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邪悪から届いたもの


 自室に帰ったエヴァは本を読む前に、隊長のグレイに連絡をとることにした。彼にはエヴァと連絡がとれるように、小さな水晶玉を渡している。手鏡に手をかざし、グレイからの反応を待つ。


「こちらグレイ」


 グレイの平坦な声に、エヴァは怖気づいた。そしておずおずと言う。


「こんにちは、隊長。こちらエヴァです。あのぅ、私の任務はどうなっていますか?」


「君以外でできる仕事は振り分けているが、やはり君がいないといけない任務があるな」


 そう、帰らないといけないのよね。エヴァは唇を噛み締めた。


「実は、まだ帰れそうにないんですけど……」


 少しの沈黙があった。


「……理由は?」


 グレイの少し低くなった声に、エヴァはモゴモゴと言い訳する。


「そのキングレイのご当主のために働きたくなったというか、なんというか」


 重い溜息が答えだった。


「今の当主はジョン・キングレイか。彼のことは知っている、いいやつだ。しかしこちらに帰ってきてもらわないと……」


「あと少し、あと少しでいいですから! お願いします!」


 エヴァの必死の頼みに、グレイが折れた。


「あと三日だ。他の隊員の手前、これ以上は譲歩できない」


 エヴァは手鏡に向かって、頭を下げた。


「ありがとうございます、隊長。では失礼します」


 そしてエヴァは手鏡に手をかざし、通信を切った。ため息をつき、考える。ジョンとあと三日しかいられないなんて……何か手を考えるしかないわね。


 


 夕食のとき、エヴァは自分を一番映えさすドレスを選んだ。エヴァの瞳の色と同じエメラルド色のドレスは上品で、彼女の瞳を深みのあるものにしていた。


 そんなエヴァが晩餐室に入ってきたとき、ジョンは思わず瞳を奪われた。紳士としてレディが部屋に入ったならば立たなければならないのだが、礼儀作法はジョンの頭から遠くへ飛んでいた。


 そしてエヴァは、はにかみながら、ジョンの元に近寄る。ジョンは何か言おうとするが、あ、う、といった唸り声しか出せなかった。


「ジョン?」


 ジョンは名前を呼ばれる声で平静を取り戻した。ジョンは大急ぎで立ち上がり、一礼した。


「こんばんは、エヴァ」


 正装しているジョンの姿が、エヴァには輝いて見えた。自分がお姫様として、おとぎ話に紛れ込んだように感じた。


「あの書類はどうでしたか?」


 エヴァはずっと考えていた話題を出した。


「ああ、興味深いものだったよ。ミュルディスとの契約は全部、あの書類群に書いてあると思う」


 エヴァが座ると、ジョンも席に戻った。


「一族の大事な知恵を受け継ぐことができた。よかったよ」


 ジョンは安堵の笑みを浮かべた。それが嬉しくて、エヴァも微笑んだ。

 そして柔らかな雰囲気に包まれながら、食事が始まった。しかしその時間は長く続かなかった。


 クリスの父で執事のセス・コールウェイが、急ぎ足で晩餐室に入ってきたのだ。


「どうした、セス」


 ジョンは眉をひそめた。


「旦那様、おかしなものが届きました」


 セスは厳しい顔つきで、ジョンに箱と手紙を渡した。ジョンは訝しげにしつつも、手紙を読んだ。


「私にも手紙が届いたのですが、おかしなことが書いてあるのです。旦那様にお伝えした方がいいと思いまして……」


 手紙を読んだジョンは、箱を開けた。中身を見た瞬間、彼の顔つきは厳しく怒りに満ちたものに変わった。


「セス、お前の手紙には何が書いてある?」


 低く厳しい声に、エヴァの背筋も伸びた。グレイが怒っているときと似たような声は、彼が軍で指揮官であった証だった。


「お前の真の主人が帰ってくる。ニセの主人に仕えることはもうやめろ……私の主人はジョン様、あなたです。この手紙は、私にとって侮辱以外のなにものでもありません」


 セスは姿勢を正しながら、誠実に述べた。ジョンはセスに優しく微笑む。


「お前の忠誠に感謝するよ、セス」


 そしてジョンは、箱の中身を手にとり掲げた。


「兄さんたちが乗っていた馬車の部品は、ほとんど回収することができた。しかし足りないものがあったな」


 セスは頷いた。


「はい、留め具が一個見つかりませんでした」


 エヴァは肖像の間での会話を思い出した。エヴァはあのとき、ジョンが言っていた、きっとの続きを悟る。


「それはこれだろう? やはり、あれは事故ではなかったんだ」


 ジョンはセスに留め具を見せた。そしてエヴァの方を向く。


「エヴァ、君の魔法で誰が持っていたか、特定できないか?」


 エヴァは残念そうに首を振る。


「私の魔法では、できません。でも私が所属する部隊のメンバーで、探知ができる子がいるので、その子を呼んでもよろしいですか?」


 ジョンは驚いた。そしてエヴァをじっと見つめた。


「君はどんな部隊に所属しているんだい? もしかして軍人なのか?」


 エヴァはその射抜くような視線に負けず、はっきりとした声で答える。


「はい。ベルディア王国とミュルディスの友好の証に、ベルディア王国軍に所属しています。グレイ・アクス大尉が指揮する《戦乙女》という部隊です」


「グレイ? ああ、女性に囲まれて白髪が増えた可哀想なやつだな……すまない、今言ったことは撤回する。彼とは同じ部隊になったことがある」


 エヴァは二人が知り合いだと知っていたが、ジョンも軍人であったことを初めて知った。


「私も爵位を継ぐ前は、軍に所属していた。三週間前だというのに、なんだか遠い昔のことのようだ。グレイに今すぐ連絡できるか?」


「はい、ちょっと待っていてください」


 エヴァは頷き、手鏡を取りに部屋に帰った。


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