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あの日に。  作者: 酒主
6/13

5.居場所

 私は足を引きずりながら、職員室の隣にある保健室に初めて入った。

「5組の町田です。足を」

 50代くらいのパーマをかけた何処にでもいそうなおばちゃんが、保健室の先生。入り口で立っていると、にっこりとして寄ってきた。

「はじめまして。それにしても、まぁ派手に出血したのね。痛くない?」

「はい。あんまり」

「そう。消毒するからここへ座ってくれる?」

 おばちゃん先生は私を椅子に座らすと、棚から救急箱を出して傷の消毒をはじめた。

「そんなに傷は深くないわ。大丈夫。どうしたの? 転んだの?」

 久しぶりに人から質問をされた気がした。

 日当たりの良い保健室。横にみえるベッド。昨日あまり寝ていない私は、急にそのベッドに眠っていたくなった。だから、痛くもないのに大げさに振舞ってみせた。

「やっぱり痛くなってきました。横にならせてください」

 怪我人らしく弱々しい声を出してみた。

 おばちゃん先生は、私の嘘に騙されたのか騙されなかったのかわからないけど、すんなり「そうね、寝てらっしゃい」と言ってくれた。

「先生、ありがとう」

 後で起きる事も知らずに、私はその白い布団の中にスルスルともぐりこんだ。



 どれだけ寝たのだろうか。今、何時間目だろうか。なんて寝ぼけた目をこするとカーテンを隔てた向うでおばちゃん先生と誰か女子生徒が話しているのを聞いた。

「あなたが悪いんじゃないんだから、大丈夫よ。お母さんわかってくれるわよ」

「わからずやのババァだから何を言ってもダメさ」

「それはだめよ。誤解されたまんまでいるっていけない事よ」

「でも、どうやって説明すんだよ。きっと話すだけ無駄だっちゅうの」

「悪いくせね、翔子ちゃん。きちんと親と向き合わなくちゃ」

 翔子先輩じゃん……。何故か「まずい」っていう感情になって、私は布団をすっぽり頭からかぶった。

 翔子先輩の家も何か複雑そうだ。親のことをババァって呼んでいた。途切れ途切れにしか聞こえないので何の話をしているかわからないが、聞いているうちに翔子先輩が可哀想に思えてきた。「何を言っても信用してくれない」ってもらしていた。

 うちの場合はどうだろう。信用とかそんなんはわからないけど、何を言っても聞いてくれないってところか。今度ババァって言ったら、お母さんどんな顔するだろ?

 いろいろ考え事をしていると「町田さん」っておばちゃん先生の声がした。

 布団をすっぽり被っている私の傍まできて、ポンポンって布団を叩いた。

「もうすぐ給食よ、どうする帰る? お母さんに連絡しましょうか」

 そんなに寝てしまったのか。翔子先輩はまだ保健室にいるんだろうか?

 とりあえず質問に答えなくちゃと思って、私は布団から飛び出した。

「お母さんは夜仕事なんで、今電話しても寝てます。多分」

「そう、町田さん夜はお父さんと一緒なの? きちんと寝れてる?」

「いえ、お父さんはいません」

 おばちゃん先生は、何かかわいそうな子を見るような目で私を見た。

「じゃぁ、夜はあなたの他に大人は?」

「いません」

「まさか、1人なの?」

 そんなに驚かれるとは思ってもなかった。物心ついた頃からそんなんだったから。確かに人と環境が違うのは最近になってわかってきたけど、おばちゃん先生の顔を見ていたら急に不安になった。

 私は夜1人でいることは全然平気。これから先もその生活が続く。そんな顔で見られたら、自分が可哀想に思えてくる。やめて、先生。

「1人だけど全然平気」

 私はお決まりの台詞を口にした。でも、今日は上手く言えなかった。最後の方は下唇をぐっとかみしめて……泣きそうになったのバレてないだろうか。

「疲れてるのかもね、町田さん。給食、ここで食べる? そうね、そうした方がいいわね。クラスまで取りに行ってあげるから待っててね」

 私は何も言っていないのに、先生はユサユサと体を揺らしながら保健室を出て行った。

「ふぅーーー」

 ため息が出た。ため息をするとどんどん幸せが逃げるっていう。私の体の中からどんどん幸せが逃げていくのがわかる。

「お前、この前の遅刻の奴だな。名前は?」

 急にカーテンが開いて、翔子先輩の顔がのぞいた。

「町田です。町田ユウ」

「選挙かお前っ」

「すみませんっ」

 茶色に染めてくるくるとパーマのかかった髪。まともに顔も見たこともなかったけど、よく見るとすごく綺麗。中森明菜に似てるかも。親に殴られたらしく、左目の周りに青くシャドーがかかっていて、より一層迫力を増している。今、こうして話してるのが嘘みたいだ。

「あのさ、話聞いちゃったんだけどさ、お前夜1人で留守番か?」

「あ、はい」

 しばらく沈黙があった。翔子先輩まで私に同情してるのか。そう思ったとき。

「うらやましィよーー」

 って、翔子先輩は少し舌を巻いた感じで言った。うらやましいなんて言われたのは、多分はじめて。いつもガン飛ばしてる翔子先輩とは程遠く、無邪気な様子に私は惹きこまれた。保健室もそう、翔子先輩も。何か私の居場所って感じがする。きっと。

「うちなんかよ、暴力親父とわからずやのババァと赤んぼの3重苦を背負ってんだぜ。時々、赤んぼのオムツまで替えさせられるし。てめぇらだって、赤んぼできるようなことしてるっつうのに、男と会ってただけでボコボコだぜ。ムカつく」

 弾丸のように翔子先輩の口から言葉が飛び出す。途中、翔子先輩が「男と会って……」っていった時、例の手紙のことを思い出した。今、渡すチャンスだ。

「あ、あの。翔子先輩」

 先輩はまだ話に夢中だったが、私が声をかけたので不思議そうに私のことを見た。上目遣いをされると、やっぱりビビる。

「先輩はいらねぇよ」

「あ、の。翔子……さん」

「だから、何だ」

 スイッチが入った翔子先輩はやっぱり怖い。でも今がいいチャンスだ。勇気をふりしぼって続けた。

「昨日、やすって人から手紙を預かったんですけど」

「はァーん? お前、やすさん知ってんのか?」

 ヒョエー、眉間に皺を寄せて睨まないでください。そして、トイレでボコボコにしたりなんかごめんです。

「い、いえ。通りすがりに手紙を渡してくれって。手紙にやすって書いてあったから」

「お前、手紙みたのか?」

「あ、ご、ごめんなさい」

「どうでもいいけどさァ、そいつ車だったか?」

「いえ、バイクで。あの、前髪が金髪で、目がこんなんで」

 私は両方の目じりを上げて真似してみた。

「あはははははっ。おもれーなお前。その人はハルさんだよ。んで、手紙は?」

「あ、いっけない。教室に」

 そう言ったところで、おばちゃん先生が2人分の給食と私のかばんを持ってきた。

「いいタイミングじゃんドラちゃん」

「まァ、またそんな名前で呼ぶぅ」

 保健室のドラちゃん先生は、翔子先輩の肩に寄りかかって、よしよしってする様にパーマのかかった髪を撫でた。この先、私はこの保健室で何度もお世話になることになる。それだけ、居心地が良くて私の場所。そう思えるところだ。

 早速、かばんの中から例の手紙をだして、翔子先輩もとい翔子さんに渡した。中身をみて翔子さんはゲラゲラと大うけしていて、昨日心配していた事はあっけなく解決した。

「やすさんって格好いいんだ。お前も会ってみるといいよ。今度集まりあるし。どうせ夜はお前1人だろ?」

「うん」

「お前んちってどの辺? 迎えに行ってやるよ」

 翔子先輩と一緒に給食を食べながら話した。 それにしても急な展開でびっくりした。翔子さんと話せるとも思ってなかったし、まさか一緒に遊ぶ約束までするなんて思ってなかった。もう1つビックリした事があった。翔子さんは、汚い言葉使いの割りには、上品な食べ方をする。てっきり、肘なんかついて食べるって思い込んでたから。

 人は見かけによらない。

 この言葉を思いついた人は立派な人に違いない。







  

 

  

 

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