紳士な俺と、小学四年生の妹
続き。
放課後になり一人楽観的な気持ちで帰路に着こうとしている時、急に背中にバンッ、という衝撃がはしった。だから俺は「早速神は浮かれつつある俺を試しているのか?」などと馬鹿なことを考えながら振り返ると、
「何先に帰ろうとしてるのよ……」
そこには今日やたらとテンションが高かった幼馴染、文香が立っていた。
このシチュエーションだと、てっきり俺がいじめられてるのかと思うから止めて欲しい。背後から奇襲する時は、せめてひと声かけてからお願いします。
「文香、こんにちは」
「こんにちは……って! 何で私たちは今挨拶をしてるのよ! それにもうすぐで「こんばんは」の時間でしょうが!」
意外と細かい女である。だが紳士な俺は少しでも彼女の機嫌を落ち着かせようと、彼女の鞄を持ってやることにした――――もとい、持つことにする。
「貸せよ。重いだろ?」
「今日は特に物が入ってないから軽いよ。気持ちだけありがたく受け取っておく」
「そうか」
鞄を持ってあげて機嫌治し作戦は失敗したものの、文香は自分一人で解決させたようだ。
「灯花とは帰らないのか?」
「うん。今日は用事があるみたいだったから。それで灯花と別れたら宗谷がいなくて……走ってきたんだからね?」
「そ、そりゃあ悪かったよ。でも、お前は部活あると思ったし」
文香は俺と違って部活動に所属している。何度も昔から昔からなどと言ってうざがられるかもしれないが、文香は結構アクティブな方だ。
まずショッピングセンターかゲームセンター、又はバッティングセンターという話が出たら、迷わず文香は後者を選ぶと思う。
それで何度付き合わされたことか……。俺がショッピングセンターで買い物があると言っても「体動かしたほうがいいよ!」とか言って結局押しに負けやって帰るということを今まで何回も体験してきているのだ。
別に俺もそれが苦とは言っていない。のだが、流石に週に四回以上連れて行かれた時は結構まいった。
「今日は休みじゃん。なぁに? そんな灯花ちんが気に入っちゃったの?」
「灯花は優しいからな。そりゃ俺から見たら魅力的に見えるよ」
会って一日の相手にあそこまで言えるだろうか? 俺なら間違いなく言えない。
というか、そもそも分かったつもりになってはいけないと、自分を戒めると思う。
たかだが数時間話をしただけで? ちょっと良い感想を貰ったから? それで相手の印象を決めちゃいけないことだと思ったからだ。
……実際今それを身をもってしているところだったが……。ま、まぁ、良い子でなければあんなことを言ってくれもしないだろうしね……。
「ふぅ~ん……」
「灯花は変なこと言ってたけどさ、勿論そんな邪な感情じゃないんだぜ?」
現状文香と灯花にしか見せてない俺が言うことではないかもしれないが、書き上げた作品を見てもらえて更に感想が貰える、なんてのはとても幸せなことなんだ。
それで言ったらプロになるのが一番手っ取り早いのかもしれない。お金が絡んでくる以上、趣味で書いている者よりもダイレクトに感想が集まるだろうから。
でもだからこそ、趣味で書いている者にとって、実際の声というのは物凄くモチベーションに繋がる。待ってくれている人がいるんだと、そう気づける。
「私は宗谷を信じてるよ」
「うん、任せとけ」
何に対してかは分からない。けれど、聞く必要も無いと思った。
それからも少しだけ話をして、俺と文香は互いに別れる。
そろそろいい時間帯だ。空はオレンジと薄暗い黒い色に染まり、早くもコウモリが飛び始めていた。
「ただいま~」
「おかえりなさい!」
ポストに新聞などが入っていないかを確認してから入ると、妹の声が聞こえてくる。
「ただいま莉子。母さんは?」
「いない!」
「そうか。風呂は?」
「もう私が入った!」
「了解」
それならばと俺は脱衣所に直行した。本来ならば調理などで匂いがつくため風呂は後から入るべきだが、割りと飯を作った後はダルくなることが分かっているので、タイミングの良さもあってかこのタイミングを選んだ。
あ。ちなみに先程の妹、莉子は、現在小学四年生のJSである。……これは同じ意味か。
そして更にちなみにだが、母さんや父さんが入った後よりも莉子が入った後の方が清い、そう思ったとかではない。もしそれを肯定してしまったら、俺は社会的に死んでしまうだろう。
「汚いと思いつつも、一気に湯船に浸かるこの感覚、最高だぜ!」
……何よりも汚いのは自分であった。が、そんなことはこの快感の前ではどうでもいいことだと割り切る。
いや絶対そこで文句を言ってる君もこの感覚を知ったら止められなくなるから! などと一人で虚空に向かって言っていると、
「お兄ちゃん」
「お、おう……どうしたんだ? 莉子よ」
「ジュースこぼしちゃったから、もう一回入りにきた」
「そ、そうかい? そうか……」
目の前にはいつの間にか一糸まとわぬ妹の姿が! これは俺が誘ったわけじゃないから事案にはならないよね? などと内心で問いてる内に、莉子は湯船の中に入ってきてしまう。
「はふぅ……」なんて呑気に吐息を吐いてる妹に非難の目を送りつつ、そそくさと出ていこうとした俺はなんと、妹の手によって阻まれていた。
「一緒に入ろうよ~」
「はぁ……お前はこの現状がよく分かっていないのか?」
「現状?」
「ここには俺とお前が一緒にいるよな?」
「うん」
「でだ。本当はどちらか片方は、ここにいちゃあいけないんだよ」
小学四年生がどこまで漢字や漢字の意味を習っているか分からないので、言葉選びが難しい。
結局莉子は俺の言葉に首をかしげているだけだった。
「そうだ、莉子は今お腹空いているか?」
「うん!」
「だろ? だから早く俺は出てご飯を作らなきゃいけない……分かったか?」
「分かった!」
うんうん。物分りが良くて助かるよ。
俺は脱衣所で新しい服に着替えてから、リビングに向かった。
「あんまり無いなぁ……」
その流れで冷蔵庫の中を探ってみたが、内容は芳しくない。ただ幸い卵があるので、卵焼きでも作ることにする。
「おにーちゃーん」
「どしたー?」
風呂場から莉子が呼んでいる声が聞こえたので行ってみると、
「今日のご飯が何か聞き忘れてた!」
「ああ……卵焼きだよ。冷蔵庫にあんま無かったから。今日はこれで我慢してくれ」
「ううん、お兄ちゃんが作る卵焼き、私は好きだから大丈夫!」
「そうか。なら良かった」
ぶっちゃけた話、俺が莉子の分と自分の分を作らなければならない時のご飯は、毎回と言って卵焼きだった。
自分の料理スキルの低さは言わずもがなだったが、莉子は文句を言わずに食べてくれるので比較的喧嘩もなく仲の良い兄妹でいられていると思う。
「ただいま~……」
「あ、おかえり母さん」
「お、宗谷じゃない! お迎えご苦労!」
「いや別に俺は莉子と喋ってただけだから」
「ぶ~つれないなぁ。そこは「本当だよ」って甘く囁いてくれれば……」
「馬鹿なこと言ってんなよ……父さんは?」
「……ふ、知らないわそんなこと」
あら? 俺達兄妹とは違って喧嘩でもしているのだろうか? 仕方ないから近寄って肩を揉んでやることにする。
「すんげー硬いじゃん。しっかり休んでくれよ?」
「あー最近忙しかったから息子の愛がしみるわぁ……」
年寄りくさい母の肩揉みを程々に切り上げてリビングに戻ると――――
「あ、焦げてる」
真っ黒な卵焼きがその存在を主張していたが、気にせず次の調理を再開した。
ありがとうございます。