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戦場のヤルダバオート  作者: 館伊呂波
6/6

最終話

「案外早かったね、リーフ」


 軽めの話し口調は変わらないものの、明るい声音は少し低くなっている。

 まるで大部分すっきりしたような顔だ。


「これを()ったのはお前か?」

「そうだよ」


 答えは分かっているが、一応聞いてみる。

 すると隠す必要が無いからか、すぐさま答えを返してきた。


「理由を聞かせろ」


 リーフは脅しを掛けるように強く迫る。

 無論、味方を殺されて怒っているわけではない。自分の生存確率を上げるための道具である味方を、まとめて殺されて腹立たしくなっているのだ。


「邪魔だったの」

「は?」


 理由にならない短い返答に煮えくりかえった(はらわた)が喉から飛び出す。

 すると、彼女は少し気恥ずかしそうにしながら続けた。


「邪魔だったのよ。リーフと二人きりになるためには」

「どういうことだ?」

「私はあなたのことが好きよ。けどあなたは他のことばかり考えていてちっとも私の方を振り向いてくれない。昨日の夜もそうだった、いつも銃ばっかり見つめて、生き延びることしか考えない」


 だから、と不敵な笑みを浮かべる。


「私はあなた(リーフ)以外を殺すことに決めたの。全部。そうすればあなたは銃も見なくても良いし、他人を見なくてもよくなる。私達は共に生き延びることが出来るし、世界にたった二人だけになれる。そうとなれば、あなたも私だけを見つめてくれるでしょ? 私だけを信頼してくれるし、絶対に一緒になれる。どう、分かりやすいでしょ?」


 それはある意味、究極の告白だった。

 生き残りたいという欲が自分にはあるように、一緒になりたいという欲が彼女にはある。深夜の見張りで不意に言われたことだ。


「そしてまず手始めにみんなを殺したの。戦っている最中をここから狙撃してね。でも勘がいいものだから、リーフと同じように戻って来ちゃった。本当はあなたが戻ってくる前に全員殺しておくつもりだったんだけどね」


 惜しかったなと、呟きながら見下すような視線を、体が固まって動けなくなっているフリーシカに向けた。見られたくないと言いたいのだろうが、それももう叶わない。リーフは最後の一人が殺される直前で戻ってきてしまった。



 カチリと小さな音がする。



 フリーシカの怯えた目が、更に見開き、麗しい瞳から黒目がはっきりと映し出される。


 そして銃声が響いた。


「どうしてっ!」


 声が狭い室内に木魂する。



 けれども、その声はリーフでもフリーシカでもなく、メリアから発せられたものだ。

 狙いをうまく定められない中、当てた弾丸は、メリアの持つ銃を撃ち飛ばしていた。


「どうして? ふん、残念だったな。俺がお前を信用すると思ったか? 確かにお前は管制官としてのバックは信頼できる。けれど、戦場の前線に立たないお前が、今までずっと戦ってきたこの味方達の代わりに、それ以上に、敵を殺して活躍できると? いい加減なことを言って笑わせるにも程があるだろ!」


「あっ……!」


 リーフにとって生き残る確率が高いのは、ここにいたたくさんの味方達と協力し合って敵を殺すことだった。もし、メリアが一人で戦う方がリーフにとって生き残る確率が高いのならば、彼はその手段を迷わず選んでいただろう。


 だが、ただ単にこの死ぬ運命にあるだけの世界で色恋沙汰にほのめかされ、あまつも深く考えずに二人きりになりたいと理想だけを掲げた彼女を、誰が信用して任せようという気になるのだろうか。


「だから死ね。もう、お前は必要ない」


 ガチリ。

 先ほどまで手に標準が定まっていた銃が、彼女の脳天に向けられる。


「待って、リーフ! 私はただ、あなたのことが!」

「…………」


 言葉はない。これから殺す相手に慈悲などかけない。

 むしろこれからの自分の生存確率を下げた敵として、全力で殺しにかかる。


 もしかしたらその原因も、人を遠ざけ続けていた自分にあるのかもしれない。銃ばかり見つめて気を配らなかったのが裏目となって、メリアをこのような衝動にさせたのかもしれない。けれど、今更やり直すことは不可能だ。

 科学が発展し、その科学が魔術を生み出し、魔術が人々の崩壊を招き、多少の人間以外が助からなかったのと同じように。


 因果応報、自業自得。人にはとてもお似合いの言葉だろう。


 バアアン!


 最大の集中力で放たれた決定的な一撃(クリティカル・ヒット)はメリアの眉間を貫き、勢いのまま壁にまた一つ穴を開けた。

 彼女は背中から倒れ、血しぶきを上げながら動かなくなる。


「お前には神の加護は必要ない」


 蔑むような眼を向け、リーフは生き残ったもう一人の方へ逸らした。

 そこには生き残ったからか安堵しているフリーシカがいる。

 そして目が合うと、溜めていた涙をこぼしながら見つめてきた。


「あ、ありがと、助けて、くれ、て……」


 だが、リーフはお礼を掛けられても笑顔もなければ、反応を返すこともなく彼女を睨み付けるように眼差しを当てた。

 それに違和感を覚えたのか、フリーシカはわずかに首を曲げる。

 次の瞬間、リーフは血走りながら数メートルの距離を詰め寄ると、彼女の首元を蹴りつけ、壁に固定させた。

 頭蓋骨の響く鈍い音が跳ね返り、押し出された肺の中の空気がわずかな血と共に出る。苦しさか痛みか、フリーシカは抵抗すべくその足に両手をかざす。


「言っておくが、俺はお前も信用していない。状況が状況ならそこの廃棄物と一緒に殺していたところだ。だが、この先俺が生き延びるには少しでも戦う味方の数は多い方がいいと判断した」


 だから、と抵抗する彼女を更に強く押しつけ、銃口をその額に密着させる。


「目を見て答えろ、今ここで服従することを誓うか、死ぬか。これからお前が少しでもおかしな行動をとろうとすれば俺はお前を容赦なく殺すし、祈りもしない。しかし、レディーファーストを務めるなら俺はお前を認めてやる」


 レディーファーストとは、元は男性が敵に殺されないように女性を先に向かわせる言葉である。つまり盾代わりになれ、そうすれば命は取らないと言うことだ。


「は、はい……」


 フリーシカは許しを請うように首の動く限り、できるだけ大きく何度も縦に振った。目もしっかりとリーフを見据え、偽りのないことを示す。              


それに対しリーフは、十秒間見下し続け、確認をする。

 そして額から銃口を外して、顔の真横に向けて銃弾を一発放った。

 すると再び目を見開いて怯えた声を上げる。


「あいつのせいで今日殺しきれなかった敵が向かってきている。今すぐ戦闘準備を行え、最低限今日は死守し、終わったら準備してこの砦を離れる。急げ」


 足を離すと、フリーシカは手早く準備を始める。

 恐怖支配、あまり取りたくなかった行動だが、こうなってしまった以上どうしようもない。どのみちこうなるのは時間の問題であった。それが単に早まったに過ぎないが、やることは変わらない。


 生き残るためには何だってする。


 リーフはフリーシカを先に向かわせながら、見張り台から敵を穿ち、また今日も生き残るために戦いに向かうのだった。



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