4.手紙
美穂と買い物を済ませ、私は海岸沿いの道を進んだ。
その間中ずっと、不良少年から渡された手紙のことを考えていた。翔子先輩に渡すべきか、渡さないべきか。頼まれたから渡さなくちゃいけない様な気もするけど、受け取った翔子先輩のリアクションが予測不可能なので、怖い。最悪の場合は手の甲に焼きを入れられて、トイレでボコボコにされる……?
渡さなかったらどうなる? 集まりに来ない翔子先輩が責められ、そんで、それに怒った翔子先輩が他の不良達を引き連れ、1年の教室に来る。そんで私は校庭中を引きずりまわされ、そのまま海まで連れて行かれ、海に投げ込まれる……。
まだ、トイレでボコボコにされた方がましか。
気がつくと、海岸沿いに最近作られた公園のベンチに座っていた。横目で時計を確認すると針は7時を指していた。辺りは薄暗く、ベンチから見下ろした海は真っ黒に見えた。後ろは、さっきまで通っていた道。車のヘッドライトが背後でめまぐるしく行き来しているのを感じた。
こんなに帰りが遅くなったのははじめて。
そして、夜の街もはじめて。
いつも夜は部屋で1人きり。テレビとにらめっこの毎日。友達に電話をかけてもすぐに切られる。決まって「お母さんが長電話なんてやめなさいって言うから」っていう理由で。
「つまんない、つまんない、つまんない」
呪文のように独り言を繰り返した。波の音は、車の音にかき消されてほとんど聞こえない。
私の言葉だって誰にも聞こえない。
「寂しいよ……」
つい本音が出た。
昨日ほとんど寝られなかった私は、朝の4時頃に眠ってしまい、そして今にいたる。
8時15分。
どんだけがんばっても、遅刻間違いなし。仮病を使って休むっていう手もあるけど、手紙を渡すという使命が私にはある。重い頭を抱えながら、制服に着替えた。
「ちょっと、ユウ! まだ学校行ってないの?」
ふすまの向うから、布団で横になってるだろうお母さんの声がする。一応、心配はしてくれてるみたい。
「お母さん、学校に電話して!」
「は? 何」
いつもの嫌そうな返事。
「何でもいいから、遅刻の理由を作って電話してよ」
「あんたが寝坊したのが理由でしょ。それ以外にどう言えっちゅうの?」
「ユウは低血圧で、起きられない体質って医者が言ってたので大目にみてくださいとか」
「バカッ。今なら、まだ朝の会だから、グダグダ言ってないでさっさと行きなさい!」
「あ、いい事考えた。朝起きたら自転車が盗まれてて、探してたら遅くなった、とかどう?」
ふすまの奥はシーンとしている。きっとお母さんは学校には電話をかけてくれない。娘が学校で先生にいびられても、平気なんだ。こんなにも私は苦労してるのに。
「お母さんのバカッ」
嫌々学校に向かった。
学校に近づくにつれ、自転車をこぐスピードが少し落ちたように思う。早く行かなくちゃという気持ちとはうらはらに、体は学校に対する拒否反応に支配されている。学校に対するっていうか、生活指導の山田にって言った方が正しいかも。
校門がみえてきた。いつもは、ワイワイとしている校門前も、案の定、朝の会がはじまっている時間である。ひっそりとしていた。
「ラッキー」
山田の姿が校門前にないので、思わず口ずさんでしまったが、いないと思った山田は校門の内側でタバコを吸っていた。
「おいっ。町田! またお前か」
「ひゃっ」
卵を割ったらひよこが出てきた位の衝撃だった。校門の影に山田が隠れてるなんて思いもしなかったから。
山田はタバコを砂に押し付けて、火を消してから「職員室へ来ーい」と応援団長のような口ぶりで言った。
校門の横にある自転車置き場へ自転車を置く間、山田は私の背後にいて、ねっとりとしつこそうな目で威嚇する。本当に、お母さんのバカ。電話をかけてくれていたら、可愛い娘はこんんな目に合わなかったんじゃないの?
「先生、私、逃げませんから、先生先に職員室へ行っててください」
あまりに、しつこい目線だったので、思わずそう言ってしまった。この前みたいに、山田に連れられて職員室に行くのは目立つから嫌。また他の子達に噂されそうだし。新学期そうそう変なイメージがつくのはどうしても嫌。
「何だと、お前反省してない様だなっ」
「いえ。そんなつもりじゃ」
「言い訳なんて100年早いぞ」
山田の耳はロバの耳かもしれない。生徒の訴えは聞かないような仕組みになっている。
私の言葉に余計逆上してしまった山田は、私の首根っこをつかまえた。悔しくも山田に引きずられながら廊下を歩くという格好になってしまった。
丁度朝の会が終ったようで、職員室前の廊下は、音楽室に移動する生徒や、運動場に移動する生徒がバタバタとあわただしく行き交っていた。他の生徒にみせつけるようにパフォーマンスする山田を恨めしく思った。
他のクラスの子や上級生がジロジロと私を見た。
「あいつ、髪の毛なんか染めてえらそうだな」
ざわざわする廊下の中からそう聞こえた気がする。染めてなんかいないのに……。
人の噂の8割は嘘でできている。と最近私は思う。
職員室に連れていかれ30分が経過。1時間目はもう始まっている。生徒の学習する権利を奪ってもいいのですか? 先生。
「……だから、わかったな。明日までに反省文。原稿用紙5枚っ!」
やっと開放された。
ポケットの中身まで丁寧に出すように言われ、かばんの中の持ち物までチェックされた。
先生に言われてから飴は持って来ないようにしたし、規則違反のものは何も持ってきてない。それにしても、ノートにはさんだ手紙がみつかったら大変だ。私は気が気じゃなかった。
何でこんなに目をつけられるんだろう。本当に嫌になる。
職員室を出て、シーンとした廊下を静かに歩き教室に向かった。1年の教室は1階にあって、私のクラスの5組は廊下の突き当たりにある。
深呼吸をして、5組の後ろの戸を開けた。
「また遅刻かよ! ブス」
目立ちたがり屋の慎也だ。また、いつものように無視をすればいいって思った瞬間、慎也の足にひっかかって、私は地面に倒れこんだ。
「いったー」
膝を打った。自分でも大げさだと思う程、膝から出た血は、脛を伝って床に落ちた。これには慎也もびっくりした様子で、私は痛いと思うよりオロオロとした慎也の顔をみて、ざまぁみろって思った。
「先生、町田さんが怪我してます」
数学の梅岡がやっと騒ぎに気付いて振り返った。梅岡は、数式の途中で邪魔されたと言わんばかりに不機嫌で、面倒くさそうに「誰か保健室に連れて行ったってくれ」と言った。
ハイ! って美穂の声が聞こえたが、疲れていた私は「1人で行けます」とうつむいたまま出て行った。




