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あの日に。  作者: 酒主
8/13

7.窓の外

楽しみにしていた外食はうらぎられ、何も食べずに籠城した私だった。そのまま眠ってしまったみたいで現在、夜中の3時半。今、こっそりと冷蔵庫を開けているところ。

 冷蔵庫の中にはハムとチーズ。食パンの残りがあったので、パンにそれらをはさんで食べた。部屋は全部で3つ。玄関入ってすぐ左がお風呂、そしてトイレ、キッチンの順になっている。玄関入ってすぐ右の6畳間は私の部屋、ふすまをへだてて奥がお母さんの部屋になっている。というわけで、お母さんの部屋とキッチンは隣り合わせになっている。なので、細心の注意を払って冷蔵庫の開け閉めをして、食料を確保した後は速やかに自分の部屋に戻った。

「はァー。疲れる」

 パンも音をたてないように、焼かなかったので、なんか美味しくない。それでも何も食べないよりはましだと思うことにした。勉強机に腰掛けながら、パンをむしゃむしゃ食べていろいろ考えた。今晩の集まりのことを。

 茜や美穂、弥生が翔子さんとの事を知ったらどう思うだろう。やめた方がいいって言うだろうか。茜は頭が良くて優等生を絵に描いたような性格だから、きっとまた話をしてくれなくなるかもしれない。美穂はどうだろう。きっと、私のことを心配してくれる。私が部屋にこもっている時に足のけがを心配して電話をかけてくれていた。弥生は? 弥生なんかにはわからないだろうな。お嬢様だから。何でも新しいものばかり持っている彼女には反抗する材料が無いように思える。家だってピカピカだし、きっと何でも買ってくれる優しい両親に育てられたんだろうし。

 夜中に悩んでいることについて考え事をすると、大抵取り返しのつかないくらい暗い気持ちになる。パンの最後の一片を頬張るとまたベッドに潜りこんだ。

 また、山田に怒られないように目覚ましをきちんとセットした。

「あ!」

 忘れてたー。「明日までに反省文。原稿用紙5枚っ!」って言う山田のねっとりした口調が頭をよぎった。

「バカ! バカバカッ」

 枕を壁に投げつけた。



 朝、あれから反省文を書いていたので寝る時間がなかった。そのおかげで遅刻は免れたけど、気持ちはどんよりとしていてどうもスッキリしない。

 昨日休みだったお母さんは起きていて朝ごはんを作っていた。

 何? 昨日の事怒らないの? 珍しい。

「おはよう」

「……」

「ごはん食べないの?」

 目玉焼きの焼ける匂いがした。

「いらない」

「昨日も食べてないんだから食べなさい」

 急に母親っぽくならないでよ。反抗しているのが悪いみたいに思えるじゃん。

 匂いに誘われて、食べないという決意はすっかり揺らいでしまった。不機嫌な顔のまま食卓に向かって、何も言わずがっついた。

「ユウさ、田中さんのことどう思う?」

 お母さんは猫なで声をだした。田中ってのは「もどき」の名前。どう思うも何も昨日言ったじゃない。私とお母さんの生活を邪魔する人。根暗で無口で不思議な存在。

「……」

「そんな顔しないでよ。田中さんはいつもユウのこと心配してんのよ。年頃の女の子が夜に1人だと可哀想だって」

「どういう事?」

 私は多分、凄い顔でお母さんを睨んだと思う。そろそろお母さんって呼ぶのやめようか……。

「夜働くのやめようかなって。それでね、夜働けないとなると収入が減るわけよ」

 母は私の向かい側の椅子に腰をかけ珈琲をすすりながら続けた。

「田中さんがね、一緒に住もうかって」

 冗談じゃない。バカにしないでよ!!! なんで今更なの? 小学生の私がいくら頼んでも夜の仕事をやめなかったくせに。私のこと心配だって言ってるけど、結局「もどき」と結婚したいだけじゃない。

「やめてっ」

 勢いよく机をバンってやったら、お皿がすべってパリンッて音をたてて壊れた。お皿にのっていた目玉焼きもぐちゃぐちゃになった。

 後ろで母のため息を聞きながら、私は家を飛び出した。




 大人は勝手だ。私の気持ちも知らないで。あんな人に生活を邪魔されるくらいなら、私は1人でいた方がまし。いっその事心配なんてしてもらわなくていい。

「おいっ。町田! 今日は早いんだな」

 校門で山田に声をかけられた。

 今、むしょうに腹がたってんの。声をかけないでよ!

「ちょっと待て」

 通り過ぎようとしたら、後ろから制服をつかまれた。他の子達は私の事をジロジロ見ながら校庭の方へ歩いていく。クラスメイトも何人か通り過ぎた。

 山田が何か言う前に、原稿用紙5枚をかばんから取り出すと、投げつけるように渡した。

「おまえー、その態度はなんだ」

 山田が何か言いかけたので、走って教室の方へ逃げ込んだ。

 ちゃんと反省文書いてきたじゃない! 生徒指導なんて言ってるけど、ただのいびりじゃん。もう私のことはほっといて!

 教室に入った。さっき校門を通りすぎた子たちが、私の事を見てヒソヒソ話している。

 いちいち反論するのも面倒くさいので、机に突っ伏した。

「おっはよー」

 しばらくすると美穂がやって来て、私を揺り起こした。

「ね、昨日電話にも出ないから心配したんだよ」

「あ、ごめん。寝てたから」

「それにしても慎也ってやりすぎだと思わない?」

 美穂は横目で机の上に偉そうに座っている慎也をチラッと見ると、小声でそう言った。

「ほんと。でも、相手にしてないから」

「へー! ユウって大人だね。私なんか昨日ユウが保健室に行ってから、腹がたって腹がたって、ずーーっと慎也の事睨んでた」

 美穂がする一つ一つの仕草が屈託の無いもので、とても純粋な存在に思えた。美穂は私の事を大人だって言ったけど、そうじゃない。ただ冷めてるだけ。母がよく言ってた。あんたは子供らしくない。可愛くないって。だから、アイドルの写真を大事に持ってキャーキャー騒いだり、必死にソフトボールをやってたりする美穂がうらやましい。何かに熱中したこと、今までに何も無い、私……。

「美穂、あのさ」

 家の事、翔子さんのこと、急に相談したくなって喉元まででかかったけど教室に入ってきた茜の姿を見つけたのでやめた。

「どうしたん? ユウ」

「ううん。また一緒に買い物行こうね」

「もっちろん」

 美穂の笑顔がまぶしかった。

「茜おはよー」

 美穂も茜の姿をみつけたようで手を振った。今日は機嫌が悪いらしい。小さい声でおはようと言うと、私達の方へは来ず前から2番目の自分の席に座った。

「ねー、気になってたんだけどさ、茜って小学校の時からあんなんだったの?」

「あんなん? あーうん。機嫌が悪いとあーなる」

「ふーん。最初は気がつかなかったんだけどさァ。この前もね、私が宿題忘れたから写させてって言ったら、写したらすぐ返してねって怒られたんだよ」

 美穂はまだまだ言いたい事があるって顔だったけど、あや子先生が入ってきたので着席した。

「皆さん、おはようございます」

 爽やかな声でそう言ったけど、その後に「町田さん大丈夫でしたか?」って言ったのが余分だった。

「ブス、昨日サボったのかよ」

 案の定慎也が食いついた。本当になんなんだろう。

「松山君、まず町田さんに謝るべきなんじゃないかしら。それに、ブスって人の事を呼ぶのも失礼だと思うわ」

 松山っていうのは慎也の苗字。あや子先生、慎也なんかに言っても無駄だよ。

 慎也は知らん顔して2つ向うの席からあっかんべーとした。

「困った人ね」

 あや子先生は顔を曇らせた。

「先生、社会見学の班を決めるんじゃなかったんですか? 時間なくなります」

 めがねの学級役員が手をあげた。みんなざわざわとなって、誰と一緒になりたいだとか口々に話しはじめたが、私にはどうでも良かった。青くて透き通った風が教室に入り込んできて、ふと窓の外に目をやった。

 早くここから出たい。そう思った。

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