20話 冬の訪れを告げる星
「目が覚めたわ」
「でしょうね」
料亭を出ると外はもう真っ暗。
薄明りの灯る料亭の裏口でのイルクの呟きに、エリスは当然だと頷く。
代金はエリスが料亭の責任者になにやら紙きれを渡すことで済まされた。
聞くと、首都にあるレオングラード騎士団領の大使館へ宛てた支払い命令書だという。勇者を捕まえたときなどの接待用・買収用に持たされたものだから大丈夫とエリスが言い、イルクは興味本位でその金額を覗き込んだ。
それはその、感想である。
「今回は直接ふところは痛まないけど、これからこういう店で追加を頼むときは少しは値段も意識しなさい」
「おっそろしいところだ。二度と来ない」
「まあ二度と来れないけど」
そう言い合いながら夜道を歩くイルクとエリスの後ろを、リオは無言でついてくる。
「大丈夫?」
エリスが声をかける。リオは今にも眠ってしまいそうな表情。
「久しぶりに食べすぎちゃいました」
「肉、三分の二くらいしか食べてないのに?」
「デザートまで出たし、もう限界です」
「あなたはもっと食べて身体を作らないと、長旅なんてできないよ」
今までどおりエリスはリオを叱咤するが、それは以前より穏やかな笑顔でのもの。
その様子にイルクは安堵する。もっともその和解はイルクに勇者らしくあってほしいという意見の一致からのものであって、自分にとっては面倒な話だったのだけれど。
そして二手に分かれる道にたどり着く。片方の道はイルクたちの借家、片方の道はエリスの泊まる宿に続く。三人は立ち止まり最後の確認をする。
「消耗品はお願いしてていいんだな」
「うん。ある程度の食料や調味料程度なら買っておくよ」
「じゃあ昨日服も買ってもらったし、カニ代の半分渡しとく」
そしてイルクがふところから袋を出しエリスに渡す。エリスがそれを覗くとそこにはまとまった額の現金が。エリスは驚きの声を出す。
「ちょっと待って。カニそんなに高かったの? そっちの方が目が覚めるんだけど」
「びっくりだよな」
「びっくりだわ。さっきのワインにびびってたのが馬鹿みたい。これだけあるなら冷蔵用魔法石がついたカバンも買えるよ」
「食料用? 買っていいんじゃね」
「こういう重要なことは早めに教えてほしかった」
エリスはぶつぶつ文句を言いながら、袋を自分のバッグにいれて、そしてメモを取り出す。
「これだけあるならついでに魔力回復の薬も買おうかな。……えっと、お互い持ってる傷薬の数がさっき確認したこれで、プラスして明日受け取れる研究所の薬もあるから、ケガのほうの薬の補充は必要なさそうだし」
「魔力回復の薬は高いんだっけ?」
「高価だけど、二、三本買っておきましょう。いざというときリオくんの魔力回復ができるといいから」
「じゃよろしく。俺は借家の契約解除の手続きと、あと乗り物探す」
「家畜なら、草を食べるほうにしてよ」
そんなイルクとエリスの打ち合わせに、リオが目をこすりながら口を挟んだ。
「僕は明日は、さっきの研究所にその薬を受け取りに行くだけでいいんだよね」
「ええ。受付に言えば用意してくれてるはずよ。あなたはそれだけやって、あとは休んでなさい」
「はい……」
最後の返事はあくびと同時。
このひ弱な剣士との長旅が大変なことがひしひしと感じられる。
「では明日はそれぞれ作業して、夕方にあなたたちの家で合流しましょう。私も宿を解約しちゃうから明日だけは泊めてね。……では、また明日夕方会いましょう」
「ああ」
「はい」
分かれ道での立ち話は終わり、エリスはくるっとふたりに背を向ける。街灯が薄明りで照らす秋の夜。夏よりもずっと澄んだ空気が、星たちをより輝かせている。
「……あ、もうこんな時間にも忌み星が見える季節になったのね。寒くなる前に比較的暖かいダムダラヴェーダに入りたいね」
エリスの向いた方向は東の空。家々の屋根のすぐ上にひときわ明るく目立つ星があった。とても美しい星なのに、そんな呼ばれ方をする星。
「忌み星?」
リオが首を傾げ、問う。
「あれっ知らない? 冬が近くなるとあれが夜の早い時間に見えるようになるの」
「ああ、なるほど……冬の訪れを告げる星」
なにか思い出したように頷くリオ。
仮にも賢者の子、あの星を知らないはずはないよねと、エリスは何気なく思う。
「冬か。ディルイベリルの冬を耐えた服があったら補充はいらないかな」
「レオングラードやエレクファレリアほど寒さはキツくないはずだからいいんじゃない。足りなかったらやっつけた動物の毛皮とか剥いじゃえばいいし」
「姫様、ワイルドだな。革をなめしたりできるのか?」
「できない、けど、なんとかなるでしょ」
「なるかなあ」
「ダムダラヴェーダ帝国にだって住人くらいいるはずだし、やってくれる人いるでしょ、大丈夫よ。……じゃ、改めて、そろそろ」
立ち話が延長された間、リオはぼんやりと星を見ていた。
話は聞いていなかったであろう彼の肩をイルクがぽんと叩き、エリスは二人に手を振る。
「また明日ね」
「ああ、おやすみ」
「……おやすみなさい」
そしてエリスは東のほうへと伸びる道の先の闇へ消えていった。
旅立ちは明後日予定。
明日はその準備の日だ。
◇◇◇
それぞれが旅立ちの準備を行う日。
三人は別行動をしていた。その中のひとり、リオの動向について。
リオは決められた役割どおりに再び研究所を訪れていた。
地味な布の服にいつものコートを羽織って。
やはり門の前に守衛はいたが、通り抜ける前にフードを取ると、見た目だけは魔法使いに見える彼は呼び止められることもなく門を通過する。
魔法使い、特に白魔法使いは髪の毛を薄い色に染めたり、きらきらと白や青に光るアクセサリーが好きだったり。一般人よりも煌びやかに見える者が多い。
街中では目立つであろうリオが、ここでフードを取って歩いてもそんなにはじろじろと見られない。
「すみません。昨日レオングラードの姫と一緒に来た者ですが」
昨日もいた受付の若い女性に声をかけると、彼女ははい、と立ち上がり小さい箱とそれを入れる用の袋を持って出てきた。
「この中にポーションが十本入っています。うち青い蓋がケガ用、赤い蓋が毒やマヒなど状態異常用です。薬草による回復薬ではなく魔法による回復薬なので、ポーションの蓋を取ったそのときしか使えません。一本のうち少しだけ使って残りは次の機会に、っていうのはできませんので注意してくださいね」
「わかりました」
箱を覗いてみると、青い蓋と赤い蓋のビンがそれぞれ五本ずつ入っている。本当に効果があるのかと不安になるほど小さいビンだ。ひとつを軽く摘まみ上げてみると、その中が液体で満ちているのが見えた。
「これ、飲むんですか?」
「飲んでも患部にかけてもいいですよ。深いケガが一か所あるなら直接そこにかけるのがいいですし、広い範囲のヤケドなどなら飲むほうがいいですし。気を失っていたりマヒしていたりして薬を飲み込めなくても口に流し込むだけで効果はあります。薬の形にはなっていますが、あくまで魔法によるものなので、感覚で使ってもらって結構です」
「……なるほど。ありがとうございます」
受付の女性の丁寧な回答にリオは頭を下げ、箱を袋に入れる
振り分けられた役割はこれで終わり。しかし、リオにはもうひとつ目的があった。そのために、この役割に手をあげたのだった。
「あの、ところで」「あの、ところで」
いまいちコミュニケーション能力の低いリオが意を決して声をかけた。が、相手が同時に同じ言葉を発し、出鼻をくじかれる。
「……お先にどうぞ」
気まずそうにリオがそう言うと、彼女はもっと気まずそうな表情で言った。
「あ、はい、えっと、お尋ねしたいんですけど。その金の髪と瞳、とっても綺麗で……どうやって染めてるんですか? 魔法の気配はしませんが」
「は?」
あまり言われたくない外見のことを言われ、リオは軽く睨むような視線を投げてしまい、受付の女性はびくっと身じろぐ。イルク相手にはいつもその視線を投げていたがそれはイルクが全く動じないからで、つい。
リオは即座に目を閉じ、下を向いた。
グランに目つきについていつも注意されていたことを思い出す。
もちろん人を睨むのはよくないだろう。
でも、そういうマナーのようなものではなく。
……彼女に、特に異変はないようだ。
クオンザの町だっけ?
あのときを最後に 出ていない。大丈夫。
一息ついて、リオは顔を上げて再び気まずそうに答える。
「……これ地です。染めてはいません」
「え、ええ、そうなんですか?」
そういえば昔、グランが死んで、ミレアと旅に出ようかというとき、ミレアが髪の色を染める染料をどこからか持ってきた。
汗をかいたり髪を洗ったりするたび色が落ちて、もう面倒くさいねってなってフードを被ってすませてきたけど、魔法で簡単に変えられるものならばこんな派手な色でなくしてしまいたい。
しかし今、聞きたいのはそんなことではなかった。
「では、僕のほうの質問ですが、こちらに呪いの類いを解く専門の方はいらっしゃらないでしょうか? お尋ねしたいことがあるのですが」
「呪いですか? いますけれども。なにかお困りなのですか?」
「はい。解いてもらいたい呪いがあるんです」
呪いをかけたのは、あの賢者グラン――
並の者では解けないだろうけれど。
昨日リオはその一縷の望みにかけて、薬を取りに来る役目に手を挙げた。
……しかしこの先の記憶は、次の日には消えてしまうものだった。
その呪いのせいで。




