8.金色の風
1日が過ぎるのが長く感じた。給食の時間が過ぎ5時間目などは睡魔に襲われ、コクリコクリとなって、はっとして目を開ける。そんな感じだった。よっぽど、調子が悪いから保健室に行きますって言おうとしたけど、また慎也にからまれるのが嫌でやめた。慎也が怖いとかそういう訳じゃない。私は目立ちたくないだけのこと。
普通……。そう、普通にごはんを食べて、普通に学校に行って、普通に帰る、大きくなったら普通のOL。結婚して子供を生んで……そして、絶対子供には寂しい思いなんかさせない。そう決めてる。
旦那さんは……普通の人かな? うん、でも普通よりは格好いい方がいいに決まってる。贅沢かァ。
「はい、宿題のプリント。後ろの人に回していって」
わら半紙で作られた手作りプリントが1枚ずつ渡された。
「はい」
前の席の尾崎君が振り返ってプリントを渡してくれた。そういえば、このクラスの人とあまりしゃべっていない気がする。いつも美穂か弥生か、気分がよければ茜の3人。3人が誰かとしゃべってたりすると、私はいつも自分の席にボーっと座ってたりする。
前の席の尾崎君は佐倉地区の子で、頭が良さそうな顔をしてる。いつも静かで目立たないけど、決してひ弱ではない。自分を持ってるという表現があってるのかな? 尾崎君みたいな旦那さんだったらいいかも。顔も悪いことないし。
そんなことを思い始めたら、急に尾崎君の背中をじーっとみつめてしまった。きっちりそろった髪、清潔そうな制服。誰に対しても紳士的な彼。
恋は突然やってくるって本か何かで見たけども、これが恋なのかな? だったらいいな。
「はい、必ず宿題やってくるように! 忘れたら、運動場5周してもらうからな。わかったな」
「えーー」
梅岡は言いたいことだけ言うと、チャイムと共に去りぬだった。
放課後、茜と自転車置き場で一緒になった。彼女にとっては予期せぬことで、何だか嫌そうな顔をしていた。きっと私の思い込みだろうと思って、遠足の班決めの話やら、この前美穂と買い物に行った事を話してみた。帰る方向が一緒なので自転車を押しながら一緒に進んだ。
「でね、この前美穂と行った店ね、写真なんかもたくさんあるし……」
「うん」
「ね、どうしたん? 茜げんき無いね」
「別に」
茜はそっけない口ぶりだった。昔っからそう。一度、私が茜に同じような態度をしたら、泣きながら謝って! って言われて、その上クラスの女子みんなに私が酷い子だってことを言いふらした。
でも、なぜなんだろう? 何で今まで友達だったんだろう。自分でもわかんない。ただ言えることは、彼女にとっての私は、友達でも何でもない。便利な道具でしか過ぎないってこと。言いすぎだろうか? ううん違う。5年の時に茜がクラスの女子から総スカンをくらった時に、泣きついてきたのが茜だった。私だけしか話す人がいなかったんだと思う。6年になってやっとみんなから話してもらえるようになった茜は、私の母が夜の仕事をしているってだけで私を無視した。今までよく考えなかったけど、最近いろんな事がわかってきたような気がする。わかって? 違うなァ。そうだ、世界がみえて来た、この表現が一番あってる。少しずついろんな部分が見えてきて、世の中には綺麗な部分も汚い部分もあるってことが分かってきた。
小さい頃は、何もかもが純粋で、綺麗な部分の中でキラキラと輝いていたというのに。
最近思う。人間は何も考えない、何も知らない方が幸せなんだってこと。
「ごめん私先行くわ」
茜は素っ気ないふりのまま自転車にまたがった。
「茜!」
「何よ」
私の強い口調に茜は驚いた様子だった。
「もうやめようよ」
「ユウ……何のこと?」
「友達ごっこ」
茜はその場でしばらく凍り付いてたみたいになってたけど、私はゆっくり深呼吸をして自転車を走らせた。風がふわりと舞った。
家に着いた。今日は「ただいま」は言わない。玄関の鍵は開いていたので奥に母がいるはずだけど、玄関からすぐの自分の部屋にそーっと入った。
「ユウ! 帰ってきたの?」
見つかった。
「ただいま位、言いなさい。ほんっとに可愛くない」
話したく無かったので、私はベッドに横になって知らん振りを決めこんだ。
昨日から寝てないので、ウトウトとしかけたけど、今晩の集まりのことを考えると、怖さ半分、興味半分でなかなか寝付けなかった。ハルって人にも会えるんだろうか。
30分くらいたっただろうか。母が玄関から出て行くのを聞いた。怒ってたんだろう。私に声もかけず働きに出て行った。
ジリリリリリリリ
電話の音がなって、私はベッドから飛び降りた。家にかかってくる電話はほとんどない。きっと翔子さんだろう。
「っはい。町田です」
翔子さんだ。自分でかけてきたのに第一声が「あ、お前、町田?」って。ほんと面白い。
「7時にさ、やっちゃんが仕事終るって言うから、8時頃迎えに行くよ。ダサい服着てくんじゃねーよ」
「はいっ」
翔子さんは律儀な人だと思った。わざわざ迎えにくる時間まで電話してくるんだから。人間の価値は外見だけじゃないって台詞をよく聞くけど、本当にそうだと思う。茜なんか、連絡もせずに約束を破るくせに、クラスでは優等生で通ってる。勉強ができて、服装が真面目なだけ。何でこんなに熱くなってるんだろう。自分でも不思議なくらいだ。
それにしても、ダサい服着るなって言われたけどどうしよう。不良が着るような服なんて持ってないしなァ。
私が迷っていると、あっという間に約束の時間になり、10分くらい遅れて翔子さんたちがやって来た。アパートの前から爆音が聞こえたので、呼び鈴を鳴らさなくてもすぐに翔子さん達だとわかった。
スモークの張った黒い窓が開いて、やすさんっていう人が顔を出した。
「こいつか? お前のダチって」
「こんにちは」
「あはははー。こんにちはだってよ」
何がおかしいのか、やすさんは大笑いした。黒い髪にパーマ、二重の彫の深い顔が印象的だった。あの時の手紙のイラストによく似てる。ケラケラと面白そうに笑っているやすさんは子供っぽい感じだった。車に乗ってるんだから18歳は過ぎてんだろうけど。
翔子さんは後ろの座席のドアを開けて「乗りな」って言った。
「はい」
翔子さんは助手席に座ると、やすさんと何やら話しはじめた。
「ねぇ、ユカリ……さんはあたし達の事知ってんの?」
翔子さんはやすさんと話す時は、幾分女らしく話す。
「ユカリは関係ねぇよ。もう別れたしな」
「そっちは良くても、こっちがシメられたらどうすんのさ?」
「でも、お前もう俺の車に乗ってんじゃん。集会にユカリが来るの知ってて乗ったんだろ?」
「まァね。あのババァ最初っから気に食わねーしな」
「翔子ちゃんのそんな強気なとこが好きー」
やすさんは私が後部座席にいるのにもかまわずそう言った。もしかしたら、私が乗ってるのを忘れてるのかも? なんて思えるほどだ。
「なァ、やんちゃんのこと……ユウどう思う?」
私が窓の外を眺めていると、急に翔子さんが振り返った。
ユウ。私はそう呼ばれて、なんか仲間として認められたんだなって感じがした。
「うーん。やすさんってモテるんですね」
「そりゃ俺のこと放っておく女なんかいるはずないってや」
やすさんがふざけるのを横目で見ながら、翔子さんは続けた。
「あたし、マジでこの人好きなんだよね……」
こ、告白? そう思った瞬間。道路の真ん中で急停止したやすさんの車。さっきまでのふざけた態度は消えて「俺も」って助手席の翔子さんを抱きしめた。後ろを走っていた車は、車線変更をし、追い抜かすときにやすさんの車を睨みつけた。
正直に生きている人たち。今まだよく分からないけどそう思った。
学校も通り過ぎ、しばらく海岸沿いの道を行くと、閉店したパチンコ屋さんのだだっ広い駐車場がみえてきた。その敷地の中にはすでに数台の車と10数台のバイク、そして男と女の姿がみえた。
「ユウ、今回のは支部だけの集まりだからこんなもんだけど、本部の人らもきたらほんと、スゲーことになるぜ」
翔子さんは目を輝かせた。
「ふーん。そうなんですか」
「何だよユウ! もっと感動しろよ」
何でも感動できる翔子さんがうらやましいです……。
ブンッ
って一瞬の出来事だった。私が光るライトやふざけている人たちを面白そうに見ていると、後ろから一台のバイクが横切った。
もの凄い速さだった。
「また、あいつぅ」
やすさんはそう言ってスピードを上げバイクを追っかけた。
「あっあぶねーだろー」
翔子さんは意外にも、スピードに弱いようで、しっかりとシートベルトをしている姿がかわいくみえた。
「くっそーハルの奴。奇襲攻撃かァ」
やすさんはそう呟いて、バイクの後ろを必死に追いかけたが、途中で追っかけるのをやめた。
「あいつ、何考えてんだろうな」
やすさんはボソッと呟いた。
風みたいにフワッって飛んでったバイクは、また地面を滑るようにこちらにつっこんでくる。サイドミラーすれすれに逆走してくるバイクにやすさんはついに降参した様子だった。やすさんはハンドルを左に切って、側道すれすれのところで車はようやく止まった。
「お前死ぬぞっ!」
やすさんは窓を開けながら大声で叫んだ。
「また、俺の勝ちっ」
そう言って覗いたやんちゃな顔。少しだけ目が合った。




