感想
続き。
翌日。俺は自分の教室&己の席で、ドキドキソワソワと灯花が来るのを待っていた。
その様子は傍目から見たら多分気持ち悪かったのだろう。文香が若干苦笑状態でこちらに向かってくる。
「少しは落ち着きなよ……」
そうは言うがな、という視線を文香に送る。一作品目を文香に読んでもらった時と同じような気持ちで、少しも落ち着くことなんて出来ない。
そりゃそうだろ、と思う。何のためにこれまで世間に公開することを渋っていたか、その理由が今日の今ほど感じたことはない。
「宗谷」
「てうをっ!?」
「てうを? 宗谷は面白いね」
こちとら何も面白くないのだが……。急に側にやってこられた身の気持ちを考えて見て欲しい。
しかも今日はどう転ぶか分からない不安感で押しつぶされそうになっていたのだ。その驚きは過去に起こった事よりも遥かに衝撃が強かったと思う。
「それで感想だけど……正直読みづらかった。漢字もところどころ間違ったし、文章が抜けてて急に変わったりしてた。プロが書いた物の方が安心して読めると思う」
そんなの言われずとも分かってる。大体、俺の作品とプロの作品を比べること自体が失礼なことだ。
だから俺は「そうか」とだけ言って、静かに席に座った。気づけば先程のソワソワ感など忘れて、己の中に冷たい何かが広がっていくのを感じる。
やはり、期待するだけ無駄だったのだ。それが分かってて事の流れで灯花に過去作を渡してしまったことを後悔する。
灯花は悪くない。「灯花は良い感想をくれるかも」と淡い期待を抱いた俺が悪かったのだ。
「これで懲りただろ」と心の声が聞こえた気がした。俺自身もそれに納得して「ああ」と内心で呟き返す。
「よ、読んでくれてありがとうな灯花……そもそも俺の作品をプロと比べたら失礼だって! なぁ文香?」
「そんなことない」「そんなことないよ」
てっきり文香なら冗談で「確かにねー」と言ってくれると思っていた。だが、結果は極めて真面目な顔で、灯花と文香がそう言ってくれる。
「僕は別にずっとお店で売ってるような、利益が生まれるような作品に触れてきたわけじゃない。読んだと言ってもたった六十冊程度。だから、寧ろ僕の方こそ、プロの人達の作品について語るのは違うのかもしれない。でも」
「でも」そこで一区切りするまで決して俺の目から己の目を逸らさずに、そしてその先も逸らすことはなく灯花は言った。
「趣味でも何でも、一作品書き上げたことに意味がある。それにさっきも言ったけど、プロにはお金が生じる。中には本当にお金はおまけで、小説を書くのが好きだから書いている、という人もいるかもしれない。だけど、やっぱり書き上げた対価としてお金を貰ってる。でも、宗谷は違う。
宗谷を始め趣味で書き続けてる人達は、端から見れば無意味な行為に見えるかもしれない。自己満足で楽しいのって笑われるかもしれない。それでも宗谷達は書き続ける。
それって凄いことだと思う。僕があまり長続きするタイプじゃないから、余計にそう感じた。宗谷は僕にとって眩しい存在、だから卑下にしないで欲しい」
昨日初めて会話を交わした時の灯花の印象は「口数が少ない子なのかな?」だ。
実際にその後も話してあながちその考えも間違っていなかったと感じた。一文一文が短くて逆に伝わりやすいとそう感じる。というのが灯花という存在の印象だった。
しかし、今この場所だけな可能性があるとしても、この灯花という存在がとても大きく感じる。逆に一日の中で数時間話したくらいで何わかったつもりになってんだ、という話だったが。
「あ、ありがとう灯花……うわ、なんか泣きそうなんだけど俺」
「ん、だったら僕の胸に飛び込んできてもいい」
「灯花! ……っていかないけどさ」
いったら不味いだろうに。大体、灯花のそこはちょっと貧相というか……、いやいや今はとても感謝しているのだ。そのくらいは認められる寛容さを見せられなくてどうする俺。
「結構絵面的にも不味いと思っからいかないと思ったけど、やっぱり灯花のその胸に――――」
「そ、そうはさせないよっっ!」
その決意も虚しく、俺は文香の手で阻まれた。
「な、何をするか! 俺は灯花の優しさに触れて今ここに絆を――――」
「ば、馬鹿言わないのっ! 大体、すっかり『灯花』って呼び捨てにしちゃってさ! な、馴れ馴れしいよ!」
「文香、僕は気にしない」
「灯花ちんが良くても、私が良くないの!!」
「ん? どうしてお前が良くないんだ? 俺、お前には何もしれないぞ?」
確かに胸周り的なもので言わせてもらえば、それは圧倒的に文香の方が勝っていると思う。灯花がドン、だとしたら、文香は、ぽにょん、だろうし。
だけど、幼馴染という肩書が、それを阻んでいる。近しいからこそ、踏み込むことが恐いことだってあるのだ。
それに小説でキャラクターを起用する時の例で言ったが、俺と文香だと確実に釣り合わないと思う。文香が「釣り合うとかいるの?」と言っていたが、それは文香から見てであって、俺や世間から見て、ではないのだ。
「や、それは……その……」
「宗谷。きっと文香は宗谷のことが――――」
「わっ、わーわーわー! そ、そんなことは一辺たりとも無いから!」
「なんだ、つまんない」
「つ、つまらないとかそういう話じゃないからね!?」
それにしても、今日の文香のテンションは異様に高すぎる。友達である灯花に対しても、何故か警戒心むき出しな感じだったし。
まぁそこら辺余裕がある俺がサポートしといてやろう。
「お前も色々あるんだな。たまには相談しろよ? な?」
「そ、宗谷は黙ってて!!」
「落ち着けって。他人に当たるのは良くないぞ? ふとした時に「どうしてあんなことしてしまったんだろう、言ってしまったんだろう」って後悔することになるからな?」
「う、うるさいよっ! あーもう! 誰のせいだと思ってっ、まったく!」
おやおや、今度は俺に警戒心むき出しの猫みたいな態度を取られてしまった。文香猫の扱いは難しい。と感じるついでに「猫耳似合いそうだな」と思ったが、文香に言ったら殴られてしまうので、ちっこいボディに童顔な灯花に頼むことにする。
「なぁ灯花。灯花は猫耳とかに、興味はないか?」
「? 宗谷が興味あるならつけてあげてもいい。どうせ文香には頼めないから僕に言ったんでしょ?」
「そ、そそそそんなわけあるかい! 灯花に似合いそうだったからだよ」
どうも灯花は鋭いところがあるみたいだった。文香に対しても、確信を突いている、みたいなところもあったようだし。これからは発言に気をつけようと、自分に注意喚起する。
にしても……、俺ってそんなに感情が顔に出やすいのだろうか?
「ん、そういうことにしておく」
「そうしてくれると助かります」
うん、素直に言えば話せる友達が増えたっていうのは俺としては嬉しい。それに、流石に自分から読んで、と言うつもりはないものの、灯花がまた「読ませて」と言ってきたら大人しく渡すことができそうだった。
そんな馴れ合いで良いのか、という声も聞こえてきそうだが、俺にとってはこの環境が落ち着く。
このぬるま湯に浸っている現状にいきなり熱湯を入れられたらどうなるか、そんなことは考えるまでもない。
確かにプロを目指すのならば、しっかりと批判を受け入れて作品を磨き上げていったほうがいいだろう。
でも灯花が先程言ったように俺は、俺達は、趣味で書いているのだ。いつまでに書き上げるとか、今日は何時から書くとか、更に言えば毎日書くかどうかもあやふな者達である。
者達、なんてひとまとめに言ったが、勿論真面目にやっている人達は違うと思う。
だけど俺はこのスタイルでやってきているのだ。そのスタイルを他人に押し付ける、なんてことはしないし、ましてや他者からスタイルを押し付けられるなんて、真っ平ごめんだ。
「灯花、今日はありがとう」
「ん。どういたしまして」
俺はとてもいい出会いをしたなと思う。
だけど、それを言葉に出してしまったら安っぽくなりそうだったので、やめといた。
ありがとうございます。