諸島では作っていないと聞いていたが、結構な数が揃っている。今回の襲撃では死者0。怪我人も軽い怪我だけで数人。奪われたお金も無く、木の実が50篭ぐらいが奪われただけらしい。ほとんど被害はなかったと行っていい。
そんな大勝利であれば、みんなも浮かれないわけがない。いつの間にやら始まっていた祝勝会だが、評議員たちが全員揃った事を確認すると評議長が机を2回叩く、まわりが静かになった。
「20年前!・・我らは大変な惨劇を味わった。その後も海賊の襲来に怯える日は、今日終わった!」
「「「「おおおーーーー!!!」」」」
「我らは海賊相手でも戦い、勝利できるのだ!」
「「「「おおおおおーーーー!!!」」」」
「今日はこの勝利への感謝と共に、海賊と戦う技術を教えてくれた、クジラの腹より生まれし海神の子、アレクにも大きな感謝を捧げたい!」
「「「「おおおおおおおーーーーーーー!!!」」」」
『僕の両親は人間です。そもそも高名な人から兵法を習ったという話は?』
とアレクは心の中で考えてはいたが、場の雰囲気もあるので、笑顔を振りまきながら黙っていた。評議長の話で祝勝会は一番の盛り上がりをみせた。ふとセリムの声が聞こえたので声の方を振り向いていると、セリムが椅子の上に立って、例の口上を言ってみんなを沸かせていた。
「セリムさんの意外な一面だ・・」
1時間ほど会場は狂気の坩堝と化していたが、そのころになるとポツポツと家に帰りだす人も出てきた。するとポールがアレクの側に来た。
「アレク、そろそろ我が家にどうだ?」
「ありがとうございます。お伺いさせて頂きます」
2人は会館を出て、住宅街を抜けた大豆村の入り口にある大きい家についた。
「ただいま。お客さんを連れてきたよ」
「あらあらこれは小さなお客さんですね。こんばんわ」
入り口に出てきたのは、マリーに少しだけ似ている人で、気さくな挨拶をしてきた。アレクは丁寧に挨拶をして夜の訪問を謝罪する。ポールがマリーの母親だとナディアの紹介をすると、ナディアは気を使わないでと言いながら、アレクの背中を押して家の中に案内する。
家の中の食卓には、すでに帰宅していたマリーもいた。
「きたなーアレクちゃん!気合はあるかー?」
マリーとはいつも通りのよくわからない挨拶をしたが、一応招待への感謝を伝える。それぞれが食卓に座り、ナディアが皆にスープとパンを配りだす。
「パ、パンだ!!」
アレクは思わず叫んでしまっていた。この1~2ヶ月、魚ばかりだったアレクの生活に取っては驚愕の食べ物である。ポール夫妻はお互いの顔を見ながら苦笑いをしている。まさかパンでこんなに喜ばれるとは思わなかったのだろう。
「大豆で作ったパンだから沢山あるわよ。沢山食べてね」
まずはパンだけで食べてみる。おいしい!。次はスープにパンを浸けて食べてみる。もっとおいしい!!、いつのまにかアレクは会話を忘れてしまっていた。ふとスープもパンも食べ終わって顔を上げると、3人ともアレクを見てびっくりしていた。突然割れるような笑いがあたりを包む。
「なんとも面白い子ね!」
「アレクちゃんは最高さー!」
ナディアは微笑みながら、アレクにスープのお替りをよそっていた。ポールは食べながらアレクがいかに優れた戦術を立案したか、そして結果がどうであったかをナディアに話す。マリーは食事をしながら、チラチラとアレクの方をみている。
アレクは自分が今日の食事のおかずの1品になっていたことに今気がついていた。海賊戦の戦術論も終わり、皆の皿や椀も空き始めた頃、ポールが魔石の話をし始めた。ナディアはお茶を入れ始める。
「それでなぜアレクが魔石を売りたいのか、またどこで手に入れたのか話してくれるかな?」
「・・わかりました。まず手に入れたのは常闇の島の森の洞窟です」
「なんだと!あんな危険な森に入ったのか!」
ポールは怒っていると言うより、酷く驚いているという感じだった。
「ふー、なるほど、あの森の奥であれば何があっても不思議はない」
「何か云われがあるのですか?」
アレクの質問にポールはゆっくりと話し始める。
「大昔、常闇の島は神の島と言われていた。しかし岩山の周りに森が広がり、化物が住むようになってから、常闇の島と呼ばれるようになったのだ。だがそう呼ばれてからすでに千年ぐらいは経っているらしいく、なぜ神の島と呼ばれたのかは何も分からない」
「神の島ですか・・」
「まあ魔石の原石は、湖や海でもよく見つかるらしいので、魔石をどこで見つけてもおかしくはないが、それが神の島の洞窟であれば、ありそうな話だ」
ポールは魔石の入手経路については納得したようだ。続いてそんな大金を稼いでいる理由を聞いてきた。アレクは大陸に帰りたいので、船賃を稼いでいると伝えるとあっさり理解された。
「それじゃなぜうちのマリーが手伝っている?友人としてか?」
ポール目が光っている。どうやらポールもその理由に目星をつけているようだ。
「お父さん!私も大陸に行きたいの!」
マリーが大きな声を出した。なぜか口調が変わっている。その言葉を聞いて母親の手がピクッと震えた。
「お父さんがくれた本の主人公にみたいに、大陸を冒険したいのよ!」
「・・・何度も言っているが、それは許可できない」
「アレクと一緒なら大丈夫よ!」
「お前は女の子だ。アレクもまだ子供なんだぞ」
部屋の中が重苦しい雰囲気になる。暫しの沈黙の後、アレクが言葉を口にする。
「ポールさんやお母様の心配はよくわかります。僕はまだマリーさんとの付き合いも少なく、家族の事に口を出すのは気が引けますが、彼女はもう十分な大人で、自分の人生を自分の意志で決めることは、とても大事なことだと思います」
「「・・・」」
「もちろん、マリーさんの安全は僕ができる限りの事をするつもりです」
「アレクちゃん!」
マリーはアレクの援護射撃に大きな喜びの表情を向けてくる。ポールは腕を組んで考え込んでいる。ナディアは心配そうにポールとマリーを見ている。ポールは暫く考え込んだ後、マリーに質問をした。
「マリー。大陸に行ったらもう島には戻れないかもしれないんだぞ?」
「このまま我慢して死ぬまで島にいるよりはよっぽどいいわ!」
「・・そうか。わかった。許可しよう」
「お父さん!」
「あなた!!」
「ナディア、この子の決心は硬い。これ以上この子をここに縛り付けるのは親の我儘だよ。この子ももう17歳だ、自分の人生を決めるべき時なんだろう。正直1人でこっそりと貿易船に乗り込んで居なくなるよりも、ちゃんと認めてあげて信頼できる人と一緒の方が安心できる」
「それはそうですが・・」
ナディアはマリーをじっと見つめて今にも何かを言いそうな顔をしているが、何かに耐えているようにも見える。ポールは改めてアレクを見た。
「アレク。この話はアレクと一緒でなければ許可しなかっただろう。君は小さいのに知力も機転にも優れていて、下手な大人よりも優秀だ。逆に子供ゆえに、マリーの気持ちを自分の恋愛感情で判断せず、心からマリーの心に寄り添っている」
「そうよ!アレクちゃんは私に結婚してとか言わないよ!」
「当たり前でしょう!そもそもマリー、あなたはもう17歳なのよ?本当は結婚してもいい年なんだから」
「結婚なんていやよ!魚獲りも畑仕事もいや!」
「僕は魚獲りも楽しいけどなー」
「むぅ!アレクちゃんはどっちの味方なの!?」
4人の間に緩やかな時間が流れ出した。ナディアもポールの説明で一応の納得をしたようだ。ポールはアレクに魔石売却の手伝いを申し出てくれた。それと貿易船が来るまでの間、自分の身を守れるようにアレクにも剣術も教えてくれる事になった。マリーは小さいときから習ってるそうだ。
『マリーのやんちゃさはポールさんが原因のような・・』
いろいろな話で夜まで盛り上がってしまったので、今夜はポールさんの家に泊まることになった。ポールさんの家に客室は無いので、居間の床に敷寝を引いてもらい、掛布を一枚貰って寝る。すばらしい!!いつもの木の板での雑魚寝とは大違いだ。アレクは寝具に感動し毎日泊まりに来たい気分だった。
次の日、包丁の音と鍋の匂いで目が覚めた。なんと素晴らしい朝なのだろうか。朝食を作ってくれる人が近くにいる。魚だけじゃなくパンもある。アレクはあまりの感激に呆けてじっとナディアさんを見ていた。アレクが起きたことに気づいたナディアが挨拶する。
「あ、アレクくんおはよう」
「おはようございます。ナディアさん」
アレクは敷寝と掛布を丁寧に折りたたんで、部屋の隅に置く。ナディアの近くに行って手伝えることを聞いてみた。すると皿や椀などを並べてほしいということだったので、食器棚から昨晩のような形で食器類をならべていく。
「あらあら!アレクくんはいい子ね!」
暫くすると、ポールとマリーも入ってきた。4人揃った所で朝食が始まり今日の予定が確認される。人防柵などは今後のためにも残しておくらしいので、戦闘の後片付けはほとんどないようだ。魔石についてはポールから、各村の村長を通して注文を取ってくれるらしい。
アレクは持っている魔石の在庫をポールに説明すると、ポールから質問が出た。
「この3倍とか5倍というのはなんだい?」
「それはその魔石が普通の魔石よりも出力が3倍だったり5倍だったりするものです」
「なんだと!そんな魔石聞いたことが無いぞ!?」
「う、売れませんか?」
「いや売れると思うが金額がつかない気がする・・」
「例えば鍛冶師の方なら、5倍とかほしい気がするのですが?」
「それはそうだろう・・、間違いないが、幾らにするつもりだ?」
「通常の魔石が銀貨10枚なので、3倍なら30枚、5倍なら50枚あたりかと」
「希少性を考えれば、もっと高いものになりそうだが、これ以上高いと誰も買えないだろうな・・」
ポールは本来であれば競売にかけるのが良いかもしれないといっていたが、時間がかかるので断った。
食事が終わり、アレクはポール一家にお礼をいうと、常闇の島に戻ることにした。炭を納品しないと。
アレクは市場に炭2袋を収めその後、常闇の島のセリムの所に顔を出した。
「セリムさーん?」
「おお、アレク。どうしたんだ?」
「実は炭を作ったので誰か買って貰えないかと・・」
「ええ!?自分で炭を作ったのかい!?」
アレクは持ってきていた炭を1袋見せる。セリムはその炭が予想以上に良いものだったので、色々とアレクに聞いてみた。
「木はどうしたの?」
「森から切ってきました」
「ええ!?化物は!?」
「出たら逃げて、いなくなったらまた切ってました」
「・・アレク・・、君そのうち死ぬよ?」
「逃げ足早くなったので大丈夫です!」
「・・窯も自分で作ったのかい?」
「はい」
「・・海賊戦での戦術といい、君はなんか常識から外れてるね・・」
自分が化物扱いされそうなので、さすがに化物を倒したとは言えなかった。細かい部分は追求されず、一頻り呆れられた後、今まで生木を銅貨7枚で豆の島から買っていたので、大銅貨1枚ぐらいまでなら村でも買えるかもしれないと助言を貰った。
アレクはその金額で大丈夫だと伝えると、セリムさんが売ってもらえるなら、セリムさんには銅貨5枚で卸すと伝えると、喜んで販売をやってくれることになった。ただ豆の島には大銅貨1枚で卸しているので、常闇の島の人だけの商売だと伝えた。
その後、炭が入った麻袋を10往復して村長宅に持ってくると、売れたら麻袋は返してもらえるように頼んだ。これなら利幅も多少稼げる。
その後、森の道の横に積み上げている薪をコツコツと小屋の横まで運んでくる。かなりの肉体労働だ・・。運んでも運んでも減る気がしない。とりあえず毎日続ければ終わるだろう。夕方まで運び続けたが、その頃にはアレクの体から悲鳴が上がっていた。
◇◇◇◇◇◆◆◆◆◆◇◇◇◇◇
朝起きると朝食を作り、魚獲りをして、森から小屋まで薪運び。炭袋を必要に応じてセリムに届け、豆の島に渡って、こちらにも炭袋を2つ納品。その後はポールさんの所で、剣の修行。時々食事もご馳走になる。その後は、常闇の島の自分の小屋に戻って、体の中の魔石の訓練。
なんという肉体労働。心なしかアレクの体も逞しくなってきているようだ。ポールがマリーの大陸行きを許可してからもう3ヶ月。魔石も結局作った分全部売れた。この島での生活にもなれてきており、お金も溜まった。今では服や靴への買い物もできて、奴隷服から卒業している。
腰に付けている小刀はセリムにお礼をいって返却し少しばかりの銀貨も添えた。新しい武器は、山の島の鍛冶師に魔石5倍の素晴らしさを語られ、無料で小刀を貰い、金属板のついた鉢巻も作ってもらった。しかし貿易船が来るには後5ヶ月ぐらいかかる。
実はもう鉢巻はいらなくなっている、胸の石も手の石も額の石も3つとも、全く見えなくなっているからだ。かといって光る石の力が使えなくなっているわけでなく、体に埋没したのか溶けて体に混ざってしまったのかはわからないが、見えなくなったのはありがたい。
それでも長い期間鉢巻をしていたからか、鉢巻を巻いていないと落ち着かないのだ。そのため防具としての鉢巻を作ってもらった。
こうやって、すでに渡航の準備ができているのに、何も出来ないもどかしさで毎日が落ち着かない。きっとマリーもこんな気持だったのだろう。マリーの準備も万全のようだ。小さい頃から教わってきたのもあるが、剣の腕はますます上がっていると本人は言っている。ああ、早く5ヶ月が過ぎてほしい。
そんな日のある昼下がりに、高台の物見から評議会に連絡が入る。
「大型船接近!」
評議会の委員が集められ、島全体に緊張が走った。