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泥地のシラリゼーション  作者: 鑑光あみか
第一章 逃亡なのか、旅立ちなのか

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12話 さよならと、捕獲

 イルクは宿の部屋の長椅子を見つめて途方に暮れていた。

 こうるさいガキによる説教が一晩続くかと覚悟していたのに、彼は部屋に着くやいなや部屋の固い長椅子に横になってさっさと寝てしまったのだ。


 あまり綺麗とは言えないベッドに勝手に移動させるのも、自分だけそのベッドに眠るのも気が引ける。


 仕方ない。自分は床に寝よう。

 そう思いながらイルクはベッドの毛布を床に引き、横になった。




 翌日、朝日が昇る直前のこと。

 リオは長椅子の下、床の上に眠る勇者を見ていた。

 あまりにも無防備な。


 ……今は勝てないと思ったからひとまず距離を取ってやりすごすつもりだったけれど、わざわざこんなとこに連れ込んで。

 勝てるな。『今』なら。


 そうは思ったが父から言われた言葉と師匠から言われた言葉が頭の中で戦っているようで、身体が動かない。

 関わってはならぬか、仲間となるか。……もしくは。


 そうしているうち朝日が昇り、リオは立ち上がり窓のカーテンをめくる。

 遮光カーテンの向こう、いつも訪れていたときとはかなり違う雰囲気の広場が見える。

 それを観察していると、部屋が明るくなったせいでイルクが目を覚ました。

 

「早いな」


 イルクは目を擦りながら身体を起こし、窓のほう、リオのほうに近寄る。


「……寝相悪すぎない?」

「落ちたんじゃねえよ。なにを見てたんだ?」


 イルクはカーテンを全て開けてリオが見ているほうに目をやった。

 それは広場で、テントが数張立っているのが見える。


「昨日はなかったな。あれ」

「そうだね」


 リオは窓から離れ長椅子に腰かけ、なにか言いたげにイルクを横目で見てくる。

 これはいろいろ言われる前に行動したほうが無難だろうと、イルクはその視線に気付かぬふりをしつつ町中用の普段着に着替えた。

 そして飲み水と少しの砂糖菓子と、部屋のカギとを一緒にリオの前に置く。


「ちょっと見てくるわ。俺が出て行ったらカギかけてて」


 そう言い残してイルクは部屋を出てドアを閉める。

 内側からカギのかかる音を確認してから外へと向かった。




 言われたとおりカギをかけたリオは、再び窓際へと向かい外を見る。

 宿から出たイルクが振り向いて軽くこちらに手を振ってきた。

 手は振り返さずカーテンを閉め、リオはその場に座り込む。

 そしてぎゅっと自分の身体を抱きしめ、思う。



 ――勇者あいつ。もっと嫌なヤツなら、きっと悩むこともなかっただろうに。




    ◇◇◇




 三十分ほどで宿に戻ってきたイルクはパンの入った包みを抱えていた。


「パン屋だけもう開いてたよ」

「広場はなんだったの?」


 朝食に釣られず、リオは外出の結果を尋ねる。


「これ言ったらまたいろいろ言われそうだから、正直言いたくないんだけど」


 イルクは包みを机の上で破き広げながらそう言い、そして自分用の水を汲んで机に持ってきた。


「まあパンでも食べながら聞いてくれ」

「……いただきます」


 あまり気の進まぬ様子でパンを手に取るリオの横に座り、イルクは水を口に含む。


「昨日のオーク退治、もともとの北の集落に近付いていた一団は全滅させた。でもその戦闘が終わったあとにもう一団、ボスオークと数匹の取り巻きが現れて冒険者たちを薙ぎ払い負傷者多数で撤退。あちらも死者を弔いでもするのか、追ってはこなかったと」


 イルクは会話の途中でパンを大きめに千切り、食べる。リオはずっと、パンをひと口ひと口小さくゆっくり食べている。


「しかしそのうちに報復が来るだろうと、役人たちが北の集落の人たちも撤退させて今に至る、と。あのテントは北の集落の人たち」

「裏目もいいところだ」


 イルクの報告を最期まで聞いて、リオが吐き捨てた。


「そうだな、完全に敵の力量というか、物量が読めてなかった。背後にもうひとまわり強いのがいたなんてな。しかも完全に怒らせてる」

「北の集落どころか、ここにまで来るんじゃないの」

「かもね」


 そのイルクの軽薄に聞こえる返事に、リオが睨む。


「それでもやはり君は、動かないのか?」



 イルクは悩んでいた。

 今更勇者ぶるわけではないが、さすがに長く住んだこの町に強いオークが攻めてくるなんて考えたくない。見慣れた人たちが命を落とし、見慣れた景色が破壊されるところなど見たくはない。


 どこか人目につかないところで待ち構えて、倒してしまうことはできるだろうか?

 イルクが無言でそう思っていると、どうやら目の前の少年には誤解されたようだ。


「どうやら僕はうとまれてるようだし、もういいよ。君はこのまま常人の生活を続けるといい」


 リオは立ち上がり、干していたコートを羽織ってブーツを履き、腰に剣を挿す。


「……どうする気だ?」

「別に、どうもしない」


 机に戻ってきて、食べかけだったパンと、反対の手でもうひとつパンを掴む。


「これだけ貰っていく。昨夜からのこと、いろいろありがとう」


 そして軽く頭を下げた。


「ちょっと待てよ」

「僕には時間がない」


 イルクが止めるが、リオは手を留めない。いつものバンダナを顔に巻き、フードを被る。


「これ以上ここでお金貯めてても仕方がないことはわかったし、もう進まなきゃ」

「……ダムダラヴェーダへか?」


 その帝国の名を耳にし、リオは数秒、ドアノブに手をかけたまま静止していた。が、ふと振り返り、笑う。


「闇の女帝を倒すのが無理なら、闇の皇子を生け捕りにすればいいんでしょう?」

「なにを無茶なことを……!」


 俺が命じられてあっさり諦めた目標を、俺から聞かされただけで目指そうとするなんて。


 そうイルクが戸惑っていると、かちゃっとドアを回す音とともに扉が開かれる。


「さよなら、イルク」


 そして閉まる音。

 彼が初めて普通にイルクの名前を呼んだ。

 それが、この二人の別れ。



「いや、ガキ一人に行かせられるかよ!」


 イルクは一人吠え、今来ている町中用の普段着の上に革の胸当てを、そしてその上から丈夫な麻の服を着る。槍を背負うためのベルトを巻き、その金具に愛用の槍をはめる。そして腰巻きバッグに数本の回復薬を投げ込んだ。

 急いで支度をしたが、それでも五分は経った。でも彼の行先はおよそ想像が付く。



 世間も知らなそうな子供一人で、今からまっすぐダムダラヴェーダ帝国へ向かうことができるとは思えない。

 それよりもまず、さっきの様子ではあちらに行くはず。


 イルクは走った。

 いつも出入りする広場は町の南側の門に面しているが、その反対側の北門のそば、馬車乗り場へと。




    ◇◇◇




「北の集落行きの馬車は今日は出ないよ。魔物に占領されてるっていうからね」

「そうですか。わかりました」


 リオは馬の手入れをしている男性に頭を下げる。仕方なく、歩いて行こうかと門外へと足を向ける。そして門をくぐろうかというとき後ろから馬のひづめの音がして振り返った。

 そこには馬上から眉間に皺を寄せて声を上げる、さっきまで見ていた顔があった。


「追いついたぞ。この無謀野郎が」

「なぜ、ここが」

「俺、勘はわりといいんだよね」


 イルクが馬を降りると、リオは逃げるように二・三歩後ろに下がる。


「なぜ追って来るんだ。君はあれを対処する気はないんだろう」

「勝手に対処する気がないことにするなよ。一応どうするか考えていたんだぞ。そんな中お前が飛び出していっただけだ」


 そのイルクの言葉が信じられず、リオは不審そうな表情を見せる。


「……お前が最終的にはダムダラヴェーダ帝国に行きたいっていうことは今はひとまず置いておいて、たった独りで特別準備もせずに強いオークの群れに突っ込んでいこうとする理由はなんだ。単純な正義感か?」

「それは……」


 リオは口ごもりながら、馬の手入れをする男性をちらちらと見ている。会話を聞かれたくないのだろう。

 イルクは馬とリオをそれぞれ左右の手で引いて町の外へと出た。


 声が門内に届かないだろう距離まで離れると、リオがイルクに噛みつくように言い返し始めた。


「ミレアは決して市井しせいの人々を見捨てなかったからだ。僕は弟子として、同じようにありたい」

「理想が高いのは悪いとは言わないが、それで命を落としてはミレアさんも喜ばないだろう」

「死にに行くつもりはないよ。オーク程度、どんなに強くても僕は勝てると思ってる」

「十何人ものおっさんをなぎ倒したオークを、独りでか?」

「そうだよ。相手がどんなに強くても、一対一なら僕は誰にも負けない」

「えっ昨日」


『一対一で俺に負けなかったか??』

 イルクはそう口にしかけたが、それはさすがに大人げないと思い飲み込む。

 リオはイルクが言わんとすることを感じ、不満そうに腕を振り払う。


「取り巻きがいると聞いたが、まず最初にそいつらを倒せればボスと一対一になる。そうしたら問題ない」

「それは一対一とは言わないのでは?」

「昨日君に負けたのは、君はミレアから学んだ力だけで倒したかったからだ」

「学んだ力、だけって?」

「君との戦いでは使わなかっただけで、魔力込みで戦えば決して負けない」

「お前魔法使えないって……もう突っ込みが追い付かないんですけど!」


 リオは、くるっと町に背を向け森の方へ目を向ける。


「だから……放ってくれてて大丈夫。君が思ってるよりは僕は強い、はず」

「強いんだろうけどさあ」


 イルクは歩き始めたリオを追いかけ、肩を掴む。


「北の集落まで歩いて行って、疲れ果てた状態でも勝てるっていうなら止めないが、俺がなんのために馬借りてきたかわからないのか。一緒に行こうって言ってるんだ!」


 イルクの言葉に、リオは金の瞳をまん丸くして一・二度まばたきをする。


「大体お前は要領が悪いというか、もうちょっとスマートに行動できないのか。馬車なかったら諦めて歩くとか野生児か」

「……野生児なのは否定できない」

「そろそろ文明化してくれ」


 イルクは馬にまたがり、そしてリオを引っ張り上げた。リオは素直に馬の鞍についた金属に掴まり、ちらっと横目で後ろを、イルクを見る。


「少し、見直した」

「少しだけかー」


 馬の腹を軽く蹴る。馬はゆっくりと歩き出した。


「走らせて大丈夫か?」

「初めて乗るけど、多分大丈夫」


 イルクは同乗者の了承を得て、馬を急がせる。

 北の集落へと。


「できれば勇者キミの前で本気は見せたくないが、でも判断材料にはなるか……」

「ん? なんて言った?」


 そして走る馬の蹄の音で、イルクはリオの呟きは聞き逃した。

2019/10/9 内容は変えず、多少の修正をしました

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