奇襲
アレクは見張り以外の、会館に集まってきた人々を前に話を始めた。
「第一回戦は相手に損害を与えることが出来ました。しかし彼らは手を変えて襲ってくるでしょう」
「大丈夫だろ!人防柵があれば余裕だよ!アレクは心配しすぎじゃないか?」
「いえ、敵が次にくるのは砂浜です」
「え?」
アレクは次の手が夜襲か奇襲になることを告げる。そしてそれは砂浜から来ると予告した。
「一番の危険は今夜です。諸島の人が全員集まっているので、3つの砂浜すべてに遊撃隊の配置が可能です。ところで高台の偵察隊の方にお尋ねします。敵の小舟の数はわかりましたか?」
「はい!どうやら一艘だけのようです」
「となると砂浜への小舟襲撃と同時に、揺動も兼ねて人防柵側にも敵は来そうですね」
人防柵側の総指揮はポールさんが行っているので、ポールさんに自分の隊を2つに分け、今から睡眠と食事を交代で取らせるように指示を出し、夜は暗いので松明を点けるものの、狙われやすいので人が近くに寄らないようにお願いした。
3つの遊撃隊の方にも、海岸に松明を沢山ならべ夜間戦闘も大丈夫なようにして、その上で海岸に落とし穴を沢山掘っておくように依頼する。こちらも隊を2つに分けて、起きてるいるほうが穴掘りだ。
アレクも夜の戦闘に備えて、会館の隅で眠り始めた。
深夜に鐘が一回。そのあと二回鳴り夜戦が始まった。
高台の偵察隊からの伝令によって、敵の小舟が一番桟橋に近い砂浜に現れたと報告される。また人防柵の方にも30人ぐらい来たそうだ。
「昼の攻撃時に40人、怪我をして歩けなくなったと思われる人数は10人。現在現れた数を考えると、海賊の数は50人くらいでしょうか。海賊の怪我人があと15人くらい増えると、諦めそうですが・・」
アレクは小舟が向かっている海岸に急いで走り出した。昼間に地図を見ておいたので、大体の位置は理解している。石の力で光を出し夜の道をひた走る。目的の海岸に着くと予定通り50人が8人を相手に奮戦している。といっても、すでに3人ほど落とし穴に落ち、上から槍で刺されてぐったりしている。すでに死んでいるかもしれない。
少し離れた所にいる指揮官役の人に近づいていくと、なんと指揮官はセリムだった。
「あ、セリムさんが指揮官なんですね!」
「お父さんはもう年だしね。そろそろ決着がつくかな?。思ったより簡単すぎて心配だよ」
セリムは初の戦闘だからか、いつもと違って少し興奮しているようだ。アレクは一人だけ捕まえて、後は逃がすようにお願いした。そのうえ、捕まえた1人も情報を与えてから逃がすと伝えると、不思議そうな顔をしながらも、了承してくれた。
2人が話をしている間に勝敗はついたようだ、8人とも体中刺されて戦意を失ったのか、地面にへたりこんでいた。アレクは何人かの村人に頼み、この8人のまとめ役っぽい人を、縄で緩めに縛ってくれと頼んだ。その後、セリムにお願いしていたセリフを言ってもらう。
「海賊の諸君、我々は1回目は命までは取らない。但し2回目は皆殺しにする」
いつものセリムさんでは無いみたいだ。でもそのお陰か、海賊たちは穴に落ちた仲間を引き上げながら、逃げるように小舟に乗り込んで、海賊船に帰っていった。アレクは残った1人の捕虜を相手に、セリムと一緒に尋問を始める。
「さてあなたたち海賊は、なぜこんな貧しく奪うものもない島にやってきたんだい?」
「さてね?」
アレクが足に小刀を刺す。
「痛てててーー!わかったわかったよ。うちの船長が大海賊のトルケルと喧嘩しちまって、追いかけられてこんなとこ迄来ちまったんだよ・・」
「それじゃずっとここから帰れないのか?」
「まさか、トルケル言えども全部の海がやつの縄張りじゃねえ。もう追いかけて来てねえようだから、ここで一稼ぎしてから違う海域に行こうと思ってたのさ」
アレクとセリムは海賊から少しだけ離れて、あたかも密談するように話し始めた。セリムには頷くことだけをお願いする。
「セリムさんこいつら食料奪う気満々ですよ、全滅させたほうが良くないですか?」
「ああ・・」
「それと、実の島には果物がたくさん生ってますが、島の人全員がこの島に逃げたので、そのままで放置されているらしいです」
「ああ・・」
「とりあえず海賊に奪われたら大変なので、海賊を皆殺しにするように議長に相談しませんか?大きな船も手に入りますし」
「ああ・・」
2人は話しながら、さらに捕虜から離れていく。捕虜は密談に聞き耳を立てていたが、周りに人気が無いことに気がつくと、海に向かって走り出した。アレクとセリムは気が付かないふりをして、歩き続けていた。
「ふふ・・、上手く逃げたみたいですね」
「しかしアレクも変なこと考えるね」
遊撃隊は念の為に残し、2人は市場の方に向かっていった。人防柵の方に近づくと騒がしい雰囲気が漂ってきた。すでに人防柵に海賊の突撃が何度かあったらしいがすべて撃退して、半分ぐらいの海賊は船に戻っていったらしい。アレクはポールに状況を聞いてみる。
「アレクか、問題ないな。すでに敵の半数以上はけが人だ。これ以上やつらの継戦は難しいだろう」
アレクは先程の口上をここでも披露してもらえないかとセリムにお願いすると嬉々として頷いていた。
「海賊の諸君、我々は1回目は命までは取らない。但しまだ続けるなら皆殺しにする!」
おお!セリムさんの口上が更に迫力あるものになった。彼には演技の才能があるのかもしれない。海賊たちはそれを聞くと、体を引きずりながら皆船に帰り始めた。その後30分ぐらいすると海賊船は沖の方に移動した。島の人の反撃を恐れたのだろう。捕虜になったあの海賊は無事に船に乗れたのだろうか。
その後、各村の村長たちがあつまり、お互いに慰労しあっていた。アレクも評議長に砂浜での報告を行った。すると評議長が円卓の前で立ち上がり、改めて現状の報告を行いだした。
「諸君、夜襲は2箇所で行われ、2箇所とも撃退した!」
「「「おおおーーー!!」」」
「敵の半数はけが人となり、予断は許されないがこれ以上の攻撃はないであろう。また砂浜の遊撃隊からの報告によると、今回の海賊も他の海賊との戦闘が原因で、逃げてきた連中らしい。ここを強奪したら違う海域に移動する予定だったようだ!」
「「「なるほど・・20年前と同じだったのか・・」」」
「そしてアレクが言ったとおり、実の島の果実の一部を奪い、彼らは退散するものと思われる。もちろん、実の島の損害は、諸島全員で負担する」
評議長の一通りの報告のあとは待機が指示され、一部のものは自分の持ち場に、一部のものは床で寝始めた。アレクは評議長に万が一の今夜の再奇襲の可能性もあるので、遊撃隊などの位置はそのままにしておくようにお願いした。
アレクが会館を出て人防柵の場所につくと、まだ海賊船は見えるものの桟橋から離れたこともあり、みな地面に座り込んで、それぞれが今日の戦いの様子を話している。アレクはポールを見つけ横に座った。
「お疲れ様でした。ポールさん」
「アレクこそな」
「いえいえ、実際に戦ったのは皆さんですし。僕はほとんど見ていただけです」
「ふふ、謙虚なことだな。ところでアレクは王子だろう?」
アレクに衝撃が走った。王子の話はマリーにしていない。なぜバレたのだろう。まさかポールさんが刺客の訳はないと思うのだが、不安から手が震え始める。
「ああ、すまん。内緒だったのか。いや名前と兵法で思ったのさ。《ア》で始まる名前は歴史ある国なら王族のみだ。その上小さい頃から兵法も学んでいるとすれば、王位継承権のある王子ではと思ったのさ」
「・・なるほど、ご慧眼驚きました。できればその事は秘密でお願いします。どのみち僕の国は滅んでしまいましたが・・」
「なるほど盛者必衰か。すまない」
その後は他愛もない話をし、朝を迎える前にいつの間にか眠ってしまっていた。
朝日の明るさと、周りの騒がしさで目が覚めると、一部の人たちがもう市場を開いているようだった。アレクは高台に登り様子をみると、海賊船が実の島の方に移動していた。どうやら捕虜は無事に船に到着し、海賊たちは食料を手に入れたようだ。
一晩経てば敵も被害の大きさに厭戦気分が蔓延する。食料さえ手に入れば、もう関わりたくなくなり彼らも退散するだろう。
会館に戻ると、眠そうな顔をした人たちが、すでに戦後処理の話し合いを始めていた。浜辺には清掃班が向かい、戦闘部隊も半分は解散して自宅に帰りだした。ただし他の島の人は、実の島に海賊がまだいるので、居なくなるのを確認してから島に戻るようだ。
常闇の島の村長とセリムも島にすでに帰りたがっていた。アレクは再度攻撃してくる可能性を考えていたが、皆すでに戦争終結の気分になってしまっていた。とりあえず大丈夫だと思うが、今はもう計画通り海賊が襲ってこないこと祈るだけだ。アレクが微妙な顔をしていると評議長がアレクに話しかけてきた。
「落ち着いたら戦勝祝をする予定だが、セリムは報酬に何を望む?」
「いや、報酬はいりません」
「心配するな、そんな高いものは出せないからな」
評議長は苦笑いをして、アレクの言葉を待った。
「そうですね。それじゃ小舟を貰えないでしょうか?豆の島にくるのも大変なので」
「おお!そんな事でいいのか?それは助かる。すでに桟橋に小舟を戻しているはずじゃが、そこに座るところが赤くなっている小舟がある。わしのじゃがそれをやる」
「ありがとうございます!」
思わぬ幸運に、アレクは嬉しさのあまり飛び跳ねそうだった。それを聞いていた常闇の島の村長とセリムも気持ちよく祝福してくれていた。
新しい自分の小舟でこっそり常闇の島に戻ることにした。自分の小舟に乗るのがこんなに楽しいとは、アレクは世の中の面白さを強く感じていた。砂浜から小舟を乗り上げ、とりあえず流れないように陸地に引き上げておく。その後、小屋に戻るとすっかり忘れていた窯の事を思い出した。
「炭は出来ているかな?」
アレクは自分の小刀を使って、入り口の壁を壊しだす。中から黒いものが現れる。
「やった!ちゃんと出来てるみたい!」
炭がちゃんと使えるか実験するために、鍋を使ってスープを作ることにした。炭に火がしっかり点き、安定した火力を提供する。生木と違って煙も全然でない。どうやらなかなか良い炭のようだ。マリーが持ってきた何枚かある麻袋に炭をいれていく。3袋ができたが、麻袋がもう無いためにこれ以上は作業できない。とりあえず、この3袋を市場に持っていってみよう。
アレクは自分の小舟の所に炭袋を持っていき、小舟に乗せる。3袋を一度に持てなかったので、小屋と砂浜を3回往復して運んだ。市場に着くと例の炭売りの青年の店にいく。なんとこんな時なのに、お店を開いていた。
「あのー、前に炭の約束したものですが・・」
「ああ君か、元気だったみたいだね、まあ海賊はあっさり撃退したみたいだしね。それで、今日は炭を持ってきたの?」
「はい、3袋ほど。それと、この麻袋はどうやって買えばよいのでしょうか?」
「袋は僕が売ってあげるよ。一袋銅貨1枚ね。何袋必要かな?」
「とりあえず20袋ください」
「ええ?店だと1日2袋ぐらいしか売れないよ」
「湿気ってしまわないように袋に入れておきたいので」
「なるほどそれじゃ3袋分の炭代から袋代を引いて大銅貨1枚ね」
アレクは初めて自分が稼いだお金を手に取って思わず叫んでしまった!初めての稼ぎがこんなに嬉しいとは、アレク自身思いも寄らなかったのだ。
「はは、大銅貨1枚でそんなに喜んでもらえるとはね」
炭売の青年はアレクの異常に喜んでいる姿をみて苦笑しながら「明日から2袋持ってきな」と気さくに明日以降の購入を約束してくれた。
アレクは購入した麻袋を自分の小舟に置いた後、会館に戻ってきていた。
なぜか随分と人が減っている。近くにいた人に話しかけると、海賊船が実の島からも離れてもう見えなくなってしまったらしい。
「俺たちは勝ったんだよ!」
その青年は拳を強く握ってアレクの目を強く見つめていた。アレクも強く頷いたあと、周りの人が明るく笑顔になっていることを確認すると、会館を出た。すると丁度奥の住宅街の方からポールとマリーがこちらに向かってきていた。
「おお、アレク。まだ豆の島にいたのか」
「アレクちゃん!元気?」
「ポールさんにマリーさん、こんにちは。ちょっと市場に用事があって」
ポールさんの話だと、今晩会館で小さな祝勝会を行うので、アレクにも出席してほしいと言われ、2つ返事で快諾した。
「それと、マリーが魔石を欲しい人を探しているという話が耳に入ってね。マリーに聞いても答えてくれないしアレクが関係していたりするかい?」
アレクはマリーの顔を見ると、ポールの影で申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせている。
「はい。僕がお願いをしたのですが・・」
ポールはアレクが言いづらそうにしているのを見て、今日の祝勝会の後、ポールの家に遊びに来て欲しいと言われてしまった。たぶん審問が待っているのだろう。アレクは了解した旨を伝え、マリーと2人で話があるので、マリーを借りたいと伝えると、祝勝会で合流する約束をした。
前にマリーに連れてこられた場所に2人で来ると、マリーは前に座った石の前でいきなりアレクに謝り始めた。
「アレクちゃん、ごめんさ!」
「バレたのは魔石の事だけですよね?」
「もちろんさ!」
「でもマリーさん、本当に大陸に行きたいなら必ず両親に話さないとだめです」
「そりゃ・・話したいさ・・、でもきっと許してくれないさ・・」
「それでもちゃんと話をしましょう。今日マリーさんの家に招待されていますから、そこで両親に相談してください。僕も助けますから」
「本当!?アレクちゃんも助けてくれる!?」
「もちろんです」
マリーはその場で思い切り飛び上がり、アレクに抱きついて全身で喜びを表現していた。