6.反抗
給食を食べてから、翔子さんはもうひと寝入りするからって、保健室に残ったんだけど。私は保健室にいる気も、教室に帰る気にもならずそのまま家へ向かった。サボるのは初めてだしサボってる自分に驚いている。それにしても、今日はいろいろな事があった。
翔子さんの顔を思い返してみる。好奇心旺盛で優しい目は新しい発見だった。そして、佐倉団地に続く坂道で出あった不良は「ハル」っていう名前だってことも知った。光を受けてキラキラ光る金色の髪が、風を受けてふわっと舞い上がるところ、かすれた声、切れ長の目、やんちゃそうに笑うところが何故か頭の中から離れない。こうやって、自転車をこいでいても、バイクの音が後ろからするたびに、もしかして? っていう気になってしまう。あさっての夜に集会と呼ばれる集まりがあるみたいで、翔子さんに誘われた。そこにいけば彼に会えるのだろうか。手紙の主の「やす」って人にも……。
いろいろ考え事をしていたら、この前の海岸沿い公園にさしかかった。夜見た海は真っ暗で、不安に飲み込まれそうだったのに、今目の前にある海はキラキラと光が乱反射してとても楽しそうに飛び回ってるみたい。私は吸い込まれるように公園に入って行った。
最近出来たばかりの公園はこじんまりしていて、ベンチと時計台、ブランコと少し変わった形の滑り台があった。何の変哲もない公園で、これといって子供たちが遊んでいる様子もない。誰が何の目的で作ったのかわからないけど、私が暇をつぶすにはもってこいの場所になりそうだ。今帰ったら、お母さんに怒られるかもしれないし、言い訳を考えるのも面倒くさい。そんなところ。
「あんた学校はどうしたの?」
ベンチに座っていると不意におばさんの声がした。振り向くと、くるくるときついパーマをかけたおばさんが歩道から険しい顔でこちらを見ている。こんな時間にボケーッと海を見ていたら、そら怪しまれるのは仕方が無い。言い訳を探していると、おばさんは呆れたような顔になって「言えないならいいけど、お母さん心配するよ」とおせっかいを焼いた。
心配なんか……って喉元まで言葉がでかかったけども、知らないおばさんに言ったって仕方が無い。でも何でだろう? 今まで普通に暮らしてきた。不満はあったけど、今よりももっと小っちゃい頃もがんばってきたのに。最近の私はどうしたんだろう。すごくイライラして、悲しくて、そして寂しい。
「やだ、あんた。おばさんね怒ってんじゃないよ」
私が泣き出したのでビックリしたらしい。その場に居辛くなったので、ビックリするおばさんを後にして家の方へ自転車を走らせた。
今までしまっておいた涙がどんどんどんどん溢れ出す。泣きたくなんかないのに。
泣きながら自転車に乗っている姿は、さすがに誰にもみられたくない。私はものすごいスピードで走っていて、気が付くとアパートの前まで来ていた。
今日は「ただいま」も言わず、そっと家に入った。
「おかえり。今日は早い日なの?」
最近のお母さんは機嫌がいい。自分から「おかえり」だなんて珍しい。
「うん。そう」
一生懸命涙を拭いてきたつもりなのに、お母さんにはわかったらしい。通りで出会ったおばさんと同じように驚いた表情をしていた。
何だ、お母さんでも私のこと心配するのか? ってそう思った。
「何、その顔?」
「うん。転んだら痛かったから」
私は膝に大げさに巻かれてある包帯を指さして言った。
「あはは、ユウはまだまだガキだね」
人の気も知らずお母さんは笑った。本当に機嫌がいいらしい。笑った姿なんて久しぶりのような気がする。いつも暗く珈琲を飲んでる姿しか思い浮かばないから。
私が不思議そうにお母さんの顔を見上げると「今日はお母さん休みもらったから、どっか食べにいかない?」ってそう言った。
「うそ?」
「あんたに嘘ついてもしょうがないでしょうが」
「やったー!」
やっぱり私はお母さんの言う様にガキなのかもしれない。本当に本当に本当に久しぶりの外食に浮かれていた。急いで部屋に入って着ていく服を選んだ。
「これがいいかなァー」
着替えてはお母さんに見せて「ちょっとダサいわね」って言われるとまた替えての繰り返しで、30分ほどかかってやっと決まった。
赤と白のギンガムチェックのシャツに黒の吊りずぼん。裾をくるくるって折って。そう今日のテーマはチェッカーズ? なんちゃって。
だけど、私の幸せはいつだってつかの間。ピンポンと呼び鈴が鳴って、お父さんもどきが入って来たのでげんなりした。お母さんが休みの時に、もれなく付いてくるお父さんもどき。喋るわけでもなく黙々とごはんを食べ、寝る前にウイスキーを飲む。「もどき」について知っているのはそれ位。遊んでくれるわけでもなく、何を話すわけでもなく、私には不思議な存在で仕方が無い。
私がイライラしてる原因は「もどき」にもある。せっかくのお母さんの休みにわざわざ来ることないのに。何だか私とお母さんの生活を邪魔されたような気がして本当に腹が立った。許せない気分でいっぱいになった。
「やっぱ行かない。お母さん達、2人で行って来て!」
「何で。あんたの好きな焼肉よ」
もどきは食卓の椅子に図々しく座ってこちらを眺めている。
あの人大っ嫌い。そんな文字が浮かんだ。今まで、嫌いなのに言わなかったのは、お母さんが可哀想だったから。いろんな事が重なって、私の我慢を入れる箱がいっぱいになって来ているのが自分でもわかる。
「お母さんと2人だったら行くけど」
「何それ?」
「あの人大っ嫌い! ユウの家に連れて来ないでっ」
「そんな言い方」
お母さんは不機嫌な顔をさせたら天下一品だ。あの顔を見ないで済むように精一杯おべんちゃらを使ってたのかもしれない。
「私、絶対行かないから!」
自分の部屋に入るとき、わざと大きな音をたてて戸を閉めた。
「ユウちゃんの気も考えずにごめん。僕、今日は帰ります」
「すみません。せっかく誘ってくれたのに」
ふすまごしの会話。聞きたくなくても耳に入ってくる。私のせいで外食がなくなったから、お母さんはきっと怒ってるに違いない。明日の朝まで絶対出るもんかって覚悟を決めた。
ぐーっとお腹の虫が鳴った……。




