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海賊

村長とセリムは村人への話を終えると、小舟に乗って豆の島に向かおうとしていた。アレクは2人に自分も乗せてほしいとお願いすると、2人はしばしの逡巡しゅんじゅんの後、乗船を許可してくれた。


「村長さん、以前も海賊に襲われた事があるんですか?」

「そうじゃ・・もう20年ぐらい前じゃが多くの人が殺され、大量の食べ物を奪われたのじゃ・・」

「どのくらいの人が殺されたんですか?」

「半分は殺されたじゃろう。襲われる前はもっとこの諸島にも人がいたのじゃよ」


村長の話では、この辺の海域にはこの諸島しかないため、海賊もわざわざ貧しいこの諸島には来なかったらしい。前回来た海賊は、海賊同士の縄張り争いで負けて逃げ、偶然この島を発見して襲ったという事だ。ただ略奪出来るものが少なかった為、憂さ晴らしに島の人々を殺しまくったという話だった。


「あれは酷かった・・まさに地獄じゃったよ・・」

「私は12歳くらいでしたので、あの光景は今でもよく覚えています」


村長とセリムが当時の話をしてくれた。常闇の島にも海賊が数人やってきて、食べ物を出すように指示を出したが、魚しか取れない常闇の島のため、魚を差し出すと怒りだして何十人も殺した上で、村の人々の有り金を全部奪っていったらしい。


「あの略奪と惨殺によって、島の生活は更に悪くなったのじゃ」

「もし今回も同じ様な事が起きれば、もう島での生活が回らなくなるかもしれません」


アレクはこの島の生活水準の、あまりの低さの原因を見た気がした。確かに人が沢山殺され、少しづつ貯めてきたお金をすべて奪われては、出来る出来ないより、島の人々の心が折れてしまいそうだ。しかし戦闘経験が豊富な海賊相手に、魚しか相手にしたことない島の人が勝てる可能性は全く無い。


「勝てるのですか?」


アレクの素朴な質問に2人は黙っていた。小舟が豆の島の桟橋に到着すると2人は急いで市場の先にある評議会会館に向かった。アレクも2人の後をついていく。大きな会館の中にはかなりの人々が集まっている。中心にある円卓には7人が座っており喧々諤々(けんけんがくがく)と言い合っている。


円卓の1つだけ空いている席に、常闇の島の村長がすわりセリムがその後ろに立った。すると議長らしき初老の男が大きな声で話を始めた。


「さて評議会の全員が揃った所で、採決を取る!戦うというものは立ってくれ!」


どうやらすでに議論は尽くされており、あとは多数決で方針を決めるようだ。7人が立ち上がる。1人だけ座ったまま腕を組んでいる。


「山の島村長!なぜ戦わないのか理由を聞かせてくれ」

「理由は簡単だ。戦っても勝てん!この中で人を殺した事があるやつがいるか?」


山の島村長の言葉に周りは静かになった。皆も判っているのだ、実際に人を殺そうとしても躊躇してしまうことを、そしてその一瞬の間に殺されることを。


「し、しかし20年前のような殺戮と強奪を受けたらもう生きていけんぞ!?」

「「「そうだ!そうだ!」」」

「そもそも食べ物や金を渡しても、彼らが殺さない保証がどこにも無い!」

「なら食料や金以外に、女も差し出したらどうだ?」

「ならお前の娘を海賊に差し出せ!俺の娘は20年前に犯され身を投げたぞ!」


議会はまた紛糾しだした。誰が誰と話をしているのかわからないほど、お互いに大きな声で怒鳴り合っている。誰もがこれから訪れる恐怖に怯えているのだ。議長が机を2回叩く。会場がまた静かになった。


「ともかく結論はやつらと戦う。皆も自分の村に戻って準備をしてほしい。山の島の村長も評議会の決定を尊重してくれ」

「わかった。評議会の結論は尊重する。しかし今から武器を準備することは難しい。そもそも山の島の鍛冶職人は人を切る剣や盾などの武器を作ったことがない。精々包丁や小刀だ」

「出来る限りでいい、今回の戦闘にかかる費用は諸島全体で負担する」


評議長は会の閉会を宣言し、各村の村長はお互いに話をしながら建物を出ていった。常闇の島の村長とセリムも人が減った後、建物を出ていった。外に出た2人にアレクは話かける。


「村長さん、どうやって戦うつもりですか?」

「とりあえずもりを持って戦うしかなかろうて」

「それでは20年前と同じになってしまうのでは?」

「そうじゃが、仕方あるまい。勝てるかもしれんし・・」


これでは皆殺しにされると、アレクは絶望を感じていた。村ごとに抵抗しても各個撃破される。アレクは城で習っていた兵法で、戦争では数の利を生かさなければ負けることを知ってるが、島民の人達に戦争の経験はない。その上恐怖に呑まれている。これでは戦う前に殺される。


「僕は昔兵法について勉強をしたことがあります。評議長と話をさせて貰えませんか?」


村長とセリムは顔を見合わせると、一緒に評議長の所に向かってくれた。評議長の家は会館から近くにあり、玄関からも家の中が騒然としていることが伝わってくる。3人が訪問すると評議長はこの忙しい時に何の用事だと尋ねてきた。


「クジラの腹から助かった、うちの村に住んどるアレクだ。彼がお主に話があるそうじゃ」


評議長は怪訝そうな顔をしながら近くの椅子に座った。


「はじめまして、僕の名前はアレクと申します。単刀直入に言えばこのまま戦っても負けます」

「なんだと!この失礼な小僧は!」


評議長はアレクの言葉を聞いて怒鳴り始めた。アレクはこの怒声を聞き流しながら、なるべく平坦に言葉を並べ始める。


「海賊の優位な点は、戦闘の得意な集団であることです」

「そんな事は解っている!」

「そして不利な点は、島民よりも人の数が少なく、食料に不安もあり、地理にも明るくありません。その上、彼らは島民が戦えないと高をくくっているのです」

「・・・」

「そして僕らは彼らが割に合わないと感じるまで粘れれば勝ちなのです」

「なんなんだ、その割に合わないという条件は?」

「戦えば戦うほど、海賊たちが死んでいく状況です。船を動かすには最低限の人手が必要です。その数より人手が減る事自体が彼らにとっての負けになるのです」

「詳しく説明してくれ・・」


アレクは島民の数の有利を活かせるように、すべての村からこの豆の島に集めること。防衛線を海岸に設置し、上陸の段階で防ぐこと。もし矢で攻撃されたら弓を無駄に打たせ矢の在庫をなくすこと。海賊と戦う時は5人で班を組み長めの銛や槍であたること。アレクはいろいろな対策を説明していると、評議長は話を中断させた。


「ま、まて!もう一度、村長を集めるからそこで話してもらえんか」


評議長は近くにいた人に至急、村長をもう一度集めるように指示を出した。4人も会館に戻る。しばらくすると各村長が再度集まってきた。


「どうしたんだ評議長?方針は決まっただろう?」

「船に乗る前でよかったよ、どうしたんだ?」


それぞれの村長がまた円卓に座りだす。どうやら全員近くにいたようだ。短い時間で評議員の8人が円卓に着席する。


「まずは皆聞いてほしい。この少年はクジラの腹から助かったアレクだ」

「「「おお!この少年が!」」」

「実はこの少年は以前に兵法を高名な人から教わったことがあるという」

「「「なんと!こんな子供が兵法を!?」」」


『え?評議長さん、僕そんなこと言っていませんが・・』


アレクは反論を心の中で展開したが、皆の恐怖心が取れるなら問題無いと考えていた。評議長はアレクの事を非常にすぐれた人物で、私利私欲なくこの戦いの手伝いをしたいと言う申し出があったと説明する。評議長から発言の許可をもらう頃には、アレクに向かって拍手が湧いていた。皆、藁にもすがりたいのだろう。


アレクは評議長に伝えた事をもう一度話し、それ以外も、桟橋以外には大きな船が止まれないことを確認すると、桟橋と市場の間を第一防衛戦として、木で人防柵を作るように指示、小舟で強襲される可能性があるので、高台の見張りと連携した50名単位の遊撃隊を編成。これは小舟に乗れる人数が10人が限界と思われるためだ。


また5人一組が班を作り、班長が決めた的に全員で当たるように班分けを依頼した。防衛隊も遊撃隊もこの班が基本だ。さすがに1人相手に5人がかかればなんとか勝てるだろう。


敵に矢があれば火矢にして、市場の防衛線に使われると思われるので、木の板をもたせた木盾隊と消火隊を編成し、相手の攻撃にあわせ、攻撃隊と切り替えるように指示した。また食料は初戦で取られると戦闘が長引くため、必ず島民だけでなくすべての食料も豆の島に持ってくるように伝えた。持久戦にとって糧秣は戦闘の要であることを皆に理解してもらう。


そのほかいろいろな指示を説明すると、会場にいた人々に大きな笑顔と自信が湧いてきていた。


「くれぐれも今回は追い返すことが目的です。できれば殺さずに最後に食料を少し渡します」


会場の皆の頭に疑問の嵐が吹いた。今までの勝てそうな戦術を並べたにも関わらず、殺さない上に最後に食料を渡すことが理解できず、評議長がアレクに尋ねる。


「なぜ殺さない?」

「出来るだけです。殺せるならそれも良いでしょう。ですが逆に聞きます。あなたは人を殺せますか?そして殺せば、敵は引くに引けなくなり泥沼化します。逆に怪我をした敵は戦力にならず、かえって足手まといとなり他の海賊の戦闘能力を落とすのです」


「なるほど・・、それじゃ、なぜ敵に食料を?」

「敵には逃げ道が必要です。かれらも食料が無ければ、死を覚悟して襲ってくるでしょう。これでは諦めて逃げ出しません。ここが重要ですが彼らが逃げる気になってから、食料をわざと奪わせるのです」


会場には理解できたものもいれば、理解できないものもいるようで、全体に困惑の色が満ちている。その時、会場に息を切らせた一人の男が入ってきた。


「か、海賊船が現れました!!」


アレクは今まで話しをしてきた通りに動くように伝えると、皆走って動き出した。すると1人の村長がアレクも前にやってくる。


「私の名前はポールという。マリーの父親だ」

「あなたがポールさんですか!アレクシスと申します。アレクとお呼び下さい」

「ふふ、面白い少年だ。マリーの話のとおりだな」

「マリーさんには本当にお世話になっております」

「まあ、まずは戦争だ。生き残ったらマリーと一緒に飯でも食おうか」

「ありがとうございます」


アレクは深く礼をしたあと、海賊船が見えたという場所に走り出した。桟橋近くの岩場の高台から水平線の方をみると、黒い旗を掲げた船がこちらに向かっている。まだかなり小さい、到着までには2時間ぐらいはかかりそうだ。他の島の人が豆の島に来るまでギリギリになりそうだ。


アレクは会館に戻る。どうやら有耶無耶うやむやのうちに会館が作戦本部になったようだ。評議長がいろいろな人に指示を出している。


「評議長さん人防柵の方はどうですか?」

「アレクか、最優先で作っているが、1~2時間ではあまり数が・・」

「それでは空いた隙間には空箱を沢山乗せた荷車を並べて下さい」

「荷車?わ、わかった」


そのあと色々な状況についての対策を評議長に伝えると、評議長はアレクの指示を次々と作業員に振り分けて行く。アレクはちかくで地図をみている人がいたので、そちらにも行ってみる。


「あ、アレクさん。小舟が上陸できそうな砂浜は西側の3箇所程度ですね。東や南は崖になっていて、まず登れません。なので北の桟橋横の高台から西の砂浜までしっかり見えます」

「よかったです。くれぐれも遊撃隊のメンバーに、戦闘時は班で当るように徹底して下さい」

「了解しました」

「あ、それから海賊船から小舟が出たら、鐘を1回。それと3箇所それぞれに鐘の回数を割り当てて、鐘の回数を聞けばどの砂浜に上陸するか、伝令以外でも皆にも伝わるようにしてください。複数小舟が出ても最初の小舟の分だけで結構です」

「なるほど、早速みんなに伝えます」


アレクは海賊がわざわざ初戦に奇襲を掛けるとは考えていなかった。アレクは桟橋近くの高台に再度登ると、桟橋から市場までの道を確認する。


「弓矢があれば格好の弓射位置なんだけど・・、ここの人達が弓を持っているとも思えないし」


海賊船を見る。先程より近づいた分の距離と時間を考えると、海賊船の船は思ったり早い。風の向きを考えても船の重さが普通より軽いのかもしれない。奴隷船に乗っていた時は、もっと遅かったからだ。


「海賊の人数が少なければいいなあ」


願望を独りごちると、アレクは会館にまた戻った。そこでは多くの人が作業の報告などに訪れ、すぐに指示を貰って持ち場に戻っていく。さすがに村長として村をまとめている人たちだ。やるべきことがはっきりしていれば、段取りに悩むことも無い。


アレクはその様子をみながら、ふと、いい所だなと思っていた。みんな島を守るために一所懸命にしている。人が少ないから大概はみんな顔を知ってる。家族も知っている。まるで大きな家族みたいだと、アレクはその様子を見て、心からこの人達が助かるようにがんばろうと心に誓っていた。


そして1時間半後、海賊船が桟橋より少し離れた所にとまり、小舟を出してきた。小舟には8人ほど乗っており桟橋までの水深を調べながら桟橋までやってきた。海賊の1人が海賊船に合図を送ると、海賊船はゆっくりと進み出し桟橋の脇に止めた。


先行した小舟に乗っていた8人は、海賊らしい服装をして三日月刀を振り回している。眼の前に人防柵が見えてくると立ち止まった。人防柵の向こうには評議長ほか数人の村長が並んでいる。


「おやー?ここの貧乏人たちは、あっちらと戦うつもりなのかなー?」

「海賊の皆さん!この島は貧しく奪えるものはありません。できるだけの食料をお渡ししますので、お帰り頂けませんか?」


評議長が海賊と交渉を始めた。すでに評議会決議では海賊と戦うのは多数決によって決まっているが、ダメ元で言ってみたのだろう。


「あはは!おまえら馬鹿だな!そんなんで帰る海賊なんぞいねえよ!いくぜー!皆殺しだ!」

「「「おう!!」」」


海賊船からは続々と海賊が桟橋に降りてきて、戦闘している場所に合流し始める。すでに最初の8人は人防柵を登り出していた。そこでポールさんが大きな声で指示を出す。


「第一列攻撃!」


人防柵の内側にいる村人50人ほどが、銛やら木を削った槍やらで人防柵を登ろうとしている海賊を次々と刺していく。予想通り、短い剣と違って長い武器の方が恐怖心は少ないようだ。


「痛て痛て痛て!!こいつらやりやがったな!」


最初に登りだした8人はすべて体中を刺され、一旦後ろに戻った。何人かはかなり血が出ている。その時に後ろに続いてきていた海賊たちが、また人防柵や横の荷車に登りだす。


「第二列攻撃!一列目は下がって深呼吸!」


一列50人の島民が所狭しと銛を突き出す。ポールの声が響くと10人くらいがまた、刺されて血を流して後退する。最終的に後から合流してきた海賊も合わせ、40人ぐらいの海賊が人防柵の前に集まった。すると海賊たちの一番後ろから怒声が聞こえる。


「馬鹿野郎ども!頭を使え!火矢を打ち込め!」


何人かが火石で矢の先に火を点け、人防柵と荷車へと打ち込んでいく。


「攻撃隊下がれ!木盾隊前に!消火隊を守れ!消火隊は放水!」


ポールの指示によって、木盾隊の木の板に守られた水石を持った人たちと、水の入ったたらいを持った人たちが人防柵や荷車に水を掛けていく。火矢の火はあっさり鎮火された。


「こいつらー!装備はちゃちいが戦争なれしてやがる!」


海賊の何人かが横の崖を登り始めると、崖の上から人の頭ほどほどの石が落ちてくる。


「ぐぐぐ・・、野郎ども!一旦船まで戻るぞ!」


船長らしき男が海賊たちに命令を出すと、怪我をした海賊たちを連れながら、桟橋の方に戻っていった。島民の人々から歓声が上がる。


「やったぞ!俺たちが追い払ったんだ!」

「やれる!俺たちでもやれるんだよ!」


島の人々は思い思いの感激の言葉を叫んでいた。しかしアレクはそれを聞いて、島民に勇気が湧き上がり恐怖心が払拭できたこと確認したうえで、大きな声で島の人達に警告を発した。


「まだです!戦いはこれからです!次の準備に入って下さい!」

「「「おおー!!」」」


アレクは皆が浮かれている様子に若干の不安を感じていた。


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