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キングレイの召集


 マッケナ氏族は魔法を使えるミュルディスという種族の12ある氏族の一つだった。


 ベルディア王国軍の特殊部隊《戦乙女(ワルキューレ)》に所属している魔女、エヴァンジェリン・アイリーン・マッケナはそのことを誇りに思っている。


 一族から離れて軍で働くことになり、ミュルディスの他の仲間のように修行に明け暮れることができなくても、祖先から受け継いだもので、他の者より劣っていることがあるとは一つも思わなかった。

 また、エヴァのように、12氏族の中から長老会議で決められた優秀な12人の若者がベルディア王国軍に参加していているため、一族から離れていても孤独を感じることはなかった。


 エヴァが軍に入ってから、4回目の春になった。エヴァは他国を偵察するという任務を、ホウキに乗って空から見ることで終わらせ、大浴場で身を清めたあと、報告書を書いていた。

 ホウキに乗って空を飛ばなくても、他国の偵察は水晶玉を覗けば一瞬で終わることだが、エヴァがストレス解消の手段としてホウキを乗り回していることは《戦乙女》では周知の事実だった。


「マルグスの海上は春の漁が始まったことで、漁船は多数あるも軍艦は見当たらず、と」


 現在警戒されている仮想敵国マルグスの様子を事細かく報告書に書いたエヴァは、凝り固まった体を優しくマッサージした。そして、彼女がもう一度浴場に行き体を休めようと決めたとき、本棚に置いている水晶玉が青く光った。


「あら、誰かしら?」


 魔女にとって水晶玉は千里眼の道具であると同時に、連絡の道具でもあった。エヴァの水晶玉が青く光るときは、彼女の家族から連絡があったときだ。


 エヴァは水晶玉を机の上に置き、手をかざす。すると、水晶玉にエヴァの大祖母、エヴァンジェリン・アーシュラ・マッケナが現れた。エヴァと妹は大祖母から一つずつ名前をもらったので、同じエヴァンジェリン・A・マッケナなのだ。


「エヴァンジェリン、久しぶりだね」


 ミセス・マッケナは老婦人ながらも、凛とした声でエヴァに語りかけた。エヴァはマッケナの長老が、出向していて一族と離れている自分に語りかけてきたことに驚きながらも背筋を伸ばした。


「お久しぶりです、大婆様」


 エヴァは長老が話かけてきたことに驚いたが、それを悟らせないように気をつけた。エヴァは、長老にできるだけ優秀な姿を見せたかった。


 しかし彼女を遥かに上回る年の功を持つミセス・マッケナには無駄なことだった。そして彼女は鼻を鳴らし、軍に入ったことで魔女として未熟になったと思っているエヴァに目を眇めた。


「お前はいつまでたっても子猫のようだね、エヴァンジェリン。大人の猫には、いつまでたってもなれやしない」


 エヴァは、ミセス・マッケナが魔女としての心意気を語るときに、いつも猫を比喩として使うことを思い出した。

 しかし魔法使いとしての能力が高い者こそが出向に出ているため、エヴァにはその言葉が的外れのように思える。ミセス・マッケナはそのことを無視しているが、指摘してはいけない。


「大婆様が私に連絡を下さるなんて珍しいですね。マッケナで何かあったんですか?」


 エヴァは口答えしないように気をつけつつ、柔らかな声を出した。なぜならミセス・マッケナは怒らせると話が長くなるのだ。そのため口に気をつけなければならないことは、マッケナ一族では有名だった。


「マッケナは何も変わりはないよ、エヴァンジェリン。今日はお前に頼みがあるから、連絡したんだ」


 エヴァは一族が滅多に断れない長老の頼みが自分に来たことを驚いた。そして自分の早急な態度を恥じた。


「すみません、さっき任務が終わったばかりで、疲れていたみたいです。あの、頼みとはなんですか?」


 エヴァは軍でのスケジュールを思い出しながら言った。断ることができない頼みが、できるだけ簡単なことを願った。


「人間でありながらも、我らの主人であるキングレイが助けを求めたんだよ。お前には私の代理として、キングレイのために働いてもらうよ」


 軍に入ってからエヴァは、魔女の集会であるサバトには入場禁止になった。ミュルディスと人間の共生のために、優秀なミュルディスが人間の軍に出向させられているというのに、ミュルディスは人間と深く関わろうとしない。

 しかし、ミュルディスとキングレイの仲は別だった。


 ミセス・マッケナの言葉に、エヴァは驚きながらも頷いた。キングレイはベルディア王国の貴族で、人間でありながらミュルディスの氏族全てと盟約を結んでいる。キングレイはミュルディス全ての主なのだ。


「お前も知っているだろう? キングレイがミュルディスに頼みごとをしたとき、私たちは断ることができない。あの忌々しい盟約のせいさ」


 ミセス・マッケナは、また鼻を鳴らした。ミセス・マッケナは、あの盟約を忌々しいと言うが、エヴァはそうは思っていない。


 昔々、ミュルディスが彼らを悪しきものとする人間の集団に襲われ、種族壊滅の危機に陥っていたとき、キングレイが身を挺してミュルディスを救った。

 キングレイの騎士たちは虐げられていたミュルディスの民を自分の領地に匿い、守護したのだ。その献身と慈悲に感謝したミュルディスは、キングレイに永遠の忠誠と信頼を誓ったのだった。


 その過去について、エヴァは一族の恩に報いる態度やおとぎ話の様なキングレイの騎士は、ロマンティックに思えるのだ。

 しかし一部のミュルディスの者は忠誠心と共生の重要さが分かっていても、人間に従うことを嫌がる者もいる。ミセス・マッケナはその一人だったのだ。


「盟約に従えば、私が行かなければいけないのだけれど、ほら、私も年だろう? だからお前に行ってもらいたいのさ。いいね?」


 キングレイが助けを求めれば、氏族で最も力を持つ者である者が一人ずつ、駆けつける。盟約ではそうなっているが、ミセス・マッケナは普段ならば絶対に言わない年齢のことを持ち出し、エヴァを代理にすることにしたのだ。


 確かにエヴァは、ミセス・マッケナには経験や知識で及ばないが、マッケナ一族の中で強い力を持っている。それに、人間のそばで働いているエヴァならば、主人であるキングレイに対して軋轢を生じさせないと、ミセス・マッケナは見込んだのだった。


「もちろんです。キングレイのために働けるのなら、ミュルディスの民として、マッケナの一員として、私は何だってします」


 エヴァは心を躍らせ、今すぐ部屋を出ていこうとする体を無理矢理抑えた。おとぎ話だと思っていたことの一員になれることが、彼女には嬉しかった。


「そうかい、お前がそう言ってくれてよかったよ。軍には、もう話をつけているから、早くキングレイのところに行っておくれ。頼んだよ」


 ミセス・マッケナはそう言うと、水晶玉から消えた。エヴァはそれを見送る前に立ち上がり、旅に出る準備を始める。


 腰のホルダーに入れていた杖を振り、歌うように呪文を唱えた。すると、クローゼットから踊るように服が飛び出し、愛用のカバンに入っていく。お気に入りのクシと手鏡、香水など生活用品も同じカバンに飛び込む。エヴァのカバンは、特別な魔法がかかっているのだ。


「ああ、キングレイ様に会えるなんて夢にも思ってなかった! 大婆様、ありがとうございます!」


 エヴァは準備を終えると、カバンとホウキ、先ほど書き上げた報告書を持ち、部屋から弾丸の様に飛び出した。そして戦乙女の隊長であるグレイ・アクスの部屋の扉を何度も叩いた。


「入れ」


 グレイが言い終える前に、エヴァは隊長室に飛び込んだ。グレイはその剣幕に驚いた。彼が知っているエヴァは《戦乙女》のまとめ役で、いつも魔女らしく謎めいて、落ち着いているからだ。


「隊長、古の盟約が私を呼んでいるんで、行ってきます! これは私たちミュルディスにとって、ものすごいことなんですよ!」


 エヴァのテンションは限りなく高かった。グレイの机に、先ほど書き上げた報告書を突き出し、早口で言う。


 グレイは自分の鍛え上げられた体の筋肉が、勝手に動くことを感じる。ストレスを感じている証拠だ。

 《戦乙女》の隊長になってから、彼は多大なストレスに晒されていた。しかしすぐに平静を取り戻すと、愛想良く答える。彼女たちを扱うときは優しく丁寧に、をグレイは心がけていた。


「上から話は聞いていたが、そんなに喜ぶとは思っていなかったよ。気をつけて、行ってきてくれ」


 グレイは嬉しそうな部下に笑顔を向けた。端正な顔立ちの上司の笑顔は、今日のエヴァには全く目に入らなかった。

 《戦乙女》では、ハンサムで頼れる隊長のグレイはアイドルで、彼の笑みはご褒美扱いなのだが、エヴァの頭にはキングレイのことしかなかったからだ。


「はい、行ってきます! みんなのこと、お願いしますね!」


 エヴァは風のように、グレイの部屋を飛び出した。宿舎の中でホウキを使わないだけの分別が、エヴァの頭に残っていることは奇跡に近かった。


 そして嵐が去ったように静かな部屋に残ったグレイは、エヴァが部隊から一時的にでも去ることについての損失を考える。

 《戦乙女》の彼女たちは、女学生のようにやかましく、いつだって退屈から逃れる術を求めているのだ。エヴァが留守にしている理由を、今にもグレイに問いただしに来るだろう。


 グレイは悪寒を感じ、体を震わせた。そして《戦乙女》の隊長になる前は、女性から黒くてセクシーだと褒められていた髪を無造作にいじる。その髪には白髪が多く混ざり、真っ黒とは程遠い。これも全て、彼女たちから与えられたストレスのせいだ。


「……これはまた白髪が増えるな」


 グレイの声に同意するかのように、外ではカラスが悲しげな声で鳴いていた。




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